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ある夜のラブの部屋。


弛緩した体を横たえ、せつなは少し潤んだ目であたしを見つめる。
せつなの何か言いたげな少し開いた口。
あたしはその先の言葉を聞きたくなくて、せつなの口を塞ぐ。
お互いの舌を絡ませ合い、あたしは手をせつなの下半身へと。
まだまだ、夜は始まったばかり。


はあ、はあ・・・
あたしの荒い息が暗い部屋に響く。
せつなの顔を見ると、もう夢の中。
いつも、せつなは行為の後、すぐに眠ってしまう。

もっとも、ほとんど毎日のことだし、それも夜遅くまでなんだから仕方ない。
あたしはかえって、精神が高揚し眠れない。
今夜もせつなの寝顔を見ながら、髪をなでたり、背中をさすっていた。



あたしとせつなが関係を持つようになってから、
お互いの部屋のベランダ側の鍵を開けるのは、暗黙の了解だった。


けれど、いつからかせつなの部屋の鍵が閉まるようになり、
せつながあたしの部屋に訪れることも、滅多になくなった。

最初の頃はそれでも、毎晩のことだし、せつなも疲れているよね、と簡単に思っていた。
だけど、それが続くとなると、せつなが避けているとしか思えない。


でも、そのことをせつなに尋ねる勇気は、あたしにはない。
せつなに「もうこんなことは止めましょう」と言われてしまえば、それに言い返すだけの言葉を、あたしは持っていない。
結局、あたしはせつなに何も言えず、せつながあたしの部屋に来るのを待つしかなかった。





ある夜、あたしは物音が聞こえ、目を覚ました。
せつなが来たのかな?そう思って部屋を眺めてみるが、姿が見えない。
気のせいかな、そう思いながらも、外が気になり窓側に行くと、せつなの姿が。


ベランダに佇み月を眺めるせつなは、月の光に照らされ銀色に輝く。
あのはじめての夜に見たように、イースであるかのように見える。

一心不乱に月を眺めるせつなの姿に、あたしの記憶にひっかかるものがある。
なんか月に帰るお姫様って話なかったっけ。
うーん、今度ブッキーにでも聞いてみよっと。

どうでもいいことであたしが考え込んでいると、
声をかける間もなく、せつながこっちに振り返る。

マズイ、ベッドに戻らなきゃ。
急いでベッドに戻り、寝たふりをしてみる。


しばらくして、聞こえる戸の閉まる音。
せつなは自分の部屋に戻ったようだ。
しばらく待ってみるが、やっぱりせつなは自室で眠ってしまったらしい。
あたしは姿だけでも確認しようと、せつなの部屋のベランダ側の戸に手をかける。

いつもは閉まっているせつなの部屋の戸が開いた。





部屋に入っていくと、奥のベッドに、壁側に顔を向け、体を丸めるせつなの姿が見える。

眠っているなら起こしちゃマズイかな。
そう思って、せつなのベッドの縁に静かに腰かける。

寝苦しいのか、せつなは寝返りを繰り返している。
月の仄かな光でも見える頬の涙の跡。枕を触ってみると湿っぽい。


もしかして、泣いていた?
そのとき、あたしの頭に閃くものがあった。


せつなは悪い夢を見ていたんだ。
だから、あの夜、あたしの部屋に来たんだ。
だから、ときどきあたしの部屋に来るんだ。


あたしはこれまでのことが、ようやく全て組み合わさった。


どれだけの夜、眠れなくて、月を眺めていたのだろう。
どれだけの夜、悪い夢を見て、人知れず泣いていたのだろう。


あたしは気付いてあげられなかったことへの自責の念と、
心の底からせつなを愛おしく、守りたいと思う気持ちが湧いてくる。


そのときはじめて自覚した。あたしのこの気持ちは恋であると。





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最終更新:2009年10月26日 22:35