名は体を表す、って言う。
あたしの場合にも、それは当てはまる。
蒼乃美希。あたしのイメージカラーは、蒼。髪の毛も瞳も、ママ譲りの蒼に近い色。
モデルの仕事をする際にも、スタイリストさんから渡される服は、その系統の色。
よく似合うね、とカメラマンさんに褒められるのも、やっぱりそっち系。
スタイリストさんと言えば、一度、こんな風に言われたことがある。
「美希ちゃんは顔立ちが綺麗で整ってるから、あんまり派手な色合いの服よりも、
蒼とか白、黒の服の方がいいのよね。喧嘩しないから」
あたしの完璧な美貌を引き立たせるには、目立たない色合いの方がいいらしい。
だから、という訳でもないけれど、普段着も無意識にそちらを選んでしまう。
だって、似合うって言われる方が、女の子としては嬉しいもの、ね?
Rhapsody in Blue
「イマイチね」
「やっぱり、ダメ?」
溜息を付きながら、美希は試着室のカーテンを閉じる。
また、ダメか。思いながら、試着していた服を脱いで、彼女は鏡に映る自分の
姿を見た。
整った顔立ち。白い肌。スタイルだって、身贔屓をさっぴいても良い方だと思う。
そして彼女が試着しているのは全て、今年の流行や自分に似合うと思う服ばかり。
実際によく似合っているだろうというのは、着替えて試着室を出る度に、店内の
少女達の視線を集めていることでわかる。
けれど。
「......これは?」
次の服を着て試着室を出てみるが、せつなは首をフイフイと横に振るばかり。
そしてまた溜息。美希は服を脱ぐ。さっきから、その繰り返しを、二人は続けている。
あのタコのナケワメーケとの一戦の後。連休中は時間が合わず、ようやく二人
で出かけられたのは、学校が始まってから。放課後に待ち合わせをして、美希と
せつなは、リベンジとばかりに街に繰り出し、オーディション用の服を選んで
いたのだが。
「これも?」
やっぱり、フイフイ。首を横に振るせつな。
これで、美希が持ち込んだ服は全て、せつなに却下されてしまった。
最初は彼女を納得させるような服を、と意気込んでいた彼女だったが、こうも
続くとさすがに辟易としてしまう。だから、重い溜息。
やっぱり、ラブとブッキーにも付いてきてもらえれば良かったかな。そんな考えが
つい、脳裏を過ぎって。
「あら?」
脱いだ服を綺麗に畳んで、試着室を出た美希は、思わず辺りを見回す。近くに、
せつなの姿がなかったのだ。
店員に服を返してから、彼女は店内を回る。さして時を置かずして見つけた
せつなは、何かを深く思案するような顔でハンガーにかけられたワンピースを
眺めていた。
「どうしたの、せつな。何か、いいのがあった?」
「え? あ、ううん、そういうのじゃないんだけど」
答えながら服を元に戻したせつなは、美希を見上げて、問いかける。
「ね、美希。どうして美希はいつも、蒼とか白系の服を着てるの?」
「へ? うーん、そりゃ、似合ってるからだけど」
「――――そう」
彼女の答えに呟き返しながら、せつなはまた並んだ服に目を落とす。無意識に
だろうか、口元に指を当てて、真剣に考え込んでいる姿に、美希は心の中で思わず
苦笑する。ホント、真面目なんだから。
思って、気付く。
そういえば、あたし、自分が選んでばっかりで、せつなに選んでもらってないかも。
「ね、せつな」
「え?」
「今度は、せつなが選んでくれる? あたしに似合う服」
「で、でも――――」
「だーいじょうぶ。もちろん、あたしがダメだと思ったら、却下しちゃうけどね。
これでもあたし、モデルだから。審美眼は厳しいわよ?」
言葉とは裏腹に、可愛らしい口調でウィンクまでして見せたのは、せつなが
プレッシャーを感じないように。深く考え込まずに、気軽な気持ちで選んで欲し
かったのだ。
「そう――――じゃあ」
戸惑いながらも、せつなは一枚の服を選び出した。それは。
赤のチェックのワンピース、だった。
「これ?」
思わず、問い返してしまう。今まで赤系の服を着たことが無いわけではないが、
それはいつも薄い色だったり、アクセント程度に入っているだけだった。
が、彼女が選んだのは、完全に赤基調のもの。美希の選択肢には、最初から入っていなかった服だ。
せつなは、あたしにこれが似合うと思っているのだろうか。問いかける美希の
視線に、せつなは少しはにかむように笑った。
「あのね、美希はいつも、蒼とか白の服を着てるでしょう?」
「ええ、まあね」
「そういうのって、寒色系の色、って言うんでしょう?」
突然の展開に、困惑しながらも美希は頷く。確かに、蒼色は寒色系の色だとは聞いたことがあった。
「私も本で読んだだけなんだけど、寒色系の色の服を着ていると、理知的だとか
クールだとか、そんな風に見えるらしいの」
確かに美希にピッタリよね。言いながら、せつなは照れ臭そうに、彼女を上目
遣いで見つめる。その視線に、ありがと、と答えながら、美希は首筋をかいた。
面と向かってそう言われると、なんだか恥ずかしくなってきのだ。
それに、彼女は本で調べた、といった。そこまで考えてくれてたんだ、と嬉しく
思う。ホント、せつなって、真面目な子。
けれど、と美希は渡された服を見下ろす。彼女が選んだのは、赤色の服。暖色
系に属する色だ。せつながピッタリ、と言ったのとは、真逆に近い。
「でもね、美希。私、美希はそれだけじゃないって思うの」
「え?」
視線を上げると、一歩近付いてきていたせつなが、間近から覗き込んできていて。
「美希はね、完璧な女の子。クールで、かっこ良くって、頼りがいがある――――でも、それだけじゃない」
フイフイ、とまたせつなは首を横に振って。
「すごく優しくて、あったかい心を持ってる女の子だって、私、思ってる」
そして彼女は、ありがとう、と言った。
「この前の戦いの時に、言ってくれたでしょ。私を信じる、って――――すごく、
嬉しかった。美希の心のぬくもり、ちゃんと伝わってきたわ」
大事そうに胸のあたりに手を置くせつな。まるでそこにまだ、美希から伝わって
きたぬくもりが残っているかのように。
その姿に、美希は思わず、見惚れてしまう。そんな彼女がとても可愛らしく、綺麗だと感じられたのだ。
それは多分に、せつなの自分への想いを感じ取ったからでもあったけれど。
「だから、ね。美希には、こういう色も似合うと思うの」
そういうことだったの。思いながら、美希は改めて渡された服を見下ろす。
暖色。暖かい色。見る人の心に、ぬくもりを伝える色。
今まで、自分には似合わないと思っていた。けれど、彼女の眼には、これが似合うと感じられたんだ。
「ダメ――――かしら?」
「うん、ダメね」
おずおずと尋ねてくるせつなに、美希は間を置かずに即答する。
その言葉に、あ、と息を吐いて俯くせつな。が、美希はそれに構わず、近くに
あった白のカーディガンを取って、赤の服の上から重ねる。
「こっちの方が、もっと完璧――――そう思わない?」
「――――!! もう、美希ったら!!」
ビックリさせないで。ポカポカ、と軽く肩を叩かれて、美希はクスクスと笑う。
頬を膨らませていたせつなも、やがてつられて笑い出して。
「待ってて。今、試着してくるから」
「うん、わかったわ」
「完璧に着こなしてあげるわ、せつなに選んでもらった服」
「ううん、それは違うわ」
言いながら、せつなは白のカーディガンを指差して。
「二人で選んだ服、でしょ?」
「――――うん。そうね」
そして。
オーディション、当日。
「こんにちはー」
「お、美希ちゃん、こんにちは――――あれ、珍しいね、その服」
マネージャーに指摘されて、美希は頷きながら鞄を机の上に置き、クルリと
その場で一回転して見せる。
「どうですか? ちょっと、普段と違うイメージで決めてみたんですけれど」
「やー、うん。似合ってるね」
「どれどれ? へぇ、確かに似合ってる」
聞きつけてきたスタイリストが、意外そうに頷いて。
「これは発見、ね。美希ちゃんの着る服、幅が広がった感じがするわ」
「ありがとうございます」
「良かったね、美希ちゃん。女として、成長したって感じかな」
「もしかして、彼氏に選んでもらった服とかだったり?」
親しいカメラマンの、からかい混じりの言葉に、美希はニッコリと笑う。
「彼氏とかじゃないですけど――――すごく、大切な人に選んでもらったんです」
その笑顔は。
綺麗で。優しくて。
カメラマンが、手元にカメラを置いていなかったことを悔やむような。
とても素敵な、笑顔だった。
最終更新:2010年01月04日 00:18