「貴方が・・・・・・イースだったのね」
その言葉を、美希は確信を持って言い放った。
直後に自分に待ち受ける、過酷な運命に気付かぬままに。
最近、親友二人の様子がおかしい。そのことが、美希の悩みだ。
桃園ラブと、山吹祈里。三人は幼馴染で、いつも仲良しだった。
もちろん、世の多くの友人達の例に漏れず、喧嘩をすることもあれば、嫌いと言い合ったこともある。が、
これもよくあることだが、いつの間にか仲直りをするのが日常だった。
それが、今は。
「どうしたの? 何かあった?」
ラブと祈里、二人の会話に割り込むようにして、美希はそう問いかける。彼女達は、キョトンとした顔で
こちらを見てきて。
「へ? 何が?」
「別に、何もないよ?」
示し合わせたように首を傾げる幼馴染達に、美希は、そう、と生返事を返すだけ。
だが心の中では、ウソツキ、と呟く。
確かに彼女達はいつもと変わらず、朗らかに言葉を交わしている。ラブは元気な笑顔だし、祈里もおっとりと
微笑んでいる。
けれど。
何年、幼馴染やってると思ってるのよ。心の中で溜息を付きながら、ラブを、次に祈里の顔を見つめる。
美希には、わかる。二人が心ここにあらずといった体で、互いを強く意識し合っていることが。言葉の裏側、
奥深くで探り合っている。相手の思いを、考えを知ろうとしている。
二人にそんな態度は似合わないと美希は思う。聞きたいことがあれば聞く、遠慮なんてせずに。それが
あたし達だった筈なのに。
一体、何が二人をこんな風にさせたのか。
その疑問は、すぐに解けることになる。
「お待たせ、皆」
「あ、せつな!!」
「せつなちゃん!!」
聞こえてきた声に、弾けるように立ち上がるラブと祈里。その姿に驚きと戸惑いを覚えながら、美希は声の
方へと顔を向けた。
そこにいたのは。
「こんにちは、ラブ、祈里、美希」
白いつば広の帽子に、白のワンピースに身を包んだ少女。
東せつな、だった。
おかしい、と美希は感じる。
目の前の光景は、おかしい、と。
誰かにもし説明するとしたら、彼女は言葉に窮するだろう。根拠も何も無いのだから。
けれど、美希の心の警鐘は鳴りっぱなしだ。何かが、違う。いつもと違う。
「それでね、この前ね――――」
「へぇ、そうなんだ」
ラブは左隣に座るせつなに、満面の笑みを浮かべながら、ラブと美希と祈里、三人で出かけた時の話を
している。それを受けて彼女は、軽く頷いて。
「そうそう、それで皆でね――――」
「すごく楽しそうね」
ラブの話を補足するように、祈里は右隣のせつなに話しかける。そちらに顔を向けた彼女は、小さく微笑んで。
「あの時は、ホント、楽しかったよねっ!!」
「うん、すっごく楽しかった」
「羨ましい。私も行ければ良かったんだけど」
「じゃあ、次はせつなも一緒に行こ? きっと、楽しいよ」
「うんうん。わたし、信じてる!!」
せつなを挟んで盛り上がる幼馴染、二人。
微笑ましく見える筈の姿が、何故か美希の心をざわめかせる。
いがみ合っている、というわけではない。
だが、ラブは祈里がせつなに向ける視線を気にしていたし、逆に祈里はラブの言葉にせつながどんな表情を
見せているかを窺っていた。
何があったのかは、わからない。だが、彼女達が何を気にしているのかは、わかった。
美希はコーヒーカップで表情を隠しながら、真正面に座る少女の顔を見つめる。
いや、睨む。
東せつな。彼女の存在が、二人に、そして美希の心に影を落としていることを悟って。
その視線を、せつなは受け止めて。
「どうしたの? 美希」
艶然と笑って見せる。
いっそこの場で。思い、糾弾の為に口を開こうとした美希だったが、その瞬間に気付く。両隣の親友が、
せつなに笑顔を向けられている自分を、まるで羨望するかのように見ていることに。
「いいえ。何でもないわ」
上等じゃない。心の中で呟いて、彼女は笑顔を見せた。
どんな手段を使ったか知らないけれど――――二人を取り戻して見せる。そう胸に誓いながら。
そう誓った自分がどれほど甘かったか、すぐに美希は知ることになったのだけれど。
「次の方、どうぞ」
今日、何人目かの客が帰っていくのを見届けて、せつなはカーテンの向こうに声をかける。
よく当たる占い師がいる、という噂が広まってきたせいか、せつなは最近、館を訪れる客が増えてきて
いる気がしていた。いや、事実、増えているのだろう。普段は表に出ることの少ないサウラーですら、
今日は占い師として働いている。ウエスターも、当然。
他愛もない。先程の客の嬉しそうな顔を思い出して、せつなは冷笑する。話を聞いてやって、適当なことを
言えば、満足してしまう。幸せになれる、と一言付け足せば、誰もが救われたような顔になる。
だから幸せなんて言葉は嫌いなんだ。一転、心の中で彼女は吐き捨てる。そのたった一言で、何もかもが
うまくいくかのような気にさせてしまうから。
幸せなんて、無い。どこにも無い。手に入らない。
その瞬間、彼女の脳裏を走ったのは、東せつなを親友だと、大好きだという一人の少女の面影。
『幸せ、ゲットだよ』
口癖なのか、何度、その言葉が彼女の口から出ただろう。その度に、虫唾が走る。その能天気な笑顔が、
単純な思考が、せつなを苛立たせる。
『大好きだよ』
ベッドの中で何度も歓喜の声を上げる彼女に、しがみつかれ、潤んだ瞳で言われたことがある。多分その
瞬間、彼女は幸せを感じていた筈だ。
けれど。
せつなは暗く、笑う。
もし、自分の親友が同じように、私に抱かれていることを知ったら――――貴方はどう思うのかしら。
種はすでに、蒔き始めている。
祈里はすでに、ラブとせつなのことを知っている。知っていてなお、彼女と体を重ねることを拒まない。
表向きは、せつなに脅されているからだ。最初は、盗み見ていたことを。その後は、抱かれたことをラブに
言われたくなければ、と。
本当であれば、抱いたのはせつなだから、祈里が心苦しく思う必要は無い。だが、せつなは祈里が自分から
ラブに二人の関係を言うことは無いと踏んでいた。祈里にとっても、ラブは特別な存在だ。その彼女の
愛する人と自分が関係を持ったなどと知られれば、ラブに軽蔑されるかもしれない。それに祈里が耐えられる筈が
無い、と。
何より。せつなはほくそ笑む。
最近の祈里は、房事に積極的だ。一度覚えてしまった快感が忘れられなくなってしまったのだろう。はっきりと
口に出しては言わないが、二人きりになった時に、誘うような素振りを見せてくる。悪いことと知りつつ、
自分に言い訳をしながら、せつなと肌を重ねては舞い上がっている。無論そこには、せつながそう思うように
仕向けたということもあるのだけれ ど。
ラブは、せつなと祈里の関係を知らない――――ことになっている。だがせつなは最近、ラブと会う回数を
減らしていた。会っても、祈里の話題をよく出すようにしていた。
「最近、せつな、祈里と仲が良いんだね」
その言葉が彼女の口から出た時には、心の中で喝采を上げたものだった。口に出しては、ラブとほどじゃ
ないわ、と言っただけだったけれど。
全ては、それとなく、気付かれないように進めていた。少女達の心に、少しずつ毒を注ぎ込む。互いに互いが
猜疑心を抱くようになれば、プリキュアなど。
不意に。
ズキンと胸が痛んだ。
思わず、小さく呻き声を漏らす。占い師のローブの上から、自分の胸を手で抑えて。
――――ラブの顔が、浮かんだ。いつか、そう遠くない未来に、自分の正体を彼女に明かす日が来るだろう。
その時、彼女が見せるであろう悲嘆と絶望の表情を思い浮かべたら――――胸が。
違う、これは歓喜だ。せつなは自分に言い聞かせる。絶望と不幸こそ、私が望むもの。きっとその瞬間に、
私は笑顔で彼女を見下していることだろう。全てを失い、心を千切られたキュアピーチ――――桃園ラブを見て、
暗い喜びに身を震わせているだろう。
だから、そう。これは歓喜なのだ。彼女が泣き叫ぶ姿を想像して、苦しいと思っているなんてことは、
決して無い。決して。
彼女は、目をそらす。
ラブを抱いている時に、どうしようもなく満たされていることから。
祈里を抱いている時に、ラブを思い出し、虚脱感を覚えることがあることから。
そんな、自分の心から。
目をそらす。
「こんにちは、せつな」
目を閉じてうなだれていた彼女は、その声――――部屋に入ってきた次の客にかけられた声に、はっと顔を
上げる。そこにいたのは。
ただ一人、彼女が毒牙にかけていないプリキュア。その鋭さと、自分へ向ける疑いの視線から、慎重に
接してきた少女。
蒼乃美希。
いつものように青い服を身にまとう彼女が、いつものように険しい視線で自分を見つめてきている。そのことに、
少なからず、驚きを覚える。
が。
すぐに、立ち直る。考える。
こんな絶好の好機、逃すわけにはいかない。
絶対に。
最終更新:2010年03月07日 16:45