アットウィキロゴ

新-045

「これって」
「美希ちゃんの、日記だよね」

ラブが美希の本棚から取り出したもの。それは真っ白な表紙の日記帳だった。

「こんなの持ってたっけ?」
「……わかんない」

ラブは祈里を見る。祈里の方も曖昧ながら頷いて、ラブはゆっくりと日記帳を開いた。
人のもの、特にこういったその人のプライベートをのぞき見ることには誰だって抵抗がある。ラブはページをめくる度、共犯者である祈里を見て確認してからめくっていく。

「ねぇ、これってほんとに美希が書いたの?」
「……なにこれ」

ラブが言うように内容は自分たちの知っている美希らしくなかった。というより自分たちの名前もあるのに、見に覚えのないことばかりなのだ。

「なんだろ、ドーナツカフェ以来の雰囲気違った美希みたい?」
「最近の美希ちゃん?それでもここまで感情だすかな」
「実際人が何を思ってるかなんて、親友でもわからないものかも……ね」
「帰りたいってどういう意味?」
「外で日記書いてて、早く帰りたかったのかな?」
「違うと思うけど」


「ラブちゃん!?」
「あれっ、な……に」

ぽたぽたとラブの目から涙がこぼれ落ちる。祈里は驚きながら、不思議な気持ちでそれを見ていた。

ラブは無表情に泣いていたのだ。
こんな風に無感情に人が泣いているのを、祈里は初めて見た。

「あれ、あたしなん……で」

ラブ自身自分の変化に驚いていた。

暫く涙は止まることはなかった。

そして、ラブはずずっと鼻をすすり、ぐいっと涙を拭った。

「大丈夫?」
「うん」

ラブは日記帳をぱたんと閉じた。そして大きく深呼吸をする。

「美希は……あたし達にいっぱい隠し事してる」
「ん?そうみたいね」
「寂しいとかあたし達の前で言うべきなんだよね。友達なんだから」
「言えなくしたのは私たちかもね」
「もー、ブッキー!そうかもしれないけど、今からは違うんだよ!」
「本人いないけど……」

ラブは祈里の手を取った。そして太陽のように笑いかける。

「美希を助けに行くよ!」

居場所がわからない

冷めた目でそう言おうとした祈里だったがハッと口をつむぐ。

ラブの瞳が強い意志を持っていたから。

「私も……美希ちゃんに聞くこといっぱいある」
「よーし、幸せゲットだよ!」
「……なにそれ」

この時

祈里が感じた微かな違和感の正体に気づいている者は少なかった。



「いつ……言うの?」

せつなは勉強する手を止めタルトに問い掛けた。
シフォンをあやしていたタルトはぴたりと動きを止める。

「もう時間はないんや。せやのにわいは……」

せつなは椅子を降り、床に座りタルトと視線を合わせる。シフォンが近くに来たせつなにぴょんと抱き着いた。せつなは無意識に微笑む。

「でも彼女の世界はここじゃないんでしょ?」

せつなはタルトから聞かされ、今の美希が異世界の住人だと知っている。
しかし、せつなの知っている美希は今の美希で、実際向こうにいる美希とはイースの頃に数回しか会ったことがない。

だからタルトに提案をしようとしたことがある。

このままでは駄目なのかと。

だが結局それを言ったことはない。言ってはいけないと思い直したから。

こちらの美希の記憶が混同していてどんなにここに馴染もうと、あちらにいる美希は記憶もあり知らない世界で暮らしているのは事実なのだ。

あちらをたてればこちらがたたず

まさにその通りだとせつなは悲しくなった。


「それで……いつ、鏡の国は開かれるの?」
「明日から。太陽と月の位置が関係してて、期間があるみたいでそれを過ぎたらあかん」

自身の国の文献を調べた結果。過去に同じようなことがおこっていたことが何度かあった。

「明日!?」


せつなは部屋にある姿見を見て眉を寄せた。

「早く伝えないと……」
「どう言えばいいんやろ」
「しっかりしてよ!向こうの美希にも関わる問題なのよ」
「っああー、わかった!パッションはん行くで」

頭を抱えていたタルトはがばっと飛び上がった。急に名前を呼ばれたせつなは反射的に返事をしてしまう。

「はいっ!って私も!?」
「わい一人じゃ無理や」

少し考えて、そして、せつなはアカルンを呼んだ。



急に来たせつなからのメール。雑誌を読んでいた美希は何を考えるでもなく、返事を返した。むしろ誰かとお茶でもしたいなと感じたから快く。

「ごめんなさい。急に」
「ううん、一人じゃつまんなくて。タルトも来たんだ。何か飲む?」

部屋が朱い光に包まれて、せつなとタルトが現れた。二人の表情に多少の違和感を感じた美希だったが、嬉しそうに出迎えた。

「あ、うん。じゃあアイスティー」
「タルトは?」
「わいはオレンジで」

美希が飲み物を用意して、皆が席につくと、沈黙がおとずれた。
流石に美希も何かがおかしいと気づく。こくっと紅茶で口を潤した。

「どうしたの?何か話があるみたいだけど……」
「あ、うん。タルトっ」
「ええと、ベリーはん何か違和感感じたことあらへん?」

小突かれたタルトはしどろもどろになりながらそう聞いた。美希ははぁ?と聞き返す。

「あの、ちょっとしたことでもええんやけど」
「そういえば……夢を見たかも」「夢?」

せつなが聞き返すと美希は思い出すように目を閉じた。

「イースがねあたしに誰だって聞いてくるの。名前を答えたんだけど、知らない人みたいに見られて」
「イースが?」
「うん、最近見たからやけに印象に残ってて。だって今はイースはせつなとして生きてるんだし」
「イース……」
「あんまり関係なさそうやな」

イースという単語を聞き、せつなは少しだけ気分が沈んでいくのを感じた。それは自分がしてきた過去を見つめることで。

「あ、ごめんなさい。無神経よね」
「ううん、大丈夫。タルト」
「せやな。何かしら兆候がある思うたんやけど」

美希は整った眉を寄せ、二人を見る。
タルトはそんな美希の目をしっかり見すえると、ゆっくりと口を開いた。

「唐突でびっくりするやろうけど、これから言うことしっかり聞いて欲しい」

タルトのただならぬ雰囲気を感じとり、美希はこくりと頷いた。それを確認してから、タルトは真実を口にする。

「ベリーはんは、この世界の人やないんや」



「蒼乃美希」

目の前の少女が名を告げた

私はそれをどうしても受け入れることができなかった

姿・声は彼女と同じ

名前も同じ

なのに彼女とは違うと感じてしまう

「美希?」

そう声をかければ

「せつなだよね?」

彼女も語尾を上げて問いかけてきた

せつなとは私が町に出たとき、便宜上使っている名前

この姿の時に美希はその名前では呼ばないのに


イース

イース

ああ

これだ

彼女はこんな風に私を呼ぶ

「イース!」
「………っ」
「イース!?」
「ぐっ……ここは」

イースがゆっくりと瞼を開けた。美希は椅子から立ち上がる。

「イースの部屋よ。無理しないで」

美希は起き上がろうとしていたイースをそっと遮った。
身体中にピリピリと走る痛みで、イースは完全には傷が癒えていないことを知り素直にベッドへ沈む。ふと、風で揺れたカーテンの隙間から外を見て、今は夜が明けていることを知った。

「何があったの?」

美希はイースが串刺しにされていたところから今までの経緯を説明する。黙って聞いていたイースだったが、途中から眉を寄せ険しい顔になった。

「生きているなら、きっとすぐ復讐に来るわ」
「それは大丈夫だと思う」

美希が発した言葉にイースは皮肉な笑みを浮かべた。

「どうして?」

「あたしが彼女なら、自分の傷を癒して次は完璧な機会を狙う」

蒼い瞳は揺るぎなくイースを見つめ、イースは今の話題も忘れその瞳に見とれてしまう。その蒼さに懐かしいものを感じた。長い間見ていない錯覚を覚える。

「だから、イースは今自分の事だけちゃんと考えて。イース?」
「っ……言われなくても身体が自由に動かないなんて耐えられないわ」

美希が怪我を心配してイースを見ると、イースは妙な居心地の悪さを感じふいと視線を外す。

「……後でまたくるね。もう少しゆっくり寝た方がいいし」

じゃあと美希がイースに背を向けようとすると、服の袖をぐっと引っ張られた。



「何?」
「は?」
「え?」

このやり取りには美希以上にイースが驚いた。
無意識に自分の手は美希を掴んでいたのだから。

「……ここにいた方がいい?」
「…………」
「もう少し、いる……ね」

戸惑いながらも美希はゆっくりとベッドへ腰かける。イースは肯定も否定もしなかったが、美希が腰を下ろすまで掴んでいた袖を離さなかった。

「あ、っと、お腹空いてない?林檎剥こうか?」
「……ええ」

今だ目線を合わせようとしないイースに苦笑して、美希はスルスルと林檎を剥いていく。
普通よりも小さくカットして、そっとイースの口の前に林檎を持っていく。

しゃくっとゆっくりイースは咀嚼した。蜜をたっぷり持っていた林檎はじゅわっとイースの口内に甘さをもたらす。
本人の予想外にお腹は空いていたらしく、イースは三切れ続けて林檎を食べた。

「何故ここにいるの?」
「ん?」
「私から逃げればよかったでしょう」

うっと小さく呻いてイースは上半身を起こした。

ああ、そういうこと
と美希は呟き。

「あたしには帰る場所なんてないのよ」

イースは美希が泣いているのかと思った。

声が、震えていたから。

「イースはなんであたしを助けに来たの?」
「ノーザの思い通りに事が進むのが気に入らなかっただけよ」
「そう」

二人は視線を合わせ、同時にふっと小さく笑った。
それは共犯者とは少し違う、心の奥深くを共有しているような。

「喉が渇いた」

そしてイースは美希のシャツの襟を掴む。

「水でいい?」
「ん」

コップを手にした美希はその中に水を注ぐ。しかしイースがぐいっと持っていた襟を引き寄せた。

「使わなくていい」
「はいはい」

美希はコップの中の水を一口分口に含むと素早くイースに口を合わせた。

「ん……」

口から零れた水がイースの首筋を流れる。もう水は美希の口内には残っていない。それでもイースは美希に舌を絡め続ける。



はぁとイースが息をつき、唇を離すと二人の間を唾液の糸が繋いだ。

お互い頬を染め、見つめ合う。

こつ……ん

美希がイースにおでこを重ねた。

「あの……聞いて欲しいことがあるの」

イースが再び重ねようとした唇に指を乗せ、美希は目を伏せた。


「あたしは、この世界の人間じゃないの」





「ああ、これ、ここに置いたんだった」

ラブは隣の部屋でアカルンが力を使ったことを、ピルンから感じとっていた。そして、最近せつなとタルトが自分と祈里に隠し事をしているのも気づいていた。
引き出しから白い日記帳を取り出す。

「今日は何を書こうかな」

少し考えてから、ラブはシャーペンを手にした。



それは毎年、ラブと美希と三人で買っているもの。
棚を見れば種類、色の違う日記帳が並んでいる。二人も同じものを持っている。
きっかけは小学生のとき、二人とクラスが変わってしまうことに不安を抱いた祈里の一言だった。

泣き続ける祈里をなだめ、ラブと美希が三冊の日記帳を買ってきた。

「交換日記しよう。そしたらクラスが変わっても寂しくないよ」
「交換日記って一つを回すものじゃないの?」
「……ラブが間違って三つ買っちゃったのよ」
「たはー。いいじゃん。こうしよ」

皆が普通の日記帳みたいに使って、それは三人でみほうだいなの

見放題?なんかプライバシーがなくない

美希たん恥ずかしいことでも書くの?

なっ、そんなんじゃないわよ。いいわよ、それで!二人には隠し事なんかないし。ブッキーは?

楽しそう!

よし、決定ね!


くすりと祈里は昔を思い出して笑う。三冊のピンク色の日記帳は第一号。青、黄色……そして今年は白。
白い日記帳をぱらっと開けると、祈里らしく丁寧に色で可愛いく装飾されて書かれている。



しかし、微妙な空白が目立つ。

その空白は祈里が書く場所ではないから開いたまま。だが、去年の日記帳には空白はない。


「最近、交換してないな」

交換とは互いに見せて、コメントを書くこと。コメントとは少し違うかもしれない。書くことのなくなったときのラブは、ラーメンが食べたいなどと自由に書いていたから。

いつからだろう。お互いの日記帳を交換しなくなったのは。本来このタイプの日記帳とは交換するものではないから使い方としては正しいのかもしれない。しかし、これは交換日記なのだ。

たまたまこの間、美希が鞄の中身をぶちまけたとき、彼女の鞄の中に日記帳は見当たらなかった。
もう彼女たちの中では小さい頃の遊びに変わってしまったのかもしれない。

「今日あったことは……と」

それでも祈里は新しいページにペンを走らせる。
過ぎた時を懐かしんで、新しい日々を書きとめるために。



「今年は白にしてみました!」
「なんで白?まぁ、いいけど……」
「ピンク、青、黄色で、次は白なんだ……あなたの色に染まりますとかってあるよね」

ラブはにこにことしながら二人に今年の日記帳を渡す。

「白に新しい色を描いていくんだよ!」



新-305
最終更新:2011年08月30日 01:39