(美希……いい匂い。)
あたしは美希の感触にうっとりした。
手入れの行き届いた長い髪は、さらさらしたシルクのよう。
肌も、何かパウダーでも付けているんだろうか?
サラリと乾いていて、するすると指を滑っていく。
せつなの、しっとりと吸い付くような手触りとは違う、でも心地良い感触。
こんなふうに、せつなもあたしと祈里の体の違いを思ったりするんだろうか……。
バッシーン!と顔に強い衝撃。思い切り突き飛ばされて、体が横に吹っ飛ぶ。
焼けつくような痛みと熱さで、思いっきりひっぱたかれたんだ、と分かった。
美希を見ると、目に涙を溜め、真っ赤な顔で大きく喘いでいる。
「なに考えてんのよ!!!」
耳がビリビリするような声で怒鳴られる。
「どうして?美希たん、あたしの事キライ?せつなだったら気にすることないよ、
だって、今頃……」
バシンっと、今度は反対側を叩かれた。
「…いっ…たぁ…。」
てか、これ絶対腫れるよね。やば、口ん中切れてるよ。
「いーーーかげんに、しなさいよ!!!逃げるのも大概にしなさい!」
美希たん、声大きい。ご近所まで聞こえちゃうよ。
「ねぇ、ラブ?聞いてる?何があったか知らないけどさ。
アナタいったいどうしたいのよ?アタシに逃げるつもりだったの?
冗談じゃないわよ!!アナタ達3人でなんかドロドロやるのは勝手だけどさ、
アタシを巻き込まないでよ!」
美希、あたし、猫の子じゃないんだよ。そんな首根っこガクガク揺すんないで。
それに、相談してって言ってくれたじゃん……
どうやら、無意識に口に出してぶつぶつ言っていたらしい。
「相談しろとは言ったけど、誰が襲っていいなんて言ったのよ!」
「………!!!だって!だって!どうしたらいいかなんて、
あたしが教えて欲しいよっ!!」
「うわあぁああぁーーーーん!!!」
あたしは床に突っ伏して、子供のように泣きじゃくった。
逆ギレもいいところだ。美希、きっと呆れてる。
あぁ、美希にまで嫌われちゃう。あたし、一人ぼっちだ。
しょうがないなぁ…、と言う顔で美希がにじり寄ってくる。
ポンポンと頭を叩かれ…、
「……取り敢えず、さ。話すだけでも話してみたら?」
あたしは、美希に話した。今まで誰にも言えなかった事を。
あたしとせつなの事。祈里の事。せつなと祈里の事。そして、今日見てしまった事。
「あっ!あたっ…し、どっ…したら、いっか、わかっ…ないの!
せっ、せづなはっ…なんであんな!…あたしっ、あたしの事、すっ好きって…
うぅ…うぇっ!」
ブィィーーーン!あぁ、ハナ、ティッシュ一枚じゃ足りないよ…、あれ?もうない…。
あたしの前には丸めたティッシュが山を作っている。
美希が呆れたように、新しいティッシュの箱を差し出してくれた。
さすが、気が利く。あたしは立て続けに二枚、派手な音をたてて鼻をかんだ。
「つまり、ラブはせつなが好き。せつなもラブが好きなはず。
なのにブッキーと、…その、ね…何て言うか…」
「……やってたの…。」
「あぁ…まぁ、ぶっちゃけて言っちゃえばそうよね…。」
「…どうして?」
「…弱み、握られてる、とか?」
「…はぇっ?」
「だから、ブッキーは何かせつなの弱味を握ってる。だから、せつなは逆らえない…とか。」
「…ブッキーが?」
正直、その発想はなかった。なんか、イメージに合わないって言うか…。
それを言うなら、せつなに手を出すこと自体、想定外だったから
何とも言えないんだけど。
「ブッキー、ずっとせつなが好きだったんでしょ?こう言うのも、
恋は盲目って言うの?恋に目が眩んじゃうと、普段からは
考えられないようなコト、しちゃうかもしれないじゃない。」
さっきのラブみたいに!と美希に軽く睨まれ、あたしは縮み上がる。
でも、もしそうなら何となくせつなの態度も腑に落ちるかも。
あたしに何も言えなかったのも、あたしに知られたくない事を祈里に知られて…
「あああーー!!もう!!!」
あたしが自分の考えに沈み込みそうになってると、美希が突然、
頭を掻き毟りながら机に突っ伏した。
「なっ…なに?どしたの、美希たん!」
「…………アタシの、ファーストキスが……」
「……へ?…美希たん、初めだったの?」
美希は美人で大人っぽい。当然めちゃめちゃモテる。モデルやってて
出会いも多いだろうし、キスの1つや2つや3つや4つ…、てかそれ以上やってても
何の不思議も……
そんな思いが思い切り顔に出てたんだろう。
「あのねぇ!アタシ達、中学生なのっ!じゅうっ!よんっ!さいっ!」
美希は両手でテーブルをバンバン叩きながらエキサイトしてる。
ビシッとばかりにあたしを指差し、
「アンタ達が、爛れ過ぎてんのよ!!!」
爛れ……、ってすごいね。でも、まぁ、はい…すみません。
言われてみれば確かにあたしだって、ほんの数ヶ月前までは
キスどころか恋愛の影すら……。グループデートが精々で。
考えてみれば、ものすごい急展開だよね。
今となっちゃあ、せつなとエッチしない生活なんて考えられないし。
「……その、マコトに申し訳も……」
「まぁ、それは置いておくわ。ラブも普通じゃなかったし。」
今回のはノーカウントって事で。
……どうやら、勘弁してもらえたらしい。
「で、どうするの?」
「………なに?」
「せつなとブッキーは現在進行形で真っ最中。これは事実よね?……ああ、もうっ!そんな顔しないの!」
無茶言わないで。思い出しちゃったよ。せっかくちょっと落ち着いてたのに。
グズグズになりかけてるあたしに構わず、美希は言葉を続ける。
「先ずはラブの気持ちでしょ?何でせつなは、とか、何でブッキーが、
とかは取り敢えず考えない。ラブは、どうしたいの?」
「……………。」
「せつなと別れる?何ならブッキーに熨斗でも付けて……」
「絶対やだ!!!」
考えるより先に言葉が出た。そして、ちょっと驚いた。
あたしはめちゃくちゃ悩んでた。ショックで、哀しくて、怖くて。
でも一度も、せつなと別れるとか考えた事もなかった。
ただ、ひたすら怖かった。
せつながあたしを好きじゃなくなったんじゃないか。
せつなが離れて行ってしまうんじゃないかって。
「なんだ、もう答え出てるんじゃない。」
「……美希たん…。」
そうだ、あたしはせつなが好きなんだ。
祈里との関係が分かっても。…あんな、場面を見てしまっても。
泣きたいくらい、せつなが大好き。
「ちょ、ちょっと!ラブ?!」
あたしは力一杯美希を抱き締めた。さっきの事があるせいか、
美希は腰が引け気味だけど、そんな事はお構い無しにぎゅううっと力を込める。
あたし、今、世界で一番美希が好きかも。変な意味じゃないよ?
だって美希が、美希だけが昔のあたしを思い出させてくれた。
あたしは勉強もスポーツも苦手。取り柄と言えば明るい事くらい?
でも毎日張り切ってたよ。幸せ、ゲットするため。みんなの幸せゲットを
応援するため。
大好きなみんなと笑顔でいたい。そのためなら、どんな事だって頑張っちゃう。
あたしはいつだって前を向いて走ってた。
いつの間にか、そんな気持ちを置き去りにしてた。
暗い穴で踞り、見たくないものから目を背け、耳を塞いでいた。
美希は、そのまま沈みこみそうになってるあたしに、光を思い出させてくれた。
今日美希に会えなかったら、あたし、本当に壊れちゃってたかも。
美希、大好き。美希はあたしが自分の望む姿を思い出させてくれた。
強くなりたい。優しくなりたい。誰かを包み込む手になりたい。
理想には程遠いけどね。
いつも美希だけがあたしを叱ってくれる。
迷いそうになるあたしに渇を入れてくれる。
「美希たん、大好き。」
あたしに他意がないのが分かったらしく、
美希はおずおずとあたしの背中に手を回し、ポンポンとしてくれた。
「もう、そろそろ帰んなさい。ね?」
優しい声。お母さんみたい。って言ったら、また怒られちゃうかな。
「美希たん……。」
「ん?なに?」
ちゅっ!
あたしは美希の唇の端っこに口付けた。
「!!!」
「わはっ!美希たんのセカンドキスもゲットだよ!」
「!!!もうっ、せつなに言うわよ!」
「いいよーだ!せつなに怒る権利ないんだから!」
もちろん、冗談。ゴメン、美希。テンション上げるの勝手に手伝ってもらった。
でも浮気じゃないよ?ある意味ホンキだよ?本当に大切だから!
「ありがと!また来るね!」
部屋を飛び出すあたしの視界の隅に、やっぱり呆れ顔の美希が見えた。
早くせつなに会いたい。心から、そう思えた。
最終更新:2009年09月21日 22:25