あたしとラブ、祈里。
三人の中で、せつなと一緒に過ごした時間が一番長いのは、あたしかもしれない。
そのほとんどは、イースでもある彼女の言いなりになって、ただ責められるばかりだった。
けれど。
一緒の時間を過ごすことで、見えてくる部分があった。
彼女の隙を――――弱みを見つけようとしていたあたしだから、なおさら。
あの日。せつなが、ラブからの電話を切った後の、寂しげな顔。
しばらく、忘れられなかった。
本当ならば、あたしは、そこを攻めるべきだったのかもしれない。初めて見つけた、彼女の弱点だったのだから。
だけどあたしは、そうしなかった。出来なかった。
人間なら誰もが持つ、触れられたくない、純粋な気持ち。せつなの横顔に見たのは、それだったような気がしたから。
きっと、その時からだろう。
あたしがイースを、せつなという人間だと認識し出したのは。
それまでは、ただ、敵としか思っていなかった。この世界を無茶苦茶にしようとしている、敵だとしか。
それだけじゃない。ラブを抱き、祈里を堕とし、あたしの体をいたぶっている。
彼女は、あたし個人にとっても、憎むべき存在だった。
なのに。
あんな顔を、されたら。
「答えろ!!」
睨み付けてくるイース、だが、泣きそうなイース。
彼女の切羽詰った問いかけに、美希はしかし、声が出ない。
理解したくなかった。イースが、こうまでもラブに拘るその理由に。
「どうしてラブは、あんなにバカみたいに、私を信じることが出来るんだ!!」
それでも、わかってしまう。
イース、いや、せつなにとって、ラブの存在は心をかき乱すものなのだと。
「自分が辛い時でも、私の体のことを気遣って!! 私が戦いに巻き込まれなったことに、あんなに安心した顔を見せて!!」
イースの手は、もう動いてはいなかった。ただ美希の裸の胸に顔を埋め、震えるばかり。その声も、言葉も、彼女に
向けられたものではなくなっている。
あの時のことか。美希は思う。
ダンス大会に向けて、プリキュアとダンスの両方に目いっぱい頑張ったせいで、彼女達は倒れてしまったことがある。
その直前の戦いで、ラブはせつなが戦いの場にいないことに、安堵の溜息を付いていた。そんな彼女とイースを見て、
美希は複雑な想いを抱いたものだったけれど。
「私は、あの子を騙しているのに!! それにも気付かないで、私のことを、好きだなんて――――大好きだなんてっ!!」
顔を上げた彼女が発した、悲痛な叫びが。
美希の心に突き刺さる。
それでも、イースの瞳からは、涙は零れない。
まるで泣くということを、知らないかのように。
再び、胸に顔を埋めてくる彼女の震える体に。
美希は、そっと手を回そうとして。
「教えて......美希......どうして......どうして」
弱々しい声に、動きを止める。
「うまくいった筈なのよ――――ラブの心を篭絡して、私に夢中にさせて――――プリキュアを倒そうとした」
ポツリ、ポツリと溢れる言葉が、部屋の中に響く。外の日は、もう落ちたのだろうか。カーテンから差し込んでいた
光は、徐々に薄れてきて。
静寂と闇に、二人の体は包まれる。
ドクン、ドクンという鼓動の音を、美希は感じる。
それが自分のものか、イースのものか、わからない程に二人の体は密着していて。
「そう、うまくいってる筈だった――――なのに――――なのにっ!!」
ばっと頭を上げる、イース。
顔を近づけて、彼女は答えを乞う。
「どうして私は、こんなに苦しいのっ!?」
安堵したのは何故?
心の中に生れる問いかけ。
それは今日、ついさっきのこと。せつなが、最近はラブと祈里と会っていないと聞いて、彼女は確かに安堵を感じていた。
二人が心乱されることが無くなったから。また仲良くなったから。だから安心した。
せつなが自分という、プリキュアに残された最後の砦を打ち崩そうとやっきになればなるほど、二人から彼女を離
すことが出来るという思惑がうまくいっているから。だから安心した。
それは、しかし、上辺だけだった。本当は。
本当は、せつなが自分以外の子に目を向けていないことに、安堵した。
その独占欲を、綺麗な言葉で隠していただけだった。
素顔の彼女は、ただの女の子だった。
勿論、その全てを知っているわけではない。何故なら、彼女と美希の間には、脅すものと脅される者、犯す者と
犯される者という関係しかなかったから。
それでも。
物憂げな彼女の横顔が、気になった。
何かに追い詰められるように責められれば責められる程、何をそんなに焦っているのかが気になった。
ナキサケーベを操るようになってから、彼女の体に残るようになった傷が、気になった。
気になって、仕方なくなっていた。
どうして? どうしてそんなにも、ラビリンスに尽くすの?
尽くせば尽くす程、貴方の心は傷付いていっているのに。
戦いの最中、イースとしてプリキュアと闘っている時でさえ、貴方は心の中の何かを抑えつけるかのようにしていた。
その様を、闘っている時に、あたしは見ていた。
そして、その視線が向かう先をも。
気付かないようにしていた気持ちに、美希は向き合う。
そして認める。
あたしは。
あたしは、せつなが、好き。
体を支配されているからではない。これは、体からは生れない感情だもの。
この、愛と言う気持ちは。
そして、愛しているからこそ。
「答えが欲しい?」
美希の言葉に、顔を上げるイース。
「教えろ!! 私は、どうしてっ!!」
「それはね、イース、貴方が――――ラブのことを、好きだからよ」
愛しているからこそ、真実を伝える。
愛した人が、自分で気付いていない、想いを。
「私、が――――?」
驚愕に目を見広げる彼女。その目を、じっと美希は見つめる。
長い、長い沈黙。
やがて彼女は肩を震わせ始める。唇から零れるのは、
「フ、フフフ――――」
笑い声。
「フフフフフフ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」
体をのけぞらせ、イースは笑う。高い声で、笑う。
「私が!? ラブのことをっ!? アハハハハッ、そんな、そんなことなんてっ!!」
笑う彼女。まるで、狂ったように。
いや。
本当に、狂いそうになっていることが、美希にはわかった。
高らかな声と裏腹に、彼女の眼はまるで笑っていない。
むしろ、苦しんでいた。
その笑いは、壊れそうな心が、きしむ音。
「私がラブを好きだなんて、そんなこと、ありえないっ!! 私はラブを利用してるだけ!! 邪魔なプリキュアを排除
しようとしてるだけっ!! だから私が、ラブを好きだなんてありえないっ!!」
ずっと側にいた美希だから、彼女の気持ちがわかる。
二律合反。アンビバレンツな感情に、少女の心は引き裂かれそうになっている。
彼女は、愛することを知らない。
だから自分の感情にも、気付いていない。
そして、だから。
愛されることに、戸惑っている。
その癖。
自分の行いが、ラブを傷付けていることには気付いていて。
愛する人を、傷付けているのは自分。
なのに、その傷付けた自分を、彼女は愛してくれている。
無論、せつなは、自分がイースだということを話していない。
それでも。
彼女は、いたたまれない。
そんな風に愛されている自分に、イースは。
罪の気持ちを、抱いている。
美希は、不意に悟る。
彼女の願いを。
「安心しなさい、せつな」
イースの姿をした彼女に、美希は呼びかける。
苦悩に満ちた顔で、こちらを見てくるイースに、彼女は言った。
せつな。好きよ。
「あたしは」
大好き。愛してる。
「貴方のことを」
とても愛してる。愛してるから。
こう、言うの。
「憎んでるわ」
「そう――――なら、もっとひどい目に合わせて、屈服させてあげるわ」
言ったイースが見せた笑顔は、いつもの暗いものではなく。
とても、とても。
安堵に満ち溢れたものだった。
そうして美希は、愛する人の心を救った。
もしも彼女が愛を囁いたなら、イースの心は壊れてしまっただろうから。
イースに必要なのは、憎まれることだった。
何をしても許され、愛されることは、それに慣れていない彼女からアイデンティティを奪おうとしていた。
無邪気な好意ほど、その前に立つ者が自責を覚える物はない。そしてイースは、それを乗り越えられる程に強くは
無く、非情に徹することも出来なかった。
そう。
だから、彼女の本当の願いは。
憎まれたかったのだ。罰して欲しかったのだ。
嫌悪されて当然のことをしている、自分なのだから。
けれど。
憎まれたいと思っても、せつながイースだと知らないラブや祈里は、彼女を憎んだりはしないだろう。
なにより彼女達は、せつなを大好きだから。
憎むことなんて、しないだろう。
そしてせつなを、無意識に追い詰めてしまうだろう。
心を、壊してしまうだろう。
だから。
愛に気付いた美希は、心に決める。
せつな。
あなたの欲しいものは、あたしがあげる。
ただ一人、自分だけが。
イースを憎む。
憎み続ける。
それであなたの心が、救われるなら。
そうして美希は、イースに体を差し出し、蹂躙される。
憎まれている相手に、彼女は容赦をしない。
常よりも激しく、厳しい責めで美希を追い詰める。
勿論、彼女は一声も発しない。
発したら、自分が感じていることに――――愛する人に抱かれて、喜んでいることがバレてしまうから。
だから。
「――――――――っ!!」
今日も彼女は、唇を噛む。
愛する人とのまぐわいに、美希は、幸せで。
けれど、とても悲しかった。
そして彼女達は、運命に導かれる。
最後の一枚のカードを持ってきたせつなと出会ったのは、トリニティのライブの開かれるスタジアム。
憔悴し、消耗しきった彼女の体に、自然と彼女はこれが最後の戦いになることを予測した。
現れる、ナキサケーベ。
変身する、プリキュア。
キュアピーチに抱きしめられながら、イースは苦痛に絶叫する。
体、だけではない。
敵である自分ですら守ろうとする彼女の優しさに、心はきしんでいた。
そして明かされる真実。
イースは、少女達の前で変身して見せる。彼女達の親友、東せつなへと。
その時、キュアベリーは気付いた。せつなの悲愴な決意に。
せめて最後は、キュアピーチ――――ラブの手にかかって。
だからこそ、美希はラブをけしかけた。愛する人の最後の望みを、かなえてあげたい。
そう思ったから。
そう。
蒼乃美希は、東せつなを愛していた。
自分が彼女に求められていなくても、構わない。
彼女が親友を愛していても、構わない。
愛しているから。
だから心を鬼にする。
自分の本当の願いを、押し殺す為に、彼女は。
心を、鬼に。
ふと、目が覚める。
お昼ごはんを食べた後に、少し、うたた寝をしてしまったらしい。時間にしては、五分か十分程度だったけれど。
鏡の前で、寝癖が付いていないかをチェック――――よし、大丈夫。あたし、完璧。
ピンポーン
チャイムが鳴ったが、インターホンに出ることもせず、美希は玄関に駆ける。その扉を開ける前から、誰が来ている
かはわかっていた。
「いらっしゃい、せつな」
「こんにちは、美希」
笑いながら靴を脱ぐ彼女の名前は、東せつな。またの名を。
キュアパッション。
最終更新:2010年03月07日 16:24