ヒュン ヒュン ヒュン ヒュン ヒュン
ラブを正眼に捉え、カンフー人形はジリジリと距離を縮めていく。
軽やかに、リズミカルに、そして、何より疾く。
無駄な力を一切省いたその動作は、一息の呼吸と共に爆発的な破壊力を生み出す。
交差構えから、風車と呼ばれる技法でヌンチャクを回転させる。
縦、横、十字、自在に変幻する動きは、攻防一体となって、リーチの届く限りにおいて無敵の空間を作り出す。
一見動きが単調に思えても、軌道を変える技に幾多のバリエーションがあり、攻撃のタイミングを掴むことは不可能に近い。
最強のインパクトと言われる右斜め打ちが、壁に背を付けて動けなくなったラブに襲いかかる。
一瞬早く、ラブがリンクルンを掲げて叫ぶ。ピンク色の眩い光が球状に広がり、不可視の力場を形成して迫り来るヌンチャクを弾き飛ばした。
ピンクのハートは愛あるしるし! もぎたて!――――フレッシュ!――――
“キュア・ピーチ”
光が収まった先には、桃色の戦士が立ちはだかる。強者のみが纏う、圧倒的な存在感を放つ。
まさに別人。その澄みきった瞳には、一切の恐れも脅えもなかった。
約束された勝利を、一片の疑いもなく信じている。そんな余裕すら感じられた。
人形は何が起きたか掴めず、一瞬怯んだものの、またすぐに風車を展開させる。警戒して大きく取った距離を、再びジリジリと詰めていく。
戦局は常に移り変わるもの。迷わず、怯まず、考えず。流れる水の如く、状況に合わせて動くのが彼の流儀であった。
静かなる道場に、ヌンチャクが風を切り裂く音と、時々人形から放たれる、裂帛の気合だけが響き渡る。
遠心力を伴ったヌンチャクは、見た目からは想像できないほどに疾く、威力が高く、軌道も読み辛かった。
攻撃方法も、時に突きであり、時になぎ払いであり、時に打撃――――否、斬撃にもなり得た。
しかし、当たらない。変身によって圧倒的な防御力を手に入れたキュアピーチは、ヌンチャクの攻撃を恐れない。
制空権を握るこの武具の唯一の弱点。武具と手の長さと肩の幅、それ以上のリーチが望めないこと。
ピーチは冷静に相手の足の動きを見て、一定の距離を取り続ける。
やがて背が丸い柱に当たり、一瞬だけ動きが止まる。好機と見て、人形のヌンチャクが一閃する。
「ホワァタァ!」
「はああァ!!」
壁の位置は始めから掴んでいた。今のはピーチの誘い。
打突と化したヌンチャクを紙一重で避けて、渾身のプリキュアパンチを打ち込む。
回避できないと判断した人形は、手首を返してヌンチャクを一瞬で戻し、その鎖でピーチの拳を受け止める。
パアァ――ン!
勢いよく鎖が飛び散り、ヌンチャクはただの二本の棒切れと化した。
「勝負あり、――――だね」
人形は、惜しみもせずにヌンチャクだったモノを投げ捨てた。
ピーチが拳を解いて、降伏を促す。
しかし、人形は再び構えを取る。
ラブは知らなかった。女の子であったが故に。
カンフー人形が、恐るべき徒手空拳の格闘技の達人をモデルに作られていたことを。
無手の戦技こそが彼の真実の姿であり、その本領であることを。
『
幸せの赤い翼――――おもちゃの国は秘密がいっぱい!?(それぞれの戦い~前編)――――』
――“一閃”――
ピーチの左回し蹴りが人形の右腿を狙う。人形は右足を一歩下げて交わし、そのまま後回し蹴りに繋げる。
回避と攻撃の一体化、コンマ一秒のカウンターとなってピーチを弾き飛ばす。
無法を以って有法と為し、無限を以って有限と為す。後の先を極めた究極の武術。否――――これは武術を超えたもの。
型を知り、型を得て、型を捨てる。技術を芸術にまで磨き上げ、武術を武道にまで高め、しかる後に、概念にまで昇華して己と一体化する。
よって、制限もなければ限界もなく、戦略もなければ戦術もない。
心を無にして攻防一連の動作に当たる。全ての技は、人体の限界速度、即ち反射行動によってのみ遂行されるのだ。
(こんなに、何もさせてもらえないなんて!)
“プリキュア・パンチ”
しかし、プリキュア中最強を誇る拳も、間接の動きに合わせて真横から払われてしまい、己が身に襲いかかる自爆攻撃となる。
払った手がそのままピーチの空いてる腕を掴んで、両手を塞がれたピーチに容赦ない追撃が叩き込まれる。
この間、わずか1.2秒。何が起こったかも判らない内に、後方に弾き飛ばされてたたらを踏む。
(カウンターが狙いなら!)
「アチャア!」
待ちに徹したピーチに、下段横蹴りから上段足刀蹴りの二段攻撃が襲いかかる。
ピーチは一撃目を耐えて、追撃を辛うじてガードでいなした。
“Single Direct Attack”
利き腕、利き足を前方に出した構えから、その手足で相手に最短の軌道で打ち出される単純攻撃。
人体の反射速度は0・5秒。攻撃を感知してから防御に移すまでに、また0・5秒。それだけあれば、初撃は既に決まっているのだ。
これが武術。脆弱な生命体である人間が、卓越した知能で生み出した、人体の理想の運用体系。それを集めて再構築した、総合格闘技の実力であった。
腕を使えば腕を畳まれ封じられ、足を使えば突き倒されて転倒させられる。
そんな不毛な応酬を繰り返し、耐えに耐えて、ついに勝機が訪れる。
ピーチの腕を押さえた人形の腕を、さらに彼女の腕が押さえ込んだ。
「やっと、捕まえた!」
カウンターを覚悟で開いてる右手を叩き込む。相打ちでも構わない。耐久力では圧倒的な開きがあるのだから。
しかし、インパクトの瞬間にピーチの拳が止まる。
「ダメッ! プリキュアの力で本気で殴ったら、壊しちゃう!」
「ホワァタァ!」
人形の攻撃だけが命中し、掴んだ腕も放してしまう。
その攻撃速度と反応速度、そして打撃の威力からは信じられないことに、人形の力は弱かった。
おそらく、人間よりはいくらか強い、その程度の力しかないのだろう。耐久力も、防御と回避能力からは考えられないくらいに弱いに違いなかった。
かと言って、威力を加減すれば攻撃速度まで落としてしまう。それでは、人形の動きを捉えることなんて出来るはずもなかった。
ピーチの表情に焦りが浮かぶ。さほど効かないとは言え、徐々にダメージも蓄積されている。大して動いていないのに、呼吸が千々に乱れる。
これがキュアパッションであったなら、結果は違ったものになっていただろう。
基本的に、プリキュアはナケワメーケやナキサケーベ、そして、ソレワターセなど、巨大な敵との戦いを前提としてきた。
自らよりも遥かに力が弱く、耐久力も劣り、サイズも変わらない。ただ俊敏性と、磨き抜いた技で戦う。そんな戦士との対戦は、ほとんど経験がないのだ。
「たああーッ!」
「アチャア!」
ピーチの攻撃を機軸に、それを辿るように反撃が打ち込まれる。
彼女とて素人ではない。変身と同時に、戦いに必要な技術は授かっており、格闘戦においても十分な実力を備えていたはずだった。
しかし、その多彩な技の数々も、予めその攻撃が来ると予測していたかのように、計算された返し技を叩きつけられる。
的確に急所を狙った打撃を打ち込まれる度に、ピーチは体力ではなく精神を削られていくようだった。
(これが、この子の持ち主が考える、最強の力。憧れを抱いて、ついには叶わないと諦める、子供の頃だけに見る夢……)
「でも、――――あきらめる必要なんてないじゃない!」
「ハアッ!!」
キュアピ-チは、両手の拳を腰につけて大きく叫んだ。不可視のエネルギーが、炎の形を模して全身から放たれる。
確かに強い! だけど、今の彼の技は、力だけを追求した暴力にすぎない。
そんなものにプリキュアが屈するわけにはいかない。
自分たちは、守るべきものを背負って、みんなの想いを拳に宿して戦っているのだから。
腰のリンクルンが光を放つ。ピーチの想いに呼応して、桃色の愛の鍵ピルンが、無限のメモリーの扉を開く。
“Access”――――“Search”――――“Analyze”――――“Download”
(わかった! この室内の道場が、石畳で作られている理由は!)
あちこち磨耗し、窪み、変形した石の床。地面を蹴ることによって、手打ちの技に威力を伝える技法。
予測できない最短距離の打撃において、唯一必要とする予備動作。
ピーチは目を閉じて、全神経を聴覚に集中させる。
騒音の中にあって、仲間の息使いまで感じ取るダンスのレッスン。それに比べれば――――
プリキュアの強化された聴覚で、人形の足音を感じ取ることなど造作もなかった。
「ホワァタァ!」
「たああーッ!」
大地を掴むような強い踏み込みを感じ、ピーチは目を開く。
全身を弛緩させて、拳を相手の拳に合わせて引き、その衝撃を吸収する。
運動能力を殺し、優しく受け止めた人形の拳に、今度は、零距離から渾身の力を叩き込む!
「なぜ……俺が……敗れた?」
「憧れるだけの夢じゃ、勇気を持って、一歩踏み始めた夢には敵わないんだよ」
寸打と呼ばれる技法。本来、人形が得意する武術の奥義。
直接打撃を受けず、衝撃だけを全身に受けた人形は、傷一つ無いまま背後の柱に激突する。
降参の意思なのか、ダメージが大きいのか、カンフー人形はその問いを最後に、そのまま動かなくなった。
戦場において、相手より高い位置を取ることがどれだけ有利なことなのか? キュアベリーは、今、まさにそれを痛感していた。
常に相手の動きを監視出来ること。攻撃する際に、高い方は勢いが付き、低い方は勢いが殺されること。
まして、相手は強力な遠距離攻撃兵器を備えているのだ。
「グゲゲ!」
「キャア!」
UFOから光線が放たれる。乾いた大地を抉り、爆風と共に土煙が舞い上がる。
『光学兵器』高出力の電磁波を、破壊目的に使うもの。その特徴は、質量を持たず、重力の影響を無視して真っ直ぐに進むこと。
なるほど、宇宙空間においてこれだけ有用な武器は他にない。まして敵は頭上にあり、こちらは攻撃のタイミングを掴むことすらできないのだ。
「こっのぉ! 悪いの、悪いの、飛んで……ダメッ!」
不利な条件は高さだけではなかった。戦闘機の航空速度はいくつまで出るんだっけ? と考えて絶望的な気分になる。
戦闘用でない旅客機ですら、確か音速を超えるはず。UFOの現在の速度は、音速には至ってないようだが、それでも時速1000キロは出ているだろう。
技の準備に一秒もかかっていては、命中どころか射程から遠く離れてしまう。
電車の中から見た歩行者が、止まっているように見えた経験は誰しもあるはず。逆に相手からは電車の中の様子は見えない。
まるで違う時間の流れの中に身を置いているのだ。ベリーからはUFOの姿が一瞬しか見えず、UFOからはベリーが止まって見えることだろう。
「それでも命中してないのは、遊ばれてるってことよね」
それならば、チャンスを伺えば、いつかは付け入る隙が生まれるはず。そう思った自分の甘さをすぐに思い知ることになる。
後方から迫る敵機に加え、前方からも同型のUFOが姿を現す。
(しまった! 新手!? 挟み撃ちにされる!)
しかし、状況はそれより更に悪かった。敵は遊んでいたのではなく、場所を仲間に知らせて、確実に葬るチャンスを待っていたのだ。
挟み撃ちではなく、包囲殲滅。右方と左方からも、同じタイプのUFOが迫る。
(ちょっと! 冗談でしょ……)
四機のUFOの照準が、困惑して動きを止めたベリーを捉える。
まるで、ステージでスポットライトを浴びるかのように、四方から放たれたレーザー光線はベリー目がけて降り注いだ。
大きく窪んだクレーターが、更に深々と抉られる。蒸発した岩石は、気化して白煙を撒き散らす。
直撃を受けずに吹き飛んだ地面は、粉塵となって蒸気に混ざり視界を埋め尽くす。
勝利を確信してはしゃぐ仲間を抑えて、最初のインベーダーが確認のため地表を調べる。
光学センサーは使えないと判断して、熱源センサーに切り替える。
小さな赤い点が一つ。ベリーの健在を知って、インベーダーは警戒を強める。その直後に、画面が真っ赤に染まる。
それは、自分たちの機体のエンジンが放つものよりも、更に強い熱源の発生を意味していた。
「これは……」
間一髪、敵の攻撃を避けたベリーは、近くにあった窪みに身を隠した。その足元が攻撃の余波で崩れ落ちる。
落下した先は、ちょっとした地下の空洞だった。
「これも、UFOなの? でも、奴らのとはデザインがずいぶん違うわね」
いわゆる円盤ではなく、戦闘機のような直線的なフォルム。純白に輝く美しい機体は、見るからに強大な力を感じさせた。
「なるほど、トイマジンはテレビゲームと言ってたわね。つまり、プレイヤー機もあるわけね」
不都合だから、隠していた。そんなところだろう。
丸腰の人間を複数の機体で殲滅するなんて、そんなバランスの悪いゲームあるはずがない。
「だったら、知識のないアタシにも操縦できるはず。お願い! 動いて!!」
ベリーは、キャノピーを開いてコックピットに乗り込む。不思議なことに、操縦方法は自然と頭に浮かんできた。
ジェット燃料スターター、スイッチON――――メインエンジン点火。
右エンジン、及び左エンジンスロット調整20%。慣性航法装置、オートモードで起動。
レーダーON、現在地確認。敵影感知、数は四機。
エンジン出力120%、ブレーキ解除、アフターバーナー全開。
電磁投射砲、ロック解除。照準、前方隔壁にセット。最小出力――――発射!
主力武装のレールガンが火を噴き、天井の一部が消失する。ベリーの視界に星々の光が飛び込んでくる。
「行くわよ! ――――発進!!」
ベリーの白い機体が、フワリと宙に舞う。直後に激しいGがかかり、軽い吐き気に襲われる。
こんなところまで、リアルに再現しなくてもいいのにと思う。
気が付けば地面は遥か下方にあり、そのまま上空で円を描くように滑空した。
「でも、ちょっと楽しいかも? とか言ってる場合じゃないわね」
操縦のコツを掴むために、ムチャクチャな曲芸飛行を繰り返す。実戦に練習時間などあるはずもなく、止まっていては標的にされるだけだからだ。
案の定、敵は追尾してきているものの、付いてくるのが精一杯で攻撃には踏み切れずにいた。
ベリーは操縦桿を前に傾ける。自由落下に近い角度で機体が急降下して行き、地表が大きな壁と化して目の前に迫る。
「女の子にこんな乱暴なことさせるんだから、その分覚悟しなさいよ!」
衝突の寸前で、操縦桿を力一杯手前に引く。急上昇する機体。ゴツゴツした大地が目の前で滑るように遠ざかっていく。
そして、爆風!
インベーダーの一機が、コントロールを失って地上に激突したのだ。
「まず、一つ!」
仲間を落とされた怒りからか、残りの三機が乱暴な反撃に打って出る。複数の閃光が、ベリーの機体の横を走り抜ける。
一瞬ヒヤリとするものの、照準も定まっていない攻撃が、そうそう命中するはずもない。
右に、左に、ベリーは機体を振り回しながら敵機の射線をかわしていく。
そして、再びアフターバーナーを全開にして急加速する。
大きく一周、弧を描いて滑空する。追われる立場が追う立場に逆転する。UFOを背後に捉えたベリーは、電磁砲のトリガーを引いた。
眩い閃光が闇を切り裂き、着弾とともに光が破裂する。
光は球状に膨れ上がった後に、横一列の軌跡を描いて四散した。
「これで、二つ!」
残るは二機。再び照準に捉えるべく、ベリーは前方を見据える。しかし、どこにもその姿はなかった。
(見失った!? まさかっ!)
レーダーに映る反応が二つ。四時と八時の方角。前に居たはずの敵機に、いつの間にか背後を取られていた。
爆発の閃光に紛れて、二機のUFOは速度を落とし、ベリーの機体に追い抜かせたのだ。
二機から放たれた光線は、それぞれベリーの機体の右翼と左翼を打ち貫いた。
「キャアア! 左右のエンジンがやられた? コントロールできない!!」
ベリーは、今にも折れそうな両翼を懸命に操作して姿勢制御に努める。
不幸中の幸いか、推進力を失ったことで、再び一機のUFOの背後を捉えることができた。
「これが最後の攻撃よ。この一撃を受けてみなさい!」
主砲から放たれた金色の粒子が、巨大な奔流となってUFOを包む込む。
一瞬遅れて、旋回したもう一機のUFOから放たれた光線により、ベリーの機体も撃墜される。
後に残されたのは、ベリーを打ち落とした最後の一機と、淡い光の粒として漂うプラズマの残滓だけだった。
「ギッ、ギイ(犠牲は大きかったが、お前達の仇は取った)」
「あら、それはおめでとう」
「ギィ?」
コックピットの横には、サイドポニーを風になびかせた美しき女性の姿。
ニッコリ微笑んで拳を振り上げる。
初めての空中戦に期待などしていない。結果として三機も落とせたが、もともとキュアベリーの狙いはこれだった。
プリキュアの打撃が通じる高度(足場)と、動きを捉えられるだけの速度(慣性)を得ること。
振り下ろされた一撃は、機体の装甲を打ち破ってエンジンまでも破壊する。
「アタシ、完璧!」
華麗に着地を決めたベリーの背後に、最後の一機が墜落し炎上する。
フィナーレに相応しい華やかさを持って、真っ赤に燃え上がる舞台をベリーは後にした。
最終更新:2011年11月28日 20:37