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<ブッキー、今日はゴメンね。
 パスタ屋さんは、また今度いっしょに行こうね! M・I・K・I>


<今日はごめんなさい。
 ぶつかっちゃったけど、ケガとかしなかったかな?
 何もなければ、いいんだけど。
 明日のレッスン、がんばろうね。  美希>


<アタシ、もしかしたら、ブッキーのこと、怒らせちゃったかな。
 無理に食事に誘おうとしたりして、ごめんなさい。
 ブッキーの都合も、ちゃんと聞けばよかったよね。
 もし怒ってたら、本当に本当にごめんなさい。
 埋め合わせは、いつか絶対にします。
 また、明日会おうね。  蒼乃美希>


『もしもし、アタシ、美希です。
 ブッキー…今日は、本当にごめんなさい。
 いきなりぶつかっちゃったり、無理矢理食事に誘ったり。
 それ以外でも…もしかしたら、ブッキーを怒らせちゃったり、
 傷つけちゃったり、気付かない内にしてたのかもしれない。
 もし、もしそうなら謝るから、教えてほしいな。
 やっぱり、ブッキーとケンカなんてするの、嫌だもん。
 それじゃ、また明日、レッスンでね。
 …もし…もし、これを聞いてくれてたら…連絡、くれると嬉しいな。…じゃ』


 違う。
 違うんだよ、美希ちゃん。
 美希ちゃんは、何も悪くない。
 私が、私が勝手に。
 あなたを、好きになっちゃったんだから。


【 message for you ・ 第3話 】



「みんな、おはよう!」
「おはようございまーす!」

 日曜日の朝。
 いつもの公園に、元気な挨拶が響き渡った。
 だが、やってきたミユキは、怪訝な表情を浮かべる。

「あら…祈里ちゃんは?」

 その言葉に、顔を見合わせるラブ、せつな、そして美希。

「それが…何の連絡も無いんです」
「私やラブも、何度か電話してみたんですけど…美希、何か知ってる?」
「………」

 黙ったままの美希に、せつなは心配そうな口調で。

「…美希?」
「えっ!? あ…その…ア、アタシも、よく分からなくて」
「そう…ねえラブ、もう一度連絡してみましょうか?」
「そうだね。あたし、電話してみるよ」

 さっそくリンクルンで祈里の番号を入力し、応答を待つラブ。
 見つめるミユキも心配そうに、

「確かに、祈里ちゃんが無断で遅刻や欠席なんて、今まで無かったものね。
 まさか…例のラビリンスが出たんじゃ!?」
「それは無いと思います。何かあれば、シフォンが反応するはずですし」

 せつなとミユキの視線の先には、木陰のベンチ。
 ベンチには寝息をたてるシフォンと、それを隣で見守るタルトの姿。
 ナケワメーケが出現したのなら、すぐさま反応するはずだ。

「…みたいね。となると…急病か、事故か…」
「急病…事故…!?」
「美希?」


 途端に、美希の顔が青くなる。
 病弱な弟がいるせいか、親しい人の体調には人一倍敏感な美希。
 ここに来る途中で倒れる祈里、苦しそうにうずくまる祈里―。
 そんな姿を想像し、いてもたってもいられなくなってしまう。

「ア、アタシ、ブッキーの家に…」

 その時だった。

「あ、ブッキー! どうしたの? ミユキさんもみんなも、心配してるよ?」

 どうやら、電話がつながったようだ。
 ひとまず家にいることは分かり、美希もミユキもせつなも、胸をなで下ろす。

「えっ、カゼ? 熱は? そっか…うん、分かった。ミユキさんに伝えておくね。
 ううん、気にしないで。…うん、それじゃ、お大事に…」

 電話を切り、一同に向き直るラブ。

「ブッキー、カゼひいちゃったんだって。熱があるから、今日は家で寝てるって」
「そうだったのね。ブッキー、大丈夫かしら…」
「病院に行くほどじゃないし、薬飲んで様子を見るって言ってた。
 ミユキさんには、連絡が遅れてスミマセンでした…って」
「そういうことなら、仕方ないわね。今日は3人で練習しましょ?」
「はいっ!」

 だが、返事をしたのはラブとせつなだけ。

「…美希ちゃん?」

 ミユキに呼ばれて、ようやく美希は我に返る。

「あ…す、すいません。よろしくお願いします!」

 慌てて頭を下げるものの、いつもの美希の表情ではない。
 事実、レッスンが始まった後も、美希の動きは明らかに悪かった。
 踊っている最中も、振付の説明を受けている時も、祈里の事が頭から離れない。

『ブッキー、どうしてるかな…』



「はぁ…」

 昼下がり。
 部屋着姿の祈里は、ベッドに横たわっていた。

「レッスン、もう終わったかな…」

 壁の時計を見つめて、一人呟く。

 生まれて初めて、仮病を使った。
 両親には「ちょっと身体がだるいから」と。
 親友たちには「カゼをひいた」と。
 美希と顔を合わせる勇気が、無かったから。 

「美希ちゃん…」

 悪いのは全部私なのに。
 あんなに責任を感じて、何度も連絡をくれて。
 なのに、私は一度も返事をしなかった。
 美希ちゃんと話すのが、怖かったから。

 美希ちゃんを勝手に好きになって。
 美希ちゃんの手を振り払って。
 美希ちゃんの前から逃げ出して。

 悪いのは、全部私なのに―。


 コンコン。

「はい…?」

 ノックの音に返事をする。

「祈里、起きてる? 美希ちゃんが、お見舞いに来てくれたわよ」
「えぇっ!?」

 母親の声に驚く間も無く、扉が開く。
 そして、入ってくる美希の姿。

「こんにちは、ブッキー。具合、どう?」
「み、美希ちゃん…」

 穏やかな笑顔を浮かべる美希。
 レッスンが終わってから、シャワーでも浴びたのだろうか。
 ボディソープの優しい香りが漂う。
 母親が部屋を後にすると、美希は床に腰掛けた。
 祈里はベッドの縁に腰掛けるが、美希の顔をまともに見られない。

「熱、もう下がったの?」
「う…うん、まあ…」
「そっか…良かった。ミユキさんも、ラブもせつなも、心配してたよ?」
「…ごめんなさい」
「謝らなくてもいいって。謝るのは…」

 美希は一度言葉を切ると、覚悟を決めたような表情で言った。

「謝るのは…アタシの方なんだから」



 祈里を見つめる美希。
 その真っ直ぐな眼差しから、祈里は視線を逸らしてしまう。

「その前に…これ、返しておくね」

 そう言って、美希はバッグから一通の封筒を取り出す。

「あ…!」

 それは紛れもなく、祈里が美希に宛てた手紙だった。
 震える指先で封筒を受け取り、握りしめる祈里。

「あ、あの、違うの、これは…」
「心配しないで。中は見てないから。というより…怖くて、見れなかった」
「えっ?」
「昨日のこと…ううん、もしかしたら、それ以外でも…。
 アタシ、ブッキーを怒らせたり、傷つけたり、しちゃったのかなって」
「え…そ、そんな…」
「だから…ブッキー、アタシと会うのが嫌になって…それで、レッスンも…って。
 もしそうだったら、ブッキーに謝らなくちゃって…だから、だからアタシ…」

 そこまで言葉を続けて、美希も祈里から視線を逸らす。

「その手紙を見つけた時も…中、見れなかった。
 もしアタシへの絶縁状だったりしたら、どうしよう…って。
 そう思ったら、怖くて…怖くて…っ!」
「み、美希ちゃん…」



 再び、祈里の方へ向き直る美希。
 不安そうな、怯えたような、眼差しで。

「ねぇ、ブッキー。
 アタシ…アタシ、ブッキーを怒らせるようなこと、しちゃったかな?
 ブッキーに嫌われるようなこと、しちゃったかな…?
 もしそうだったら、教えて? 
 アタシに悪い所があったら、すぐに直すから。
 完璧に直してみせるから…だから…だから…ブッキー…っ…」

 俯く美希の肩は、小刻みに震えていた。

「…嫌いに、ならないで…」
「え…」
「ブッキーに嫌われるの…ブッキーと会えなくなるの…やだよ…。
 大切な人と会えなくなっちゃうのは、もう…もう、やだよ…っ!」
「あっ…」

 そうだった。
 美希が、何より恐れていたこと。
 大切な人と、会えなくなること。
 その辛さを、美希ちゃんは誰よりも知っているのに。
 そしてそれを、私は知っていたのに。

「ブッキー…お願い…アタシ、ブッキーに嫌われたくない…。
 アタシ、アタシ、ブッキーのことが…」
「…違うのっ!」
「え…!?」

 美希の濡れた瞳が、祈里を見つめる。
 祈里は唇を噛みしめて、両手をギュッと握りしめて。

「美希ちゃんは悪くない…。
 悪いのは…本当に悪いのは…私なの…!」


~ To Be Continued ~ 3-549
最終更新:2009年09月22日 00:15