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なぜ、こんな事になってしまったのだろう。




湿った空気に包まれた森林地帯、磁場の狂った悪環境の真っ只中。
ここは異界の戦場。地獄の鉄火場。
傍らには夥しい数の髑髏の群れ、異形の軍隊がカタカタと不気味に骨を鳴らしている。
なぜだ。どうしてこうなった。

一体どこで私は、順風満帆な人生のレールから外れてしまったのだ。
本来なら今頃は安全な場所で文明的な生活を満喫し、
優雅にコーヒーでも飲みながら確定した出世の報を受けるまでの余暇を過ごしていた筈なのに。

「おかしい」

毒づけど現実は変わらず。
泥濘が短い手足を絡め取って歩きづらい。


なぜ私はこんなところで泥まみれの行軍を敢行しているのだろう。
なぜ私は聖杯戦争なんぞに参加させられているのだろう。


溜息を吐きながら闇に染まった空を見上げ、未発達な手で額の汗を拭った。
嗚呼。





そもそもなぜ、私は幼女なのだろう。



###

ごきげんよう諸君、私の名はターニャ・デグレチャフ。
ワケあって幼女で軍人をやっている。

そのワケとは忌々しい話だが、簡単に述べるので聞いてほしい。
前世では日本のサラリーマンだった私の職務には、人事部として人の首を切ることがあった。
職責を忠実かつ厳正に果たした結果、リストラした無能社員の逆恨みで列車の線路に突き落とされたのが全ての始まり。
積み上げてきた実績と命を理不尽に奪われ、死に逝く私の前に現れたのは、更なる理不尽だった。

神を名乗るその存在は現世に生きる者の信心の欠如を咎め、更に私の生き方に難癖をつけ異世界へと放逐したのだ。
それも軍事国家の戦災孤児の幼女として転生させた上で。
曰く「非科学的な世界で、女に生まれ、戦争を知り、追い詰められよ」。

ニーチェの言葉は正しかったらしい。神はとっくの昔に死んでいた。
神がいるならばこのような不条理許すはずもなし、よって神は居ない、証明終了。
私の目の前に現れた自称神は悪魔、あるいは『存在X』と仮称する他ない。

魔法と銃火入り乱れる世界で魔導適性の在った私は帝国の軍に入隊。
生きるためにやむなしとは言え、九歳で戦争の最前線だ。
加えて、邪悪な『存在X』の差し金で、呪いのチートアイテムを抱きこまされ、頭を汚染され主への賛美を垂れ流すハメに。

おお呪いあれ!
『存在X』に災いあれ!
何度心中で叫んだかしれない。

それでも何とかやってきた。
人間は適応できる生き物なのだ、考える頭を持っているのだ。
思考を止め祈りを吐き出す機械になるなど、私は絶対に御免こうむる。

いつか必ず『存在X』の眉間を撃ち抜いてやると、常にライフルを握り締めながら。
ゼロから始めた世界で、再び自らをレールに乗せた。
ルールを守り、かつ合理的に行動する事でキャリアを積み、チャンスを逃さず出世コースという階段を昇った。
そして遂に地獄の前線から離れ、安全な後方での生活を開始した矢先。まさか、更なる不条理が唐突に襲い掛かるとは夢にも思わず。

きっかけは昇進を間近に控えた昼下がりの午後。
郵送で送られてきた白いトランプに触れたあの時だ。

記憶が徐々に曖昧になり、体感時間が狂い始めた。
どうせまた呪われた宝珠の影響だと、タカを括っていた我が身の未熟と恥じ入るしかないだろう。
気づいた時には、既に戻れない所に来ていたのだから。

知らない土地、知らない秩序、知らない人々。
当たり前に享受していた偽りの生活を突如自覚した時の驚愕、諸君らは理解してくれるだろうか。
アメリカという国名は元居た世界に在ったものだが、スノーフィールドなる土地に聞き覚えもなければ、
頭に突っ込まれた『聖杯戦争』だの『英霊』だのに関する知識など笑止千万ものだった。

何にせよ二度目の異世界来訪を自覚した私は途方に暮れるより先に、近場の教会へ向かう事にした。
無論、祈る為ではない。
こんな荒唐無稽なマネが出来る存在に、心当たりは一つきり。
『存在X』の眉間に鉛玉をしかと叩きこまねば、いよいよ気が済まなかった。

道すがら『聖杯戦争のROE(喧嘩の作法)』を頭に叩きこみながらも、私は怒りに燃えていた。
あの世界で私を試すと言ったクセに、前提をひっくり返すとは何のつもりだ。
人種の坩堝で異世界人の蠱毒をやれとは、どういう冗談だ。

教会に行けば会えるという確証もないが、何かが居るという予感があった。
誰も居なかろうが、いつもの日課のように『存在X』の模倣像の前で憎悪を涵養し、
心中を呪詛の声で満たす健全な状態を構築すれば、少しは気持ちもスッキリするだろう、と。
私は教会の門を勢いよく開き。






――――そこで、『本物の悪魔』と出会ったのだ。








###


――――黄金の獣。



それが瞬間に駆け抜けた感想であり、結論だった。


黄金。
たなびく鬣の如き髪は黄金。
全てを見下す王者の瞳も、やはり黄金。
この世の何よりも鮮烈であり華麗であり、荘厳で美しくもあると同時におぞましき黄金。
人の世に存在してはならない、愛すべからざる光の君。

黄金の獣、黒太子、忌むべき光、破壊の君。
忌むべき魔名の数々が、私の脳幹へと弾雨の如くに叩きこまれる。
内から一つを無造作に拾い上げるように、獣の王はこう名乗った。

「聖槍十三騎士団黒円卓第一位、破壊公。
 ――ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ」

歴史の中に聞いた事のある名前だった。
1900年代中期を生きた軍人であり政治家。
第二次世界大戦期のドイツにおいて、様々な意味で名高きゲシュタポの初代長官。
敵味方の区別なく、恐れられると同時に惹きつけたといわれる、冷酷無比なる第三帝国の首切り役人。
暗殺によって命を落とさなければ、戦争の結果は変わっていたかもしれないとまで言われたあの、ラインハルト・ハイドリヒ。
それが、私の目の前に立つバケモノの正体だと。

荒唐無稽な冗談だと笑いたかったが、生憎とそんな余裕は欠片もない。
十年と少ししか生きていない少女の矮躯が、メキメキと軋んでいくのを全身で感じる。
黒天から降ろされる圧倒的な視線の暴力。獣の眼に、血を沸騰させるような黄金の熱線に、捕えられて動けない。
愛すべからざる光(メフィストフェレス)とはよく言ったものだ。
これぞ本物の悪魔。この世界への認識が甘かった。あれは今すぐにでも、視線だけで私を殺せる。

スパークする脳髄で、このふざけきった現在を、なんとか分析しようと試みる。
ここは巨大な城の玉座の間。広大なホールのような空間で、君臨するは荘厳なる黄金の王。
その眼前で私は傅いている。
何の事はない、教会のドアを開ければ更なる異世界だったという話だ。
それも、とびきり上等な地獄の世界。

ああ、ああ、最悪だ。

誰に聞くまでもなく聖杯が齎す知識とやらが最悪な真実を告げている。
目の前の獣(かいぶつ)こそ、お前に与えられた従者(サーヴァント)なのだと。
そして私(マスター)に与えられた観察眼は、こう続けた。

『おめでとう。最強(おおはずれ)だ。絶望せよ』

召喚は大大大大失敗だ。
あまりに規格外を呼びすぎている。
これでは主従が成り立たない、組むという前提が成り立たない。
一瞬で私を細切れにしてかつ生かさず殺さず、魔術回路のみ存命させる事すら、彼には可能なのだから。

生命の危機に瀕していると自覚する。
虫でも観るような視線を受けた瞬間に理解した。
あれは私を殺すことに、何ら躊躇いを持ち得ない。
興味を失くしたらすぐさま手足を削いで、魔力を生み出す電池か何かに変えるだろう。

刹那の後、私は獣に喰われて終わる。
だから早く口を開け、何かを言え、だが間違うな。
1秒にも満たぬ思考時間、命の危機に瀕した故の加速思考、刻限は目前。
己の本能に従うまま、口を突いて出た言葉は、

「私は、ターニャ・デグレチャフ、と申します。
 帝国軍航空魔導士官――中尉の階級を拝命しております」

軍属としての、名乗りだった。

「まず名乗り遅れたご無礼、この通り、お許しください―――」
「ふむ……」

当たり前の事だった。
上段の相手に、先に名乗らせた時点で大失態。
このミスは高くつくだろう、しかしミスをミスと理解できるくらいの頭は戻ってきた。

「そう、構えずともよい。こちらに咎める意志は無い」

悪魔が、続けて口を開く。

「なに、卿の魂の色を見たくてな。戯れだ、デグレチャフ中尉」
「……恩情、いたみいります」

よし、諦めてはならない。
考えろ、どうやってこの場を乗り切るか。
初手の失敗はやり過ごしたが次はない。
獣の言葉が途切れる前に結論にたどり着かなければ、今度こそ終わりだ。

「さて此度の戦争。卿も既に聞き及んでいることだろうが、我々は友軍として向き合っている」

友軍。あちらから出た言葉を頭で繰り返す。
そう、ようは軍と同じに考えればいいのだ。
聖杯によって詰め込まれた魔術の理に引っ張られてはならない。
魔道の観点では決して、この男と向き合えない。あまりに格が違いすぎる故。

遥か高みの存在なれど、軍属であるという一点においてのみ、我々は立場を同じくする。
ならば昨日まで生きてきた通り、あくまで帝国軍人として、ドイツ国の伝説的軍人に応対する。
あくまで『人間』として、上司に接するように。そうする事で対話を成立させるのだ。

「ならば――」

再び視線が私を突き刺す。
今度こそ、加減はないぞと告げるように。
さあくるぞ、第一波が。

「一度、立場をはっきりとさせる事が肝要かな。
 ―――中尉」

きた。読み通り、それはそう来る。
現状我々は2つの軍。指揮系統がズレている。
ならば最初にやる事は当然、どちらが上かを明瞭に。

「はい。私はこの地の闘争に際し、
 御身の軍に加わるべく、ここに立つものです」

気を強く。礼を失せず、しかし堂々と答えろ。
彼の興味が失せた瞬間、塵芥のように潰される。
逆に言えば僅かでも興味を持っているから、まだ殺さない。
この熱線を掴んで離すな。
気を抜くな、今のは獣の予備動作のようなもの。

「そうか、では卿は――」

次こそ本命。
獣がやおら目を細め。氷点下の微笑みを表情とする。
瞬間、今までにない熱視線に私の全身が罅割れた。
猛烈な吐き気と耳鳴り。全身が砕けそうな重圧の中で己を保つ。

来るぞ、来るぞ、来るぞ。
主(マスター)がなんだ、従(サーヴァント)なんだ。
絶望的に乖離した力関係を前に、お飾りの称号が役に立つものか。
あちらが上、現状を見れば分かり切った事実であり、間もなく飛来する第二波こそ試金石。

「――卿は、私に何を捧げる?」

来た。
これだ。
この答えが全てを決する。
古今東西、悪魔は契約に対価を求めると相場が決まっているのだ。
お気に沿わない言葉を口にした瞬間首が飛ぶ。
故、これより選ぶのは運命の一言。何を選ぶ?

忠誠。
違う、示せれば早かったが私には無理な相談だ。
なにしろ我々初対面。心からの忠義など在るわけ無し。
媚へつらいの言葉を聴かされた獣は容赦なく私の命を摘むだろう、斬首。

契約。
ダメだ。対等な関係を強気に迫り、逆に気に入られようなど甘い。
令呪の優位など御粗末なもの。相手は指一本動かさずとも私を殺せる。
愚かな事を考えたが最後、口にする前に、斬首。

信仰。
なに馬鹿なことを考えている。
もっとも苦手分野だろうに。

どれ一つ、決め手に欠ける。足りない。
そもそもこれは、自分より力劣る者と組むことへのメリットの提示。
私という存在のプレゼン。ターニャ・デグレチャフの価値を示すべく。
捧げるべきは私自身。

いや、まて。
ならばこう問われてもいるわけか。

『――さあ、卿はどう踊る?』

掴みかけている。
しかし悲しいかな時間が足りない。
獣の瞳が伏せられる、身を焦がす熱が萎んでいく。
さながら失望を表すが如く、あれほど熱かった私の総身が冷えていく。

せめて、令呪が使えたら。
「もう少し待ってくれ」と命じさせてくれたなら。
だがそんな彼の最も嫌いそうな無様を働こうとしたが最後。

いや、まて。
なるほど、ならば試してみる価値はある。

獣の眼が伏せられ、視線が切れる寸前。
つまり私の死の寸前だった。

足を、一歩動かす。
震えはない、それを己に許せば命はない。
腕を、証の刻まれた手を、幼年の体躯で届く限り高く掲げた。
これほど我が幼き体躯を呪った日はない。いまいち恰好がつかないではないか

言葉だけでは足りない。
行動で示せ。
そして行動だけで足りないならば、両方使ってやればいいのだ。
振るまえ、さながら神の好む英雄のように―――

「我に与えられし令呪をもって、"我" に命ず」

イラつくほど舌っ足らずな口を無理やり抉じ開けるようにして詠唱。
行うのはマーケティング戦略、私という存在のコストを高める為。
売り込みはキッチリいこう、与えられた機会(チャンス)を活かしてこそ人生は楽しくなると。
二つの人生を生きた私は既に知っているのだから。

「三画、全てを我が主へ捧ぐ」

令呪の行使が認められた理由は単純明快。
背信的な令呪行使を先んじて潰されるというのなら、そうでないならば当然見逃されるという話だ。
手をつくせ口をつくせ、大仰に大仰に。
大上段から見下ろすこの気難しい上司へと、出世の為ならば口と行動でアピールしてこそ。

「貴方に捧ぐ。一つを忠義、二つを契約、三つを……信仰」

流石に最後のは吐き気がしたし、嘘臭すぎて言った瞬間に首が飛びかねなかったが、
胸の内側で95式魔導宝珠を少し回して事なきを得た。頭が良い感じで汚染されてくる。
オーライ、この瞬間だけは存在Xに救われたというわけだ。反吐が出る。

「我これをもって"覚悟″となす」

どうだ、見たいんだろう踊る勇者の姿が。これでどうだ。
令呪を全て使い切る愚昧は、ここで死ぬ無能に勝る。
ようは背に腹は代えられないという話だ。
忠義、契約、信仰。どれを取っても足りないなら三つ同時に行動で示してやろう。
多分、この手合いは大盤振る舞いが大好きそうという、予測も添えた最大のデモンストレーション。
ヤケクソとも言う。

だがこれは命を半分差し出す代わりに、最後まで私の安全を確約する契約書でもある。
黄金の獣に守られるなら、聖杯戦争における私の安泰は決まったも同じ。
さあ最後に軍人なら誰でも大好きな、最高の一言をブレンドして告げてやる。受け取れ悪魔め!

「我は御身へ、勝利を捧ぐ! ここに―――!」

契約を交わさんと、告げる寸前だった。

「よい、卿の覚悟、しかと見せてもらった」

全ての術式、発動しようとしていた令呪が停止する。
代わりに私の手の甲を、黄金の閃光が貫いていた。

「ガッ――――ア―――――」

突き刺されと認識した瞬間、視界が真っ赤に染まる。
穿たれたのは身体の末端だというのに、魂の真中が焼却されたようだった。
悲鳴すら上げられぬ痛みは一瞬、取り戻した視界に飛び込んできたのは再び己の手の甲。

「これ……は……」

発動の止められた令呪はきっちり三画残っていた。
しかし僅かに、模様が変わっている。
三つ重なった赤い歯車を模した令呪に割込んで、4つ目の歯車が刻まれていた。
加えられた四画目、それだけは黄金の色で刻まれている。

「卿に贈る聖痕(ステイグマ)だ。紋様も、その方が似合うだろう」

なる程、私の魔導宝珠の内側を模したようで、実に皮肉めいている。
ではなく、いったいこの男、なにをした。

「契約だよ。卿が先程やろうとした事だ」

……では認められたという事だろうか。
あの捨て身が、他に無ければそれが活路と断じた私の合理的思考が、琴線に届いたと。

「ああ、その魂、共に戦うに値する。
 此度の闘争間のみではあるが、卿を私の爪牙の一つと認識しよう」

ならば素直に喜んで良いのだろう。
いつまでも間抜けな体たらくを晒せない。
弛緩しそうな全身に再度緊張を漲らせ、表情を再構築。よし。

となれば全ての状況が逆転する。
最強の悪魔に、私は一時的とは言え部下と認められたのだ。
あとはじっくり城の外の敵を殺しまわってもらえば戦は終わる。
私は城の安全圏で、ゆっくりコーヒーでも飲んで待っていればいい。

これについては決して楽観などでは無い。
強き確信があった。喩え聖杯戦争の所謂素人であってもはじき出せる計算式だ。
ラインハルト・ハイドリヒは無敵である、と。
この聖杯戦争は勝利したも同然だ、と。

故に、なんて楽な仕事なのだろう。
ああ素晴らしきかな後方勤務。
安全の確保された場所で、勝てる従者の蹂躙劇を眺めるだけの簡単なお仕事。

「よって早速だが、卿にも働いてもらおう」
「は……?」

そんな甘い夢を観た時間が今であり、最良の時だったと強く言える。
私に出る幕があるのかと首を傾げると、ハイドリヒ卿は微笑みながらこう言った。

「ああ、見ての通り、『まだ完全ではない私』はここから動けん。
 故、此度の戦争は全て卿に一任する」

一瞬、意味がまったく分からなかった。
しかし落ち着いた頭で、改めてハイドリヒ卿のステータスを確認して。
遂に理解する重大な瑕疵。

ふざけるな。
こんなの詐欺だ。
クーリングオフを要求する!
この悪魔、こともあろうに!

「そう、私はこの城を出られん」

確認した彼のステータスはあまりにも低かった。
なんと宝具以外はオールEという体たらく。肝心の宝具も一つを除いて全て半封印中。
カラクリは単純、あの最強の悪魔はこの城を一歩出ればコレなのだ。

弱いのではなく存在できない。
黄金の城という異界その物を引き連れし彼の魂を、サーヴァントとしての器は容認しない。
要するにあまりにも燃費が悪すぎるのだ。

「故にこその、卿なのだ」
「私…ですか?」

これでどうやって勝てばいい。
見上げた私に頷いて、獣は語る。

「現状、私はスノーフィールドに薄い像を結ぶのが限界だろう。
 仮にだが、現状可能な力を引き出して戦えば五分、いや四分経たずに卿も私も共倒れだ。
 だが、私の一部であれば、かの地を侵すことも可能となる」

なんだか嫌な予感がする。
そしては私はこの手の予感を外したことが無く、感じた時には手遅れであると理解していた。
もしやこの獣様、もう一つくらい前提を覆して来るのではないか、と。


「――――卿に、私の軍隊を預けよう」


言い終わるや否や起こった出来事に、私は今度こそ驚愕した。

「総員、集え。客人がみえている」
「な…………」

思わず出ていた声に咄嗟に口を押える事すら忘れ、私は目前に広がる地獄に瞠目する。
玉座の足元、広がる大理石の床から湧き上がる無数の腕。
釣り下がるシャンデリアから落ちてくる数多の足。
黄金の壁から剥がれ落ちる大量の骨の津波。それらは一つ残らず自立し、人型を為す骨、髑髏で出来た兵士だった。
銃、剣、大砲、戦車、皆一様に様々な武器を持ち、しかして独立し統制のとれた部隊。
尚も増え続け、ずらりと整列するは数百万に及ぶ大軍勢(レギオン)。

「彼らなら、いくらか下ろしても問題ない。
 斥候、哨戒、諜報、攪乱、戦場を開拓し、
 その間、私と卿はここで待つ、と考えていたのだがな」

ほらみろ雲行きが怪しくなってきた。

「いやなに、今度は私が恥じ入る番という事だ。卿を甘く見ていたことを認めよう。
 私と共に戦うという覚悟、しかと見せてもらった。
 そして勝利を齎すと言い切った卿に対し、単なる客人扱いはもはや礼を欠こう」

この悪魔が次になんと仰るか、私は理解できている。

「ターニャ・デグレチャフ中尉、卿に命ずる。
 ――私の軍勢を指揮し、勝利へ導け。無論、かの地の『最前線』でな」
「はっ! 光栄であります!」

最悪極まる!
ああ、まったくもって最悪だ。

地獄がここにある。
床から、天から、壁から、骸骨が現れていたように見えていたが、そうではなかった。
最初からそこに居たのだ。床も天井も壁の、今私が踏みしめている場所も何もかも、城は全て死人で出来ている。

事此処に至って、私は漸く真理を解したのだ
まさか、これら全て在りし日のドイツ軍。生きていた人間、死人の群れだというのか。
ラインハルト・ハイドリヒという黄金に喰われた物の末路だと。
獣の内側に渦巻き、やがて流れ出した異界を構築する軍隊だと。
そんなモノに、私は先ほど何と言った?

『はい。私はこの地の闘争に際し、
 御身の軍に加わるべく、ここに立つものです』

手に刻まれた聖痕が何を指し示すのか。
今なら良く理解できる。

それは紛れもなく悪魔の契約。
私の魂は今、地獄に縫い付けられた。
死ねば必ず強制収容。世界の果てまで戦い続ける戦奴の仲間入り。

「では往け、中尉。勝利か、ヴァルハラか、だ」

ああ何たる光栄! 何たる栄誉! 
私の地獄(ヴァルハラ)はこの上司が保証してくださる!
死んだら抱いてくださるそうだ!

尋常ではない理不尽に今すぐ自殺したい衝動に駆られるが、すると地獄行きが確定する文字通りの退路無し。
ああ、ああ、まったくもって最悪の極み!
生き抜き望みを叶えるのではなく、彼らは殺し合いがしたいのだ。
那由他の果てまで戦い続けたいのだ、うん、頼むから私抜きでやってくれないものか?

「そして最後に聞かせてくれ。
 私に勝利を齎す者よ。ならば卿は、何を望む?」

骨と、血と、肉と、死者の螺旋に押し流されながら私は、その問いを聞く。
私の望み。聖杯に望む私の願い。そんなもの最初から一つしか在りはしない。
部下の出兵を見送る上官の問いかけだ、毅然と答えるべきだろう。

「はい。では僭越ながら。
 私は『世界の神を自称する存在』を討滅することを、希求いたします」

それがいったい、どこのツボに入ったというのか。

「――――ク。
 ハハッ、ハハハハハハハッ! ハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」


新しい上官殿はこれ以上ない邪悪な笑いで、私を送りだしてくれた。






###

諸君、以上が私の身に起きた悲劇の全てであり、今ここで泥水を啜っている理由に他ならない。
何か質問があるか? ない、ならばよし。
色々と頭の痛い事態ではあるが、戦争が始まってしまったならば、ひとまず職務を遂行する他ないのだから。

偉大なるハイドリヒ卿から命じられた最初の任務は即ち索敵調査。
こうして少人数の哨戒部隊と共に湿地を進むこと4時間と少し。
未だ何ら進展ないまま、体力と気力を消耗している。

「ゲルリッツ軍曹!」

呼べばすぐにでも傍らに駆けつけ、骨を鳴らしながら敬礼する髑髏の兵隊。
地図を開き、ライトを付けて私の指示を待っている。
うん、素早いことは大変良い。教育が行き届いている。
流石はハイドリヒ卿の部隊といったところか。

「大気中を漂う魔力の濃度が濃い。陣形を切り替えながら右側のルートを迂回する。
 他のモノにも知らせろ。また、私は速度を上げる、諸君らは死ぬ気で付いてこい」

すると軍装はカラカラカラと小気味よく骨を鳴らしながら後方へと下がった。
今もしかして、笑っていたのだろうか。死ぬ気で、と皮肉のつもりで言ったのだが。
奴らの声なき声を理解し始めた自分が嫌だ。

結局のところ。私に残された選択肢は一つ。
最前線で戦いながら、聖杯戦争を生き残る。
死ねば地獄行きが確定している、嫌なら生きるのみだ。

勿論、兵士のみでは命が幾つあっても足りない魔の戦場、必ずあの上官、黄金の獣に頼る時がやってくる。
ハイドリヒ卿の口ぶりからして、力が完全に近づけばこの地に降り立つことも可能らしい。
戦場の拡大、多くの死、魂の散華を行えば一度に導入可能な部隊の数も増え、大将の帰還にも繋がる。
ようは戦火を広げろと言う事だ。最前線で走り回る私の生存率にも関わるので、押さえておきたい。

また私が城から放り出され、スノーフィールドの前線で戦う意味は確かにあるらしい。
私(マスター)というハイドリヒ卿の触覚が現場にいる事で彼の干渉力が増し、動員できる兵隊の量が飛躍的に増大するのだ。。
効率面では正解といえる。実に合理的だ。そのマスターが死ねば全てが終わるという、致命的な欠陥を無視すればだが。
……そも、完全に主従が逆転している気がするのだが。

所持していた警報機がぶるりと震える。別働隊が何かを見つけたようだ。
ややあって伝令、西方に展開中の部隊が何かを発見との報。

マスターかサーヴァントか、あるいは自立型のエネミーか。
正体は不明だが、増援に駆けつけねばならないようだ。

「部隊反転。白銀より心臓部(コントロール)。
 我が隊は西方にて展開中の部隊、第36SS武装擲弾兵師団(ディルレワンガー)の援護に移る。
 哨戒部隊を回収の後、強襲重装部隊を配備願う」

あっという間に城に回収されていく哨戒部隊。
薄まり消えながらも幾人か、私に骨の手を振っていた、正直少々薄気味悪い。
代わりに送られてくるのは、これまた髑髏の精鋭達。

素早く森林地帯を超えて、味方部隊の援護に回る必要がある。
私自身も新しい武器を受け取って残弾確認。
ついでに手に刻まれた残機も確認。

三画の令呪。
たった三枚の切り札(ワイルドカード)。
使えば短時間だが、ハイドリヒ卿の現界時間を伸ばす事すら出来る。
上官としての能力で評すならば、私は彼に確実な信頼を置いている。
僅か数分間のご出陣であろうと、必ずや戦局をひっくり返してくれる事だろう。
だが私はこれを、三画全て使い切るわけには行かないのだ。

最後の一画。
それだけは終戦まで残しておかねばならない。
所謂これは、書き直しのきかない退役届け。後生大事に持たねばならない。
一生地獄で殺し合いなど真っ平御免だ。
そもそも私は善良なる一般人(サラリーマン)なのだから。

なのでここでも、真面目に働くしかないらしい。
銃を取り、泥を掻き分け、敵を粉砕して地獄の部隊を引き連れ進め。
そういう仕事に真摯に取り組む事にしよう。

振り返れば背後で待つのは死人の部隊。
彼らは私の号令を待っている。

折角だし、発破でもかけてやるか。
進軍にさしあたり士気を高めるのは良い。
骨で出来た兵に、一体どれほど効果があるか知れないが。


「では往くぞ諸君、仕事の時間だ!!」


密林に響き渡る骨鳴りの音を聞くに、どうやら試す価値はあったらしい。
うん、如何なる職においても、上に評価される行動を心がけるべきだ。

私自身の戦略的価値を示す事が出来れば、或はかの上官とて、私を後方で守護する判断をしてくれる。
なんて余地もある筈だろう。
私は銃を掲げ叫びながら、そんなふうに今後の戦略を考えていた。





###

戦場に開戦の号砲が放たれる。


「諸君、我々の任務は何だ!?」


最前線に臨む少女の激励に、髑髏の軍勢が湧き立つ。
神よ。おお神よ。これは如何なる奇跡であろうか。


「殲滅だ! 一騎残らずの殲滅だ!!」


我らの理想が此処に在る。女神が戦場を駆けていく。
我らの立つべき大地を造る為に。
負けたままの我らを、戦うことの出来なかった我ら総軍を、栄光へと導いてくださるのだ。


「この地に蠢く英霊(えもの)全てを打ち破り、我らが主に勝利を捧げよ!!」


感謝する。いと小さき戦乙女よ。
我らが主もお喜びのことだろう。
黒円卓のほぼ全員が消えてしまったこの異常事態、貴女の降臨は信託であったか。


「我々の為すべきことはただ一つ!!」


骨身に肉が戻る。血が満ちる。
ああ、戦場に降りる事叶わぬ、破壊の王よ。

「この世界に、地獄(グラズヘイム)を創り出せ!!」

ご安心を!
そしてどうか、しばしお待ちを!
必ずや我らが、彼女と共に、至高の黄金に相応しき世界をご覧に入れましょう!

「ジークハイル!!」

おお、勝利を(ジークハイル)!! 
勝利を(ジークハイル)!! 
我らに勝利を与えたまえ(ジークハイル・ヴィクトーリア)!!


狂熱する地獄の軍勢、その遥か後方。


黄金の玉座で獣は見つめる。最前線で指揮をとる少女の背中を。
熱い視線で見つめている。
彼は何より奮起する英雄を好むが故に。

悪くない。
存外に、悪くない。
魅せろ小さき勇者よ。
私の兵達を見事に惹きつけたその光、実に良い。

さすれば俄然、観たくなってしまうではないか。
いいやもっと魅せてくれ。

苦境と苦難の中でこそ、英雄は尊く輝く故に。
それこそが、より高みへとターニャ・デグレチャフを飛翔させると信じる故に。
私は卿に、至高の戦場を送り続けよう。

そしてもし、叶うならば異界の英雄よ。
この世界(ゲットー)を超越し――



私に、未知を見せてくれ。









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総員、傾注!!




【出展】Dies irae ~Amantes amentes~
【CLASS】ランサー
【真名】ラインハルト・ハイドリヒ
【属性】混沌・悪
【ステータス】
筋力E+++++ 耐久E+++++ 敏捷E+++++ 魔力E+++++ 幸運E+++++ 宝具EX

【クラス別スキル】
 黄金聖餐杯:EX
 本来は宝具の一つ、対魔力の代わりにクラススキルとして所持している。
聖遺物に至るまで魂を喰らった彼の玉体そのもの。
 魂を大量に貯蔵する事による堅牢の究極に、あらゆる防壁を重ね塗りした無敵の鎧。
 現在、グラズヘイムの外に在っては不安定な状態である。

 単独顕現:D-
 単独行動の上位特殊スキル。
 其は一にして全、全にして一のレギオン。
 このスキルを持つ者は即ち――

【保有スキル】

 カリスマ:A+
 軍団の指揮能力、カリスマ性の高さを示す能力。団体戦闘に置いて自軍の能力を向上させる稀有な才能。
 地獄の王として君臨する圧倒的カリスマ。
 唯一このスキルのみ、ランクの下降が見られない。

 軍勢変性(獣):A-
 自己の内側に渦巻く魂の形成、及び能力を発現する。
 軍略を始め、多彩なスキルをD~Aランクの習熟度で発揮可能。
 ランク判定は本人の適性、つまり『好むか否か』。

 破壊のルーン:A-
 意味は「天災」、固定化した状況の打破。
 戦場が拮抗、膠着した際に判定を行い、
 成功すれば軍勢全体をステータスアップ。

 神殺し:D-
 かの者を貫きし神槍の正統継承者。
 神性を持つサーヴァントに対する際にプラス補正が掛かる。

【宝具】

『聖約・運命の神槍(ロンギヌスランゼ・テスタメント)』
 ランク:A- 種別:対人宝具 レンジ:1~99 最大補足:1000

 究極にして最高位の聖遺物。
 鍛治士トバルカインが神の落した星の隕鉄を鍛えて作ったとされる伝説の神槍。
 常人ならば直視するだけで魂が焼却される神造兵器、主となるのは一つの時代に一人のみ。
 振るえば、正しく必中、必殺、必滅の一撃を織りなし、一振りで街を焼け野原に変える威力を誇る。
 またこの槍で聖痕を刻まれた者、刻まれた者に殺された者を死後に地獄(グラズヘイム)に捕え、戦奴に変性させる特性を持つ。

 ランサークラスたる所以だが、現在は城外では半封印中。
 完全に近づくことで使用が可能になるとされる。

『至高天・黄金冠す第五宇宙(グラズヘイム・グランカムビ・フュンフト・ヴェルトール)』
 ランク:EX 種別:結界宝具 レンジ:- 最大補足:-

 修羅道至高天。ここでは固有結界と仮称。
 その理を体現する法則。世界に流れ出す一歩手前の異世界にして、ラインハルト・ハイドリヒの渇望その物。
 即ち「死を想え(メメント・モリ)」の思想と「全てを愛したい」という渇望の具現である。

 不死身の戦奴が無限に殺し合う地獄の魔城。
 スノーフィールドから僅かに位相のズレた次元に展開する事で世界の修正を免れている。
 同様の理由から戦場に直接干渉する事が出来ないが、戦奴の部隊を送りこむことは可能。

『■■■■■■■■■■■』
 ランク:EX 種別:■■■■ レンジ:■■ 最大補足:■■■■

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 まだ諸君らはこの項目を開示される位階に達していない。
 いずれ『その日』に至るまで、奮起奮闘せよ。

【weapon】

「エインフェリア」
 ラインハルトの内側で渦巻く至高天(グラズヘイム)。
 そこで渦巻く戦奴達。全員等しく不死であり、ラインハルトと半同一化している。


【人物背景】
 ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ。
 実在したドイツ軍人であり階級は大将。
 聖槍十三騎士団第一位・首領である。

 彼の者の愛とは破壊。
 幸不幸優劣なく全て平等に愛している。

 その愛と渇望の具現こそがグラズヘイム。
 彼らは旧秩序を破壊し、那由他の果てまで戦い続ける獣の軍勢(レギオン)である。

 黄金の獣の鬣の一本となる事を、至上の悦びとせよ。


【サーヴァントとしての願い】
 旧世界(ゲットー)を破壊する。

【基本戦術、運用法、方針】
 勘違いしてはならない。
 運用するのではない、諸君が彼に運用されるのだ。

【マスター】
 ターニャ・デグレチャフ@幼女戦記

【参加方法】
 郵送で送られてきたトランプに触れ参戦。

【人物背景】
 元は日本のエリートサラリーマンであったが、
 死に瀕した際、神を自称する存在に、異世界に幼女として転生させられる。 

 徹底的なリアリストであり個人主義者。
 非科学的な世界で戦争を知り、しかし適応してみせた。

 帝国軍魔導航空士官、階級は中尉。
 今日も出世の為に奮闘する。

 様々な理由から神を自称する『存在X』への憎悪は深い。


【weapon】
 航空魔導士標準装備
 軍用演算宝珠:エレニウム九七式
 軍用演算宝珠:エレニウム九五式

 魔導宝珠とは魔力をもって飛行や術式展開を可能とする機器。
 中でもエレニウム九五式はターニャ・デグレチャフにしか扱えず、紛れもないチートアイテムだが同時に欠陥品。
 これを使うと強力な力の代償に精神は汚染され、暫く口から神への賛美を垂れ流してしまう。
 神に災いあれ!

【能力・技能】
 戦場における観察眼。
 部隊を率いる将としての指揮力、判断力に優れる。
 また魔導士としての個人武力も抜きん出ており、帝国内外から畏敬を集めるエースオブエース。

 周囲の評価は得ておくものである。


【令呪】
 右手の甲。四つ重なった歯車。


【マスターとしての願い】
 立身出世。
 ……ただ出来るなら、安全な後方で。

【方針】
 では上官の命令通り地獄を創るとしよう。
 諸君、仕事の時間だ。

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最終更新:2017年02月04日 21:36