四つ葉町の町外れにある小高い丘の上
一面にシロツメクサが咲き乱れる草原にせつなはいた。
今日はダンスレッスンの予定だったのだが、
ミユキの仕事の都合で急遽中止になってしまった。
放課後の予定が空いてしまった四人は、
いつもならカオルちゃんのドーナツカフェに集まってお喋りを楽しむところだが
たまには見晴らしの良い場所でドーナツを食べたい!というラブの提案で
ここに来ることになったのだ。
言いだしたラブはドーナツカフェに行っている。
学校の違う美希と祈里は飲み物を買って後から合流する予定。
そしてラブに「一番良い場所、ゲットしといてね!」と言われたせつなが
先にこの場所に来ていたのだ。
(ラブ、遅いな……)
せつなは心の中で、大切な友人の名を呟く。
この場所は好きだ。
ラブと、圭太郎と、あゆみと、家族四人でお弁当を持って来て
ちょっとしたピクニック気分で遊びに来たことがある。
デザートの桃をうっかり落としてしまったラブが、それを追いかける内に
自分もバランスを崩して下の方でかなりとんでもない姿になってしまった時は
ラブには悪いと思いつつも、お腹をおさえて笑い転げた。
今日のように、ラブと美希と祈里と四人一緒に来たこともある。
並んで座って、ダンスの反省会をしたり、悩みを聞いたり聞かれたり。
三人の子供の頃の話になった時に、何故か急にお互いの口を塞ぎ合い始めたのもここだった。
(あの時の話に出てきた「おねしょ」って何のことかしら?
結局教えてくれなかったのよね……後で調べてみようかな)
そんな、後に一騒動を巻き起こす事になるせつなの決意はさておき、
ここは彼女にとって、楽しい思い出が詰まった場所であることは間違いなかった。
そして何よりも、クローバータウンストリートを中心とした四つ葉町の全景を、見渡すことが出来る景観。
それが一番、せつながここを好きな理由だった。
そこに行き交うの人々の姿。視力の良いせつなでも流石に遠すぎてわからないが、
みんな優しい笑顔を浮かべているに違いない。
優しさに溢れた町、私を受け入れてくれた町。
そして、そんな素晴らしい町をプリキュアとして守ることが出来ているということ。
その全てを感じることが出来るのが、この場所だ。
でも、一つだけ、ここには悲しい記憶もある。
それは、夏休みが始まった頃の事。
ラビリンスと決別したものの、プリキュアとしての自分も受け入れられず、
行く当ても無く、ただ漫然とここに座っていた時の事。
あの時、目に映る風景には光は無く、
彼女の生まれ故郷のラビリンスの町並みのように全てがただただ、灰色で。
世界のどこにも、自分の居場所が無くなってしまったような感覚に陥っていた時の記憶。
(だから、ここに一人でいるのだけは、ちょっと苦手かな)
だから、ラブに早く来て欲しい。
ラブがいてくれれば、いてくれるだけで弱い気持ちは消えてしまうから。
自分は一人じゃないって実感出来るのだから。
「ラブ……」
そんな気持ちがそうさせたのか、自然と彼女の名前が口から漏れていた。
「はいはーい、ラブさんはここですよーーーっ!」
するといきなり後ろから、当の本人に抱きつかれた。
「ひゃああ、ラ、ラブ!いつの間に?!」
完全に不意をつかれ、うろたえるせつな。
「そりゃもう、せつなが寂しがってるんじゃないかと思って全速力で駆けつけました!
せつなも寂しかったと思うけど、あたしも離れ離れですごく寂しかったんだからねっ!
あーもう、三十分ぶりのせつなゲットであたしちょーーー嬉しーーーーっ!」
そう言いながらラブは、せつなを両手でしっかりとホールドして捕獲完了の体勢。
えっへへー、と笑いながら頬をすり寄せる。
「ちょ、ちょっと、ラブ、こんなところでやめなさーいっ!」
ラブの過剰なスキンシップに頬を真っ赤にして抗議するせつな。
だからと言って引き剥がすようなことはせず、ラブのしたいように任せている。
(……心配してくれてるのよね)
寂しそうに一人で座っていた自分の姿を見つけたから、
こうして元気付けてくれているのだろう。
その行為自体は過剰に愛情が溢れていてちょっと恥ずかしいが、
それでもありがたいことだ、とせつなは思う。
だから一言、感謝の言葉で自分の気持ちを形にすることにした。
「ありがと、ラブ」
「ん」
ラブもせつなの言葉ににっこり笑って応える。
「ところでラブ、カオルちゃんのとこに行ってたんじゃないの?
それにしてはドーナツ、持ってないみたいだけど?」
「あ、うん、カオルちゃんの所に言ったら、今新作のドーナツの試作品を作ってるから
それを食べさせてくれるんだって!」
「新作?それはすっごく楽しみね!」
「あ、でも、ちょっと作るのに時間がかかるから
後でここまで届けに来てくれることになったの。
『新作だけに審査に時間を食っちゃうんだよね、グハッ!』だって」
「あはは、カオルちゃんらしいわね……ところで、ラブ」
「何?」
「そろそろ……この体勢をどうにかして欲しいんだけど」
せつなは、さっきから自分に抱きついたままのラブにそう告げた。
「えええええーーーーっ!何でそんなこと言うの?」
「何でって……こんな人目に着く場所では流石に恥ずかしいからよ。
それにここに来てからずーっとこうしてるでしょ?」
ちなみに時間にして十五分くらいである。
「だめだめ、これくらいじゃぜーんぜん足りない!
さっきも言った通り三十分ぶりのせつなゲットなんだから
離れ離れだった分を取り戻すまでは離しません!」
「……それは流石に大げさよ、ラブ。
私達、学校でも家でもいつも一緒にいるじゃないの?」
「それでもぜーんぜん足りないんだ、あたしにとっては」
「どして?」
「せつなと初めて会ってからの時間と、せつなと一緒に暮らすようになってからの時間、
二つを比べると離れ離れになってた時間の方がまだずっと多いから。
……あたし、それが嫌なんだ」
プリキュアのキュアピーチ、ラビリンスのイース、異なる立場に居て、敵対していた時の時間。
イースからキュアパッションへと生まれ変わったせつなと一緒に過ごせるようになってからの時間。
どちらがより楽しく、幸せな時間であったか、それは比べるまでもない。
それに、前者の時間はもう終わっている。
後者の時間は、二人が一緒に居る限りこれからいくらでも続いていき、いつかは前者を上回る。
それでも。
「その時を一分一秒でも早くしたいと思ってるんだ、あたし。
せつなをこうやってギュっと抱きしめていると、あたしの中にせつなを感じることが出来て
時間が一気に増えたような気がする、だからこうしていたいの」
「ラブ……」
「こんなあたし、変かな、せつな?」
そう言ってたはっと笑ってみせるラブ。
ああもう、ずるいなあ、とせつなは思う。
ラブの言葉には裏表が無い。
いつでも本音で接してくれる。
だから今の言葉も、心からの気持ち。
そしてそれは。
(私のこと好きだから、抱きしめさせてくれって言ってるのと同じじゃないのよ!)
そんなことを言われたら、拒否する術がない。
だってせつなも、ラブのことが好きだから。
だから。
「変じゃないわ、ラブ。だって、私も……ラブにギュっとされるの、嫌いじゃないから……
だって、とっても気持ちいいし……」
せつなも、本音で答えることにした。
最後の方は恥ずかしさに耐えかねてかなりの小声になってしまったが
精一杯の言葉を紡ぎだす。
「せつなぁっ!」
その言葉に、ラブは破顔。
もう一度、せつなに頬をすり寄せる。
「……あ、でも、ちょっと待って!
もうすぐ美希とブッキーがもうすぐここに来るでしょ?だから今は、これくらいで止めましょ、ね?」
このまま放っておくとずっと続けそうなラブに釘をさす。
そうなのだ、今日は元々四人で約束していたのだ。
流石にあの二人にこんな姿を見られるのはまずい。
只でさえ最近ベタベタし過ぎだと美希にからかわれているのに。
しかし
「いやまあ、もう来てるんだけどねー」
「ラブちゃんとせつなちゃん……大胆」
掛けられる二つの声。
そこにいるのは、制服姿の二人の少女。
缶ジュースの入った袋を持ってやれやれ、という表情でこちらを見ている美希と
口元に両手をあて、頬を染めつつも凝視している祈里だった。
「わーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
慌ててラブの顔を引き離すせつな。
「あ、美希タン、ブッキー、やっと来たねー」
対照的に、まったく動じること無く声を掛けるラブ。
それどころか、伸ばしたバネが元に戻ろうとするが如き動きで
再度せつなに抱きつこうとしている。
「あの……二人とも?いつから、そこに?」
せつなはそんなラブの動きを制しつつ、首だけを二人の方に向ける。
その動きに効果音を付けるとしたらぎぎぎぎぎいっというのが多分一番合っている。
そんなせつなの問いかけに、美希は顎に指を当てたポーズで思案。
しかし次の瞬間にはいたずらっ子のような笑みを浮かべ、端的に事実だけを告げた。
「『私も……ラブにギュっとされるの、嫌いじゃないから……だって、とっても気持ちいいし……』」
「うわ……」
せつなはその日生まれてはじめて、
恥ずかしさのあまり頭が真っ白になる、という経験をすることになった。
最終更新:2009年09月27日 00:17