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新-373

 風が止んだ。
 強い日もある。弱い日もある。
 でも、まるで空気が動かない日なんて、いつ以来だか思い出すこともできない。

 燦然と輝く太陽。しかし、時折、通り過ぎる暗雲が大地に影を落とす。
 上空では、緩やかな風が流れているのだろう。
 白い雲は高く、黒い雲は低く、高低差のある雲が別々の速さで移動する。
 二色の雲の隙間から、光の筋が後光となって十字に走る。
 畏敬すら感じる雄大な空の景観。初めて見る空の異変に、せつなは本能的な恐怖を感じていた。


「せつな、どうしたの? 急がないと遅刻しちゃうよ?」
「ええ、ごめんなさい。ねえ、ラブ。台風の前っていつもこうなの?」

「う~ん、よくわからないよ。あたしは雷が鳴らない限りは気にしないし」
「雷も怖いけど、もっと良くないことが起こりそうな気がするの……」


 授業が始まっても、せつなは空模様の移り変わりが気になって、ずっと窓ばかり見ていた。
 それは他の生徒も同じようで、先生も特に注意しようとしない。

 不自然なくらい静かだった外の様子が変わっていく。
 再び風が吹き始め、上空の青空を包むように、南から本格的に厚い雲が押し寄せる。
 パラパラと小雨が振り出した時点で授業は中断され、昼を待たずして全校生徒は帰宅を命じられた。


「あ~あ、今日の給食楽しみだったのにな」
「もう、ラブったら。それどころじゃないでしょ?」


 せつなが、普段とは表情の違う商店街を眺めながらたしなめる。
 人々の笑顔と、幸せが集まる場所。それがクローバータウンストリートだった。
 道を歩いているだけでお店の人から声をかけられたり、挨拶したり。買い物する人、散歩する人で賑わって。
 そんな喧騒は鳴りを潜め、シャッターを閉じた店舗ばかりが並び、閑散とした雰囲気が漂う。


「開いてるのは、日用品と食料品のお店だけね」
「うん、おかあさんは遅くなるって言ってたね。水とかがよく売れるからって」


 流石に、ラブも不安そうに街の様子を見渡す。
 台風は、毎年、必ずと言っていいほどやって来る。でも、今回は超大型と呼ばれる規模の大きいものだった。
 大事な街、大切なお店の数々。二人で空を見上げながら、大きな被害が出ないことを祈った。







帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。空が荒れる日――』







 桃園家の庭で庭木の支柱を立てていた圭太郎が、手を止めて帰宅したラブとせつなを迎える。
 既にアンテナの補強を済ませ、ゴミ箱や鉢植え等も、全て家の中に移してあった。


「お帰り。ラブ、せっちゃん」
「ただいま、おとうさん」
「おとうさん、お仕事じゃなかったの?」

「お母さんから連絡があってな、早引きして帰ってきたんだ」
「そっか、予報よりも早く荒れそうだもんね」
「私も何か手伝うわ」


 庭の手入れや大工仕事は圭太郎に任せて、ラブとせつなは溝と排水溝の掃除を受け持った。
 準備の遅れている近所の家の手伝いもしていたら、あっという間に夕方になった。

 既に空は分厚い雲に覆われていて、太陽なんてどこにも見えない。
 それなのに、空が赤い。
 夕日とは異なる光景。一面に広がる雲が、絵の具でも落としたかのように真っ赤に染まっていた。


「明日が本番らしいが、今夜から荒れるかもしれないな。ラブとせっちゃんはもう家の中に入っておくんだ」
「おとうさんはどうするの?」

「僕は今からお母さんを迎えに行く。そろそろ終わる時間だろう」
「あたしも行こうか?」
「私も行くわ」

「ありがとう。でも、まだ風も雨も弱いから大丈夫だ」


 圭太郎を見送ってから、ラブとせつなは万一に備えた避難用具をカバンに詰めていく。
 懐中電灯・ローソク・マッチ・携帯ラジオ・予備の乾電池・救急薬品・衣料品・非常用食料・携帯ボンベ式コンロ。
 全部入れたら、ちょうど大きなカバン四つになった。


「こうしてみると、なんだか旅行の準備みたいだね」
「そうね、役に立たないといいのだけど……」


 空の色が赤から黒に変わってきた頃、あゆみと圭太郎が帰宅した。
 外の雨はますます激しくなっていて、二人ともレインコートを羽織っていた。


「ただいま。ラブ、せっちゃん」
「遅くなってしまったよ」
『おかえりなさい!!』


 家族が揃ったことで、ようやくせつなにも笑顔が戻る。
 あゆみの買ってきた食材で、三人で夕飯を作ることにした。


「今日はゴーヤと、じゃがいもを買ってきたのよ」
「どうしてゴーヤなの?」

「沖縄から上陸するから、そこの食材を縁起を担いで食べるといいらしいの」
「じゃがいもは何に使うのかしら?」

「台風の日は、なぜかコロッケがよく売れるのよね。だからコロッケも作っちゃいましょう」
「うん。なら、それは私に任せて!」
「あたしはゴーヤチャンプルを作るよ」

「あらあら、じゃあわたしはお吸い物でも作ろうかしら」


 普段通りの楽しい夕ご飯。こんな時でも、家族が揃っていれば不思議と安心できる。
 話題は主に台風のお話だったけど、三人とも、不安を煽らないように冗談を交えて聞かせてくれた。


「僕が子どもの頃は、台風が来ると、なんだかワクワクして楽しかったな」
「お父さんは、学校が休みになるのが嬉しかったんでしょ?」

「ははは、それもあるなあ」
「えぇ~信じられない。学校に行けないと寂しいじゃない!」
「そんなことよりも、街が壊れちゃわないか心配だわ」

「わたしの父、おじいちゃんはね、台風の日でも仕事してたわ」
「畳職人だったのよね?」
「ええ。『この家も職人の手によるものだ、滅多なことじゃビクともしねえ』ってね」


 小さな台風なら、せつなも昨年に経験している。しかし、それは直撃もしておらず、大きな被害もなかった。
 今回は規模が違う。書籍やテレビで、台風の本来の破壊力を知ってしまった。この街にも、同じことが起こるかもしれない。
 青い顔をしているせつなを心配して、食事が終わっても四人は一緒に過ごした。

 テレビを見ながら、みんなで体を寄せ合うようにして居間で過ごす。
 ラブはせつなが小刻みに震えているのを見て、そっと、自分の掌をせつなの手の上に重ねた。


「せつな、怖いの?」
「うん。空が荒れるなんて、私には馴染みのないことだから……」

「そっか、ラビリンスじゃ天候すら管理されてたんだよね」
「信じがたい話だなあ……」
「安心だけど、それも寂しい気もするわね」

「私も、天気は決まってない方が好きよ。でも、自然は優しいだけじゃないのね」
「心配いらないよ! あたしがついてるじゃない!」
「わたしも頼ってもらわなくちゃ」
「僕が補強したんだから、絶対に大丈夫だ」

「うん、ありがとう」


 せつなは努めて笑顔を作る。でも、不安は晴れなかった。
 せつなが心配しているのは、自分のことではなくて、この家のことだけでもなくて――――

 大好きなこの街が、壊れてしまうことだったのだから。







 天と地を貫く眩い閃光。
 月の光もなく、星が輝くこともない、
 暗く、深い、漆黒の闇を、一瞬にして白く照らし出す雷光。

 大量の雨粒が地表に叩きつけられる騒音の中にあって、一層の存在感を持って轟き渡る雷鳴。
 この世界では古来より「神鳴り」と恐れられた、大自然の脅威の一つ。


「なのはわかるんだけど……ちょっと脅えすぎよ? ラブ」
「いや、だって怖いよ? って、キャアァァ――――!!」

「はぁ~、それじゃ自分のベッドには戻れそうにないわね。しょうがないから一緒に寝ましょう」
「えへへ、やったね!」


 雷の被害にあって命を失う確率は、一億分の一とも言われている。
 ある意味、もっとも被害の少ない自然災害なのだが、ラブの言うには危険だから怖いわけではないらしい。


「キャアァァ――――!!」
「はいはい、大丈夫よ」


 先ほどとは、まるで正反対。せつなは、脅えてしがみ付くラブの背中をさすりながらクスリと笑った。
 この様子では、朝まで寝かせてもらえないかもしれないと。
 不思議なことに、そんな頼りないラブの体温を感じていると、さっきまで恐れていた台風の不安も薄らいでいくのだった。

 雷が止んだのは、深夜遅くになってからだった。そこで、やっとラブが眠りに付く。
 しかし、その後も暴風雨は容赦なく襲いかかる。
 窓を叩く雨の音によってせつなが目を覚ましたのは、本来なら学校に遅刻してしまうような時間だった。


「ラブ、起きて。もうこんな時間よ」
「うう~ん? まだ暗いよ?」

「暗いのは厚い雲が空を覆っているからよ。風も昨日にも増して強いわ」
「どれどれ……。キャッ!」


 外の様子を確認しようとしたラブが、慌てて窓を閉める。
 突風と、それによって運ばれた雨が、ラブのパジャマを容赦なく濡らした。


「これは、確認するまでもないね。今日も学校は休みだよ」
「それはわかるけど、商店街や学校は大丈夫かしら?」


 朝だというのに外に光はなく、まるで夜のように暗い。
 真っ黒な厚い雲が、空を一面に覆う。微かに東の空が赤いのが、朝日の残滓なのだろう。
 空は変化がないように見えて、よく目を凝らせば、雨雲がかなりの速度で移動しているのがわかる。
 秋の高い空とは対照的に、厚い雨雲は地上に降りようとしているかのように、威圧感を伴って低く低く漂う。


「なんだか、雲が落ちてきそうで怖いわね」
「バケツをひっくり返したような大雨も、この雲から生まれてるんだよね。だから重たいのかな?」

「クスッ、確かにこれだけの雨を降らせる雲が、空に浮かんでいるのは不思議ね」
「こんなに強い風が吹いてるんだもん、雲なんてビュンって飛ばされちゃいそうなのにね」


 せつなにとって、この世界の出来事は常に驚きと発見に満ちている。
 ラブもそんなせつなと共に過ごすことで、多感な感性が更に敏感になっていた。
 これまでなら、静かに通り過ぎるのを待つだけの台風にも、こうしてあれこれと想いを巡らせる。

 雲は、大気中にかたまって浮かぶ水滴や氷の粒で構成されているらしい。
 高度も大きさもバラバラだが、質量など無いに等しいだろう。本質的には霧と全く同じものなのだとか。
 そんなものが台風の風圧にも散り散りにされず、地上に洪水をもたらすほどの大雨を降らせ、木々をなぎ倒す落雷をも発生させる。
 なんて神秘的な存在なのだろうと思う。あらためて、祖国ラビリンスが失ったものの大きさを知る。


「ラブ~、せっちゃん~、朝ご飯ができたわよ」
『は~い!!』


 食卓には圭太郎が先に座っていて、珍しく新聞を広げていた。行儀が悪いとあゆみに注意される。
 頭をかきながら、ラブとせつなに気が付いて挨拶をした。二人も笑って返事をする。きっと、台風の被害が気になるのだろう。

 暴風警報で、当然のように学校は自宅待機。一部の地域では避難勧告も出ているらしい。圭太郎とあゆみの仕事も休みになった。
 テレビのニュースでは、屋根の一部がはがされたり、自宅の一部が水没したりと、痛々しい報道が続く。
 その都度、せつなの表情は曇っていく。何もできないとしても、ここでじっとはしていられない。そんな気がしてくる。


「おかあさん。私、食事が済んだら外の様子を見てくる」
「ダメです!」

「危ないことはしないわ! テレビじゃこの辺りは映らないもの。ちょっと見に行くだけだから」
「ダメと言ったら、ダメよ。外に出ると危ないからお休みなのよ」

「でもっ!」
「せつな。あたしたちは、あたしたちにできることをしようよ」

「私たちにできることって?」
「えっと、トランプ遊びとか、録画しておいた映画を観るとか」

「……………………」
「あはは。ダメ……かな?」

「せっちゃん、自然に対して人が出来ることはないの。それよりもラブの勉強を見てあげて」
「わかったわ、おかあさん。ラブ、今日の私は特別に厳しいわよ?」
「お手柔らかにお願いシマス……」


 昼過ぎになって、更に台風は勢いを強めた。まるで地震でも起きたかのように家が揺れ、ミシミシと軋みを上げる。
 圭太郎とあゆみはそれでも落ち着いていて、「大丈夫よ」と微笑んだ。

 結局、勉強の後は本当にトランプで遊んだり、映画を観たりして過ごした。ただし、あゆみと圭太郎も一緒に。
 家族四人でお出かけすることはあっても、こうして一日中家で一緒に過ごすのは初めてだった。
 せつなは不謹慎だと思いつつも、子どもの頃は台風が楽しみだったと言った、圭太郎の気持ちが少しだけわかるような気がした。
 台風のような非日常でしか、得られない時間がある。そして、発見があるのだと。

 暴風雨は、強くなったり、弱くなったりを繰り返しながら、深夜まで続いた。
 流石に慣れてきたのと、やっぱり緊張が続いて疲れていたのだろう。その日はみんな早く布団に入って、ぐっすりと眠った。







「なに……これ?」


 昨日とはまるで別世界。どこまでも青く澄み渡る空は、かつて見たこともないくらいに美しかった。
 これが――――台風一過。台風が過ぎ去った後、清清しい天候になること。

 でも、せつなには、そんな空を楽しむ心の余裕なんてなかった。


「ひどい……。ずいぶんやられちゃったね」
「こんなのって……」

「せつな?」
「こんなのって、こんなのってないわっ!」


 支柱を立てたにも関わらず、大きく二つに折れた庭の木。
 建物の一部が損壊し、あちこちで看板や旗が引き千切られた商店街。
 なぎ倒されて、へしゃげた駅前の自転車の山。ブロック塀ごと倒れてしまった学校のフェンス。
 休日で生徒の居ない校庭では、数人の教師がゴミの回収作業に追われる。
 四つ葉公園の美しい紅葉は、見る影も無いほどに葉が散って、剥き出しのハダカの枝が痛々しく連なる。
 真っ赤な絨毯と感じていた落ち葉は、風で飛ばされて四方八方に散乱する。もはや、秋の風情の欠片も感じられない。


「自然は、美しくて、優しくて、心を豊かにしてくれるものじゃなかったの?」


 肌を撫でる爽やかな秋風ですら、今のせつなには暴風の名残のように思えて憎らしかった。
 街中を駆け回って、クタクタになった先にたどり着いたのは、先日、写生会でモチーフにした四つ葉公園の湖の畔だった。
 無残に散った葉っぱは、風に散らされて水面を覆う。
 ロープで繋がれていたであろう数隻のスワンボートは、湖の中央で転覆していた。


「帰らなきゃ。きっと、みんな心配してる……」


 フラフラと、せつなは歩き始める。
 一つ一つの被害なら、かつてのラビリンスの襲撃の比ではないだろう。
 でも、ここまで広範囲に、一度に何もかも滅茶苦茶にするなんて。そんな暴力がこの世界にあるだなんて、認めたくなかった。

 どの道を通って帰ってきたのか、自分でもわからない。ふと気が付けば、せつなは商店街に戻ってきていた。
 なるべく、足元しか見ないように歩いてきたからだ。
 目の前には駄菓子屋さんがある。お婆さんが低いキャタツに乗って、壊れた日除けを外そうとしていた。


「おばあさん。それ、私にやらせてください」
「おや、せつなちゃんかい。助かるよ」


 その後も、一通りの掃除や後片付けを手伝った。
 全てを終えて帰ろうとするせつなを、お婆さんが引き止める。


「お待ち、疲れたろう? そんな時は甘いお菓子が一番さね」
「でも……」

「いいから、お上がり。そんな顔をしてる娘を放っておけるもんかい」


 話したいことがあるからと、強引に店の中に押し込まれる。
 ちゃぶ台の前で正座するせつなに、温かい緑茶とお店のお菓子が振舞われた。


「泣きそうな顔をしてたよ。何かあったのかい?」
「何かって……。何もなかった場所なんて、どこにもなかったわ」

「そうだね。困ってるなら、することは決まってる。悩むことなんてない。そうは思わないかい?」
「ラビリンスなら……。ラビリンスの科学力なら、台風だって押さえ込める。天災なんて失くすことができる」

「そういや、お前さんはプリキュアの一人だったね。でも、あたしはそんなの御免だね」
「どうしてですか? こんなに酷い目にあったのに」

「人間ってのは傲慢な生き物でね。どんなに幸せに恵まれたって、すぐに慣れちまって感謝の気持ちを失ってしまう。
 だから、時々こうやってガツンと神様に叱ってもらう必要があるんだよ」
「この街の人たちは、叱られるようなことなんてしてないわ!」

「まあ高いところにいる神様にゃ、良い人悪い人なんて区別は付かないのかもしれないね」
「だったら、そんな神様なんていらないわっ!」

「要るんだよ。自然を畏れて、その恵みに感謝する心。それを失わないためにはね」


 珍しく饒舌なお婆さんの言葉に、せつなは黙って耳を傾ける。
 人間は自然の一部であり、自然を排除するのではなくて、共存してその力を借りることで発展してきた。
 信仰や宗教、祭りや儀礼、詩歌や踊り、絵画や彫刻、住まいやエネルギー。せつなが愛する、この街の全てもまた、自然から生まれたのだと。
 自然の力に「八百万の神々」を感じ、畏れ敬い、感謝と謙虚の心を持って、自然と共に生きていく。
 その心を失った時、人もまた、人間らしさを失うのだと。


「夜があるから夜明けもあるんだよ。壊れやすいものだからこそ、大切にしたいと願うのさ」
「でも、取り返しの付かないものを失う人もいるはずよ」

「取り返しの付くものなんて、そうそうありはしないよ。だからこそ、人は支え合うんじゃないのかい?」
「だけど……だけど……。こんなの、悲しいものっ!」


 お婆さんは一度話を切って、お茶の代わりを淹れる。せつなが落ち着くのを待って、再びゆっくりと話し出す。


「あたしだって、被害を歓迎してるわけじゃない。悲しい時は泣くといい。でも、それが済んだらもう一度街を見てごらん」
「もう、十分に見たわ……」

「いいから、ごらん」


 せつなは再び外に出る。そこには、朝とは比べ物にならないくらいの人々が集まっていた。
 それぞれ壊れた家を直したり、掃除や片付けをしたり。

 それは、たった今、せつなもやっていたこと。ただ、一つ違うのは――――
 みんな、笑顔で取組んでいることだった。


「よっ、婆さん。壊れた日除けの代わりを持ってきてやったぞ」
「ありがとうよ。お礼に好きなお菓子を持って行っておくれ」

「馬鹿言わないでくれよ、とても釣り合うもんじゃねえよ。でもまあ、今日は大サービスだ」


 被害の少なかった者は、大きかった者を助ける。助ける方も、助けられる方も、瞳に強い意思の力が宿っていた。


「どうして? こんなに滅茶苦茶になったのに」
「到底、立て直せないとでも思ったかい? まあ、一人じゃ無理だろうけどね」

「悲しいって気持ちを、悔しいって気持ちに変えて頑張るのさ。いつか、嬉しいって気持ちに変わるまでね」
「一人じゃないから? そうね、一人で直すわけじゃないのよね」

「おじさま、私にも何かやらせてください!」


 せつなは、日除けの取り付けの手伝いを申し出る。それが終わったら、他のお店の手伝いに回るつもりだった。
 明るい表情で作業に取り掛かるせつなを、お婆さんは眩しそうに見つめてつぶやく。


「納得なんてしなくていいのさ、まだ若いんだからね。でも、あたしはこの歳になって思うんだよ。
 幸せなだけの世界なんて、不幸なだけの世界と、なんの違いもありはしないってね。
 心配しなくたって、不幸は向うから必ずやってくる。だから、幸せに向って精一杯頑張るんだよ」


 笑顔を振りまきながら修繕を手伝うせつなの元に、三人の少女が駆け寄る。


「見つけたっ! せつな、心配したんだよ!」
「ごめんなさい、ラブ。私、今日一日、ううん、落ち着くまで、みんなの手伝いをするって決めたの」

「そっか。じゃあ、あたしも一緒にやるよ!」
「しょうがないわね。今日は仕事の予定もないし、アタシも手伝うわ」
「わたしの家は大丈夫だったから、一緒にやらせて」


 若い娘たちが懸命に働く姿を見て、周囲の大人たちもやる気を漲らせる。
 負けてはいられないと思ったのだろうか? いつの間にか、四つ葉中学の生徒や、他校の学生たちまで参加していた。

 せつなには、お婆さんの呟きがちゃんと聞こえていた。
 その意味は半分も理解できなかったけど、一つだけ確信が持てたことがある。

 きっとこの街は、前よりもっと、もっと美しい街として甦るって。


 美しく澄み渡る青空は、そんなせつなたちを優しく見守っていた。



新-449
最終更新:2011年10月09日 23:21