「こんにちは、美希。美希も占って欲しいことがあって来たの?」
優しさの仮面を被って尋ねるせつなに、美希は彼女の予想通り、首を横に振った。
「いいえ、そうじゃないわ」
「じゃあ、どうしてここに?」
返って来る答えが判っていながら問い尋ねるせつなに、硬い表情のままに彼女は口を開く。
「聞きたいことがあって来たの。せつな、あなたにね」
「――――そう」
美希の鋭い視線に、せつなはわずかに俯く。ローブで顔を隠したのは、自然と溢れる笑いを見られないように。
何もかもが、彼女の思惑に沿って動いていく。そんな会心の笑み。
「いいわ。それじゃ――――私の部屋に来て」
そうしてせつなは、誘い込む。
美しい蒼の蝶を、自らが張り巡らした蜘蛛の巣の中へと。
初めて入るせつなの部屋は、美希の目にはひどく殺風景なものに映った。
鏡台とベッド、テーブルと椅子、そしてタンスが一つだけ。女の子らしさを示すものは一つもなく、壁や
カーテンも暗く沈む色でまとめられている。本当にここで彼女は暮らしているのだろうか。そう怪しんで
しまうほど、生活臭の無い部屋だった。
「座って」
後から入ってきた彼女にそう声をかけられ、言われるがままに美希は椅子に腰を下ろす。台所に寄って
来たというせつなは、ティーポットと二つのカップを乗せたお盆をテーブルの上に置く。
「口に合うかどうか、わからないけど」
「あ、うん。気にしないで」
紅茶をそそがれたカップを受け取り、美希は軽く口を付ける。砂糖の入っていない、ストレートティー。だが
不思議な、今まで嗅いだ事の無い香りが鼻をくすぐる。美味しくないわけではなかったが、どこか渋みの強い
それに、気付かれないように彼女は眉を顰めた。
「で? 話って?」
そんな彼女の反応をよそに、ベッドに腰を下ろしたせつなは、カップを両手で包み込むようにして持ちながら
尋ねてくる。
「そうね――――何から聞こうかしら」
心の中で呟いて、美希はカップの中に視線を落とした。ゆらゆらとゆれる琥珀色の水面に、思案する彼女の
顔が映りこむ。何を聞くか、どう聞くか。考えて来なかったわけではない。だが、その全ては、ここに来た瞬間に
頭から飛んでしまった。
迷ったのは、だが、ほんの一瞬のこと。
顔を上げて、美希はせつなに問いかける。
「せつな。せつなはラブと祈里のこと――――どう思ってるの?」
「どう、って――――大切な友達よ」
彼女の答えは、素早かった。素早すぎて、美希が疑いを深くする程に。
まるで、最初から答えを用意していたかのように感じられて。
「聞き方が悪かったわね」
あっさりと引き下がった美希は、一度、カップを口元に運んでから、再び問いかける。
「ラブと祈里。二人とは、どんな関係なの?」
「関係? 関係、って?」
カップを抱えたまま、せつなは少し前かがみになり、下から覗き込むように美希を見つめてくる。
その口元に浮かぶ艶然とした笑みが、美希は気に入らなかった。判っているのに、わざととぼけていることが
見て取れたから。
「体の、関係よ」
気に入らなかったから、普段の彼女ならば言わないようなことも口にする。するが、顔は自然と苦々しいもの
になる。それがひどく汚らわしい言葉のように思えたから。
「どうしてそう思ったの?」
たっぷり沈黙を挟んでから、せつなはゆっくりとそう聞いてきた。からかうような目付きに、美希はますます、
気に入らないという思いを強くする。
だから、自分の問いかけに彼女が答えていないことに気付きながら、あえて彼女の挑発に乗った。
「ラブと祈里――――仲良しだった二人が、貴方を取り合っているように見えたから」
美希の言葉に、せつなは何も言わない。だから、彼女は言葉を続ける。
「表立ってそう言っているわけでも、振舞ってるわけでもないわ。けれど、二人のことはよく知ってる。だから
わかるの。ラブも祈里も、牽制し合ってる。貴方を挟んでね」
思い出すのは、つい先日、四人で集まった時のこと。ラブと祈里の間の微妙な空気は、両方の幼馴染である
彼女にはとてもきつかった。
「教えて。一体――――何があったの?」
「抱いたわ。二人を、ね」
愕然と、する。
予想通りの、だが、違っていて欲しいと願っていた展開。
せつなの言葉が、赤い瞳が、淫靡な笑みが、頭の中をぐるぐると回る。
気が付いた時には、美希は、立ち上がり、彼女に近付いて。
右手で思い切り、せつなの頬を張ろうとする。
パシン
だが、その手は、彼女の左手に受け止められて。そのまま、手首を掴まれる。
「乱暴ね」
クスクスと笑うせつなに、心が沸騰する。掴まれた方と逆の手を振り上げるが、その腕も掴まれ。
視界が一回転する。その体を柔らかいベッドが受け止めるが、すぐに組み敷かれて。
「思った以上に攻撃的なのね、美希は」
長い髪がベッドの上で扇に広がる。のしかかられ、身動きが取れなくなる。
それでも美希は、気丈にせつなの顔を見上げ、その目を睨み付ける。
「どうして、そんなことを」
視線を槍に、言葉を刃に変え、自分の体の上に座り込む少女に彼女は切りかかる。
「好きだから?」
「そんな嘘を」
戯言だとすぐにわかる台詞を、美希は拒絶する。喉で笑いながら、じゃあ、とせつなは彼女の顔を覗き込んだ。
「考えてみなさいよ。どうして私が、二人を抱いたのか」
ニッ、とせつなは笑う。その目は暗い情熱に輝き、この状況を楽しんでいることがわかる。普段の、おしとやかで
お嬢様風な彼女は、ここにはいない。ただドロドロとした感情をその体から溢れさせる、少女の皮を被ったおぞましい
存在。
初めて、美希は身震いする。自分が掴まれた腕、そこからゆっくりと汚されていくような感覚に。
それでも、彼女がその目に宿した力は弱まることなく。
「ラブと祈里を、傷付けたかったの?」
「そうね。それはあるわ。あの二人みたいに、幸せを信じて疑わない人間は、嫌い」
けどね、とせつなはクスクスと笑う。それは淫らな、思い出し笑い。
「私がそんなことを考えてるなんて知りもしないで、二人とも、声を上げて乱れるのよ。何度も何度も、求めて
くるの。好き、なんて言葉を口にしながら。私はあの子達のこと、嫌いなのにね」
「あなたって――――最低!!」
グッ、と腕に力を込めて拘束から逃れようとするが、せつなの細い腕のどこにそんな力があるのか、まるで
敵わない。
「いいのよ、憎んで。もっともっと、私を憎んで」
歌うように言いながら、せつなは陶然とした顔をする。そして、
「でもね、それだけじゃないわ。傷付けるだけじゃ、ね」
彼女の謎かけに、美希は当惑する。一体、何のことを言っているのか。そんな彼女の耳に、せつなが唇を
近づける。柔らかい息が首筋にかかって、ゾクリと美希は背筋を震わせる。
「貴方達の秘密に、関係があるの」
秘密? 秘密って―――― はっ、と気付く。
あたし。ラブ。祈里。その三人に共通する秘密。それは。
「そういうこと――――だったの」
愕然とした口調で呟く美希の顔に、せつなは微笑む。それはとても、とても邪悪なもので。
その瞳に、その笑みに、一人の少女の姿が重なる。彼女達、プリキュアの敵。ラビリンス総統、メビウスのしもべ。
「貴方が......イースだったのね」
その言葉を、美希は確信を持って言い放った。
「正解」
せつなが、そう言った瞬間。左手が解放されたと思う暇も無く、首筋に衝撃が走って。
美希は意識を失ったのだった。
最終更新:2010年03月07日 16:37