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新-211

 幸せって、なんだろう。
 愛すること。そして、愛されること。

 触れ合うこと。繋がること。ぬくもりを感じること。
 みんながそれを手にするには、私は何をしたらいいんだろう。

 私の身体はあまりにも小さくて、全ての人を抱きしめることはできない。
 心なら! 心ならどこまでも大きく広げられる。だから、みんなを愛そうと思った。

 でも――――やがて、知ることになる。人を愛することは、その人にとって特別な人を作ることなんだって。
 全ての人を愛することは、誰も愛さないことと同じ。
 人を寂しさから救うのは、他人を差し置いて特別に注がれる愛情なんだってこと。

 国政に携わるのは国民が望まなかった。新たなる支配者となる危惧。当然だ、イースとは支配体制における幹部。恐怖の象徴であったのだから。
 キュアエンジェルの功績がなければ、この地を踏むことすら許されなかったに違いない。

 そして、治安維持の役職に追いやられる。――――辛い日々の始まり。
 支配者から開放された国民は、自ら考え、自らの意思で幸せを求めるようになった。
 統一された意思の下でのみ人は争いから解放される。そのメビウスの言葉を証明するように、些細な行き違いが諍いを招いた。
 国中の、至る所で――――


“スイッチ・オーバー”


 白き闘衣。銀色の髪。赤いダイヤ。管理国家ラビリンスの力の象徴。
 その姿を見た人々は恐れおののき、一滴の血を流すこともなく争いは鎮まった。
 皮肉なことに、私に求められたのは四つ葉町の経験ではなくて、四大幹部イースとしての力だった。

 ラブなら、違う答えが出せただろうか?
 全ての人をあたたかい愛で包んであげられただろうか?

 美希なら、希望を与えてあげられただろうか。
 ブッキーの祈りなら、迷える人々の癒しとなれただろうか?

 夢を持って生きて欲しい。
 そう願う私は、しかし――――夢の何たるかを示すことすらできなかった。

 幾多の諍いを鎮め、幾集団の争いを調停し、それでも収まらぬ局面では実力行使で終結させた。


「ラビリンスの人々を笑顔と幸せでいっぱいにしたい」


 そんな願いも空しく、私に向けられるのは常に恐怖と憎しみの感情だった。
 それでも、この身が何かの役に立つのなら。
 そう信じて各地を駆け巡った。
 その治安維持の役目からも、公安組織の整備が進むにしたがって疎まれるようになる。
 強すぎる力は、ただ在るだけで人々の不安を掻き立てるのだから。


「ここはもういい。ご苦労だったな、イース。すまなかった」


 ウエスターとサウラーが下した決定。それは、私を職務から解放すること。
 私は、この半年で何ができたのだろう? 確かめるように、駆け抜けた地をゆっくりと巡っていく。

 路地で、公園で、子供たちが遊ぶようになった。
 男女が、人目をしのぶように語り合うようになった。
 新しい仕事を覚えようと、努力する人々の姿が見かけられた。

 そんなこと、何も教えていないのに――――


「一つ一つ、やり直していけばいいのよ」


 そんな声が聞こえたような気がした。みんなは自らの力で、一つ一つやり直そうとしているのかもしれない。
 わかっていたはずだった。みんなは、自らの意思と力で自由を勝ち取ったんだってことを。
 みんなの胸には、心には、ちゃんと必要なものが備わっているんだってことを。
 みんなの愛を、希望を、祈りを、翼に変えて戦ったのだから。


「みんなを笑顔と幸せでいっぱいにしたい」


 なんて大きな夢なんだろう。自分の幸せ一つ満足につかめなかった私が、何段飛ばしで駆け上がろうとしていたんだろうか。
 もう一度! 私も一つ一つやり直してみよう。胸に宿る小さな灯火。これだけは確かに信じられるから。
 帰ろう! 幸せの街――――クローバータウンストリートに。
 始まりの地――――東せつなの故郷に。
 私の帰りを、きっと待っていてくれる人のところに。







帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。せつなが帰る日(中編)――』







 光の扉を抜けた先に広がる優しい景色。懐かしいクローバータウンストリートの街並み。
 そこで、せつなは目を覚ます。
 ここは――――クローバーの丘。一年前、ラビリンスに向けて旅立った場所。そして半年前、再びこの地に降り立った場所でもあった。

 朝が早かったからだろうか、どうやら眠ってしまっていたらしい。


「いっそ、このまま目覚めなかったら良かったのに……」


 そんな風に考えて、すぐにかぶりを振る。この命はアカルンから預かった大切なもの。だから、他人のために使わなければならない。
 その気持ちまで失ったわけではなかった。

 てっきり酷い夢を見るとばかり思っていたのに、そうでもなかった。ラビリンスを発つ前の、わずかながらも希望を胸に抱いた記憶だった。
 考えてみれば悪夢とは、現実が幸せな時に見る夢なのかもしれない。
 失うものが無いくらい現実に救いがなければ、そもそも悪夢など見れるはずもないのだから。

「私――――馬鹿みたいね」


 生まれ変わって、自分の幸せを手にしたつもりになっていた。与えられたものであったとしても、それが自分のための幸せなんだと思ってた。
 だから、みんなにも幸せになってもらいたいって思った。一体、ラビリンスに戻って何をするつもりだったんだろう?
 自分の力で手にしたものなんて何一つないのに、分けてもらったものを配る気ででもいたのだろうか?


「何もできなくて当たり前よね」


 そうつぶやいて、クローバーの葉っぱを一本引き抜く。三つ葉のクローバー。そう、これがあるべき姿。クローバーの葉が持つ本来の形だった。
 ダンスだってラブの夢だった。ラブに憧れて、クローバーの輪の中に入りたかった。だから、一緒に夢見ただけだった。

 やがて見つけた新しい目標。“ラビリンスを笑顔と幸せでいっぱいにしたい”それが自分の夢だと思った。
 だから――――全てを賭けて叶えようと思った。


「でも、それすらラブの夢なのかもしれない。だって、ラビリンスを開放しようって言ったのはラブだもの」


 “世界中のみんなを愛情でいっぱいにしたい”そんなラブの夢が美しいと思ったから、自分の夢を重ねただけなのかもしれない。
 だったら、自分の意思はどこにあるんだろう? 本当の自分はどこにいるんだろう? 本当の夢は? 本当の幸せはどこに行けば見つかるんだろう?


「本当のせつなは、一体どこにいるの?」


 美希の問いかけを思い出す。フフッと笑みがこぼれる。愚かな自分を笑う、自嘲の笑い声だった。


「本当のせつなはどこにいるですって? どこにもいないわ。そんなこと、始めからわかってたことじゃない」


 東せつななんて人間は存在しない。イースをこの世界の言葉に変換して東。メビウスの所有物である証として、短い単位の時間で刹那。
 あくまで仮の名前。この世界に潜り込むために、自分で付けた名前なのだから。
 愛の結晶として産み落とされて、世界を愛する名を授けられたラブと、一体どれほど違うことだろう。


「居ないのよ、美希。せつななんて子は、始めからいなかったの。始めからいなかったのよ……」


 せつなが幻ならば、一体、ここにいる自分は何者なんだろう?
 東せつなとして一年、キュアパッションとして半年、その前の十四年は――――イースとして生きてきた。


「そう……私はイース。メビウスの僕として十四歳まで生きて――――そして、死んだ。ただそれだけの存在」


 アカルンに新しい命をもらったから、新しい自分を生きようと思った。
 でも、イースである自分と別れて、どんな人間になるつもりだったんだろう?
 寿命管理はラビリンスの国民の宿命。生まれた時から決定されたもの。何も珍しいことじゃない。

 大勢の人間がクラインの操作によって死に、自分だけは生き返った。本国で亡くなった人たちよりも、ずっと悪いことをしてきたのに。
 だから、今度は人々のために尽くそうと思った。奪ってきた幸せが戻らないのなら、せめてこの先の幸せを守りたいと思った。

「この街で幸せを知った。そして……守りたいと思った。それは、自分のほとんど全てであるイースを、その人生ごと否定することだった」


 全てを失って空っぽだったせつなの中に、ラブは、あゆみは、圭太郎は、溢れんばかりの愛情を注いでくれた。
 美希や祈里は、せつなの過去を全て知った上で許してくれた。親友として、仲間として支えてくれた。
 その愛情と友情を力に変えて、せつなは戦い続けた。
 ただ、守るだけでよかった。クローバータウンは、もともと幸せで溢れた場所であったのだから。

 メビウスとの決戦、戦場となった故郷ラビリンスの地。そこで目にした人々は――――何も持たない、かつての自分の姿だった。
 今度は、この幸せをみんなの元に届けたい。そう願って旅立った。
 でも……結局、何もしてあげられなかった。せつなの幸せは与えられたもの。自分の手で探して、自分の力で掴んだものではないからだろう。
 だから、もう一度やり直そうと思った。

 “本当の自分の夢”“本当の自分の幸せ”それを見つけたら、ラビリンスに戻ろうと思っていた。
 だけど――――見つからなかったら? そんなものはどこにも無かったのだとしたら、どうすればいいのだろう?


「それでも戻らなきゃ……。ここは――――私の住むべき世界ではないのだから……」


 ラビリンスに戻っても、きっと何も変えられない。でも、一市民としてでもいい。そこでささやかな生活を営むことができれば――――
 いつか、ラビリンスでも笑顔になれるかもしれない。住人と絆を結んで、自分なりの、東せつなとしての幸せを掴むことができるかもしれない。
 いくらかの幸せを共有して、他人のために何かできることがあるかもしれない。やりたいことが見つかって、自分の夢を持てるようになるかもしれない。


「でも、本当にそれでいいの? それが私の幸せ? 私にとって一番いい生き方なのかしら?
 だったら――――何なの? 
 この胸につっかえたような違和感は……。私の中の何かが違うと言っている。あなたは――――誰?」







 四つ葉公園の中央、ドーナツ屋さんの近くでラブは荒い息を吐く。
 やがて二人の少女が駆け寄ってくる。美希と祈里だった。


「美希たん、ブッキー、見つかった?」
「こっちはダメ。見かけた人もいないって」
「こちらも手がかりなしよ。もう公園にはいないのかも」


 せつなが飛び出してから三人は手分けして行方を探した。しかし、どうしても足取りを掴むことはできなかった。


「美希たんとブッキーはせつなの行きそうな場所を探してみて! あたしは一度家に戻ってみる」
「オーケー、アタシは街の中を当たってみる。何かわかったらすぐに連絡して」
「わたしは河川敷から探してみるね」

 ラブの胸が後悔の念に苛まれる。みんなに心配をかけないようにって、黙っていたのが全部裏目に出た。
 家に駆け込むと、すぐにせつなの部屋を覗いた。戻っているとは思えなかったけど、何か手がかりがあるかもしれなかった。
 その予感が的中するかのように、机の中から呼び出し音が鳴り響く。
 カギ付きの引き出し。しかし、几帳面なせつなにしては信じられないことに、カギは開けられたままだった。


「せつなの携帯とは違うみたい。これは通話ボタンなの?」
「よう、イースか? どうだ、決心は付いたのか?」

「その声は……隼人さん?」
「お前はキュアピーチか?」


 ウエスターの指示で携帯画面を操作する。小さなモニターに相手の姿が映る。こちらの映像も見えているらしい。
 後方にサウラーも控えているのが見えた。


「ということがあったの……。隼人さん、ラビリンスでせつなに何があったのか教えて!」
「そうか、あいつはな……」


 話を終えたラブが一階の居間に降りる。テーブルの上には手を付けられていない朝食が四人分並んでいる。
 連絡もせずに家を空けるラブとせつなではない。そんな二人を置いて、自分たちだけ食べる気にはならなかったのだろう。
 ただならぬラブの様子に、あゆみの表情にも緊張が走る。


「おかあさん、あたし、これからせつなを探してくる。だから、おかあさんは家で待っててあげてほしいの」
「どういうことなの? せっちゃんはどこに行ってるの? どうして、帰ってこないの?」

「帰って来てなかったの。せつなは、帰って来たんじゃなかったの……」


 せつなの携帯電話、異空間通信機を手にラブは走る。これはラビリンスへの扉を開くカギにもなっているらしい。
 これを手にしている限り、せつなは遠くには行けない。今は――――とにかく早く会いたかった。
 会って――――謝りたかった。


「ごめん……ごめん……せつな」


 どうして、帰って来てくれたなんて思ったんだろう?
 あたしが寂しかったから、せつなもそうなんだって思ってた。
 だから――――せつなが帰って来た。それを当たり前のように受け止めてしまっていた。

 何の疑問も抱かずに……。

 せつなは自分の都合で、一度決めたことを投げ出すような子じゃない。
 どんなに辛くたって、寂しくたって、そんな理由で自分の使命を投げ出すような子じゃない。

 せつなが帰ってくる理由。それは目的を成し遂げたからか、そうでないなら、ラビリンスに居られなくなったからなんだ。

 失敗して、傷付いて、悔しさに震えて、その心と身体を癒すために戻って来てたんだ。
 それでもあきらめ切れずに、もう一度挑むために、そのための力を蓄えるために戻って来てたんだ。


「せつなが、ラビリンスに居場所がなくなって戻って来ていたのなら……」


 あたしは、せつなに優しくすることで、返ってせつなを追い詰めていたのかもしれない。
 わかっていたはずなのに――――

 イースも、パッションも、せつなも同じ。
 イースはメビウスへの忠誠のために。パッションはクローバータウンの幸せを守るために。せつなはラビリンスを幸せでいっぱいにするために。

 せつなの命は、人生は、いつだって誰かに尽くすために捧げられてきた。
 自分を押し殺して、自分の幸せに目を背けて、こうあるべき、こう生きるべきだって、自分に言い聞かせながら――――

 だから、せつなにとって一番辛いのは、自分のために誰かが不幸になることなんだよね。


「ごめん、あたしらしくなかったよ。やっぱりどちらも選べない! あたしの幸せも、せつなの幸せも」


 まずは二人の再会の地、商店街の銀杏並木。そこから順に、せつなと巡った思い出の場所を探していくことにした。

 大きな決意を――――胸に抱いて。







 美希がラブから送られてきたメールに目を通す。悔しさのにじむ表情で、折りたたんだ携帯を強く握りしめる。
 自分が間違っていたのだろうか? 初めて二人きりで話した時の記憶が甦る。


「いつもはどんなお店に行ってるの?」
「ラブの行くお店よ」

「行ってみたいお店とかある?」
「別にないわ」


 ラブの家で、ラブの好きな遊びをして、ラブの好きなものを食べて、ラブと同じ夢を見る。
 そこには自分なんてものはなかった。
 ラブと同じものを見て、同じものを感じて、同じように生きる。
 それでは、ラビリンスの管理と何が違うんだろう? 強要されてないだけで、何一つとして自分で選んでいない。

 人は一人として同じ人間はいない。幸せだって人それぞれだ。それぞれに好みがあり、考え方があり、夢があり、生き方がある。
 だからこそ、世の中には様々な道具や仕事やスポーツや文化や娯楽が溢れているのだから。

 どこで、何をするかに喜びを覚える美希にとって、せつなの価値観は理解できないものだった。
 せつなにとって重要なのは、自分が何をしたいかではなく、自分がどこに行きたいかではなく、
 自分が誰と一緒に居るのか、そして、その人のために自分が何をしてあげられるかだった。

 だから、せつなにも自分の人生を生きてほしかった。自分だけの幸せを探して、追いかけて、掴んでほしかった。
 大切な友達だからこそ、もっと、もっと、幸せになってほしかった。

 でも、だったら……。

(アタシはどうしてダンスなんて始めたんだろう?)


 そして、プリキュアになったことに、どうしてあれほどの喜びを覚えたのだろう?
 どちらも――――自分の夢、モデルの夢にとって、妨げにしかならないものなのに。

 寂しかったんじゃないのか? 自分一人だけの夢を追いかける日々が。
 嬉しかったんじゃないのか? ラブや祈里と、再び一緒に過ごせる毎日が。

 思い上がっていたんじゃないのか?
 好きなことをやっている時の自分は、好きな人と一緒にいる時のせつなの幸せに勝っているとでもいうのか?
 好みも考え方も人それぞれだと言うのなら、“好きな人と一緒に過ごしたい”そこに無上の喜びを覚える生き方だってあってもいいんじゃないのか?


(だとしたら、なおさらアタシはせつなを一人にはしておけない)


 せつな、あなたは一人じゃない。独りぼっちにはならないって――――確かに約束したのだから。







 祈里の携帯にメールの着信が入る。ラブからのメッセージ。そこで知る――――せつなの想い。
 あの日、思いつめた表情で相談に来てくれたのに、力になってあげられなかった。
 あれから色々考えて、一つの結論にたどり着いた。

 それは――――


「せつなちゃんの願いは、何も間違っていない!」ってこと。


(確かにせつなちゃんの夢はわたしとは違う。それは、夢なんかよりもっと純粋で尊い想いなのだから……)


“ラビリンスを笑顔と幸せでいっぱいにしたい”


 自分の損得を視野に入れず、一途に相手の幸せを求める想い。


「それは夢じゃなくて――――祈りよ!」


 祈里は、破れそうな心臓に鞭を打って更に足を速めた。


「わたし、言ったよね? 楽しいと自然に笑顔になれるんだって。それは、せつなちゃんもラビリンスの人たちも同じよ」

 伝えなければならない――――“祈り”は夢ではないけれど、夢の礎にはなれるんだってことを。
 自分の幸せも、みんなの幸せも、どちらもあきらめる必要なんてないんだってことを。

 伝えなければならない――――自分を信じることの大切さを。
 夢は、信じる気持ちから生まれるのだから。

 誰も――――ひとりでは幸せにはなれないのだから。







 呼ばれている――――確かにそう感じた。

 誰に? せつなの胸の中心にあたたかい光が灯る。


(これは何? 以前……どこかで感じたことがあるような気がする)


 さっきまで立ち上がる気力も起こらなかったのに、吸い寄せられるように身体が勝手に動き出す。
 まるで、知らない誰かに操られているかのように。


 クローバーの丘を離れ、せつなは、一歩、また一歩と歩き始める。
 木々の間を潜り抜け、深い森の奥へと足を運ぶ。

 赤、黄色、ところどころに残る緑。紅葉鮮やかな森に、秋晴れの空。落ち葉に夕日が照り返し、地面一帯が黄金色に輝く。


「綺麗……。空と木々と地面が一つの色に重なっていく……」


 ここに居るはずのないラブの姿を求めて、思わず視線を走らせる。一人で見ているのは、あまりにももったいない光景だった。
 そう――――自分なんかには、あまりにももったいない景色だと思えた。

 やがて、よく知った場所にたどり着く。木々の生い茂る森の中にあって、不自然なほどに開けた平地。
 それは、かつて占い館と呼ばれたラビリンスの前線基地のあった場所だった。


“ひゅん”


 突然、せつなの足元から旋風が巻き起こる。それが広がるかのように強い風が吹き付け、木々の梢を大きく揺らす。
 たっぷりの水分を含んだ、青葉の匂いを運ぶ温かい風。

 陽の短くなった秋の夕方には、決してあり得ないはずの――――それは、真夏の風だった。

 せつなを中心にして、空間があるはずの無い姿へと変転していく。

 儚げな夕日は、突き刺さるような暑い日差しに変化する。
 木々はそれまでの紅葉が嘘であったかのように、深緑の命の輝きを取り戻す。


(何が……起こっているの?)


 背後から人の気配を感じて、せつなはとっさに身構える。そして気が付く。
 それは、近寄ってくる人物を敵として認識していること。相手から、殺気を、戦意を感じ取っていること。
 この世界に住むようになって、久しく忘れていた感覚だった。

 一人の少女が近づいてくる。

 薄いグレーの半袖シャツに、黒のハーフパンツ。年頃の女の子にしては珍しいシンプルな服装。
 何も持たない両手は、固く拳を握りしめる。瞳に闘志をたたえ、ミディアムレイヤーの黒髪を風に揺らしながら――――



新-233
最終更新:2011年08月06日 01:57