「おはよー、せつな!今日も1日よろしくね。」
「おはよう、ラブ。こちらこそよろしく。」
私がラブの家に住み始めてから、もう何十回目の朝を迎えたのだろうか。
朝のあいさつもよそよそしかった最初の頃に比べて、今ではごく普通に交わしている。
今日は中学校の行事である、職場体験学習の1日目だ。
「ラブ、ジャージ姿で登校なんて何か新鮮ね。」
「うん、せつなは何を着てもサマになるねぇ。」
「ありがと・・・って、ちょっとラブ!それって褒めてるの?からかってるの?」
「さあ、どっちかしらね~あはは!」
走って逃げていくラブを追っかけているうちに、学校に着いた。
朝のホームルームが終わり、学年全員が校庭に集まった。
私たちは同じ体験先ごとに数人ずつ連れ立って行った。
幼稚園に行くのは私とラブのほかに、他の2クラスからいずれも女子が2人ずつ。
「この子があたしのクラスに転入してきた、せつなだよ。」
「東せつなです。はじめまして。」
彼女ら4人は、ラブやクラスメイトが羨ましいと言っている。そんなに私って人気者なのかしら?
話をしながら歩くこと十数分、目的地の幼稚園に到着した。「クローバーようちえん」と書かれた看板が見える。
昨日ラブと一緒に見たアルバムの表紙と同じ名前だ。
「ねえ、ラブ。ここがラブが通ってた幼稚園なの?」
「うん、そうだよ。いやー、昔を思いだしてきたよ。」
私たち6人は職員室を訪れた。先生方にあいさつした後、中学のクラスごとに2人ずつに分かれた。
私とラブは年少組の担当だ。3人の中で最も若く見える女の先生が迎えてくれた。
「四つ葉中学から来ました桃園ラブです、よろしくお願いします!」
「同じく東せつなです。どうぞよろしくお願いします。」
「ラブさんに、せつなさんね。私はこの幼稚園の年少組の先生よ。よろしくね。」
「はい、先生。」
私たちは先生に連れられて、年少組の教室へ移動した。
しばらくすると、園児が1人、また1人と教室に入ってくる。
私たち2人に気付いたのか、大きな声であいさつしてきた子もいた。こちらもおはよう、とあいさつを返す。
「はい、全員そろいましたね。みなさん おはよー ございます!」
「せんせー おはよー ございます!」
先生も園児たちも、聞いたことのないイントネーションでゆっくりしゃべってる・・・どして?
「今日はね、みんなのお姉ちゃんたちが幼稚園に来てくれました。」
「ラブお姉ちゃんと、せつなお姉ちゃんです。それじゃ、自己紹介よろしくお願いします。」
「みなさん、おはようございます!桃園ラブです。」
「ラブって、ちょっと変わった名前だけど、あたしはこの名前が大好きだよ!みんなよろしくね。」
「おはようございます。東せつなです。」
「私は幼稚園に来たのは初めてですけど、みなさん仲良くしましょうね。」
「はい、よくできましたー。みんな拍手ー!」
私たちは園児たちから拍手の祝福を受けた。
ただあいさつしただけなのに何だか照れくさいわ・・・。
「さあ、みなさん。今日はお絵かきをします。」
「今回のテーマは『ぼくの・わたしの好きなヒーロー・ヒロイン』です。」
「みなさん、おうちからお手本となる物を持ってきましたか~?」
「は~い!」
園児たちが元気に答える。中にはヒーロー物の人形を高々と掲げる男の子もいた。
「それじゃみなさん、これから画用紙を配りますので、もらった人から描いて下さい。」
「ラブさん、せつなさん。画用紙を配るのお願いね。」
ラブと私は先生から画用紙をもらい、園児たちに1枚ずつ配っていった。
みんな「ありがとう」とお礼を言って受け取ってくれた。
入園して半年足らずでこんなにお行儀がいいなんてスゴイわ・・・。
「ラブさん、せつなさん、画用紙配りご苦労さま。よかったら、あなたたちも一緒に描いていかない?」
先生が私たちにも絵を描くように勧めてきた。
「あ、あたしはエンリョしときま・・・」
「ラブ、せっかくだから描いていきましょ。美術の自主制作だと思えばいいじゃない。」
「う、うん。ホントにせつなは真面目だなー。じゃあ、お願いします。」
先生から画用紙と色鉛筆を受け取り、お互い向き合って椅子に座った。
「せつなー、あたしたちお手本になる物を持ってないよー。一体何を描けばいいの?」
「ラブ、これがあるじゃないの。」
「あ、そっか!リンクルンの画像フォルダね。せつな、あったまイイー!」
「お世辞はいいから早く描く題材を決めて。描ける時間は少ないわ。」
リンクルンを開き、保存されている画像をチェックする。
テーマに一番見合った画像を決め、完成イメージを思い浮かべて色鉛筆を動かす。
ラブもどうやら描く絵を決めたようで、リンクルンと画用紙を交互に眺めながら絵を描き始めた。
「はーい、みなさん。絵は描けましたか~?」
先生の言葉と共に、描いた絵の発表タイムがやってきた。
「じゃあ、みなさんより先にラブお姉ちゃんとせつなお姉ちゃんの絵から見てもらいましょうね。」
「まずは、ラブお姉ちゃんからどうぞ~」
「わは~、自信は無いけど一生懸命描きました。それじゃ、見て下さい!」
ラブは教室の前方にあるホワイトボードの前に立ち、自分の描いた絵を全員に披露した。
少女漫画チックに描かれたその絵には、笑みを浮かべ両手でハートマークを作っている女の子の姿が。
描かれているのは・・・私?
「あら~、ラブお姉ちゃんはせつなお姉ちゃんを描いたのね。よく描けているわ。」
「てへへ、ありがとうございます。この笑顔のせつながあたしのヒロインです!」
(まあ、ラブったら・・・ありがとう、うれしいわ。)
「さあ、次はせつなお姉ちゃんの番よ。」
私は最前列へと移動する。
途中でラブとすれ違う際に軽くハイタッチし、ウィンクでエールをもらった。
「私も絵を描くのはあまり得意ではないのですが・・・みなさん、見て下さい。」
絵が描かれた画用紙を自分の胸の前に掲げる。
しばらくすると、「おおーっ」とか「すごーい」などの声が聞こえてきた。
「せつな、これあたしだよね?ダンスレッスンのシーンか~。」
「せつなさん、あなた上手だわ。今にも絵の中のラブさんが動き出しそうよ。」
「あ、ありがとうございます。ダンスをしているラブが一番輝いているから・・・。」
ラブが私のもとにやってきて、両手を前に出すように促す。
私も描いた絵を教卓に置いて、ラブに向かってそれぞれの手を差し出した。
ラブは右手、次いで左手で私の逆の手を握り、こう話し掛けてきた。
「せつな、あたしを描いてくれてありがとう。本当にありがと・・・。」
私に感謝の言葉を述べるラブ。その目は潤んでいるようだ。
「ううん、私にとってのヒロインはラブしかいないから・・・。」
「せつな・・・!」
「ラブ・・・。」
つないでいた手を離し、ラブが両腕を大きく横へ広げたその時だった。
「せつなさん、ごめんなさい!」
私は先生に突然左腕をつかまれ、脇へと逸らされてしまった。
敵の気配を感じる事が得意な私も、この時ばかりは無警戒だった。
私をつかみ損ねたラブが軽くよろける。
一瞬静まり返る教室。
「ラブおねえちゃん、かっこわるーい!」
「ホントだー、あははは!」
「せんせー、グッジョブ!」
園児たちからいくつもの言葉が発せられた後、教室は笑いの渦に包まれた。
一方、ラブは顔を赤くして呆然と立ち尽くしている。
「ラブ、いつまでそうやってるの?」
「だって、せつなぁ~。」
「ラブさん、ごめんなさいね。子供たちが見ている前で、あれより先は続けてほしくなかったの。」
「先生・・・。」
「あなたは少し恥ずかしい思いをしたでしょうけど、みんなの顔を見てごらんなさい。」
園児たちは先程の爆笑劇からか、皆楽しそうな顔をしている。
「ラブ、あなたいつも言っているでしょ。」
「・・・何、せつな?」
「みんなで幸せゲットだよ!って。まさに今がそうじゃない。」
「そうだね。そう思えば何だかやる気がわいてきたよ!」
「よかった。ラブが元気になって。」
「さあ、絵の発表タイムの続きよ。今度は子供たちの番ね。」
私とラブはそのまま教卓の両脇に用意された椅子に座り、園児たちが絵を見せに来るのに備えた。
子供たちにとってのヒーローやヒロインって誰なんだろう、と楽しみにしながら。
~つづく~
最終更新:2009年09月27日 23:26