新-689

「アタシ最悪…」

 蒼乃美希の口から、ぽつり…とこぼれた言葉。
 ベッドから半身を起こして、深く溜め息をついた。
 クリスマス・イブの夜に自己嫌悪。ラブたちとやる予定だったパーティーも、彼女が三日ほど前から風邪で体調を崩してしまったせいで、今日は中止。
 しかし、夕方を過ぎた頃から容体も良くなり始めて、今では風邪でだるかった体がウソのように軽い。
 きっと、ラブたちが持ってきてくれたクリスマスプレゼントのおかげだと思った。寝込んでいた美希へ、いっぱい元気を分けてくれたのだ。

(もうすぐ10時か……。みんなにメールだけでも送っておこうかな)

 完璧な体調管理を心がけていたが、モデル関係の仕事を掛け持ちしたりとスケジュール的にも忙しく、気付かないうちに無理をしていたのかもしれない。
 ラブ、せつな、祈里 ――― お見舞いに来てくれた三人にも心配をかけてしまった。
 美希はもう一度深く溜め息をついた。
 一本結びに束ねた長い髪は、まるで元気をなくした子犬の尻尾。
 招き寄せた両ひざを強く抱いて、しょんぼりと背中を丸めながらベッドに座り続ける。

(クリスマス・イブのパーティー、みんな楽しみにしてたのに……)

 ごめんね、みんな。
 あと、やっぱり、
 ―――― さびしいな。せっかくの聖夜なのに。

 そんな気分で落ち込んでいると、部屋のドアが控えめにノックされた。続いてドアの向こうから「美希ちゃん…起きてる?」と遠慮がちな声が聞こえてきた。
 美希が反応して、顔を上げる。

「あれ? ブッキー…。あ、電気つけるから待って……」

 こんな時間だし、せつなに頼んでアカルンで送り届けてもらったんだろうな ――― ドアを開けたら、美希の予想通りだった。
 山吹祈里は、なにやら色々入っている大きな紙袋を持ったパジャマ姿で、
 東せつなは、これからどこかへ出かけるのか、外出時の格好だ。

「ごめんね、美希。私、急いでラビリンスに戻らないといけないから……」
「何かあったの?」
「その辺の説明はブッキーお願いっ」

 あわただしくアカルンの力でワープ。
 その場に残された二人が顔を見合わせる。

「あのね、今夜ラビリンスで初めてのクリスマス・イブが始まったんだけど、実行委員長のウエスターさんが勝手にハロウィンと節分も混ぜちゃって……」
「いいんじゃない? ラビリンスって特に宗教があるわけでもないんだし」
「ほかにもサンタクロースの頂点を決定する、え…っと、S-1バトルコロシアムだったかな。そういうのも開催しちゃったみたいで……」
「…………」
「美希ちゃん?」
「……ま、いいんじゃない?」
「いいのかなぁ…。ところで風邪の具合どう? 高麗人参持ってきたんだけど」
「ありがと、ブッキー。でも、もうすっかり治ったってカンジだから」
「良かった」

 にこっ、と祈里が微笑むと、美希の気分もふんわり和む。ショートケーキを飾るクリームみたいな、ふわっとした甘さの笑顔は昔から全く変わっていない。
 カラダの隅々にまで節制の行き届いた美希は、プロの手ほどきによるダンスレッスンによって、さらに容姿を美しく磨き上げた自信がある。しかし、純朴な笑顔の魅力で勝負したら、祈里には絶対かなわないと思う。
 ――― あともう一つ、パジャマの上から見て取れる女性的な部分の成長速度。

(アタシも自分のボディラインに合わせて、もうちょっとだけ大きくしたいんだけど……、何かいいモノ入ってないかな?)

 美希がチラリと紙袋に視線を向けると、「…ん?」とあどけなく小首をかしげて、祈里が中身を見せてくれる。彼女が持ってきたのは、明日の朝、着て帰るための服と、長ネギ、高麗人参、その他あれこれ&自分の枕。美希の体調を案じて、今晩は泊まっていくつもりだったのだ。

「ごめん、ブッキー。クリスマス・イブなのに心配ばっかりさせちゃって」
「ううん、いいの。久しぶりだよね、美希ちゃんの家に泊まっていくのって」
「中一の時、三人で無理やりアタシのベッドに寝たこと憶えてる? 真ん中に入りたいって言ったラブが、寝ながら窮屈そうにモゾモゾ動くから……」
「ふふっ、結局わたしと美希ちゃん、途中から眠れなくて。次の日は、ふたりともあくびばっかりしてたっけ」
「今だとせつなもいるから四人かー」
「四人でチャレンジしてみる?」
「あははっ、しないしない」

 美希が自分の枕の隣に、ぽふっ、と祈里の枕を並べる。そして二人で仲良く会話しながら、一緒にベッドにもぐりこんだ。
 幼なじみのカラダは、あったかくて気持ちがいい。顔の距離が近くて、電気を消してもお互いの表情が分かる。目が合うと美希は気恥ずかしげに微笑した。祈里も愛くるしく微笑み返してくる。

「この羽毛布団、美希ちゃんの匂いがする…」
「嗅がないでよ。それよりも、ねえ、ブッキー」
「なに? 美希ちゃん」
「いくつになった?」
「え…? 美希ちゃんと同じ15歳だよ」
「そうじゃなくて、サイズ」
「…………」

 顔を赤らめて黙ってしまう祈里がかわいらしくて、逆に美希のほうがドキッとした。自分の頬も、少し熱を持ってくるのを感じた。
 やがて小さく息を吸った祈里が、ゴニョゴニョと美希の耳もとへささやきかけてきた。

「サイズは分からないけど……最近ブラジャーするとね、ちょっとだけ胸が苦しいの。夜寝る時は外してるんだけど……」
「新しいの、買おうよ。ねっ?」
「…うん」
「よしっ。じゃあ、アタシが付いて行って、とびっきりカワイイやつ、選んであげる♪」
「美希ちゃんが一緒だと心強いな。……でも、わたしはフツーのでいいよ?」
「えー、地味なブラにしたらもったいなくない? せっかく女らしく育ってきてるのに」
「育たなくていいよ~…。胸なんておっきくなっても恥ずかしいだけだもんっ」

 軽く羨望の眼差しを向けてくる美希に気付いて、ぐっと首まで掛け布団を持ち上げる。美希が「ゴメンゴメン」と苦笑しつつ謝った。
 しばらくの間、恥ずかしそうにしていた祈里だが、その瞳にいたずらっぽい光が浮かぶ。

「よく考えたら、美希ちゃんズルイ」
「ん?」
「美希ちゃん、ブラジャーしてる。わたしはしてないのに」
「こ…こらっ、何をっ…、あっ、ちょ、ちょっ…ちょっ…!」

 美希が慌てる。身体をすり寄せてきた祈里が、抱きつくみたいに背中に手を回して、ホックの位置を探そうとしてきたからだ。
 密着してきたカラダは想像以上にやわらかく、そして、普段は服に隠れてしまっているが、美希と同じくハードなダンスレッスンを継続しているためにプロポーションの締まり具合も意外に良い。
 女の子同士でも魅惑的に思えてしまう肢体。ほんの一瞬とはいえ、美希の心がざわめいてしまったほどに。

「やだっ、ブッキー、だめ…、だめだったら……」
「恥ずかしがらないで。お風呂だって一緒に入れる仲でしょ、わたしたち」
「だ、だからって……それとこれとは話が違うんじゃ…」

 背中をまさぐる手付きに、美希が顔を微妙にこわばらせながら抵抗する。とはいえ、さっきから祈里の身体を引き離そうとしている両手には、全然力が入っていない。
 どどど、どっ、どっ…どうしよう、と精神的なパニックに陥ってしまった美希が、つい口をすべらせてしまう。

「そもそも、このブラのホックって、背中じゃなくて前だし ――― 」
「あ、そうなんだ?」

 美希の自爆。
 抱きつかれるような姿勢からは解放されたが、今度は胸元を攻められて本当のピンチを迎える。
 パジャマの上からフロントホックを外そうとチャレンジしてくる優しい指使い。決して強引ではないけれど、ホックを外すのを諦めてくれそうな気配は微塵もない。

「やっ、こらぁ、ブッキー、あっ、ダメだってばぁっ」
「ン、そんなに動いたら、うまく外せないよぉ、美希ちゃん」

 美希はくすぐったいやら恥ずかしいやらで、「や、やめて、あっ」と弱々しい声を上げつつ、スマートな身体を絶えずくねらせ続ける。
 ――― 正直なところ、この時はまだ、まだじゃれあっているような雰囲気で、二人の心にはどこか余裕があった。

 ビクッ…。
 祈里の指先が震える。

 胸元のくすぐったさに、とつぜんブレーキがかかった。くねくねと身悶えていた美希が「…?」と動きを止めて祈里の顔を見つめる。
 最初、困惑の表情で美希を見返していた祈里だが、やがて悩ましげに視線をそらし、片手をゆっくりと自分の胸へ持っていく。
 美希の手の甲に、祈里の手がそっと被さってきた。
 その直後だった。
 無意識のうちに祈里を引き離そうとした手が、やわらかな丸みをしっかりと掴んでしまっている事に気付いたのは。

「ゴ…、ゴメンッ、わざとじゃないからっ!」
「………………」

 美希が謝るが、祈里は目をそらしたまま何も言わない。
 気まずくなった空気に美希が息苦しさを覚える。とりあえず自分の手を引っこめようとしたが、そこへ祈里の手が『キュッ…』と可愛らしくすがり付いてきて阻止される。

「美希ちゃん、わたしの胸……やっぱり、みっともないかな?」
「べ…別にアタシは何とも思わないけど?」
「本当? お餅みたいなんて思ってない?」
「もしかしてブッキー、学校で何かあった? 胸の事でからかわれたりとか」
「ううん。ただ、これ以上は大きくならないでほしい。ダンスの練習の時、揺れたり…するし……」

 告白のかたちで、口から羞恥心を吐き出した祈里。彼女のおでこに、美希がこつっ…と額をくっつける。

「ブッキーの胸、やわらかくてフワフワしてる。アタシは好き」
「………………」
「おっきくなっても大丈夫。綺麗なバストになるよう、このアタシが責任持ってサポートするから」

 くっつけていた額を離すと、ようやく祈里が目を合わせてくれた。消灯しているせいでよく分からないが、その瞳はツヤツヤと潤んでいるようで、美希はちょっとだけドキドキしてしまう。
 美希の手は、まだ祈里のふくらみに乗せられている。この胸を『好き』と言ってくれた人の手の感触が嬉しくて、祈里の心臓も、いつもとは違うリズムでドキドキし始めていた。
 この手に離れてほしくない ――― 祈里は重ねた手にぐっと勇気をこめて、幼なじみの手を胸のふくらみに押し付けた。
 今、自分がしている行為がすごく恥ずかしくて、美希と目を合わせていられなくなってしまう。それでも、こくっ…と小さくうなずいて想いを伝える。
 美希はためらいつつも、ここで断ったら悪いような気がして、「じゃあ、少しだけ…ね」とさわらせてもらう事にした。

 パジャマの生地一枚の下にある、ふくよかな丸み。まだ発育途中の胸のカタチに沿って、ゆっくりと手の平をすべらせる。くすぐったかったのか、祈里が「ンッ…」と小さくうめいた。
 美希の手が味わっているのは、瑞々しい弾力のある肉の感触。優しく乳房を掴んでみると、搗きたての餅のように軟らかくカタチが変わる。しかし、指の力を抜くと『ふわっ…』と本来の丸みを取り戻す。
 まろやかな乳房の肉感を玩味(がんみ)しようとする手の動きに、祈里の頬はほんのりと赤く染まる。まだ15歳のウブな少女にとって、これが恥ずかしくないわけがない。
 ――― でも、美希ちゃんが『好き』って言ってくれて……うれしいな。
 うっとりと両目を閉じた祈里が、甘い声で幼なじみの名前をこぼす。

「…美希ちゃん……美希ちゃん……」

 小ぶりな乳房を丁寧に撫でまわされるのは、マッサージされる感覚に似ているのだろうか。祈里はくすぐったそうに、あるいは気持ち良さそうに、何度も身じろぎした。
 ブラジャーを着けていない、無防備なやわらかさ。それが美希の手によって、優しく揉みほぐされる。ほっそりとした指の動きを感じているうちに、胸の奥が切ないほどに高鳴ってきた。



新-745
最終更新:2011年12月31日 11:24