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とうとうあたし、祈里を抱いてしまった。
祈里の部屋から帰りながら、さっきの行為を振り返る。
濃密な時間、祈里の喘ぎ声、涙…。
めまいがするくらい強い後悔に襲われるが、それと同じくらい甘美な記憶が身体の中で吹き荒れる。

祈里は何も言わず、あたしを受け入れてくれた。
あたしに応えてくれる祈里は、なんて綺麗だったのだろう。

それに比べてあたしは…
せつなという恋人がいながら祈里を抱いた自分に、我ながら情けなくなった。

でも、どうしても欲しかった。
祈里に美希が好きだと聞かされてから、あたしは焦っていた。
彼女をどうしても失いたくない。その思いに支配されてしまった。

くちづけたら満足できると思ったのに、もっと欲しくなって、心も身体も、祈里の全部が欲しくなった。

ふと、小さい頃のかくれんぼを思い出した。
美希が鬼で、あたし達ふたりは一緒に押し入れに隠れた。
『ラブちゃん、私たち見つかっちゃうかな?』
ワクワクしながら大きな瞳を輝かせる祈里。
あの時、あんまり祈里が可愛くて、思わずキスしてしまいそうになる衝動を必死で堪えたっけ。

あたしは今まで、祈里に嫌われたくなくて、あの時の気持ちを何処かに閉じ込めていたのかもしれない。

籠の中の鳥のように、解放させた思いは自由を得て、跳びたい方向へどんどん羽ばたいていった。
それがどんな結末を迎えるのかなんて、まるで考えもせずに。





祈里の家から少し離れた通りの角に、制服姿の長い髪の少女が立ちすくみ、こちらを見ていた。
見慣れたもうひとりの幼なじみだ。

「美希たん…」
「話があるの。ちょっといい?」
こくん。あたしは頷いて、黙って美希の後についていく。

美希が先頭に立って導いたそこは、クローバータウンを見渡せる丘。
せつなのお気に入りの場所…。
せつなを思い出し、胸がズキンと痛んだ。

「なんか、ラブとゆっくり話すのって、ずいぶん久しぶりね」
「ん…そうだね」
美希はあたしに何を話すつもりなのだろう。
彼女の醸し出すただならぬ空気に、少し不安を覚える。

「あーもう!アタシ、遠回しに話すの苦手だから単刀直入に言うわ。アタシこの前ここで、せつなにキスしちゃった」
「えっ」
せつながあたし以外の人とキス…
しかも相手が美希だなんて。
にわかには信じられなかった。
だけどあたしには、美希を、ましてやせつなを責める資格なんてない。
そう思うと、美希を責める言葉などまるで浮かばなかった。

「あんまり哀しそうで、つい、ね…。あ、言っとくけど謝らないわよ。
でもキスって、すればするほどその先に行きたくなっちゃうもんなのね…」
さっきまでの自分の心を読まれたかのような美希の言葉にドキっとする。

「安心して。まだキスだけよ。でも…」
そう言いながら、あたしの目を強い光で見つめる。
「これからもせつなを泣かせるつもりなら、アタシにせつなをちょうだい」

美希の瞳は凜とした何かをたたえていた。
彼女はせつなに本気だ。
そして、あたしの過ちを知っている。
じゃあ、せつなも…?




「な、なんのこと?わかんないよ」
「とぼけないで!アタシこの前見たの。ラブが祈里と…キスしてるとこ」
「…そっか、見られちゃったか」
あたしは自嘲気味に苦笑いを浮かべる。
「全く、浮気するならもっと上手にやんなさいよ」
「せつな…何か言ってた?」
「何も。だけど、せつなもきっと気づいてる。相手が誰かは知らないと思うけど。少なくともアタシは言わないつもり」

美希の言葉に、急に怒りがカッと燃え上がる。
自分はせつなを好きなくせに、あたしに遠慮?それともお情けをかけてくれてるの?馬鹿にしてる?
遠慮のない言葉が次々と浮かび、思わず口をついて出た。

「どうして言わないの?あたしと祈里が浮気してるって、せつなにはっきり言えばいいじゃん!そうすれば、せつなだってあたしに愛想尽かして、美希たんとこに来るかもしれな」
バシーン!

話し終わらないうちに頬を打たれ、強い痛みに襲われる。
美希は唇を震わせ、目には大粒の涙が今にもこぼれ落ちようとしていた。

「ラブのバカ!本気で言ってるの!?もしそうなら…そうなら本当にアタシ、せつなを…貰っちゃうんだからね!」

…ああ。あたし、美希まで傷つけている。
自分が欲張ったせいで、せつなを、美希を、そして祈里を。皆を哀しませている。
熱い涙があふれ、頬を濡らしていく。
ごめんね、祈里。かくれんぼの続きは出来そうにないよ。
あたし見つかっちゃった…


『もしこのまま誰にも見つからなかったらどうする?』
『そしたら嬉しい!』
『え?どうして?』
『だってラブちゃんとずっとずっと一緒にいられるもん!』



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最終更新:2010年05月03日 11:14