遠坂凛&キャスター◆9KkGeT6I6s


ここ、スノーフィールドで執り行われる聖杯戦争におけるサーヴァントは白紙のトランプを核にして生まれる。冷呪が現れ、記憶と一通りの情報を手に入れる。それはどの参加者にも例外はない。遠坂凛の冷呪が手に現れたのは、中心街の大きなホテルに泊まって三日目のこと。サイドテーブルに白いトランプが現れ、彼女は戦争への参加を知った。
 今朝がた、シャワーから着替えると、トランプは一冊の本に変わり、ベッドに腰かけたレトロな制服の少女が、細い指で本の装丁を撫でていた。
 弱弱しい――遠坂凛が初めに抱いたイメージはそれだった。肩まで伸びた髪に艶はなく、制服もどこかくたびれている。なによりこの世の何もかもを捨て去ったような覇気のない目が英霊らしからぬ、少女霊かなにかを思い起こさせられる。
 遠坂凛は、驚きを顔にしなかった。あるいは心の中は尽きない疑問に埋め尽くされていたが、内に押しとどめ、髪を拭いたタオルを洗面所に投げた。
「あなた、クラスは?」
「…キャスターです」
 凛は舌を打ちそうになった。
「そう…その服装、昭和か少し前のものよね。江戸時代ってことはないでしょうけど」
「はい。昭和がいつまで続いたかは知りませんが…8年までは数えました」
 昭和八年…1933年に死んだ女性?凛は首を傾げた。英霊になりそうな歴史の人物は大半覚えたつもりだが、該当する人物は思い当たらなかった。サーヴァントは全盛期の姿で現れるという。その姿が学生姿。
 英霊の大半は過去の人物であるとされている。過去、彼らは何かを成し遂げ、彼らの成し遂げた功績が人々によって語り継がれ、語り継がれた功績が幻想を作り出す。その幻想こそが英霊だ。
 ならばこの少女は一体、なにをしたのだろうか。
「真名…教えてくれる?」
「はぁ…それは、わたしとしては、構うことではありませんけれど」
「なに?」
「申し訳ありません…真名、そう意味があるものかはわかりませんが、云う前に、一つ謝っておかなければならないことがあるのです」
キャスターは一言一言を、嘆息するように述べる。

「貴女が聖杯戦争に勝つことは――万に一つもないでしょう…十万ならばまた、わかりませんけれど」
「はぁ?」怒りのあまり声が裏返った。「なんでアンタにそんなこと言われ…いや」凛は髪に手をかきいれた。「なんで、アンタに、そんなこと、わかんのよ。だいたい十万ならわからないってなによ!」
「貴女が悪いわけではありません」キャスターは凛の剣幕にも、あくまで落ち着いた調子を崩さなかった。「わたしが、弱すぎるのです」
 キャスターはサイドテーブルに置かれた本を手に取った。装丁は白く、表紙にはキャスターを同じ顔をしながら、似ても似つかない笑顔を湛えた少女が映っている。付けられた題名は『薔薇は生きてる』。
「わたしは山川彌千枝と云います。わたしに出来ることは、端的に云ってしまえば、なにもありません」

 最悪の想定が、当たってしまったというべきか。
 遠坂凛はこの聖杯戦争において自分が召喚したサーヴァントを知らなかった。ここにいる――ということは、予選は通過したということになる。しかし、どのように勝利したのかは全く分からない。初めからわからないようにされているのか、予選でなにかがあって、自分が忘れているのか、どちらにしても、そこが不安の種だった。
 予選を通過できたということは優秀なサーヴァントなのだ――などと思えるほど、凛は楽観的ではなかった。こればかりは祈るしかない。なにが来ても落ち着いていよう…そう腹は括ったつもりではあったが。

 山川彌千枝、という名前に凛は覚えがなかった。しかし当人が名前に意味などないといって理由は、そのあとイヤというほど思い知らされた。

 まず、宝具を含めたパラメータ全てがD以下。筋力、耐久、敏捷はまだしも魔力までDなのはどういうことなのか。
さらに彼女はキャスターにあるまじきことに、工房をつくることができない。これは致命的だ。単純なパラメータだけならまだサーヴァントの性能の半分といったところ、残り半分で補うこともできる。しかし、クラス特有の、それもキャスタークラスの花形ともいえる工房がないというのは、これは痛い。
極めつけはサーヴァントとしての不備だ。キャスターはどういうわけか宝具を使うことはできないのだという。サーヴァントとして終わっている。変な笑いが出たぐらいだった。


 凛はもうずっと頭を抱えたまま、机に突っ伏している。
 その手に浮かんだ冷呪は、一画へっている。凛はすべて聞き終えてから、真実を話すようキャスターに『命令』し、キャスターはすべて同じように答えた。
 凛は用心深いが、分からず屋でもなければ疑心暗鬼なわけでもない。真実のみを話すよう、キャスターに伝えた。あれが真実であるならば、キャスターの真名など確かにほとんど意味を持たない。
「前にも、こうした催しに呼ばれたことがありました」
 キャスターは滔々と云った。
「若い魔術師でした。才能もあったのでしょう、わたしを呼び出したときの彼は、小躍りをするほど喜びました。
 ――数日たって、彼は死にました。名誉ある戦士ではありません。全ての期待に裏切られ、全ての期待を裏切った。世界と自分の両方に絶望した末の、自殺でした」
「私は…自殺なんてしないわ」
 凛は突っ伏したままそう云った。それは自分に対する宣言のようでもあったが、凛自身は自らの声の弱弱しさに驚いていた。
 キャスターはなにも云わなかった。
 遠坂凛は若い身でありながら、レジスタンスの一人であり、一流の霊子ハッカーだ。
才能に胡坐をかいた愚か者ではない。才能を努力でもって磨く、あくなき向上心を持つ。
 味方にすればこれ以上頼もしい者はいないとされ、逆に敵に回せば二度と逆らう気を起こせないほど完膚なきまでに叩き潰す。恐ろしくも優秀な少女である。
 そんな彼女が、現実逃避などしようか、それ以外ない真実から目を背けることができるだろうか。
 凛は受け止めすぎるがゆえに、悩んでいる。
「貴女のとるべき行動は、一つしかないと思いますけれど」

 ムーンセルによるサーヴァントの選抜は、マスターとの相性によって行われる。この聖杯戦争においても、そこに例外はない。
 遠坂凛は決して認めないだろうが、キャスターと彼女には、いくつもの共通点があった。


 山川彌千枝。
 彼女は言うなれば英霊の仇花だ。ドイツ語の教授である父と、女流歌人の母。その末娘として生まれた彼女は芸術的感覚に富み、将来を期待された才女だった。才能に胡坐をかく愚か者ではない。彼女は自身の才能を認め、なおその先を求める、約束された英霊というべき人物だった。
 だが山川彌千枝の人生は、仇花に終わった。彼女は結核を患い、数年の闘病ののち、何を成し遂げるでもなく、人生に幕を下ろした。

 キャスターは凛を一目見た時から気に入っていた。虚飾ではない、実力に裏打ちされた自信のある目つき。キャスターにとって凛はもう一人の自分だったのかもしれない。
 なればこそ、自分ではいけないのだ。
 キャスターにはいっていなことがいくつかあった。宝具、固有スキル、あらゆる可能性について。しかしそれは彼女がサーヴァントとして使えなければ名前に意味がないように、万が一にも勝ちにつながらないのであれば、意味のあるものではない。
 キャスターは自分がサーヴァントである限り絶対に勝つことはできないと感じている。
 勝利。こと聖杯戦争において、それ以上に重要なものなどない。

 遠坂凛は、悩んでいたが、そう長い時間ではなかった。突っ伏した時間のほとんどは戦略に割かれていた。凛はキャスターのことを知らなかったが、キャスターもまた、凛のことをよくわかっていなかったのだ。
 凛はサーヴァントの鞍替えなど少しも考えていなかった。
 サーヴァントが使い物にならなければ、自分が頑張ればいいのだ。凛は負けず嫌いだった。それ以前に縛りプレイの好きな、バトルジャンキーだったのである。

【クラス】キャスター
【真名】山川彌千枝(薔薇は生きてる)
【性別】女性
【マスター】遠坂凛
【出典】薔薇は生きてる
【属性】秩序・中庸
【身長・体重】156㎝41㎏
【ステータス】
筋力:E 耐久:E(Ex) 敏捷:E 魔力:D 幸運:E 宝具:D
【クラススキル】

【所有スキル】

分霊:Ex
 キャスターは山川彌千枝として召喚されているが、当人に英霊としての適性がなかったために逸話として残された彼女の日記『薔薇は生きてる』が本体として機能している。よってキャスター当人に対するあらゆる攻撃は無意味と化しており『薔薇は生きてる』が消滅しない限り、あるいは魔力供給が追い付かなくなりでもしない限り、キャスターは現界し続けることができる。

単独行動:A+
 キャスターは魔力消費が極端に少なく、宝具に込められた魔力のみで理論上は1年以上現界できる。

病弱(偽):A
 若くして病死したキャスターに対し、のちの人々が押し付けたイメージ。無辜の怪物のようなもの。キャスターはサーヴァントでありながら人間と同じように病気にかかり、体重などにも変化が出る。これのせいでただでさえ低い霊格がさらに落ちている。

【宝具】

『薔薇はいきてる』
ランク:D 種別:対人宝具 レンジ:- 最大補足:1(∞)
 キャスターの日記であり、本体。彼女の生前の生活を記録したこの日記を最後まで読んだ場合、その人物は結核にかかる。呪いに該当するため、サーヴァントであっても結核の症状を見せるようになる。対魔力で無効化、軽減可能。
 因みに、彼女が自分の宝具について云っていたことは嘘ではない。キャスターが山川彌千枝であるならば、宝具は『薔薇は生きてる』だが、キャスターは本体そのものが宝具として扱われている。よって宝具は受動的なものであり、『使う』という形容はおかしい。キャスターは一切嘘を言っていないのである。

【人物背景】
 大正6年生まれ。ドイツ語教授の父と女流歌人の母を持つ、九人兄妹の末っ子。父母の影響もあってか教養に富み、将来を期待された才女であったが、16歳で結核により夭逝、生前の日記や手紙を纏めたものが雑誌「火の鳥」で連載され、日本中の少女たちの間で流行、長い間語り継がれる。これを単行本化したものが『薔薇は生きてる』であった。
 上記の通り、夭逝してしまったため本人には英霊としての霊格はないが長い間人々に愛されてきた日記『薔薇は生きてる』によって人格だけ引っ張り出されてしまった。よって属性は『人』ではなく『地』。ナーサリー・ライムと基が似通っているが、規模が段違い。一冊の本がサーヴァント化してしまったのはそれが終生を描いた日記だったからだろう。
 物腰は柔らかいが隠しても滲み出る弱弱しさから、見るものは惨めさを見出す。キャスターはそういった機微のほとんどを察しているが、あまり気にしていない。達観しているといえばしているが、周りからすると変な方向に開き直っているようにしか見えないという。

【マスター】遠坂凛
【性別】女性
【出典】fate/extra
【能力・技能】
 霊子ハッカーとしての技能、経験。
【人物背景】
 エクストラ凛。時系列は参加前ぐらい。
 Stay nightの凛とほぼ同じ見た目だが同じ人物ではない。一番違っているのは経歴で、stay nightの凛は遠坂家の当主だが、こちらは父、遠坂時臣の不義の子である。幼いころから腕を磨き続け、今では世界でも指折りの実力を持った霊子ハッカーとなった。
 西欧財閥に対するレジスタンスの一人であり、若干サバイバル能力も高く、恋愛経験はない。Cccではポンコツ扱いだったが、優秀である。

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最終更新:2016年12月05日 12:05