ガーディアンズ◆cjEEG5KiDY
「じゃあ、行ってくるよ」
コートを羽織り、玄関まで見送りに来てくれた彼女、羽二重菜々に微笑みかける。
昼とはいえ日本と比べれば治安の悪い外国、おまけに近頃は不穏なニュースも多い。そんな中を女一人で出かけようとしている事に対して、微かに不安げな表情を見せる彼女。
必要な事とはいえその不穏なニュースのために彼女に嘘をついて出歩くことになり、結果としてあの愛くるしい笑顔を曇らせてしまっている事に対する罪悪感で、チクリと胸が痛んだ。
後ろめたさを払拭するように笑顔を浮かべ、「そんなに心配そうな顔をしないで欲しい」という言葉をかけながら彼女の頬に右腕を伸ばす。
頬を撫でる指先や掌から伝わる柔らかで暖かな感触。
あの時、宙を舞う自分の右腕を見て、もう得ることの出来ないと思っていた感覚を私はまた味わえている。
今の状況は、ここに来るまでの過程も含めて最悪の一言と言えるけれど、こうやってまた彼女と触れあえる事だけは深く感謝していた。
困ったように、彼女が微笑みを返してくれる。ああ、やっぱり菜々は笑っていてくれた方がいい。
例え私の目の前にいる彼女が、私の知る本来の彼女ではないと理解していても、私はそう思わずにはいられなかった。
家を出ると同時に自分の身体に魔力を回す。
黒い髪が明るい茶髪に。
来ていた衣服はコートとロングブーツに。
スノーフィールドに吹く風に合わせて、トレードマークのマフラーがたなびく。
ヴェス・ウィンタープリズン。
私、亜柊雫の魔法少女としての姿。
魔法少女というのは基本的に目立つ姿をしているが、私の衣装はそこまで浮世離れしているものではない。それこそこの姿で街を歩いても怪しまれない程度には。
それは聖杯戦争のマスターである亜柊雫という存在を隠すには丁度良いと言えた。
魔法少女の姿になれるというのに魔法の端末が機能していないのは不思議な話だけど、生き残るための力はあるに越したことはない以上、儲けものだと思う事にしている。
「待たせたね、ランサー」
人目につきづらいビルの屋上、私の声にあわせて1つの影が実体化した。
緑を基調とした服に右腕を覆うガントレット。
茶色の顎髭と眠たそうな目が特徴的な男だ。
この聖杯戦争での私のパートナー、ランサーのサーヴァント、真名をヘクトール。
トロイの木馬の語源であるトロイヤ戦争で活躍した英雄、らしい。あまりそういった話には詳しくはないのでよくは知らないが。
聖杯戦争。
あの廃寺でスイムスイムとその仲間に襲われ命を落とす寸前の私が、咄嗟に触れた白紙のトランプによって連れてこられた新たな殺し合いの場。
切り飛ばされた記憶と感覚が鮮明に残る右腕が存在する違和感を切欠に全てを思い出してしまった私は否応なく参加させられる事になってしまった。
それからはランサーを伴って他の参加者が起こしているであろう事件を追って調査をしているというのが現在の状況だ。
「なーに、性分上、待つのは苦にならない方でね。しかし相変わらずいらん苦労をするねえ、ウチのマスターは」
苦笑混じりのランサーに対して、無言で肩を竦める事で応える。
聖杯戦争に臨むにあたって、1つの問題が生じた。それはランサーが活動するために供給する魔力についてだ。
聖杯とやらから送られた知識で、サーヴァントが実体化し活動するための魔力はマスターから賄われるという事は把握していたが、まさか魔法少女に変身していなければ満足に魔力も供給できないとは思ってもいなかった。
確かに亜柊雫の時は魔法が使えないため理屈としては合っている。だが理解しろと言われたら話は別だろう。
結果として、私はヴェス・ウィンタープリズンに変身しなければ、ランサーを現界させるのがやっとといった状態だ。
ランサーに戦闘まで行わせるのであればどうしてもウィンタープリズンに変身する必要がある、がそうすると元の世界とは違い魔法少女の事なんて微塵も知らないこちらの菜々からは離れなければならない。
余計な混乱を招くだろうし、もし、ウィンタープリズンが彼女と一緒にいるのが他のマスターに知られたら、敵は間違いなく彼女にも矛先を向けるだろう。
彼女と離れ、不安にさせてしまう事には酷く心が痛むが、それでも私の戦いに彼女を巻き込むなんて事があってはならない。
ランサーが"いらぬ苦労"と言ったのはこの事である。
彼女が巻き込まれることを防ぐのなら、もっとも確実な手段は彼女から距離を置くことだ、聖杯戦争の期間が長期化することは希な以上、適当な理由をつけて手頃なホテルでも拠点にすればいいとはランサーの言だったが、私はそれを拒んだ。
彼女の元を長期間離れたくないという個人的願望がなかったかと問われればその通りではあるが、それ以上に、もし私が離れている間に彼女に何かあったらと思うと、とてもではないが承服は出来なかった。
私の望みが元の世界に戻り、私の世界の菜々を守り抜く事だとしても、それがこの世界の菜々を無視していい理由にはならないのは当然の話だ。
「あのお嬢ちゃんは、マスターが元いた世界のお嬢ちゃんじゃあないってのに、ご熱心だことで」
「私にとって菜々は菜々さ。そこに元いた世界もこの世界も関係ないよ。ランサー」
ランサーから聞き知っている。
この世界で私達の知人の姿を象っている住人達は厳密に言えば私達の知る知人本人ではないと。
だが、それがなんだと言うのだろうか。
私と共にいてくれて、私に微笑みかけてくれる。それだけで彼女を守る理由としては十分過ぎるくらいである。
あの菜々が元の世界の菜々ではないとしても、私にとっては彼女が菜々である以上は何があっても彼女と彼女の笑顔を守る事は優先すべき事の1つなのだ。
「いやはや、まったくもって難儀なマスターだよ、お前さんは」
私の体質、私の意向、その双方を見ての『難儀』という言葉。
彼に苦労をかけているという自覚もあるし、申し訳なさも多少なりとも覚えてはいるが、だからと言って変えるつもりも更々ない。運が悪かったと諦めて貰うしかないだろう。
「そんな難儀なマスターにわざわざ付き合ってくれている事には感謝しているさ」
「そりゃあオジサンはサーヴァントだからね、呼ばれたからには仕事はキッチリやりますよっと」
「ありがたい話だよ」
軽飄な笑みを浮かべるランサー。
実際問題として、私のスタンスは組んでいるサーヴァントからしたらやきもきするところは多々あるだろう。
それでも文句こそ言え付き合ってくれるという点では、私は恐らく当りと呼べる類のサーヴァントを引けたのだなと思う。
彼と最初に会った時、私はここに至る顛末からこの戦いにおける方針、そして聖杯に託す望みまで隠すところなく彼に伝えた。
菜々はまだ魔法少女達の争いに身を置かれている。スノーホワイトやトップスピード、リップルであれば信はおけるがカラミティ・メアリやスイムスイム一派といった危険人物、そして何よりもクラムベリーという一番危険な女が残っている。私が倒れた今、彼女は格好の獲物と認識されてしまうだろう。
私は一刻も早くあそこに帰らなくてはならない。
今度こそ、命に替えてでも最後まで彼女を守り通さなくてはいけないのだとランサーに伝えた。
「まあ、マスターの望みってのは理解した。それでお前さんはその望みの為に他のマスターを殺す意思ってのはあるのかい?」
ランサーの問いに私は頷く。
そもそも、人ならば既に一人、あの場でピーキーエンジェルズの片割れを殺している。
今さら何人殺したところで変わらない、などと人非人の様な事を言うつもりはないけれど、大切な人を守る為ならば例え相手が誰であろうと殺す意思はとうに固めていた。
何があっても彼女の笑顔を守りたい。その想いは今でもずっとこの胸に宿っている。その為に血を被ることを厭うつもりなど私にはない。
「覚悟が決まってるっていうんなら、及第点かね。OKだマスター、オジサンは今からお前さんの槍になってやる。誰かを守る為の戦いだっていうんなら、振るわれる甲斐もあるってもんだ」
だけどよ、とランサーは続けた。
「"命に替えてでも"なんて言葉は滅多に使うもんじゃねえぞ。マスターが守る為に戦うっていうんなら、まずは自分が生き延びる事を考えな。例え守りきれたって、お前さんが死んだらそこから先は誰がそいつを守ってやれるんだ? 守りたい奴が無事で、お前さんが生き延びて、それで初めて"守り抜いた"って言えるんだ。そいつは肝に命じておきな」
珍しく、そう、今思い返しても珍しく、ランサーが真面目な顔と口調で私にそんな言葉を投げ掛けてきた。
やけに実感と説得力のこもった言葉。
その時の私は漠然と、彼もきっと大切な何かを守る為に戦った英雄なんだろうと思った。
ランサーの言う事はもっともだ。
私は命に替えてあの廃寺で菜々を守った。だが、命に替えてしまった事で菜々を守れる人間はいなくなってしまったのだ。
"どうか、どうか無事でいてくれ"という願いは、私が生きている事でようやく果たせるのだというのに、私は私の願いを自分で踏みにじっていた。
ランサーはすぐにいつもの調子を取り戻し「ま、年寄りの小言みたいなもんさ、気に障ったんなら忘れてくれても構わんぜ?」と言っていたが、偉大な先達の言葉は私の生前(と形容しておく)の教訓として、深く心に刻んだ。
そう、今度こそ私は菜々を守り抜かなければならない。
どんな英雄達にも、どんな魔法少女にも殺されてなどやるものか。
生きて帰る。シンプルでいてとても難しい課題だろう。
だが、それがどうした。
そんなもの、愛の前では些細な問題だ。
【クラス名】
ランサー
【真名】
ヘクトール@Fate/Grand Order
【属性】
秩序/中庸
【ステータス】
筋力:B 耐久:B 敏捷:A 魔力:B 幸運:B 宝具:B
【クラススキル】
騎乗:B
騎乗の才能。大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせるが、魔獣・聖獣ランクの獣は乗りこなせない。
対魔力:B
魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
大魔術、儀礼呪法を以ってしても、傷つけるのは難しい。
【保有スキル】
軍略:C+
一対一の戦闘ではなく、多人数を動員した戦場における戦術的直観力。自らの対軍宝具の行使や、逆に相手の対軍宝具に対処する場合にわずかだが有利な補正が与えられる。
ヘクトールは特に守戦において、高い戦術力ボーナスを獲得する。
仕切り直し:B
戦闘から離脱する能力。
不利になった戦闘を戦闘開始ターン(1ターン目)に戻し、技の条件を初期値に戻す。
友誼の証明:C
敵対サーヴァントが精神汚染スキルを所持していない場合、相手の戦意をある程度抑制し、話し合いに持ち込むことができる。
聖杯戦争においては一時的な同盟を組む際に有利な判定を得る。
【宝具】
『不毀の極剣(ドゥリンダナ・スパーダ)』
ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人
ドゥリンダナ、とは「デュランダル」のイタリア語読み。
即ち、ヘクトールはローランが所有する宝具「不毀の極星」の元々の所有者である。
柄にあった聖遺物は存在しないため、大ダメージを与えるだけの宝具となっている。
『不毀の極槍(ドゥリンダナ・ピルム)』
ランク:A 種別:対軍宝具 レンジ:1~50 最大捕捉:50人
ヘクトールが使用していた投げ槍(ピルム)は、あらゆる物を貫くと言われていた。
それは彼が時として剣の柄を伸ばして槍として投擲していたからに他ならない。剣と槍を同時に使用することはできないが、彼は常に剣と槍二つの宝具を所有している。
この槍を防ぐには「ロー・アイアス」に匹敵する防御宝具を準備しなければならない。
また、厳密に言うとどちらも真名は「ドゥリンダナ」であり、後半(スパーダおよびピルム)は省略しても、宝具として起動可能
【Weapon】
ドゥリンダナ
ランサーとして召喚されたので、柄を伸ばし槍として使用している。
【人物背景】
やる気なさげな態度を見せ、軽口を吐くいわゆる「有能な怠け者」タイプの将軍。
態度は穏やかというよりややふざけている様に見えるが、その分析眼は鋭い。
マスターの命令が誤っていると判断した場合、口では了解したように言うが平然と逆らう。
「最終的に上手くいっていれば問題ないでしょ」と終始お気楽なノリ。
ただし、これは絶望的な籠城戦となったトロイア戦争を勝ち抜くために鍛え上げた才覚であり。心底から遊び人、あるいはいい加減な人間という訳ではない。
将軍だけでなく政治家としての側面も併せ持ち、本気という感情を極力表に出す事を避ける傾向にあるが、本気に見えない調子であってもその内面では彼はいつでも本気である。
……なお、今回はマスターの動機に生前の事で思うところがあったのか、彼女の方針には極力沿う形で行動する模様。
【サーヴァントしての願い】
マスターの願いを叶えてやる。マスターを死なせない。
【マスター】
ヴェス・ウィンタープリズン(亜柊雫)@魔法少女育成計画
【マスターとしての願い】
生きて帰り、羽二重奈々を守り抜く。
【能力・技能】
魔法少女への変身。
ヴェス・ウィンタープリズンに変身することで身体能力を大幅に向上させる事ができる。
また、魔力量も増大し、サーヴァントが全力で戦闘するに足る魔力を供給できるようになる。
「何もないところに壁を作り出せるよ」
ヴェス・ウィンタープリズンの魔法。
高さ2メートル、幅1メートル、厚さ30センチの壁を視認可能な速度で任意の地面や床から生やす事ができる。
奇襲から咄嗟の防御、相手の退路の遮断や追撃など様々な用途で使用可能。
【役割】
スノーフィールドにある大学の学生。
【人物背景】
中性的な見た目の美女。性別を問わず人気があり男女それぞれとの恋愛経験あり。大学生。
一目惚れした女性である羽二重奈々に誘われて始めたソーシャルゲーム「魔法少女育成計画」によって彼女同様に魔法少女となった。
羽二重奈々とは恋愛関係にあり同棲もしている。クールな見た目に反して本人は神経質で短気、また恋愛に関しては積極的で情熱的。
魔法少女達による生き残りをかけたゲームに巻き込まれ、策略に嵌められ致命傷を負い、力尽きた時期からの参戦。
【方針】
聖杯を手に入れる為に行動する。こちらの世界の奈々が聖杯戦争に巻き込まれない様に気を配る。
最終更新:2017年01月27日 03:02