公園の片隅に、一人の少女が立っている。
時折、腕にはめた時計を眺めては、辺りを見回している。誰かがその姿を見ていれば、待ち合わせをしていると
容易に想像が付いただろう。だが同時に、首を傾げるかもしれない。どうして、こんなところで、と。
公園の、片隅。誰も来ないような場所。しかも彼女が立っているのは、公衆トイレの前なのだから。
少女自身、早くここを立ち去りたいと思っているのだろう。そわそわと落ち着きが無い。
やがて、彼女に取って永遠にも感じられる程に長い時間の後。
「お待たせ――――美希」
かけられた声に、しかし、美希は顔をしかめる。その表情に、待ち焦がれていた人間が現れたことによる安堵や
喜びは無く、ただただ嫌悪ばかりが溢れていた。
それでも、声をかけた少女は、嬉しそうに微笑む――――その微笑みの中には、妖しくも暗い感情が透けて見えていたのだけれど。
「さ、見せて?」
主語を省いたのは、それでも美希には伝わると知っていたから。その言葉に、彼女は顔を屈辱に歪める。気の強い
少女がわずかに涙目になっている様を見ながら、少女は――――東せつなは催促をする。
「ほら、早く」
彼女の台詞に、美希は仕方なく、ロングスカートの裾をつまみ、ゆっくりと持ち上げる。露になる真っ白な膝、
太もも、そして――――秘所。彼女の髪の色と同じ濃い蒼色の恥毛が、吹く風を受けて微かに揺らぐ。
「ちゃんと、言いつけは守れたみたいね」
言いながらせつなは、美希の太ももをそっと撫でる。ビクッ、と美希は体を震わせるが、何も言わない。
下着を着けてくるな。
呼び出しと共にメールに書かれていた命令に、美希は愕然とした。だが、すぐに諦める。ある意味で、想定の範囲内
だったから。
もう何度、せつなに抱かれたか。彼女自身、わからない。
ことあるごとに、彼女は美希を呼び出す。呼び出して、その体をいたぶる。飽きるまで、あるいは美希が力尽きるまで。
徐々にエスカレートしていく要求に、何度、心が折れそうになったことだろう。もう許してと言いそうになっただろう。
それでも、美希は決して、負けなかった。
未だ嬌声は、口にしていない。体がどんなに熱くても、何度、絶頂を経験させられても、決して。
無論、それがせつなをさらに過激な行動に走らせているのだと、美希もわかっている。
それでも、負けるわけにはいかないのだ。ラブと、祈里の為に。
だからこそ、下着をはかないで街を歩き、ここまで来た。
そして感じたのは、いつも身に着けているものが無いことが、こんなにも心細く思えるのか、ということ。誰かに
気付かれるかもしれないと恐れおののき、そしてそんな心配をしなくてはならない自分が情けなくて、悔しかった。
今日もまた、辱められるのか。この少女に。
「さ、行きましょうか」
そんな彼女の葛藤をよそに、スカートの中から手を抜き出したせつなが歩き出す。
「どこに、行くの?」
低く、冷たい声で尋ねると、彼女は振り返りもせずに言った。
「いつも通り、私の部屋よ」
その答えに、美希はホッとする。このまま、街に出る等と言われるのではないかと思っていたから。もしもこんな
姿をしているところが見つかったら、どんな噂が立つか。
「ほら。早く」
苛立つようなせつなの声に、慌てて美希は彼女を追いかける。無駄に逆らう必要は無い。今はただ、虎視眈々と
逆転の機会を待てばいい――――思いながら、隣に並び、せつなの顔を見て、美希は。
息を、飲む。
思いつめたような、横顔。目の下に隈があるのは、眠れていないのだろうか。余裕の一つも感じられない少女の
様子に、美希は思う。
一体、彼女に、何があったというのだろうか。
女性同士の睦み合いは、異性のそれとは違う。男が果てれば終わりなのに対して、女性は幾度でも高ぶることが
出来ると云う。無論、普通ならば、元々少ない体力が削られていくから、限度というものはあるけれど。
だがせつなことイースと美希のそれは、普通ではなかった。
イースは、時の許す限り、何度も美希の体を貪った。幾度も幾度も美希を果てさせ、それでも飽き足らぬかのように、
責め続けた。それは彼女がラビリンスの兵士として育てられ、体を鍛えられていることもあったかもしれない。
だが一番の理由は、イース自身が達することが無いからだろう。
少女の体を支配しながらも、彼女は決して、美希に自分を触れさせない。
そのことが、美希には少し、意外だった。自分の言葉に従うように、と命令された時から、奉仕させられることも
覚悟していた。想像して、嫌悪感を抱いたけれど、逆らうことは出来ないだろうから、と。
だが、彼女の予想とは異なり、イースは一度もそれを求めてきたことは無かった。
感じていないわけではない。彼女が自分を責めている時に、その目が愛欲に曇っているのを、美希は何度も見て
いる。それでも、イースは自分の体を高ぶらせることを、美希に命じたりはしなかった。
だからいつも美希を責めるばかり。その分、責めは苛烈なものになるのだけれど。
そして、今日もまた。
「――――――――っ!!」
唇を噛みながら、美希は体を跳ねさせる。シーツを掴んだ手が、ギュッと強く握り締められて。
何度も何度も、繰り返し襲い来る波。その度に口から溢れそうになる声を、彼女は何とか抑え込む。
「フフ。またイッちゃったの? 感じやすくなってきてるのね、美希の体」
そしてイースの笑い声に、腸が煮えくり返る程の苛立ちと、その言葉が事実だということに悔しさを覚える。
普段ならば。
そう。普段ならば、だ。今日のイースは、少しおかしかった。
「――――――――――――」
彼女は、何も言わなかった。いつものように陵辱を始めてから、ひと言も口にしていない。
そしていつもより、その責めが荒々しかった。いつもは強弱を付けながら胸を揉む手も、今日はまるで掴み取るか
のよう。痛みすら覚えるその責めに、美希はさすがに悲鳴をあげてしまうが、それでも彼女は止めようとしない。
まるで抱くことよりも、美希を壊すことの方が目的のようにも感じられて。
それでも。
「――――っ!! ――――っ!!」
数え切れない程に肌を重ねたことで知られてしまった弱点を巧みに責められ、その粗暴とも言える扱いにすら、
彼女の体は反応してしまう。催淫効果のある香りを使わなくなって、もうだいぶ経つというのに、だ。
「――――――――――――」
だが、それにしても。
今日の彼女は、明らかに普段と違っていた。開発されてしまった美希の体、そのの許容範囲を越えて、責め続けて
くる。
敏感過ぎる体をまさぐられても、嫌悪感すら抱かない。これまでのイースは、それをわかっていたからだろう、
美希が限界まで果てれば、少しの休みを挟んでいた。だが今日の彼女には、それすらない。
果てても、果てても。
波がひかぬ内から、責められて。
狂いそうになる。
それでも美希は、声を殺し、殺し続け。
その行為が、余計に自分の体力を削り、イースの嗜虐心をそそっているとわかっても、決してやめることなく。
結果、意識を保っていられる限界を越えて、暗い闇の世界へと沈み込んでしまったのだった。
それは、泥のような眠りだったのだろう。 目を覚ました時、美希は疲れが全く取れていないことをすぐに悟った。
だから、半分だけ目を開けて、辺りの様子を窺う。
眠い。とても、眠い。
今は、だから彼女の相手をしている余裕はない――――だから、もう一度。思いながら、重い瞼を下ろそうとした瞬間。
「うん、そうね。そう思うわ」
『でしょ? やっぱり、せつなもそう思うよね~』
耳に飛び込んできたのは、親友の声。電話の向こうにいるからだろうか、少しくぐもってはいるが、その声を聞き
間違う筈も無い。これは、ラブの声だ。
薄く目を開けて、もう一度、辺りを見回す。ぼんやりとしていたせいか、さっきは気付かなかったが、せつなが
椅子に座っていた。こちらに横顔を向けながら、電話を握っている。
『や~、やっぱりアタシ、せつなと話してると超タノシイ!! 幸せゲット、って感じだよ』
あまりに静かな部屋だから、だろうか。あるいは、ラブがはしゃいで大声になっているからというのもあるかも
しれない。ともかく、携帯から漏れるラブの言葉が全部、耳に入ってきて。
何、お気楽なこと言ってるのよ。美希は横になったまま顔をしかめる。ラブ、貴方が話してる相手は、あたし達の
敵よ。イースなのよ。
思いながら、彼女の横顔に目を向けて、美希は。
「ふふ。そうね。私も、ラブと話してるの、とっても楽しいわ」
また、息を飲む。
せつなは。
穏やかに、笑っていた。微笑んでいた。
けれどそれは、とても悲しそうで、苦しそうで。
まるで、涙を我慢しているかのように見えて。
『あーっと、そろそろお母さんのお手伝いしなきゃ。それじゃあね、せつな』
「うん、わかったわ、ラブ」
見たことのない、彼女の顔。イースの面影を全く感じさせない程に、切なさに満ちていて。
声は、楽しそうなのに。その唇は、悲哀に満ちていて。
『あ、せつな』
「なに、ラブ?」
『へへへ――――大好きだよ、せつな』
その言葉を聞いた瞬間、彼女の目は、大きく見広げられて。口を何度も、開けて、閉めて。
何か、言いたそうな言葉がある筈なのに、それを我慢して。
最後に、ようやく彼女が答えた言葉は。
「ありがと、ラブ」
ただ、それだけだった。
そして通話が切れた後、せつなはぼんやりと手に持つ携帯を見下ろしている。
長い髪が、微かに流れ落ちて、横顔にかかり。
窓から差し込む夕焼けの光に、少女は赤く染まり。
美希の心が、震える。
敵の筈の、異世界ラビリンスから来た彼女が、まるで。
まるで。
弱い少女に、見えてしまったから。
最終更新:2010年03月07日 16:31