桃園ラブ&キャスター(溝呂木眞也)◆k7RtnnRnf2




     00/ヒカリを取り戻した悪魔―メフィスト―



 桃園ラブは星空を見上げていた。
 『スノーフィールド』という名前のパラレルワールドが、どんな場所なのかを彼女は知らない。手元にあったスマートフォンによると、聖杯戦争という戦いの舞台になっている世界らしいけど……実感が湧かなかった。
 だけど、今が只事ではないのは理解できる。リンクルンで蒼乃美希達と連絡しようとしたけど、何故か繋がらない。ピルンも不調を訴えているように、身体を捩っていた。

「ピルン……大丈夫だよ。あたしは、プリキュアの力で誰かを傷付けたりなんかしないから!」
「……キーッ!」

 ラブは優しく笑顔を向ける。すると、同じようにキルンも笑ってくれた。
 ラビリンスの悪巧みで不安になっている人達を、こうやって何度も励まして、フレッシュプリキュアは人々の幸せを守り続けてきたのだから。
 美希は完璧に。
 祈里は信じて。
 せつなは精一杯頑張って。
 ラブは……みんなで幸せゲットできるように、力を尽くしてきた。
 それはこの世界でも変えるつもりはない。誰もが不幸にならない為にも、聖杯戦争を止める……聖杯は願いを叶えてくれると書いてあったけど、とても信じられなかった。

「それがお前の願いか……マスター」

 決意を固めるラブ達を見守るのは、黒装束に身を包んだ大男。
 彼こそが、キャスターのクラスとして召喚されたラブのサーヴァントだった。

「えっと……あなたがあたしのサーヴァントの……キャスターさん、でしたよね」
「ああ。まさかお前のような子どもが俺の上司とはな……フッ、どうやら俺は子どもに縁があるみたいだな」
「えっ? あの、もしかしてあなたは学校の先生か保育士でもやっていたのですか……?」
「だとしたら、どうする? 俺に子守りでもして欲しいのか」
「いえ、結構です……」

 やや皮肉げに笑うキャスターの言葉に、ラブは否定する。
 彼の瞳は猛獣のように鋭く、そして全身からも重苦しい雰囲気を放っていて、一緒にいるだけで緊張感が走った。
 こんな男が子どもと触れ合う姿が全く想像できない。カオルちゃんとはまた違った意味で怪しげで、そして怖かった。もしもラブがもう少し小さかったら、絶対に泣き出してしまうかもしれない。


 そして今、そんなキャスターはラブのことをまじまじと見つめている。
 いや、正確にはこの手に持つリンクルンに視線を注いでいるようだった。

「……あの、どうかしましたか?」
「お前……光を持っているのか?」
「光?」
「お前からは光が感じられる。俺が見てきたものに比べれば、微々たる光だが……闇を振り払い、そして人を救ってきたのか」

 唐突過ぎる問いかけだけど、それは決して無視できない。
 ラブにとって全ての始まりとも呼べて、今でも決して忘れることができないトリニティのコンサートが行われた日。あの時、プリキュアの光と巡り会ったことでキュアピーチとして覚醒し、それから多くの心を救った。
 すべてを賭けてイースとぶつかり合って……本当の友達になった。トイマジンを憎しみから解放して、おもちゃ達の幸せを取り戻した。自らの過ちを悔んだ友達の為に、プリキュアとなって戦った。
 だから、キャスターの言葉は間違っていない。

「だがな、人の心は弱く、世界は闇で満ちている……だから人はそれにたやすく呑まれてしまう」
「えっ!? それは違います! だって……!」
「何故なら、俺がそうだったからだ」

 ラブの反論を無視するように、キャスターは語る。
 その表情からは、どこか後悔の想いが感じられた。まるで、親友の東せつながイースであった頃の過ちに苦悩していたように。

「俺はかつて、ビーストという人間に仇なす怪物達と戦っていた。奴らは世界の闇に潜み、人間達を襲い、恐怖と絶望を餌としていた……
 そいつらを滅ぼす為に俺は力を求め、武器を手にし、戦った……戦い続けた。
 だがな、それは間違いだった」
「間違いって……何が間違いだったんですか? そのビーストって奴らから……あなたはみんなを守る為に頑張っていたんじゃ……?」
「それは違うな。
 俺の中にはビーストへの恐怖心がいつだって潜んでいた。それを振り払う為に力を求めたが、いつしかそれに溺れてしまい……闇に利用された。
 そして俺はおぞましい悪魔……メフィストとなって、人間達を苦しめた。
 力に溺れてしまった俺は、まるで全能の神にでもなったつもりなのか……人間達の希望を平気で踏み躙り、そして多くの絶望を生み続けたのさ」

 キャスターの言葉を耳にし、そして瞳を見る度に……ラブは胸が締め付けられてしまう。
 彼が何を見てきて、そして何を感じてきたのか。出会ったばかりのラブに知る術など持っている訳がない。
 だけど、少なくとも彼は優しい人間であるはずだった。始めは、みんなの為に頑張りたいと思って悪い奴と戦い、みんなの幸せを守っていた。そんな尊い決意は、プリキュアのみんなだって持っている。
 それが何かのきっかけで歪んでしまい、不幸が生まれてしまった。


 ふと、ラブは考えてしまう。
 もしも彼の隣に自分がいたら、彼のことを救うことができたのかと。キャスターと一緒にビーストと戦って、平和に暮らしている人の笑顔を見守り、間違えたことをしそうになったら……本気で止める。
 そんな可能性が過ぎってしまい、心が痛くなった。


 管理国家ラビリンスだけではない。妖精学校や夢の世界に向かって、妖精や子ども達を救う為に戦ったことだってある。
 その度に、みんなが幸せになれたとラブは信じていたけど……それは違った。不幸はどの世界でも生まれていて、たくさんの人が悲しんでいた。
 ここにいるキャスターだってどこかで苦しんでいたはずなのに、ラブはそれに気付くことができなかった。本当なら彼らが生きる世界にも赴いて、そして救わなければいけなかったのに。


 いたたまれなくなって、何を言えばいいのかわからなくなってしまう。
 あなたは悪くありません、なんて否定は意味がない。
 これから一緒に罪を償いましょう、なんて励ましを言っても、心に届くとは限らない。


 彼はせつなと同じだった。
 過去の過ちを抱え込んで、それに苦しみ、自分を愛せなくなっている。きっと、帰る場所だってないかもしれない。
 しかし、キャスターの為に何をしてあげればいいのか、ラブには思い浮かばなかった。せつなと違って出会ったばかりの男の人だから、どうすれば幸せにできるのかなんてわかる訳がない。
 それでも、彼のことを救ってあげたかった。

「キャスターさん……あの、あたし――――!」
――――グアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァッ!

 ラブは言いかけたが、そこから先は続かない。何故なら、彼女の言葉を遮るかのような叫び声が、闇の中より発せられたからだ。
 耳をつんざく叫びは鼓膜で暴れ周り、そして周囲を容赦なく震撼させる。それはもはや声などではなく、暴風と呼ぶのが相応しかった。
 唐突すぎる咆哮にラブは跳び上がってしまい、反射的に振り向く。そうして現れた生物を前に、彼女は目を見開いた。

――――グアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァッ!
「ナ、ナ、ナ、ナケワメーケ!?」

 ラブが見上げているのは、全長40メートルは軽く超えるであろう、不気味な生物。その外見はナケワメーケやナキサケーベはおろか、ソレワターセよりも遥かに禍々しい。
 骸骨のような頭部からは凄まじい迫力が放たれていて、蛇腹状の筋肉も異様なまでに盛り上がっている。身体の至る所には結晶のような物が飛び出ているが、美しい輝きなど放っていない。
 まるで、怪獣と呼ばれても何らおかしくなかった。

――――グアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァッ!
「えええええええええぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

 そして現れた怪獣は、隕石のような拳をラブに向けて振り下ろしてくる。
 プリキュアに変身する暇もない。混乱した思考では、その為に必要な動きを取る余裕がなかった。

「捕まれ!」
「きゃあっ!」

 だけど、そんなラブの身体をキャスターは強く抱き寄せて、そして勢いよく走り出す。その脚力は人間とは思えないほどに凄まじく、プリキュアに匹敵するほどだ。
 派手な爆音が鳴り響き、二人の頭上に土埃が止め処なく降り注いだ。ラブはキャスターの腕の中で、先程まで立っていた場所が拳で潰されたのを見る。
 キャスターがいなければ、今頃はあの拳の下敷きになっていた。それに気付いて、ラブは命の恩人の顔を見上げるが、当の本人は怪獣を睨んでいる。まるで、憎むべき仇を見つけたように、瞳は鋭くなっていた。

「キャスターさん?」
「マスター、お前はここにいろ。奴は俺が片付ける」
「えっ? あの、待ってください!」

 キャスターはラブに見向きもせず、怪獣を目掛けて走り出す。
 どんどん離れていく背中を呼び止めようとした瞬間、男の身体から眩い光が放たれ出した。闇を払い、全てを照らす太陽のように眩く、そして暖かい。
 その輝きに思わず目を瞑ってしまう。しかし次の瞬間には、ズシンと、凄まじい振動が足元から伝わってきた。
 ゆっくりと瞼を開けると、そこには一人の巨人が降り立っていた。

「…………えっ?」

 山のように大きな背中は、背骨のような飾りが備わっていて、一見すると近寄りがたい。しかし、ラブはそれが恐ろしいとは思わなかった。
 黒と赤に彩られた背面からは、デジャビュを感じてしまう。つい先程、怪獣に立ち向かった男の背中とよく似ていた。

「あなたは……もしかして、キャスターさんですか!?」

 ラブは大声で問いかけたが、巨人は返答もせずにただ怪獣と睨み合っている。
 根拠はないけど、ラブは確信していた。ここに現れた巨人の正体は、あのキャスターであり、そしてたった一人で戦おうとしていることを。


      †


 キャスターのクラスで召喚されたダークメフィスト/溝呂木眞也は己の運命を嗤っていた。
 ビーストと戦う為の力を求めて、それに溺れてしまい、挙句の果てに影(アンノウンハンド)の操り人形となってしまった。神に迫る完全たる存在になったと驕っていたが、実際はただの道具に過ぎず、アンノウンハンドに踊らされていただけ。
 その報いなのか、サーヴァントという名の道具になって、再びメフィストとして戦うことになった。しかも従う対象が、自分よりも遥かに幼い少女。
 皮肉なものだ……そう、メフィストは自嘲する。

(俺の過ちを正せと……そういうことなのか?)

 溝呂木に残った最期の記憶。かつてあれだけ執着していた西条凪の腕の中で、人間として罪を償って生きろと告げられた。
 死んで楽になることは許されない。己がマスター・桃園ラブを守り、彼女の願いを叶える為の戦士になる……それが、贖罪なのか?

――――グアアアアアアアアアアアアアアッ!
「フンッ!」

 目前より迫るのは、これまでに見たことがない新手のビースト。恐らく、敵となったマスターが使役する大型のサーヴァントだろう。
 奴は耳障りな叫び声をあげながら拳を振るうも、メフィストは跳躍することで軽々と避ける。そのまま背後に回り込んで、無防備な背中を目がけて前蹴りを叩き込んだ。
 何の抵抗もできずに、ビーストは地面に倒れ伏せる。多くの人間を絶望に追いやった力は、未だ健在らしい。
 当然ながら、たった一発で死ぬ訳がなく、起き上がったビーストは殺意で満ちた視線を向けてくる。だが、メフィストはそれに構わず、懐に潜り込んで顎を殴り付けた。
 その巨体は宙を舞った後に、遥か遠くに吹き飛ばされた。

「ハアッ!」

 だが、それで終わることなどせずに、追いうちをかけるようにメフィストクローからエネルギー弾を発射する。一秒間に連続で放たれた力は、ビーストの巨体で爆発を起こした。
 一度は消えたはずの鉤爪は、どうやら再びメフィストの力となるらしい。運命は、犯した大罪を忘れさせてはくれないのだろう。
 ウルトラマンを幾度も苦しめてきたその武装は、彼にとって罪の証とも呼べる代物だが、決して悲観などしない。この状況で一つでも多くの武装があるのは好都合で、己の力として利用させて貰うだけだ。

(孤門、姫矢……お前達も、こうしてビーストと戦っていたのか?)

 不意に、彼の脳裏にかつて戦ってきた者達の姿が浮かび上がる。
 孤門一輝。一度は操り人形として変貌させようと企んだが、それに屈することなどせずに運命と戦ってきた坊やだ。恋人である斎田リコを殺し、ファウストという魔人に変えて弄った溝呂木を憎んだが……決して殺意を見せなかった。孤門自身も、一度は溝呂木によって闇の申し子にされかかったにも、関わらずだ。
 姫矢准。ウルトラマンの光を得て、幾度もメフィストやファウストと戦った男だ。たった一人で人類の為に身を捧げ、その果てに終焉の地でメフィストを打ち破った。その背中には、数え切れないほどの命を背負っていたのだろう。
 そして千樹憐。己の意志と力だけでメフィストに変身した溝呂木に協力した青きウルトラマン。彼のことは何も知らないが、孤門や姫矢のような赤く熱い鼓動を宿らせているだろう。
 彼らは今のメフィストのように、何度もビーストと戦っていた。どれだけ傷付こうとも、無様に逃げ出そうとせずに立ち向かった。

――――グアアアアアアアアアアアアアアッ!

 メフィストクローでビーストの体表を切り裂く。
 耳障りな悲鳴をあげながら、敵は後退した。剛健な体躯を誇っているが、メフィストからすれば恐れるに足りない。
 常人なら一瞬で失神するであろう威圧感もメフィストにとっては見慣れたもので、最早そよ風に等しかった。生前、数多のビーストを使役した今となっては、たかが一匹程度で畏怖するなどあり得ない。


 もう一度。今度は体表から生えた結晶を砕くように、メフィストクローを突き刺す。そこから左腕にエネルギーを込めて、目前から暗黒の弾丸を放ち、巨体を吹き飛ばした。
 ドガガガガガガガガッ! と、クロムチェスターの光線に匹敵する程の轟音が鳴り響き、震動が全身に伝わる。視界と共に地面も揺れるが、メフィストはひたすらにエネルギー弾を放ち続けていた。
 一発命中する度に、凄まじい爆発がビーストの体表で起きる。奴は悲鳴を発しているだろうが、それは爆音によって掻き消されていた。

(マスター……お前には俺が何に見える? 人類を救う救世主か? あるいは、平穏を脅かす悪魔か?)

 ビーストが苦しむ姿に目を向けず、豆粒のように小さい己がマスターに振り向く。
 彼女は困惑したようにメフィストを見上げている。この姿を恐れているのか、それとも未だに戦いを受け入れられないのか。あるいはその両方か。
 この姿は人類を照らす光の申し子ではなく、影によって産み落とされた悪魔の成れの果て。例え影から解き放たれたとしても、人間にとってはおぞましい存在と見られるかもしれない。

――――お前は人形……ただの、道具だ!――――

 脳裏に影・アンノウンハンドの嘲りが響き渡る。
 奴は今もどこかで自分を見つめて、虎視眈々と狙っているのではないか。キャスターだけではなく、この手で守らなければならないマスターすらも。
 石堀光彦という男の仮面を被り、ナイトレイダーの隊員を装って、今も人間達を嘲笑っているはずだ。
 それこそ、闇から解き放たれた溝呂木を、サーヴァントという名の人形と見下していることすらも考えられる。



 ……そんな不安が湧き上がるも、メフィストは振り払った。
 余計な思案などしてはそれが戦闘中における隙となってしまい、敗北する。こんなのは初歩の初歩だ。
 ただ、この手でビーストを屠り、マスターを守る。今はそれだけさえあれば十分だ。

(凪……お前は俺を笑うか? 蔑むか? お前は言ったな、俺は人間として生きて……償うべきだと。
 だが、こんな形で戦うことになると知って、何を思う?)

 例え贖罪を決意し、一人の少女を守ろうとしても……己が怪物であることに変わりはない。そんなメフィストを見たら、果たして西条凪は何を想うか。
 マスターとなった少女を支えるか。それとも、少女を守る為にメフィストを討ち取ろうとするか。あるいは、贖罪の手助けをするか。
 ビーストに攻撃を加える度に、疑問が湧き上がる。違う肉体を手に入れたとしても、彼女への未練が消えることはない……メフィストはそれを改めて認識するが、凪への想いはもう届かない。

――――グアアアアアアァァァァァァッ……!

 幾度にも渡るメフィストの攻撃によって、既にビーストの叫びは弱々しくなっている。
 決着を付ける時だ。メフィストは再び膨大なるエネルギーを両腕に込めて、L字を組む。ダークメフィストが誇る必殺光線……ダークレイ・シュトロームの構えだ。
 漆黒のエネルギーはビーストを目がけて突き進み、その巨体を貫く。ウルトラマンネクサスが、こうして何度もスペースビーストを打ち破ってきたように……今度はダークメフィストが、ビーストを打ち破ろうとしていた。
 オーバーレイ・シュトロームに匹敵する威力に、ただ頑丈なだけのビーストが耐えられる道理などない。辺り一帯を揺るがすほどの爆発音を轟かせながら、細胞一欠けらも残さず消滅するだけ。
 その大爆発によって、ほんの一時とはいえ周囲は光で照らされていった。



      †



 目の前で繰り広げられていた戦いは、プリキュアとして幾度も戦ってきたラブですらも立ち尽くしてしまうほどだった。
 キャスターという謎に満ちた男はただの人間ではない。プリキュアのように……いや、プリキュアよりも遥かに大きくて強そうな巨人に変身して、怪獣と戦っていた。まるでTVの特撮ヒーローのようで、思わず息を呑んでしまう。
 そんなキャスターは今、元の姿に戻ってラブの前に立っていた。

「キャスターさん、あなたは一体……?」
「見ろ。これが俺の力だ」

 己の力を誇る訳でも、勝利を喜ぶ訳でもなく……淡々と結果を告げる。その瞳は相変わらず寂しげに見えた。

「マスター……お前は言ったな。誰のことも傷付けたりしないことが、お前の願いだと」
「は、はい! みんなには笑顔でいて欲しいですし……こんな戦いに乗ってまで願いを叶えるなんて、あたしは嫌です!」
「そうか」

 ラブの想いをキャスターは肯定する。
 自分自身の幸せを、そしてみんなの幸せを潰すことなんてラブにはできない。
 聖杯を手に入れて幸せを手にしたとしても、それは自分で掴み取った幸せではない。どんなに苦しく、間違えることがあっても……自分で努力して掴まなければ、心から幸せになれなかった。


 聖杯は、ラビリンスが生み出した人工コンピューター・メビウスと同じだった。
 メビウスに管理された世界には悩みや苦しみはないけど、幸せと思いやりだってなくなってしまう。失敗し、何度でもやり直すからこそ……人は幸せになれる。
 そのチャンスを奪って、人を不幸にしてまで願いを叶えても、その先にあるのはもっと大きな不幸だけだった。

「ならば、忠告をしておく」
「忠告?」
「『怪物と戦う者は気を付けろ。深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ』……そんな言葉があるみたいだぜ」
「し、しんえん……? えっと、新年の挨拶ですか?」
「………………」

 間の抜けたラブの答えにキャスターは溜息を吐く。

「…………要するに、俺達はいつでも狙われている。お前がどんな願いを抱こうとも、聖杯を求めて戦う者からすれば……そんなのはただの綺麗事。
 お前は隙だらけだ。例えどれだけ大きな光を持っていようとも、甘さが命取りになるぜ」
「……やっぱり、聖杯が欲しくて戦う人って、いるのですか? 自分の為に、誰かを不幸にする人も……」
「いなかったら、最初からこんな戦いなんて起こる訳がないだろう?」

 冷徹とも取れるキャスターの言葉だが、ラブはそれを否定することができない。
 何故なら、ラビリンスが人々を不幸にしてきた光景を、ラブは何度も見てきたのだから。せつな達がまだラビリンスの幹部だった頃、ナケワメーケ達を使ってFUKOのゲージを貯めていて、それを少しでも食い止める為にフレッシュプリキュアは戦っていた。
 サウラーがナケワメーケでみんなのお母さんを消して、ノーザがソレワターセを使ってあゆみを鏡の中に閉じ込めたように…………聖杯を手に入れる為に、手段を選ばない人は必ずいる。
 キャスターはそれを伝えたかったのだろう。


 巨大なサーヴァントが倒されて、それを操るマスターがどうなったのかを知らない。
 無事でいるとは思えない。しかし、ラブには戦ってくれたキャスターを責めることはできなかった。彼が戦ってくれなければこの命を奪われていただろうし、何よりも街に生きる人達が犠牲になってしまう。
 ……けれど、この結果を『仕方がない』という一言で片付けたくなかった。




「闇はいつでも俺達を狙っている。少しでも隙を見せたら、かつての俺みたいになるぜ?」
「それって、キャスターさんのことを言っているのですか? でも、今のキャスターさんはあたしを助けてくれたじゃないですか!
 あなたは悪い人じゃ……!」
「それが甘いと言っているんだ!
 俺は確かに闇から解放されたが、奴らは俺をまた操り人形にするはずだ。いや、俺だけじゃない……マスターまでもが、道具にされるだろうな。
 そうなったら、マスターの左手に刻まれた令呪で、俺は殺されるだろう」
「えっ!?」

 キャスターの衝撃的な発言に、ラブは動揺する。
 そして彼が示した、左手の甲に描かれている紋章……令呪に目を向けた。

「確か、そいつさえあれば俺達サーヴァントにどんな命令でも与えられるらしいな?
 なら簡単だ……もし俺が用済みになっては、マスターの意志を奪った影は、そいつで俺に命令させるだろう。自害しろ、ってな……」
「そんなこと、できるわけありません! キャスターさんの自由を奪って、あなたの幸せを奪うようなことをするなんて!
 もしも影が襲ってくるのなら……あたしも影と戦います! みんなを不幸にする奴らなんて、絶対に許せませんから!
 例え、また影があなたを狙ったとしても、あたしは止めてみせます……令呪じゃなくて、あたし自身の力で!」

 令呪に願いを込めれば、どんなことでもサーヴァントは叶えてくれるらしい。だけど、それで止められたとしても、何の意味があるのか。
 かつてイースであったせつなをラビリンスから抜け出させる為に、ラブは自分の全てを賭けて戦った。彼女の悲しみと涙を止める為に、全力で想いをぶつけたからこそ、お互いにわかり合うことができた。
 だから、もしもまたキャスターが悪いことをしそうになったら、ラブの力だけで止めなければならない。魔法のランプのような力に頼らず、自分自身の想いを込めて。

「お前は何も知らないから、そう言える。例えマスターがどんな戦いを乗り越えていようとも、奴らは狡猾で、そしてあらゆる手段で人間を絶望させてきた。
 俺を止める? ハッ……変わったことを言うマスターだ」
「そうかもしれません……でも、諦めたくないんです! 自分の幸せも、キャスターさんの幸せも……両方ゲットしたいから!」
「俺の幸せ?」
「キャスターさんがどんな人で、何が好きで、何が嫌いで、どうすれば笑ってくれるのか……あたしはわからないです。でも、あたしはあなたのことを知りたいと思っています!」
「俺が、お前のサーヴァントだからか?」
「違います! マスターとか、サーヴァントとか、そんなよくわからないことなんかじゃなくて……あなたにも幸せになって貰いたいから!」

 それがラブの想いだった。
 せつなの幸せをせつなと共に探したように。今度はキャスターと共に、キャスターの幸せを見つけたいと願っていた。
 聖杯に頼らず、自分自身の力で。

「…………そんなもの、考えたこともないな。誰かを絶望させ続けた俺が、今更幸せになど……」
「なれますよ! あたしも、一緒に探しますから!
 じゃあ、あたしからマスターとしての最初の命令を言います!」
「命令?」
「あたしと一緒にやり直しながら、キャスターさんの幸せを見つける! はい、これがあたしからの命令です!」

 令呪の力を借りず、何の強制力もないラブの"命令"。キャスターの贖罪を手伝いながら、キャスター自身が本当の幸せをゲットできるように頑張ることだった。
 当のキャスターは一瞬だけ呆気にとられるも……すぐに苦笑を浮かべた。

「全く、どこまでも変わったマスターだ」
「あっ! それ、どういう意味ですか?」
「言葉の通りだ。お前は甘い……甘すぎる。だが、他ならぬマスターからのご命令だ……覚えておこう」
「本当ですか!?」
「ああ。しかし、忘れるな……俺達は狙われていることを。ここは戦場で、ビーストの他にも敵が大勢いるってことをな」

 キャスターの言葉は相変わらず胸に刺さるが、それでもラブは決して挫けたりなどしない。
 こうすることで、彼との距離が少しだけでも縮まり、お互いがわかり合えるきっかけになったはず。だから、キャスターの言葉をしっかりと胸に叩きこんだ。

「わかりました。キャスターさん……一緒に、頑張りましょう! みんなの為にも、そして……あなたの為にも!」

 みんなの幸せの中には、キャスターだっていなければならない。
 それこそが、この世界でやるべきことだと桃園ラブは確信していた。







【クラス】
 キャスター

【真名】
 溝呂木眞也@ウルトラマンネクサス

【ステータス】
 筋力B 耐久A 敏捷A 魔力A+ 幸運C 宝具B

【属性】
 混沌・善

【クラス別スキル】

 陣地作成:A+
 魔術師として、自らに有利な陣地を作り上げるスキル。
 かつてはダークメフィストとして幾度もダークフィールドを生み出していたが、今の彼は影から解放されているのでダークフィールドを生み出せない。
 彼が形成する空間は、メタフィールドと同等の性質を持つ。

 道具作成:-
 かつてはその手で殺した人間を操り人形にしてきたが、今の彼にその力は存在しない。
 同様にビーストの使役も不可能。

【保有スキル】

 贖罪:A
 人間として生きて、己が罪を償うと誓った彼が手に入れた光。
 これを掲げた時、彼は光を持つ悪魔へと変身することができる。

【宝具】
『影より解き放たれ、過ちを正そうと誓う悪魔(メフィスト)』
 ランク:B 種別:対軍宝具 レンジ:- 最大捕捉:-
 影の力ではなく、光によって再び姿を現した悪魔。
 ダークエボルバーを必要とせず、自らの心に取り戻したことで変身したその姿はまさにウルトラマンと呼ぶに相応しい。
 己の罪を償うという決意に答えたのか、その手に持つメフィストクローも人間を守る為の力となっている。
 闇の色を持ちながらも、そこには溝呂木眞也という男が最期に抱いた真っ直ぐな決意が込められるようになった。

『異空間(メタフィールド)』
 ランク:EX 種別:対界宝具 レンジ:- 最大捕捉:-
 ウルトラマンが本来の力を発揮する為に作り出す空間で、ここにスペースビーストを引き摺りこむことで有利に戦える。 
 現実世界から確認することは不可能で、突入も極めて困難。突入にはハイパーストライクチェスターあるいはそれに匹敵する規模の武装が必要とされる。
 かつてはダークフィールドと呼ばれ、闇の巨人とスペースビーストを有利にさせてウルトラマンの力を奪う為の空間だったが、今の彼にその意思はない。
 光を強化させる空間となったが、展開する為には多大な力を消耗し、一定時間を過ぎると自動的に消滅してしまう。故に三分間の使用が望ましい。
 善の属性を持つサーヴァントのステータスを一ランク上昇させて、悪の属性を持つサーヴァントのステータスを一ランク減少させる。



【Weapon】
 ダークメフィストとしての力
 メフィストクロー


【人物背景】
 かつてはナイトレイダーの副隊長として人類に仇なすスペースビーストと戦っていたが、次第に力に渇望して、そこを影―アンノウンハンド―に付けいられてしまった。
 アンノウンハンドによって操り人形とされ、ダークメフィストとなった彼は斎田リコを始めとした多くの人間を殺め、そして姫矢准が持つウルトラマンネクサスの光を求めた。
 その果てに彼は、終焉の地に誘き寄せたウルトラマンネクサスを処刑しようとするも、ナイトレイダーの力によって復活したウルトラマンに敗れ去る。
 それ以後、溝呂木眞也は記憶を失ってしまい、TLTに拘束される。そこで全ての記憶を取り戻し、自らの罪に苦悩するも、それに対する贖罪を決意する。
 だが、新たにアンノウンハンドの操り人形となった三沢広之/ダークメフィスト・ツヴァイの不意打ちによって傷を負ってしまうが、己の力で光を集めて再びダークメフィストに変身し、千樹憐が変身するウルトラマンネクサスと共に戦う。
 メフィストはメフィストツヴァイを抑え込み、自らもろともウルトラマンネクサスに打ち破るように懇願した。
 最期、人間としての心を取り戻した彼は、特別な想いを寄せていた西条凪の腕の中で静かに息を引き取った。
 声優の沖佳苗氏は特撮雑誌・宇宙船のコラムにて、溝呂木眞也というキャラクターについての思い入れを語ったことがある。


【サーヴァントとしての願い】
 己の罪を償い、マスターを守る。


【マスター】
 桃園ラブ@フレッシュプリキュア!

【マスターとしての願い】
 聖杯に頼らず、キャスターさんの幸せを見つけてみせる。できることなら犠牲を出したくない。

【weapon】
 リンクルン

【能力・技能】
 伝説の戦士・プリキュア……キュアピーチに変身して、大きな戦闘能力を発揮することができる。
 桃園ラブ本人は料理が得意で、ダンスのレッスンを受けているので人並み以上の体力を持っている。
 ただしリンクルンの通話機能に関しては、聖杯戦争の世界に限定。

【人物背景】
 何事にも前向きで一生懸命。自分よりも他の誰かの為に行動し、いつだってみんなの幸せを守ってきた。
 憧れのダンスチーム・トリニティのダンスコンサート会場にラビリンスの怪物・ナケワメーケが現れた時、トリニティのリーダー・知念ミユキを守りたいと願ったのをきっかけに、キュアピーチとして戦うようになった。
 それ以降、スウィーツ王国の妖精にして王子のタルトや、赤ちゃん妖精のシフォンと出会う。そして幼馴染の蒼乃美希と山吹祈里も、それぞれキュアベリーやキュアパインとして覚醒し、彼女らと共にラビリンスから幸せを守ると決意する。
 ある時、友達と信じていた東せつながラビリンスの幹部・イースであることを知った時は動揺し、戦えなくなったものの、美希の叱咤を受けて立ち上がり、彼女と気持ちをぶつけ合った。その果てにせつなはラビリンスによって強制的に寿命を終了させられるも、駆け付けたアカルンによりキュアパッションとして生まれ変わる。
 そうして自分自身の罪と戦うと決意したせつなを受け入れて、フレッシュプリキュアは結成された。
 彼女達は絆を深め合いながら人々の幸せを守る為に戦い、そしてラビリンスから全てのパラレルワールドを守り抜いた。


【方針】
 聖杯に頼らず、キャスターさんの幸せを見つけてみせる。


【把握媒体】

 ウルトラマンネクサス
 全37話の特撮作品(外伝1話、前日談となる映画が一作)
 昨年、コミカライズ版も発売された。
 短編小説はあるが、こちらは現在では入手困難。

 フレッシュプリキュア!
 全50話のアニメ作品(劇場版1作、他シリーズと共演する映画シリーズが複数)
 コミカライズ版や後日談となる小説版も発売されている。




タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2016年11月26日 11:51