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「はい、答えてせつな、鎌倉幕府の出来た年は?」
「えーっと……いいくにつくろう、で1192年ね」

せつなの部屋でノートを片手に向き合う二人。
今は、一週間後に迫ったテストに向けての勉強中。

「はい、正解、じゃあ次は鎌倉幕府の滅亡」
「いちみさんざん……で1333年」
「正解っと……これで試験範囲を一通りカバー出来たね。
 じゃあそろそろ休憩しようか」
「うん」

二人は先ほどあゆみが持ってきてくれたお茶で、一息入れることにした。

「ふう……歴史の勉強って、大変ね」
「そーだねー。特にテスト対策ともなると、覚える事多いしね」
「こういうひたすら頭に詰め込むのって……ちょっと苦手かも」

せつなの言葉に、ラブは意外といった表情。

「あれ?せつなが勉強で苦手って言うの、初めて聞いたかも」
「そうかもね……私は、数学や英語みたいに、基礎を覚えれば
 後は応用で解ける方が得意みたいだから」
「そっかー、あたしそっち系は全然ダメだからなー。せつなと逆だ。
 でも、せつなにも苦手な科目ってあるんだ……それ、あたしは嬉しいかな」

今度はラブの言葉に、せつなが首を傾げる。

「え、どして?」
「いやー、そのおかげで久しぶりにせつなの面倒みてあげられてるわけだし」

せつながラブの家に来た直後は、ラビリンスの常識しか知らない彼女に
ラブがそれこそ手取り足取り、いろんなことを教えてあげていた。
でも最近は、何かあってもラブに頼らず、せつな自身で殆どのことは出来るようになった。
ラブはそれを嬉しく思いつつも、少し寂しく感じていたのだ。

「だから、こうやって勉強を見て上げられるのが嬉しいなあって」
「ラブのただ一つの得意科目だもんね、歴史」
「その言い方はヒドいよせつな……いやまあ確かに唯一なんですけど」

自分で言っておいて自分の言葉でうっと落ち込むラブ。
せつなはそんなラブの姿を見ながら少し思案。
そして、良い事を思いついた、とばかりにくすっと笑みをこぼす。

「ねえラブ、そういうことなら私、ずっと歴史の勉強が苦手なままでいいわ」
「え?」
「だって、それならラブが、私の勉強の面倒見てくれるんでしょ?」
「……勉強っていっても、歴史だけだよ?」
「いいの、それでも。私だってね」

そこまで言うと、せつなはラブの耳元に口を寄せる。

「少しでも多く、ラブに構って欲しいと思ってるんだから」

そして、耳元でそっと囁いた。
誰に聞かれることも無い二人きりのこの部屋で、更に深い秘密を告白するかのように。

「……」

ラブは固まったまま。
せつながラブから離れ、自分の座っていた場所に戻るのをじっと見ていた。
言われた言葉を頭の中で反芻して、飲み込む。
その瞬間、火がついたように感情が膨れ上がり、顔に熱となって現れた。

「わ、わ、わ、わ、わは---っ!!」

生じた熱を冷まそうとするかのように、両手をブンブンと振り回すラブ。

「もうせつなってば……そんなこと言われたらあたし嬉しすぎでどうにかなっちゃうよ」
「ふふ、ラブ、それは流石に大げさよ。でもごめんなさい」

口では謝りながらいたずらっぽい笑みを浮かべるせつな。
それを見て、またしてやられた、と気づくラブ。

(なんか最近、あたしってばせつなに振り回されることが多い気がするなあ……)

家に来た頃はあんなに素直だったのに、
いつの間にかこんな悪戯な性格を見せるようになったのか、と思うラブ。
でもすぐに、まあいいか、と思い直す。

(……この可愛い小悪魔に惚れ込んでるのはあたしだしねー。
 多少振り回されるのは仕方ないんだ、うん)

そして、ラブは自分の両頬を手でパンと叩き、気持ちを切り替える。
だからこそ、こんなことも出来るわけだしね、と心の声に付け加えつつ、
教科書を手に取り、一言。

「よーし、じゃあそろそろ休憩終わり、さっきの復習いくよ!
 歴史の勉強ならこのラブ先生にどーんとまかせなさい!」

そう言いながら右手を前に出して、ビシッと親指を立ててみせるラブ。

「はい、精一杯がんばりますから、よろしくお願いしますね、先生」

それに応えるせつなの声。
一瞬の沈黙と、見つめ合う二人。

「あはっ」
「ふふっ」

やがてどちらからともなく起きる笑い声、
それが、二人のテスト勉強の再会の合図になった。





そして同じ頃、ラブの部屋。
勉強の邪魔にならないようにと、シフォンを連れて移動して来たタルトが目にしたのは、
ラブの机の上に積まれた、たくさんのノートとそのコピーの束。
ノートは由美をはじめとしたクラスメイトの名前が入ったものもあれば、
学校が違う筈の美希や祈里のものまである。
そしてそれをコピーした紙には、ラブの字で書かれた注釈があちこちに入っている。

「パッションはんもたいがいやけど、ピーチはんもほんまに一途なお人やわ。
 ……自分かて得意な科目やあらへん筈なのになあ」

そう呟くと、隣の部屋から聞こえてくる笑い声を耳にしながら、
やれやれと両手を広げてみせるのだった。

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最終更新:2009年11月11日 01:39