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「ぅわ~っ! 美希たん、それカッコイイ!」
「うん、すっごくキレイ…」
「これはね、ロケットっていうんだって。ママが買ってくれたのよ。
 ほら、ここが開くんだから」
「あ、ホントだ…でも、ここに何か入れるの?」
「ここに好きな人の写真を入れると、その人と結ばれるんだって」
「美希ちゃん、好きな子がいるの?」
「ううん。でも、大きくなったら、好きな人の写真を入れるんだ。
 そして…アタシは、その人と結ばれるの!」
「うん! きっと美希たんなら、ちょーイケメンの彼氏と、幸せゲットだよね!」
「そうだね。私も、信じてる!」









「はぁ…」

 土曜日の昼下がり。
 祈里は一人、隣町のデパートへ来ていた。

 キレイな洋服に、可愛いアクセサリー。
 ペット用品売り場に、書店の「動物の本」コーナー。
 いつもは楽しい買い物のはずなのに、ちっとも楽しくない。
 きっと、今朝見た夢のせいだろう。
 それはまだ、許されぬ想いを抱く前のこと―。


【 message for you・第2話 】



 あれは確か、中学に入る少し前だったろうか。
 親友の胸元で、銀色に輝くロケット。
 大人びた雰囲気の美希に、とてもよく似合っていた。
 あのロケット、今はどうしているのだろう?

 ふと、想像してしまう。
 彼女の細い首から提げられた、銀のロケット。
 その中には、きっと私の知らない誰かの写真―。

「…はぁ…」

 私、信じられない。
 私、信じたくない。
 想像すればするほど、気分は重くなる。
 今も一人、ベンチに腰掛けてため息をつくばかり。

『…美希ちゃん…』

 今頃、どうしているのかな。 
 カズちゃんとお出かけ?
 それとも、別の誰かと?
 その“誰か”の隣で、美希ちゃんは楽しそうに微笑んで。
 手をつないで、腕を組んで、そして―。

「……っ……」

 胸の奥が、きゅっと締め付けられる。
 そんな美希を想像して。
 そんな美希を祝福する、自分の姿を想像して。


『おめでとう、美希ちゃん!』


『すっごく素敵な人ね!』


『ううん、美希ちゃんなら当然だよ。私、信じてた!』



 ……何を?




『もう…帰ろう』

 祈里は、ベンチから立ち上がった。
 一度深呼吸をして、トートバッグの中を覗き込む。
 その中には、美希に宛てた白い封筒。

 こんなもの、もう捨ててしまおう。
 そうすればきっと、この想いも忘れられる。
 だから、誰にも見つからないように、隣町までやってきたんだもの。
 ビリビリに破いて、どこかのゴミ箱に捨ててしまおう。
 封筒も、手紙も、私の想いも。
 そしたらきっと、いつもの“ブッキー”でいられる。 
 みんなと笑いあって、カオルちゃんのドーナツを食べて、ダンスに打ち込んで。
 そんな、いつもの私に戻れる。
 …私、信じてる。

 祈里の歩調は、いつになく早かった。 
 やがて視線の先、エスカレーターのすぐそばに、ゴミ箱を見つける。
 何もかも、これで終わりになる。終わりにできる。
 そう思うと、足取りは更に早くなる。
 そして祈里は、

「……っ!」

 脇の通路から現れた人影に、気付かなかった。

「きゃっ!」
「きゃぁっ!」

 尻餅をつき、バッグの中身を床にバラ撒いてしまう祈里。 
 見ると、相手の荷物も床に散乱してしまったようだ。

「ご、ごめんなさいっ!」

 ぶつかってしまった相手の顔も見ず、慌てて荷物を拾い集める。

「いえ、こちらこそ…って、ブッキー?」
「えっ…美希ちゃん…?」

 祈里は思わず固まってしまった。
 一番会いたかった人。
 一番会いたくなかった人。
 そんな美希に、出会ってしまったから。





「これでよし…っと」

 荷物を拾い終え、立ち上がる二人。
 とりあえず、美希に封筒を見られる前に、バッグに入れる事はできた。

「本当にゴメンね、ブッキー。大丈夫だった?」
「うん…私の方こそ、ごめんなさい…」

 視線を合わせられない。
 目の端に映る美希は、どこか訝しげな表情だ。

「ブッキー、用事じゃなかったっけ。もう済んだの?」
「う…うん…まあ…。美希ちゃんこそ、カズちゃんと一緒じゃないの?」

 それがね、と美希。

「ゆうべ電話したんだけど、和希も先約があるんだって。
 お陰で、一人寂しくショッピングってワケ」

 美希は苦笑混じりに肩をすくめる。 

「そ…そうなんだ…」
「でも、ブッキーに会えたのは運が良かったわ。
 良かったら、一緒に回らない?」

 笑顔の美希だが、祈里は答えに困ってしまう。

「え…その…私…」
「あ、もしかして、これからお昼?
 だったら、ここのレストラン街に行きましょ!
 先月、すっごく美味しいパスタのお店が…」

 そう言って、美希は祈里の手を握る。
 いつもの調子で、ぎゅっと。
 だけど。


「い……いやっ!」


 祈里は、美希の手を払いのけてしまった。

「えっ…?」
「あ…」

 その瞬間、二人の時間が凍りつく。
 美希は、何が起きたか分からない表情を見せていて。

「あ…あの…わ、私……ご、ごめんなさいっ!」

 気がついた時には、祈里は美希に背を向けて駆け出していた。

「ちょ…ブッキー!? ブッキー!」




 その夜、自分の部屋で。
 椅子に座り、勉強机に突っ伏す祈里の姿があった。

「美希ちゃん…」

 その名を口にしただけで、胸が苦しくなる。
 手のひらに残った、美希の手の温もり。
 指先に残った、しなやかな美希の指の感触。
 苦しくて、せつなくて、愛しすぎて。

「………」

 視線を移した先は、机の上のフォトフレーム。
 ミユキさんがいて、ラブちゃんがいて、美希ちゃんがいて、私がいて。
 3人でのダンスレッスンを始めた日、記念に撮った写真だ。

 あの日、笑顔で迎えてくれた美希ちゃん。
 “ようこそブッキー”って、横断幕まで用意してくれて。
 帰り道、字を間違えていたことに気付いて、頭を抱えてたっけ。

「せっかくブッキーのために用意したのに…アタシ、完璧じゃない~っ!」

 気にしない気にしない、とラブちゃんが笑って。
 私も、こっそり苦笑いして。
 凹んでいた美希ちゃんも、つられて笑って。
 そんな時間が大好きだった。
 大好きだった、のに。

「美希ちゃん…」

 写真の中で、二人は並んで笑っていた。
 今日だって、美希ちゃんは笑ってたのに。
 それなのに、私は―。
 悔やんでも、悔やんでも、悔やんでも、悔やんでも。
 悔やみきれない想いに、祈里の胸は張り裂けそうだった。




「あ…」

 バイブレーションの音。
 リンクルンのディスプレイには、<蒼乃美希>の文字。
 もう、メールは3回も来た。
 そしてどうやら、今度は留守電のようだった。
 でも、メールを読む気にも、メッセージを聞く気にもなれない。

『もう、寝ちゃおう…』

 眠れるかどうかは分からないけれど、とりあえずベッドに入ろう。
 椅子から立ち上がり、床に置いてあったバッグを掴む。
 結局、今日は捨てられなかった手紙。
 またいつか、時間を作って…。

「…あれ…?」

 祈里は、異変に気付いた。
 バッグの中から出てきた、白い封筒。
 美希に宛てたものだが、自分の字ではなかった。
 しかも、封筒の隅には会社の名前と住所。
 確か、美希がよく登場するファッション誌の出版社だ。

『まさか…!?』




 一方、美希の部屋では。

「それじゃ、また明日、レッスンでね。
 …もし、もしこれを聞いてくれてたら…連絡、くれると嬉しいな…じゃ…」

 メッセージを伝え、電話を切る。

「はぁ…」

 そして、出るのはため息。
 落ち込んでいても仕方ない。
 明日ダンスレッスンで会うのだし、ブッキーにはその時にでも話そう。
 そう自分に言い聞かせているが、どうしても気持ちが前向きにならない。

「ブッキー…」

 とりあえず、今夜は寝てしまおう。
 そう決めて、美希はドアノブに引っかけたままのバッグを掴んだ。
 今日の撮影の時、雑誌社の人からもらったチケット。
 とあるブランドの発表会への、特別招待券だ。
 忘れないうちに、机の中にでもしまっておかなくちゃ…。

「…あれ…?」

 美希は、異変に気付いた。
 バッグの中から出てきた、白い封筒。
 自身に宛てたものだが、どこかで見覚えのある字だった。
 しかも、封筒の隅に書かれていたはずの、雑誌社の名前が無い。
 美希は首を捻りつつ、封筒を裏返す。

「…あ…」

 封筒には、差出人の名が記されていた。



「 山吹 祈里 」




~ To Be Continued ~ 3-443
最終更新:2009年09月22日 00:14