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 紅い月。
 ――それは、"彼ら"が現れた証。
 次元が歪み、彼らの世界の月がこちら側の世界に現れた、闇のしるし。
 ムーン・セルもまた月ならば。異界の月が、この万能の願望器へと繋がっていないと、何故言い切れるだろうか?


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 黒衣の男が、街中を往く。
 上から下まで、夜に溶け込むような黒衣。真昼の街中においては如何に身のこなしに気を払おうと、衆目を浴びる事は間違いない。
 だがしかし、男は行き交う人の注目を集めるような事はない。それどころか、意識にすら入らず、記憶に残る事もないだろう。
 これこそ黒衣の男がヒトの枠を外れた者である証。
 聖杯戦争において呼び寄せられたサーヴァント、アサシンであるという証明である。
 当然だが、何の理由もなく、街中をうろついているわけではない。アサシンは、とある男についての内定を進めている途中だった。

 名はバーチェス・マルホランド。
 姓をそのまま付けた『マルホランド』という総合商店の店長。
 人柄も良く、経営する『マルホランド』の評判も高い。買い物客のみならず務める従業員からも評判のいい、伝聞だけならば君子のような人物である。
 だがアサシンとそのマスターは独自の調査を行ううち、彼が聖杯戦争の参加者――すなわちマスターではないか、という情報を得た。
 まだ確定ではないが、疑惑はかなり濃い。
 この時点で襲撃を決行するという手もあった。が、僅かであれハズレという可能性が残っていることと、こちらの方が重要だがサーヴァントの正体が一切不明ということから、数日は情報収集に徹するという方向でアサシンとマスターとは合意していた。
 今はその最終段階。
 バーチェスの自宅へと潜入し、サーヴァントに繋がる情報を入手してくるのがアサシンの使命であった。

 調査の結果、バーチェスは少なくとも日中はサーヴァントを連れていないことが判明している。
 それがバーチェスがマスターではなくただの人間だからなのか、あるいはサーヴァントを何処かへ待機させているからなのかは不明だが、後者であるならばバーチェスの自宅にサーヴァントが待機している可能性は高く、そうでなくともマスターであるなら聖杯戦争に関連する何かが残っているかもしれない。

 ――本来なら、マスターの疑いがある相手が一人で出歩いてる時点で、暗殺するか、そうでなくとも浚って口を割らせるべきだ。

 当然アサシンも、最初はそれを提案した。
 だが、件のバーチェスがどうにも一人になる時間を作らず、強硬策に出る場合周囲が騒ぐのを覚悟せざるを得ない事……そして、マスターの希望もあって、推定マスターが居ない内に住宅を捜索する、という手段を取ることにしたのだ。
 甘い男だ、とアサシンは思う。
 だが、それでも此の度の戦いの主ではある。

 ――極力被害を少なくするのが望みなら、使われる側の暗殺者としては、出来るだけ満たしてやるのがプロだ。


 そのような事を思いながら、スノーフィールドの住宅街の外れにあるバーチェスの住処までやってくる。
 当然鍵など持っていないが、サーヴァントの霊体化を行えば、魔術的な壁でない限りは素通りを――

 ――む。

 霊体化したまま通過しようとして、アサシンは見えない壁のようなモノに押し留められた。
 これは……おそらく、魔術的な防壁、結界か。
 自宅にこのようなモノがあるという時点で、バーチェスがクロであるという事は自明の理であり、そしておそらくはここにいるのがキャスターのサーヴァントである、というのも同時に推測できたわけだが、しかしこの時点で退くかどうか、アサシンは迷った。
 軽く調査した限りは、この結界が留めるのは霊体のみだ。おそらく実体化し、玄関なり窓なりを鍵開けすれば這入り込むのは容易。
 だが、陣地を張ったキャスターの懐に入るのが、どれだけの危険か理解していない訳でもない。
 これ以上の情報を得るため危険を冒すか、それともこれで十分、と撤退するか……。

 ――ここで退くならば、マスターの心意気に応えた意味もないか。

 できる限りマスターや一般人に被害をかけたくない、というマスターの思いに応えるならば、ここで退こうが今進もうが最終的には同じことだ。
 ならば今進み、侵入が発覚する前に情報収集して退散するとしよう。
 そう決意し、アサシンは実体化し、窓の鍵をするりと開けて陣地へと侵入した。


 ――中は一般的な住宅だな。店が繁盛しているのか、大分質のいい内装だが。

 這入った場所は広間であるらしい。ざっと見た限りでは魔術の気配はない。
 おそらくは一般の来客用に怪しまれないようにしているのだろうが、ここにキャスターの陣地があるとして、その要はさらに奥……おそらくは地下階にあるのか。
 そう当たりをつけたアサシンは、地下階への階段を探して探索を開始する。

 ……十数分。魔術による隠蔽を成された階段を発見したアサシンは、躊躇いなく地下へと降りた。
 こつ、こつ、と。
 今まで探し回っていた一階の様子とはかけ離れた、昏い、地の底へと続くような石造りの螺旋階段を下る。
 場を包む気配も一変し、「魔」の空気を漂わせる。
 異界。ヒトの住む世界、その裏側へと踏み込もうとしていることに、アサシンは螺旋階段の中ほどで気が付いた。

 ――今さら退くわけにもいかない……か……?

 ここまで来た以上、タダで逃げ帰ることはできない。漠然とした直感だが、アサシンはそう確信している。
 ならば毒を食らわば皿まで。この言葉に従い、この異界の核をこの目で確認するまでのこと。
 決意を新たに。アサシンは、石段の最後の段を駆け下りた。


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 ……そこは神殿だった。
 立ち並ぶ御柱。
 古きかみを祀る、朽ち果てた幾つもの祭壇。
 だというのに神聖さなど欠片もない、闇と、虚無に満ちた空間。太古の神の神殿が、そこにあった。

 ――これは……。

 が、アサシンの目に真っ先に焼き付いたのは、それではなかった。
 神殿内に立ち並ぶ祭壇。それは、祭壇が、祭壇として機能している証を、しっかりと見せつけていた。
 すなわち、捧げモノ――神の流儀で言えば、生贄。 
 祭壇の上に囚われたモノ。苦悶の表情を浮かべるそれは、紛れもなく人間だ。

 ――いや……ほとんどは一般人だが、右手の奥に囚われた男の手に刻まれているのは、令呪……!?

「――そうよ、彼は元マスター」

 アサシンの思考を後押しするように、奪うように、彼の背後から言葉が紡がれる。

 ――いつの間に背後を……!?

 驚愕より先に身体が動く。
 前方へと飛び込みながら、体を回し背後を確認。

 ……アサシンが石段を降りてきて、他には誰もいなかったハズの其処に、一人の少女が佇んでいた。

 紺色のブレザー――おそらく、何処かの高校の制服だろう――その上に、異国風のポンチョを羽織った少女だ。
 艶のある銀の髪、輝く緋色の瞳、人形のように整った美貌。
 一見すれば、衆目を魅了する美少女である。
 だが、二目と見ればそのような印象は消え失せる。その少女には、現実味が、人間としてのにおいが皆無だった。
 ――異界の美貌であった。

 アサシンは、瞬時に理解する。この少女が、この異界の神殿の主だ、と。

「非道だなんて思わないでくれるかしら? そいつらは私たちに襲い掛かってきたマスターか、あるいは空き巣や強盗に入ろうとした狼藉者で、無辜の人間には手をつけてないんだから。
 おまけにマスターのお願いで、命を奪う事はしてないのよ? お優しいマスターに感謝して欲しいところなんだけど」

 やれやれ、とでも言いたげに肩をすくめる少女に、しかしアサシンは目を離せない。
 残虐性、などと言うつもりはない。アサシンのサーヴァントに列された以上、アサシンも殺し方にしろ、あるいは生かし方にしろ何かを言えた身分ではない。
 恐ろしく思うならば、少女の在り方。
 この少女のサーヴァントは。人間を利用する事に。人間を使う事に、なんら悪感情を抱いていない。
 憤怒でも嫌悪でもなく、憐憫でもなく、この女は人を搾取する。まるで玩具のように、面白い読み物のように、人間を殺す。
 この少女は、人間ではない。字面通りに、ヒトとは違う生き物だ。

 立ち竦むアサシンに、少女のカタチをした化け物が歩み寄る。
 近寄る死にアサシンは身動きできない。

 ……と。アサシンは、死ぬ間際になって、奇妙なコトに気がついた。
 石畳と石壁の囲む、暗黒の空間だというのに。
 その空には――

 ――紅い月が見える。


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 バーチェス・マルホランド……本名、アーチェス・アルザンテが今日の仕事を終わらせて帰宅した時、一番に受けたのはキャスターの報告だった。

「陣地内にサーヴァントが侵入してたわ。おそらくアサシンね。明日からは、私が傍に付くか、護衛の侵魔を付けておいた方がいいんじゃない?」
「……そうですか……」

 溜息を吐く。
 陣地に侵入した者がいて、このキャスターが健在であるならば、その答えは――

「また、プラーナを食べたんですか?」
「アサシンが持ってたプラーナの分だけね。というか、近場にマスターもいなかったし」
「……そうですか」

 キャスター――ベール・ゼファーを名乗る少女は、プラーナという『生命の力』を喰う。
「魔力の源とか、想いの力とか、気とかオーラとかルーハとか存在の力とか、そういうのだって考えてくれればいいわ。要するに魂喰らいね」
 と彼女は言った。魔王である彼女は、其れを糧に力を得るのだ、と。

 魔王。アーチェスの世界における最後の魔王フィエルなどとは違う、魔人や魔族のという意味の魔王ではなく、悪魔の名を冠する侵略者たちの王。
 同じ魔王の称号を持つ女性であっても、アーチェスの知る魔王と、キャスターでは何もかもが違う。が、一点だけ同じ点がある。

 ……圧倒的な力の差。

 ふるきかみを名乗るのも、ハッタリなどではない。
 本来ならばミーコ様にも匹敵する、人知を越えた能力の持ち主。聖杯戦争を共に戦うという『戦力』としては、申し分のない駒。

 無論彼女の邪悪さは理解している。
 けれど、だが。それを言うならば、『闇』の力を借り、この世から魔導力を一掃しよう、と決めた時から、業を背負うとは決めている。
 そう。聖杯の力を借りれば、魔導力の一層よりも確かな手段が取れる。

「聖杯の力ならば、過去の改変なども可能……でしたね、キャスターさん」
「ええ。ムーンセルはこの宇宙の叡智を記録した、万能の願望機。
 其の力を借りれば、歴史の枝道(ブランチ)の選択程度、可能でしょうね。
 けれどマスター? それでいいの?」
「……ええ。私の提案により、地上に散ってしまった魔人たち。
 それをなかった事にするために……魔界の侵攻そのものを無かった事にする。それが私の償いです」
「そう。ご武運をお祈りするわ、マスター殿。
 ……それとも、堕ちた古代神の祈りは要らない?」
「暗黒神の加護を受けた私にとっては、どちらも似たようなものでしょう?」
「それもそうね」

 くすくす、と。面白い玩具を見るように、キャスターは嗤った。


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 人理定礎というものがある。

 人類をより長く、より確かに、より強く繁栄させる為の理――人類の航海図。
 これを魔術世界では『人理』と呼ぶ。

 世界の可能性。それこそが人理だ。

 そしてそれに対して、霊子記録固定帯というモノがある。

 無限に並列する平行世界を編纂し、外れた世界を剪定するモノ。

 歴史を固定する為のタガ。

 例え歴史が改変されたとしても、人類史という大枠のうねりを変えることはできない。
 その中で誰かが幸せになろうと、滅ぶべき国は亡ぶ。誰かが不幸になろうと、栄えるべき国は栄える。それが人類史というモノだ。

 ――だが、何らかの大偉業であれば、その人類史を否定できよう。そう、聖杯があれば。

 しかし人類史の否定とは、即ち現行の世界の否定だ。
 現行人類の否定だ。
 それが行われれば人理は焼却され、たちまち無へと帰るだろう。

 アーチェスの世界で行われた魔界から地上への侵攻、そして魔人の拡散。それが人理に『固定』された事象でないと、誰が言い切れるだろうか?
 いいや、これほどまでに大規模なコトだったなら、きっと霊子記録固定帯に認められたに違いない。
 つまりアーチェスの願いとは、それ即ち人理の否定、人理の焼却に他ならない。

 アーチェス・アルザンテは聖者のような男だ。
 己の行った地上侵攻を悔い、その贖罪のために手段を選ばない、優しさを持ちながらその優しさを非情さへと転ずる事のできる男だ。

 その男の願いが、世界を焼く様は、どんなモノだろう?

 魔王は嗤う。

 聖者のような男が、己の業によって転げ落ちる様は、さてなんと愉悦だろうか――!




【クラス】キャスター
【真名】ベール・ゼファー@ナイトウィザード
【パラメーター】
筋力D 耐久B 敏捷C 魔力A++ 幸運E 宝具B
【属性】
秩序・悪
【クラススキル】
陣地作成:A
 自らに有利な陣地を作り上げる。
 "工房"を上回る"神殿"を形成する事が可能。
道具作成:A-
 魔力を帯びたアイテムを作成できる。強力なマジックアイテムを作成可能。
 ただし人を惑わす魔王としての逸話を持つキャスターの作るアイテムは、使った人間に代償を要求する呪いのアイテムである。
 また、人間のプラーナを材料とすることにより、使い魔の派生として魔物を作成する事が可能。
【保有スキル】
高速神言:A
 呪文・魔術回路との接続をせずとも魔術を発動させられる。
 大魔術であろうとも一工程(シングルアクション)で起動させられる。
 現代人には発音できない神代の言葉を唱えることができる。
神性:A
 神霊適性を持つかどうか。
 現在は魔王に堕ちてサーヴァントの格に収まっているとはいえ、墜ちた神性であるキャスターは高ランクの神性を持つ。
蠅の女王の権能:A
 蠅を初めとする、空とぶものをあまねく配下に置く。
 一定の力を持つものには通用しないが、支配下に置ける相手は使い魔のように扱うことができる。
魔王:A
 侵魔(エミュレイター)の大公。
 裏界よりの侵略者であり、プラーナ(生命の力)を糧とするモノ。
 魂喰いや生贄によりプラーナを得る事で、魔物作成や魔力の回復を効率化することが可能。
 逆に一定期間プラーナを補給できなかった場合、魔力に関係なく衰弱していく。
【宝具】
『七原罪・暴食(オリジナルエゴ・ベルゼヴブ)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:- 最大補足:-
 キャスターそのもの。
 その肉体、そして一挙手一投足が宝具と化している。
 『神性』スキルを持たないBランク以下の攻撃ダメージを無条件に減算する。
【weapon】
『魔術』
闇・虚属性の魔術を得意とする。
【人物背景】
“蝿の大公”もしくは“蝿の女王”の二つ名をもつ魔王。爵位は大公。古代神の一人。悪徳の七王の一角で暴食を司る。
空を飛ぶ全てのものに対する命令権を持つ。
魔王の中では頻繁に表界を訪れる。表界へ現れる時の写し身は、輝明学園秋葉原校の制服にポンチョを羽織った姿でいる事が多い。
その際「ベル・フライ」「涼風鈴」「飛田鈴」という偽名を使うこともある。可愛らしい容姿と裏腹に残酷であり、搦め手で相手を破滅させることを好む。
全ての事象をゲームとして捉えており、ゲームはお互いリスクを背負うからこそ面白いと考えている。
本人曰く「だって、その方が面白いじゃない」との事。
ただし、その性格が災いして、精緻な仕掛けをしてはその隙をつかれてウィザードたちに敗れ去る事も少なくない。
(wikipediaより)
【サーヴァントとしての願い】
特になし。アーチェスの行く末を見守り、嘲笑う。


【マスター】アーチェス・アルザンテ@戦闘城砦マスラヲ
【マスターとしての願い】
 世界の歴史を改変し、魔族の侵攻の歴史をなかったことにする。
【weapon】
なし
【能力・技能】
『召喚士』
暗黒神の加護を受けており、状況次第では邪神の召喚も可能。
高位の魔族だが、そのほぼ全てを「召喚師」として特化しているため、戦闘能力は著しく低い。
【人物背景】
笑顔を絶やさないアルハザンの団長。別の世界から先遣隊として派遣されたエルシアの母親フィエルの部下だった人物で当時の名前は「アーチェス・アルエンテ」。暗黒神の加護を受けており、状況次第では邪神の召喚も可能。
「聖人殿」と揶揄されるほどの心優しい性格。しかしその善人としての在り方故に自らの行動に躊躇いはなく、理想と目的のためにはあらゆる手段を行使する面も持ち合わせる。交渉術、人心掌握術など権謀術数に長けている。恐ろしくギャグセンスが無い。
聖魔杯へは人間「バーチェス・マルホランド」として参加している。バーチェスというのはフィエルが付けたニックネーム。
ほとんど魔殺商会に支配された商業区で唯一「安心、安全、真心」を貫く希望の星「マルホランド」の店長。だが、鈴蘭に「マルホランド」の店長であることがバレ、所場代として売り上げの50%を奪われている。
魔界の領土拡大のため地上への侵攻を提案した人物で、それが原因で生まれた魔人と人間の骨肉の争いに終止符を打つべく暗躍し、その為には犠牲を厭わない。当初は「魔人の為の国を作る」ことを目的としていたが、数千年経っても変わらない現状に絶望し、「闇」を召喚して全ての魔導力をこの世界から消し去ることを決意、聖魔杯奪取を目指す。
(wikipediaより)
【方針】
聖杯を手に入れる。

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最終更新:2017年02月01日 20:04