6-365

その日の夜。
あれから、家に戻ったラブは、せつなの部屋を訪れて
さっきのことを謝ろうと思ったが、どうしてもドアを叩くことが出来なかった。
夕食の時は流石に家族4人で一緒だったが、いざ二人の間で会話をしようとすると
どうしてもぎこちなくなってしまう。
何かあったことを察したあゆみが上手くフォローしてくれたので、
気まずい空気になることは無かったものの、
すぐ隣に居るはずのせつなとの間に
見えない壁があるような違和感は終始拭う事が出来なかった。
その後は、せつなはすぐ自分の部屋に篭ってしまったので、それからは口を聞いていない。

居間でTVを見ながら時間を潰していたラブも、
観ている内容が全く頭に入ってこないので自分の部屋に戻ることにした。
部屋に入ると灯りもつけず、投げ出すようにベッドに身を横たえる。

「ハァ……」

口から出るのは、溜息一つ。
そしてそのまま、何をするでもなく、ただぼっーっと天井を見ているだけ。

「ピーチはん」
「ラーブー?」

そんな彼女に声を掛けたのは部屋にいたタルトとシフォン。
二つの影は、心配そうにラブの顔を覗き込んでいる。

「あ、タルト、シフォン、どうしたの?」
「どうしたもこうしたもあらへん、どないしたんや?
 なんや今日はピーチはん、様子がヘンやで」
「……んー、そんなことないよ、なんでもなーい」
「何でも無いって事はないやろ、ワイの目は節穴じゃおまへんで?
 ……パッションはんのことやろ?」
「えっ!いやいやそんなことはないって!せつなは関係ないってば!」

タルトの指摘を大慌てで否定するラブ。

「……ホンマにわかりやすいな、あんさんは」
「……うう~」
「そういえば今日はパッションはん、こっちにまだ来てへんな」

いつもならこの時間は、せつながラブの部屋に来ている筈である。
今日あったこと、明日の予定、学校での事、ダンスの事、そんな他愛も無い話をしたり、
時にはお互いの不安や寂しさを打ち消す為に、一緒にラブのベッドで寝たりする時間。
この時間にはタルトは二人に気を遣って、
シフォンを連れて隣のせつなの部屋に移動するのだが、そのせつなが来てないとなると。

「もしかしてピーチはん、パッションはんとケンカでもしたんか?」
「……っ!!」

核心を突いたタルトの言葉に、ラブの体が一瞬ピクリと震える。

「……」
「ピーチはん?」
「…………」
「どないしました、ピーチはん?」
「……タルトぉ」

身を起こして、タルトの方に振り向くラブ。
その瞳は潤み、溜め込まれた涙が今にも零れ落ちそうになっている。

「ホ、ホンマにどないしたんや、ピーチはん?!」

動揺したタルトの問いかけに、ラブは潤んだ瞳に更に涙を滲ませる。

「あたし……あたし…………多分、せつなに嫌われちゃった……」

ガバッとタルトに抱きつくと、
堰を切ったように目から涙を溢れさせて泣きじゃくるのだった。





「ピーチはん、落ち着きましたかいな?」
「……うん、ありがとタルト」

しばらくして、ようやく落ち着いたラブから離れると、
タルトはティッシュを数枚取ってラブに手渡す。

「ほれ、これでまずは涙をふきなはれ……ってそっちはワイの尻尾や!
 しかも何で鼻をかもうとしてはるんや!」
「……アハハ、ごめんごめん」
「ちっとは元気出たようやな」
「うん……本当にありがと」

笑ってみせるラブの様子を見て、
これなら大丈夫そうやな、と判断したタルトは、さっきの話の続きを促す事にする。

「それで、パッションはんと一体何があったんや、ワイに話してみい。
 力になれるかもしれまへんで」
「ええーっ?タルトが?」
「言うてくれるな~こう見えてもワイはな、紆余曲折の末にアズキーナはんという
 立派な婚約者をゲットしてるんやで。色恋沙汰の事ならピーチはんよりも
 よっぽど先輩や。
 ま、そんなワケで泥舟に乗った気でここは一発どーんと相談してみなはれ!」
「……泥舟?」
「ああっ!……こ、これは重ーい話題の中にもささやかなボケを挟み込むという
 ワイ独特の話術の一つやから……コホン、まあそんなことはええから話してみ」
「……うん」

言ってる事には半信半疑だったが、ラブは頷く。
自分で抱えているより、誰かに聞いてもらった方が気持ちが軽くなるかもしれない。
それに、タルトなりに心配してくれているのは確かなのだ。
その気持ちには応えるべきだと思ったから。





「……なるほどなあ、キスして貰えんかったからパッションはんが拗ねてもうたと」
「うん……多分」
「じゃあ簡単やないか、ピーチはんがキスしてあげたらええんや」
「うっ……それは」
「出来へんのか?」
「……うん」
「何でや?ピーチはん、パッションはんのことを好きなんやろ?」
「それは勿論!あたしはせつなのこと、大好きだよ!」
「だったらなんでや?好きだったら、キスの一つや二つ、簡単やろ」

タルトの問いかけに、ラブは目を閉じて首を振る。

「違うよ、タルト」
「違うって、何がや?」
「……好きだからこそ、ダメなんだ」
「わからんな~どういうことや?」
「……それ、せつなにも言われたよ。
 そりゃーわからないよね……ねえタルト、タルトがアズキーナと知り合ったのは何時?」
「何や急に……ワイとアズキーナはんか?
 そりゃーもう、ワイら二人はまだこーんな子供のころから将来を誓い合って、
 それから幾千万の困難を手を取り合って乗り越えて……」
「やっぱりそうだよね」
「……って、まだ話の途中やがな」
「美希タンとブッキーもそう、幼馴染だから、お互いのことを良く知ってるから」

二人が幼馴染としての付き合いを続けていく中で、
お互いに対する想いを深めていったこと、
やがて想いが通じ合い、結ばれたこと。
それは近くで見ていたラブが一番良く知っている。
そして、結ばれた二人を祝福しつつも、ずっと一緒だと思っていた幼馴染の三人が
今までと違う関係になってしまったこと、そしてその中に自分が含まれて居ない事に
一抹の寂しさを感じたこともよく覚えている。

「そんな時だったよ、せつなが現れたのは」

一人取り残されたような気持ちになったラブの前に現れたのは、
町外れの占い館に住む、不思議な雰囲気を持った少女。

「初めて会ったときから、なんか気になってたんだ。
 ……で、次に街の中でせつなと再会した時に、とっさに確信したんだ。
 ああ、あたしにも運命の人が現れたんだって」

そう確信したから、せつなと会える時間を大切にした。
ドーナツの美味しさを教えてあげたし、自分の幸せを考えた事も無いという彼女の為に
幸せの素と言う名のペンダントをプレゼントした。
せつなが寂しそうにしている時は心配したし、
コンサート会場で倒れた時には、大切に想っているという自分の気持ちを伝えようとした。

「……それで、とっても辛い思いをしたこともあったよ」

せつながラビリンスのイースだと知った時、
折角掴んだものが手の中から逃げていってしまったと思って、一度は絶望した。
これが運命なら、なんて酷いんだろうとすら思った。
でも、美希に背中を押されて、カオルちゃんにヒントを貰って、そして決めた。

「あたしは、あたしの運命の人を絶対に諦めない。
 ……絶対に、取り戻してみせるって」

その想いは身を結び、死という二度目の絶望も、アカルンの奇跡の力で乗り越えて、
そしてせつなは、ラブの元にようやくやって来た。

「そうまでしてせつなを取り戻したというのに、
 その途端にあたし、不安で仕方なくなっちゃったんだ。
 あたしはせつなが好き。だけどせつなは……どうなんだろうって。
 今までずっと、あたしだけが一方的に、
 せつなのことを想ってただけなんじゃないかって」
「それは違うと思うで。ワイが見る限り、
 パッションはんはピーチはんのこと、好きな筈やで」

ラブの弱気な言葉。それを否定するタルト。

「……でなきゃ、ワイとシフォンは毎日わざわざ隣の部屋に移動することはあらへんやろ。
 あんさんらどんだけイチャついてんねん、正直目の毒やで、と思ってるくらいや」
「アハハ……いつもごめんね~」
「だから弱気になることはおまへん、
 あんさんらの仲の良さはワイがちゃーんと保証したる!」

張った胸をドーンと一回、力強く叩いてみせる。

「うっ!ちょっと強く叩き過ぎたわ。ゲホッ、ゲホッ」

格好付けたつもりが思わず咳き込んでしまうタルトの姿に
ラブはクスッと笑って見せるが、すぐに眉尻を下げた顔に戻ってしまう。

「でも……せつなは、まだこの世界をよく知らないんだよ。
 知らないから、毎日新しいことを知って、新しい人と出合って、どんどん変わっていく。
 あたしは、その事はすごく嬉しいことだと思ってる」

ラブの家に来たばかりの時は、家の中とラブ、美希、祈里と圭太郎とあゆみの5人。
これがせつなの世界の全てだった。
でも今は、街の人々と知り合い、学校で友達も出来た。
ラブと一緒でなくても、一人で出かけるようにもなった。
少しずつ、確実に、せつなの世界は広がっている。

「でも、だとしたら、せつなが変わっていく中で、
 あたしのことも好きじゃなくなっちゃうんじゃないかな?
 最初に出会って、一番一緒にいる時間が長いのがたまたなあたしってだけで、
 せつなは、本当に大切な人にまだ出会ってないんじゃないかなって、
 そう考えた時に、あたし、せつなにキスしてあげることが出来なくなっちゃった。
 ……せつなの大切なものを、あたしが奪っちゃっていいのかどうか、
 わかんなくなっちゃったから」

ようやく辿り着いた、ラブの本心。
せつなの変化を誰よりも喜んでいるのに、
それがせつなの気持ちを変えてしまうのでは無いか、
その時に、せつなの隣に立っている人間が、自分じゃない他の誰かなのではないか。
その恐れが、ラブに二人の仲を一歩進めることを拒ませている。


6-398
最終更新:2010年01月11日 19:53