「おもちゃはな、生きておるんじゃよ。愛情を持って語りかけてやれば、会話だってできるんじゃ」
一人のおじいさんが、寂しそうにそう呟いて、ゴミ袋から頭を覗かせた一体の人形を手に取る。
まだ比較的新しいはずのその玩具は、無理な力がかかったのか、四肢が稼動しない方向に捻じ曲がっていた。
可愛かったはずの衣装は、ベットリと汚水にまみれて見る影もなかった。雨晒しになった顔は、まるで、人形が泣いているようだった。
そして、傘も差さずに雨に打たれているおじいさんもまた、泣いているように見えたのだった――――
かつて、その一生をおもちゃ作りに捧げた職人がいた。
おもちゃを心から愛していて、それ以上に子供たちを愛していた人だった。
おもちゃを手に入れた時の、嬉しそうな笑顔が大好きだった。
おもちゃで遊んでいる時の、楽しそうな笑顔が大好きだった。
その人が、ある時期を境におもちゃを作らなくなった。
代わりに、壊れた玩具を修理して歩く、おもちゃの修理職人となった。
収入は激減し、たくさんいた弟子たちも、みんな去っていった。
それでもおじいさんは、たった一人で玩具を直し続けた。捨てられた玩具を拾い集めては、修理して児童擁護施設などに贈った。
やがて、老いで体が動かなくなり始めた頃、数十年ぶりに、一体の人形制作に取りかかった。
子供に恵まれなかった孤独なおじいさんが、想いを託した一体の人形。
数千体のおもちゃを手がけてきた、おじいさんの最後の一体にして、子供以外のために作ったただ一つの人形。
「お前はおもちゃの王様じゃ。子供から愛されなくなったおもちゃ達を、代わりに助けて守ってやるんじゃぞ」
世界で唯一つ、おもちゃを愛するために作られたおもちゃ。
その人形に名前を与えることもなく、おじいさんは静かに息を引き取った。
ナイテ……イルノ?
ソファに深く身を沈めて、目を閉じたおじいさんの頭上に、十字の光源がゆっくりと近づいてくる。
その光が、音声ではない手段で語りかける。
返事はない。当然だ。おじいさんは、目覚めることのない眠りについたのだから。
ドウシテ ナイテ イルノ?
更に問いかける。そこで人形は、その光はおじいさんではなく、自分に問いかけているのだと知る。
ヒトツダケ ネガイヲカナエテアゲル ダカラ ナカナイデ
(それなら、捨てられたおもちゃが静かに暮らせる場所がほしい。悲しみを癒して、楽しかった思い出に浸れる場所がほしい)
光は直接心に語りかけてくる。だから、おもちゃは心で強くそう念じた。
光は一瞬、更に輝きを増した。そして、やがて、ゆっくりと離れていく。
オモチャノクニ キミハ ソコノオウニナル
(待ってください! あなた様のお名前は?)
ワガナハ インフィニティ ムゲンノ――――メモリーナリ
『
幸せの赤い翼――――おもちゃの国は秘密がいっぱい!?(国王さまとの邂逅)――――』
高い外壁に囲まれた街の中にあって、更に重厚な城壁に守られた、大きな建築物が目の前にそびえ立つ。
八箇所に備え付けられた見張り台や、城の全体を取り囲む堀も本格的だ。
ただし、離れた距離から、見ている場合に限っての話だった。
「これは……おもちゃのお城だね」
「確かに、どう見てもおもちゃよね」
「あんさんら、おもちゃの国の城に何を期待しとったんや」
「キサマ等、今、侮辱したな?」
「してない! してないって! じゃあここまで案内ありがとう」
「我らは任務に従い連行しただけだ」
「ともかく……、中に入りましょう」
門を叩いてもいないのに、大きな扉が開かれる。その先には、青い軍服を着たおもちゃの兵隊の一団が待ち構えていた。
青い兵隊の隊長らしき者が進み出て、赤い兵隊の隊長の前で敬礼する。
「ご苦労、伝令から話は聞いている。牢ではなく謁見の間にお連れしろとの、国王様からのお達しだ」
「しかし、この者たちはトイマジンの名を連呼し、街に混乱を与えた罪人だぞ?」
「繰り返す。謁見の間にお連れしろとの、国王様からのお達しだ。復唱せよ!」
「了解! 我らは国王さまの命により、この者たちを謁見の間にお連れする」
「ねえ、ウサピョン。どうなってるの? あたしたちどうなるの?」
「あたしも、この城に来たのは初めてなの。よくわからないわ」
「ともかく、王さまに会えるみたいだからいいじゃない」
「そうね、話のわかる人だといいけど」
「どうか、何事もありませんように」
赤と青、二色の兵隊たちに連れられて、まずは控えの間に入る。すぐに謁見の間へと通された。
ここで隊長たちは進み出て、王さまの両側を固めた。残りの兵隊たちは左右の壁際に整列する。
スウィーツ王国の謁見の間にも似ていたが、ずっと近くて、王さまの顔もしっかりと見ることができた。
イメージ通りの、初老の気の良さそうな人物――――否、人形だった。にこやかな笑顔を浮かべている。
隣の女性はずっと若く、もしかしたら、王妃ではなく王女なのかもしれなかった。こちらは美しいフランス人形だ。
「ようこそ、異世界からの客人どの。私はこの国の王です。ロイヤルが失礼な応対をしたようです。申し訳ありませんでした」
「はじめまして、王さま。あたしは桃園ラブ。そちらの子の名前は? ロイヤルって、あの兵隊さんのことですか?」
「蒼乃美希です。えっと、本日はご機嫌麗しく……なんだっけ? とにかく、ラブ。いきなり質問は失礼よ!」
「美希ちゃん、ひそひそ声が大きいよ! あっ、失礼しました。わたしは山吹祈里です」
「東せつなよ。よろしく」
「はじめまして、わたしはこの国の姫です。父と共に名はありません。ロイヤルも名前ではなく、部隊の名称なのです。青い軍服はガード隊です」
「なるほど、あの赤い失礼な連中がロイヤル隊ちゅうわけか。あっ、わいの名はタルトっていいますねん。こっちの子はシフォンや」
「キュア~」
「あたしはラブのおもちゃで、ウサピョンといいます」
それぞれに、不慣れでぎこちない自己紹介をする。
みんな一安心して表情を和らげる中、せつなだけは警戒を続ける。
不意に、ウサピョンが「ラブのおもちゃで」と言ったところで、姫が悲しそうな顔をした。
理由を尋ねると、彼女は目を伏せて、ただ一言「おもちゃの名前は、持ち主が付けてくれるものだから」と答えた。
そして、王さまは――――
シフォンの挨拶の後、しばらく硬直していたかと思うと、やがて、フラフラとラブたちの元に近づいてきた。
そして、あろうことか、シフォンの前で膝をついて頭を下げたのだった。
『王さま!!』
「お父さま!?」
「なんや! どないしたんや!?」
「また、お会いできて嬉しく思います。おもちゃの神様」
『ええ~っ!!!!』
その場に居合わせた全員が、驚きの声をあげる。
王さまは玉座に戻ろうともせずに、そのまま、ゆっくりとこの国の生い立ちを語り始めた。
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――――――――
――――
王さまは、あるおもちゃ職人の遺志を継いで生まれたおもちゃであった。
遺志というよりは、無念。職人ならぬおもちゃである彼には、仲間の修理も保護もできようはずがない。
そこで、不思議な声と光の導きにより、おもちゃの国を創ったのだった。
「えらい、不思議な話やなあ。仮にそれがシフォンやったとしても、パラレル作り出すやなんて、そないな力はないと思うで」
「うん。それに、それってずっと昔のお話だよね? シフォンはまだ赤ちゃんなんだよ」
「片言でも話せるようになったのは、本当に最近のことだし……」
「でも、インフィニティって……。それに外見がヌイグルミであることも、偶然とは思えないし」
「キュア~」
「キー」
「シフォンちゃんは、知らないって言ってる」
「わからないことを、考えていても仕方がないわ。私たちの目的は、この国の調査ではないのよ」
「うん、そうだね。ともかくこれでシフォンの謎が一つ明らかになったね」
「いや、突っ込んでいいなら、また一つ謎が増えたって言うべきじゃ……」
「もしかしたら、シフォンちゃんのお父さんとかお爺ちゃんだったりするのかも」
王さまの話が続けられる。
この国は、捨てられたおもちゃが集う場所。正確には、捨てられたおもちゃの悲しみが集う場所。
元居た世界では、壊されたり、捨てられたり、燃やされたりしたおもちゃの、絶望の心が集まる場所なんだとか。
だから、どのおもちゃも傷一つ、汚れ一つなくて。一番楽しかった頃の記憶を再現しながら、悲しみが癒えるまでこの国で暮らすのだ。
「すっごく楽しそうな国なのに、そんな悲しい事情があったなんて……」
「それで、その悲しみが癒されたおもちゃはどうなるの?」
「眠りに付くのです。そのまま消滅するのか、新しいおもちゃに生まれ変わるのか、それはわかりません」
「全部、あたしたち人間の責任なんだね。ごめんなさい」
「『玩具みたいに扱う』なんて言葉があるわ。アタシたち人間は、ずっと、おもちゃに酷いことをしてきたのね」
「いいのです。壊されるのも、捨てられるのも、またおもちゃの役割。私のマイスターは、それを十分に理解していました」
「この国のことはわかったわ。それで、トイマジンのことなんだど」
「トイマジンもまた、持ち主に捨てられたおもちゃであったのでしょう。ですが彼は、悲しみを憎しみに転化させて、子供たちに復讐を企んだのです」
「そんなこと、できるの?」
「一体だけならば不可能でしょう。しかし、彼は大勢の同じ憎しみを持つ仲間を集め、力を増しています」
想いは集って力になる。かつて、せつなが、キュアパッションが口にした言葉。それは、プリキュアの力の根源でもあった。
それと全く同じ方法で、トイマジンは力を蓄えたらしい。憎しみもまた、集えば力になるのだ。
もう、王さまにも手の付けられない存在となっているのだとか。
王様にできるのは、せめてこの国のおもちゃたちが、これ以上トイマジンに近づかないように見張ること。
彼の意思に触れた者は、その憎しみに感化されて、彼の一部になってしまうからだった。
「それで、あたしたちは捕まったんだね。ごめんなさい」
「でも、トイマジンがやろうとしていることを、見過ごすことはできないわ」
「わたしたちの世界も大変なことになってるの。全てのおもちゃが消えてしまって……」
「取り返して、止めさせるわ。トイマジンの居場所を教えて!」
「神様の使いが、伝説の戦士プリキュアというわけですね。再び神の力にすがる時が来たようです。ロイヤルを同行させましょう」
「はっ! 御意のままに!」
「みなさま、どうかお気をつけて」
おもちゃの国の防衛を預かる、二大部隊の片翼。攻撃の赤の兵隊、ロイヤル隊がせつなたちと同行する。
目指すは、トイマジンの本拠地“魔人城”。スゴロクの森を抜けた先にあり、光の届かぬ死の大地の上にそびえ立つという。
「共同戦線なんて初めてね。おもちゃの兵隊を引き連れて、鬼退治にレッツゴーってところかしら?」
「だったらいいんだけど、鬼はあたしたちの方かもしれないよ」
「ラブちゃん……」
「戦うのが、気乗りしないの? ラブ」
「戦うよ。でも、あたしたちの守りたかった幸せが、別のところで悲しみを生んでいたなんて」
「だとしても、悪いことをしている友達がいるなら、やめさせなくちゃ! でしょ?」
「大丈夫、わかってくれるよ」
「今からでも、きっとやり直せる。私にそう教えてくれたのはラブよ」
「うん、そうだね。あたし、トイマジンと話してみるよ」
「見えてきたぞ」
おもちゃの兵隊に連れられた一行は、大きな森の入り口に到着する。
「ここで止まれ」
「ここが、スゴロクの森?」
「そうよ。この先のゴールに、トイマジンの居城があるらしいの。以前は素敵な草原だったんだけど」
口数の少ない兵隊に代わり、ウサピョンが説明する。このマスの一つ一つは、おもちゃの国の主要な街や施設に繋がっているらしい。
年に一度、建国祭で開かれるスゴロク大会では、国中を舞台に盛大なゲームが行われるのだ。
「ここから先は、敵のテリトリーだ。慎重に進まなければならぬ」
「見た感じ、楽しそうな場所だけど?」
「ともかく、行きましょう」
最初にラブが、続いて、美希、祈里、せつながスゴロクのマスを飛び越えていく。
ウサピョン、タルト、シフォンも後に続く。そして、ウサピョンがスゴロクの森の中ほどに差しかかった時だった。
沈黙していたはずの、スゴロクのマスが突然光を放ちだした。
「キャッ! なに? スゴロクのマスが生きてる?」
「ええ、生きてますとも。なにしろ、私がここにいるのですから」
「あなたは!!」
「ええ、私こそは、回る回る、クルクルまわーるルーレットでお馴染みの、ルーレット伯爵でございます」
突然、ウサピョンの近くのマスから現れた怪しい男が、回転しながら自己紹介をする。
そして、その挨拶が済んだ時には、ウサピョンは彼の腕の中に囚われていた。
「ちょっと! 何をするの? 離して!」
「そうよ、ウサピョンを離しなさいっ!」
「おやおや、もうお芝居はやめにしませんか? プリキュアを連れてきてくださった功績、トイマジン様もお喜びでございますのに」
「なんのこと? あたしは知らないわ!」
「そいつがプリキュアのこと知ってるちゅうことは、ウサピョンはん、わいらを騙したんか?」
「ちがうわ! あたしはただトイマジンの野望を止めたくて。お願い、信じて!」
「大丈夫! 信じるよ、ウサピョン」
「せつな、ブッキー、どう思う?」
「わたしも、……信じたい」
「結託していたなら、拘束したりしないはずよ」
「信じあう、人間とおもちゃの絆ですか。実に――――不快ですねえ」
ドン! ドン! ドン!
伯爵の口上を遮るように、立て続けに銃声が鳴り響く。
「いかに伯爵と言えど、我らは国王様の命により客人を護衛しておるのだ。勝手な狼藉は許さぬ!」
「なるほど、先に邪魔者の排除を致しますか」
伯爵の胸部にあるルーレットが回る。止まった数字は2だ。ニマス目が光り輝き、中から二体の人形が現れる。
西洋の鎧を身に纏った、人間よりも一回り大きい石像。それらが、見た目からは想像も出来ない俊敏性でおもちゃの兵隊に襲いかかる。
おもちゃの兵隊は、横一列に並んで、一斉射撃で迎え撃つ。
おもちゃの兵隊の、標準装備の小銃。フリントロック方式特有の、短い間隔での集団射撃が火を噴く。
大隊を八つの小隊に分けて、横一列の銃弾を、四段階の高さで発砲する空間制圧攻撃。
しかし――――当たらない。
弾丸は空しく残像を通過するばかりだった。
凄まじい機動力を持つ二体は、次の射撃の時間を与えず、おもちゃの兵隊たちの背後に回りこんでいた。
「バカな! 国の護りを預かる我らが、こうもたやすく敗北するなど……」
「我が名はルーク。貴様らの動きは遅すぎる」
「某の名はビショップ。直線の攻撃には捕まりません」
彼らの口上が終わった瞬間、おもちゃの兵隊が残らず崩れ落ちる。
おもちゃの国が誇る最強の軍隊の、それが最期であった。
「なんて……ことを!」
「貴女の相手は、私たち全員でしてあげます」
「なっ!」
「せつなっ!」
「せつな!」
「せつなちゃん!」
いつの間にか背後に立っていた、クイーン。女性型の石人形がせつなをマスに引きずり込む。
「おやおや、他人に気を取られて足元をおろそかにするとは、ラビリンス元幹部の名が泣きますな」
「一体、どこまで知っとるんや!?」
「そんなことより、せつなをどうしたの?」
「他人のことより、自分の心配をなさってはいかがです? 回る回る、クルクルまわーるルーレット、スタート!」
「きゃっ!」
「ちょっと!」
「ラブちゃん! 美希ちゃん!」
せつなに続き、ラブ、美希、祈里がマスの中に引きずり込まれる。
後には、タルトとシフォン。そして、伯爵の腕の中のウサピョンが残された。
「ルーレット伯爵! みんなをどこへやったの!」
「シフォン、大丈夫や、わいが付いとるさかいな」
「キュア~」
「あなた方に用はありません。下手に手を出すと、かえって危ないと聞きますしね。そこで寝ていてください」
ボンッと、音がしたかと思うと、マスから煙が立ち込めて、タルトとシフォンは眠りに付いた。
「さて、ウサピョン殿は一緒に来ていただきますよ。トイマジン様がお待ちですから」
伯爵のルーレットの針がゴールを指す。遠くのマスが光を放ち、二体は吸い込まれるようにゴールへと飛んだ。
(あたし……どうしたんだっけ?)
ラブが目覚めたのは、体育館を思わせるほどに大きな中国武術の道場だった。
古代建築様式で造られ、太く丸い支柱は、重厚な屋根(斗拱)と、反り上がった軒(飛檐)の重量にも耐える。
内装は赤色で統一されており、それらを繋ぐ金具は、高価な金箔が施されていた。
窓は、意匠の施された金属の枠で覆われている。
どれも――――全て、本物であった。
(ここだけ、おもちゃじゃないんだ?)
床は石畳でできていた。室内なのに、どうして石が敷き詰められているのか? 疑問には思うものの、日本で育ったラブには見当も付かなかった。
続いて、体の確認をする。痛い場所はない。手も足もちゃんと動く。どこにも異常はない。おかしなところは――――
「って、あたし、なんでこんなの着てるのぉ~!?」
例えるならば、薄手の柔道着。腰の帯は黒く、学校の授業で着た物よりも軽い気がした。
本人には知る術もないが、これは、より軽やかに動くことを前提に作られた、空手着と呼ばれるものだった。
「黒帯で……いいんだ……」
柱の影から、一人、もとい、一体の人形が姿を現す。
つま先立ちで、重心を体幹の中心に残したまま、すり足で移動する特殊な歩き方。
黄色に黒のラインの胴着。映画なんかでよく見るカンフーシューズ。そして、二本の棒を鎖で繋いだ有名な武器“ヌンチャク”。
「あたしだけ素手なんてずるい! とか言ってる場合じゃないよね」
「ホワァ~」
「えっと、暴力反対! 話せばわかる……なんて、ダメ?」
「ホワッタァー!」
「きゃあ!」
問答無用と、ヌンチャクが風を切って襲いかかる。威嚇目的のためか、踏み込みが浅く命中はしない。
しかし、下がることしか出来ないラブは、あっという間に壁際まで追い詰められてしまう。
「あなたも捨てられた玩具なの? できれば壊したくないの、話を聞いて」
「ホワァー」
「無駄だよ、そいつはお前を倒すことしか考えてない。僕の所に来たかったら、勝ってみせるんだね」
「どこっ!? どこにいるの? あなたがトイマジンね?」
「その空間は、おもちゃが最大限に力を発揮できる場所なんだ。バラバラでは力を出せないお前たちに、どこまで戦えるかな?」
「勝てば、話を聞いてくれるんだね? だったら!」
「勝てないよ。男の子なら、誰でも最強を夢に見る。そして、必ず忘れ去られるんだ、おもちゃと一緒にね。その無念が、集まって生まれたのが彼さ」
ラブは懐からリンクルンを取り出す。これは、持ち主に悪意を持つ者には決して触れることのできないもの。
空間が捻じ曲げられ、世界が書き換えられようとも、必ずそこにあるもの。
“チェインジ・プリキュア・ビートアップ”
(アタシ、確かマスに吸い込まれて、気が遠くなって、その後……)
暗い夜空に、満天の星々が輝く。地面は灰色。ゴツゴツした、水分の欠片も感じられない乾いた岩肌。
そして、大小さまざまな窪み“クレーター”。
服はいつの間に着替えさせられたのか、昭和のアニメの雰囲気漂う、レトロなスペーススーツ。
美希は、大きく一つため息を付く。
「息はできるみたいね。でも、この格好はひどいんじゃない?」
スゥーっと、音もなく巨大な飛行物体が岩の陰から垂直に飛び上がる。
円盤状の乗り物。誰もが一度ならず見たことのある、それでいて、現代ではまず売られてはいないおもちゃ。
UFO――――未確認飛行物体の模型であった。
「テレビゲームの黎明期に造られ、一世を風靡しながらも、次々と処分されたゲームとそのおもちゃたち。積み重なった怨念を思い知るがいい」
「なるほど、あなたがトイマジンね。アタシにこんな恥ずかしい衣装着せたんだから、モデル料は高くつくわよ!」
UFOの機体から眩い閃光が走る。レーザー光線? 考える暇もなく足元の岩が弾け飛び、破片が容赦なく襲いかかる。
横に飛んでかわしながら、美希はリンクルンを取り出した。
“チェインジ・プリキュア・ビートアップ”
(うぅ~、なんか、体が重たい……)
高い湿気を含んだ空気が、祈里の肌にまとわり付く。ムワッとする濃厚な植物の匂いと、サウナのような暑さに息が詰まる。
見慣れない樹木や草。森というよりも、密林と呼ぶべき光景が広がる。
「これは常緑樹ね。蔓性の植物なんかが、絡み合うように密生した森林。熱帯降雨林ともいうのよ」
(って、誰も突っ込んでくれないと悲しい……)
せめてタルトちゃんでもいれば、「暢気にうんちく垂れてる場合とちゃうがな!」なんてフォローしてくれるのにと思う。
そして、視線を自分に移す。
両手には、反りのない大きな剣。体は皮の鎧を着込んでいて、頭には、やっぱり頑丈そうな被り物、というか、兜……。
「ばすたーどそーど、とかいうのかな? 目立つ格好はプリキュアだけで十分なのに……」
(こんなの、重たいだけよね)
祈里は、躊躇わずに直刀を投げ捨てる。この先どんな危険が待ち構えてるにしても、刃物で何かを斬るつもりなんてなかった。
重たくて動きを妨げそうな兜を外した時、地震のような揺れに襲われる。
自分の周囲だけ、急に日が陰る。突然、祈里の前に現れた巨大な壁。それは、白亜紀に栄えて、史上最強の肉食恐竜と呼ばれた――――
「北アメリカ大陸に生息した最大の獣脚類、ティラノサウルス。学名――――って、きゃああ!!」
よく見れば、おもちゃの恐竜だった。しかし、十メートルを超える巨体は、本物としか思えない程の迫力がある。それが敵意を持って襲いかかってくるのだ。
素材が樹脂であっても、目の前にいる存在は実際に数トンの重量を持つ。その恐るべき牙は、生身の人間など一瞬にして噛み砕くだろう。
背を向けて一目散に逃げ出す祈里に、どこからともなく声がかけられる。
「恐竜のおもちゃはね、力に憧れて最初はチヤホヤするくせに、必ず最後は悪役にして使い捨てられるんだ。お前も、乱暴に扱われる気持ちを味わうがいい」
恐竜は、わき目も振らずに祈里を追いかける。しかし、密林に覆われたジャングルは、巨大な恐竜には狭すぎた。
自らが倒した木々に体を傷付けられ、恐竜は苦しそうに咆哮する。
その声を聞いて、祈里は足を止めて振り返る。その表情には恐れもなく、脅えなく、ただ慈しみだけがあった。
「その恐竜さんを、そそのかしているのよね、トイマジン! 乱暴なのはあなたも一緒よ。待っててね、すぐに楽にしてあげるから」
祈里はリンクルンを掲げて叫ぶ。その身体が、眩い光に包まれた。
“チェインジ・プリキュア・ビートアップ”
(――――ッ、ここは? おもちゃの国とは雰囲気が違う。異空間に飛ばされた!?)
落下というより、下方に叩き付けられたようだった。せつなは地面の上で受身を取って衝撃を殺す。
そこは、西洋風のお城の庭らしい。床は縦横にマス目で正方形で仕切られており、ゲームの盤となっている。
前方にいくつかの気配を感じる。いつの間に戻ったのか、石柱の中央にクイーンが、その左右をナイトとビショップが固める。
やがて残りの石像も、変化して石の人形となる。数は六種類、全部で十六体。先ほどのナイトとビショップも、対になる片割れでしかない。
コンディションを再確認する。身体に異常はなし。装備は、白のブラウス、赤いベストとリボン、紺のスカート、カジノのディーラーのコスチューム。
一番大切なものを腰に感じ、問題なしと判断する。
「これも、城というわけかしら? ずいぶんとたくさんあるのね」
「当然だ。ワシもまた王であり、王が構えるのは城と相場が決まっておる」
クイーンの横に位置する巨漢の駒が、せつなの問いに腕を組んで答える。もう、せつなにも、このおもちゃの正体がわかっていた。
“チェス”イギリスで発祥し、西洋を中心に普及した戦争ゲーム。サウラーが好んでいたため、イースとして何度か相手をしたことがあった。
日本の将棋に似ているが、より駒に依存するゲームである。ハンデとしても駒落ちが認められないほどに、数が重要な意味を持つ。
「フフッ。十六対一でいきがる、六十四マスの王様ってわけね。滑稽ね」
「だからこそ、逃げ場は無いと思え、小娘。たった一体で戦いを挑んだ時点で、戦略的敗北は決しておるわ」
「それはどうかしら? イレギュラーな駒を受け入れた時点で、そちらに戦術的勝利はなくなった」
「ボクのセリフを全部取るな、チェスのキング。こいつらは戦いを知り尽くしたプロで、ボクの最強の駒だ。お前に勝ち目なんてあると思うな」
「あなたがトイマジンね。自分のやっていることが、自分が憎んでいる子供たちと一緒だとなぜわからないの?」
「黙れ! おもちゃを愛したことの無いお前に、ボクの気持ちなんてわかるものか!」
「――――わからないわ。あなたに、私の気持ちがわからないようにね!」
相手のポーンが前に進み出る。それは、ゲーム開始の合図だ。
せつなはリンクルンを掲げ、高らかに変身のキーワードを唱える。
“チェインジ・プリキュア・ビートアップ”
異なる四つの空間に、四柱の伝説の戦士が降臨する。
おもちゃの国の、最初の戦いの舞台が、ここに華々しく幕を開いた。
最終更新:2011年11月28日 20:35