「あら、ラブちゃんいらっしゃい。」
「こんにちはぁ。せつな、来てませんか?」
祈里のお母さんに挨拶して奥に通してもらう。
小さい頃から何度も通った部屋。もう、おばさんもいちいち案内したりしない。
声だけ掛けて、適当に上がり、帰っていく。半分自分の家みたいなものだった。
でも、こんなに緊張して部屋へ続く階段を登ったのは初めてだ。
何となく、足音を忍ばせるようにゆっくりゆっくり登る。
おばさんはせつなは来ていない、と言った。祈里は帰ってから勉強すると言って
部屋に籠っているそうだ。
集中したいから部屋には誰も来ないで、と言ってるらしい。
「ラブちゃんなら構わないでしょ。あまり根を詰めないように言ってやって。」
このところ、ずっとそうなの。笑って言うおばさんにあたしは複雑な気分になる。
せつなは部屋にいる。アカルンがあれば誰にも見られず出入り
するなんて簡単。
たぶん、今までずっとそうして来たんだろう。
覚悟を決めて来たはずなのに、すくみそうになる。
祈里と、話をつける。もしせつながその場にいるなら、引き摺ってでも
連れて帰る。
考えて考えて、そう決心してきた。
(……怖いよ…。)
祈里の部屋が見える。ドアが、ほんの少し開いたままになってる。
それを見た途端、すぅっと体が冷える。その意味が分かってしまったから。
あたしも、いつもそうしてる。
せつなと愛し合う時、夜はしっかりドアを閉める。中の声が漏れないように。
でも、明るいうちは、わざと少し開けておく。閉め切ってしまうと
却って外の気配が分からないから。
少し開けておけば、外の音が聞こえる。階段を登って来る音が聞こえるから。
そっと、足音を忍ばせて近づかない限り。今のあたしみたいに。
「……ふふっ…、うふふ……せつなちゃん、とても上手。」
少し、湿り気を含んだ祈里の声。間違っても、勉強してて出る声じゃない。
「…んんっ……すごく、気持ちいい…」
(…イヤ、見たくない…)
それなのに、目は意志に逆らいドアの隙間に吸い寄せられる。
祈里は制服のまま、勉強机の椅子に片膝を立て足を開いて座っている。
そして、その足の間に跪いて、頭を埋めているせつなが見える。
ピチャ、ピチャと微かに濡れた音が聞こえる。
せつなは背中しか見えない。でもシャツの前を全開にされているのが分かる。
舌が凍りつき、喉が乾上がる。棒立ちになったまま動けない。
「…ねぇ、いつも…ラブちゃんにも、してるの?だから、こんなに上手なの?」
祈里はせつなの髪に指を絡めながら、からかうように問う。
せつなは答えない。祈里は焦れたように、少し前屈みになり
せつなの前に手を伸ばす。
ピクン、とせつなの背中が震える。胸を、触られたのだろう。
「クスクスクス……答えてよ、せつなちゃん?」
どうやって外に出たのか覚えてない。
ラブはふらふらと危なっかしい足取りであてどもなく歩く。
何を見ても逃げない。せつなを取り戻す。そう決心してきたはずだった。
でもそんなものは現実の光景の前には何の役にも立たず、
呆気なく砕け散ってしまった。心と共に。
(……なんか、もう…いいや……)
自分が怒ってるのか、哀しんでるのか、それともその両方なのか。
それすら、どうでもいい気がした。すべてが虚ろでふわふわと雲の上を
歩いてるみたいだ。
昨日までの焼けつき、身を捩るような焦燥感さえ、どこか遠くへ行ってしまった。
自分の体の現実感さえあやしい。
「ラブ?!」
聞き慣れた声。でも、誰だっけ……?
「ちょっと!どうしたのよ。大丈夫?」
「……美希たん………」
余程、酷い様子だったのだろう。美希は有無を言わさずあたしの手を引いて
自分の家に連れてきた。
ぼんやりと部屋で座っていると、美希が紅茶を持ってきてくれた。
(……甘い。)
濃くて、甘いミルクティ。ゆっくり口に含むと、空っぽになったと
思ってた心に、じんわりと温かさが広がってゆく。
「美味しい……。」
素直にそう口にする。
良かった。そう、美希が優しく微笑む。
そして、それと同時にさっきの光景がフラッシュバックする。
様々な感情が津波のように一気に押し寄せ気を失いそうになる。
美希は躊躇いがちに口を開く。
「…ねぇ、せつなと、何かあったの?それに、ブッキーとも。」
止めて、今その名前は聞きたくない。
そんな思いにも構わず、美希は言葉を続ける。
「こんなコト言いたくないけどさ、アナタ達この頃おかしいわよ。」
ヤメテ、お願い!
「やだ、ラブ!!ゴメン、どうしたの?」
膝を抱え、その間に頭を埋めてしまったあたしを見て、美希がオロオロと
背中を撫でる。
「ゴメンっ!ラブ。アタシ、無神経だったかも!……でも、心配してたのよ?
アナタ達、何も相談してくれないしさ……」
背中から美希の温もりが伝わる。
膝の間から顔を上げると心から心配してくれてる美希の顔。
美希はいつも優しい。口ではつっけんどんな言い方をしても、
心底から人を突き放せない。
クールな見た目と裏腹に、実はすごく情に脆くて世話焼きなのを知ってる。
女らしくて素敵な美希。いつも爽やかないい匂い。
……アロマの香りに頭がクラクラする。
「…美希たん、あたしのこと…好き?」
「もちろんよ!当たり前でしょ?だって親ゆ……んんっ!んぅ!」
だって、親友なんだから…
そう続くはずだった美希の言葉はラブの唇に塞がれてしまった。
ラブは美希を抱きすくめ、唇を噛み付く勢いで貪る。
制服の裾から手を突っ込み、薄い乳房を揉みしだく。
唇も胸も匂いも…せつなとは、全然違う感触。同じ女の子なのに……。
(もう……どうでもいいや……)
美希……助けてよ………。
最終更新:2009年09月21日 22:25