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「あたしとせつなが美希タン達、タルト達みたいに、昔から知りあってて、
 それでお互いのことを好きだって結論になったなら
 ……こんな気持ちになることもなかったのかな。
 それだったら、あたし……」
「ピーチはん」

タルトがラブの名前を呼ぶ。
その短い声の中に、普段の彼からは想像もつかない真剣な声音が含まれている。
そのことに気付いたラブの口から、弱気な言葉の吐露が止まる。

「なあ、ピーチはん、さっき、あんさんはパッションはんのこと、
 好きだと言わはりましたよな?」
「うん……それがどうしたの?」
「あのな、さっきのあんさんの理屈だとその気持ちだって嘘っちゅうことになるで?」
「え?なんでそうなるの?そんなことは……」
「いーや、あんさんさっき言うたやないか、変わっていく中で気持ちも変わるって。
 ピーチはんだって、まだまだ子供や、大人やあらへん、例外やないで」
「違う……」
「違わへん、たまたま最初に好きになった人がパッションはん、そーゆーこっちゃ」
「違うよ!なんでそんな事言うの?あたしはせつなが好き、
 これはあたし中にある確かな気持ちだもん、
 嘘じゃないってことくらい自分でわかるよ!そんなことを言うタルトは……」

感情が溢れ出す。
言われたくない事を言うタルトに対して、拒絶の言葉を吐こうとするラブ。
それを察しながらも、タルトは冷静に言葉を返す。

「そやな、自分の気持ちには嘘はつけへん、あんさんの気持ちは
 あんさんにとって確かなものや。
 ……それはパッションはんにとっても同じやと思うがな」
「……え?……あ」

浴びせられた言葉に、ラブはハッとする。
そう、ラブがせつなを好きという気持ちは嘘じゃない、ラブの本心だ。
だったら、せつながラブを好きだ言うのなら……それはせつなの本心に決まっている。

「んでな、パッションはん、正直あんさんの言うとおり、
 まだこの世界のことをよくわかってへん。
 時々ピントの外れたことをすることもあるさかいな。
 でも、ピーチはん達の中に上手く溶け込んでやっていっとるやろ?
 例えばや、ベリーはんともパインはんとも、
 最初あんなにギクシャクしてたのに 今はすっかり仲良しこよしや。
 それは、パッションはんがちゃんと相手を見て、理解して、
 そのお人に合わせた付き合い方が出来取るからやと、ワイは思う。
 せやから、最初に出会っただけ、付き合いが長いっていうだけで
 刷り込みみたいに誰かを好きになるような事はあらへん。
 もし、パッションはんに想われてる幸せもんがいたとしてや、
 そいつがパッションはんの事をそんな風に思ってるとしたら、相当失礼なやっちゃで」

一気に言い終えると、そのままラブのことをじっと見据えるタルト。
いつに無い真剣なその視線を受け止めて、ラブは自分の心の中にあるもの探す。
タルトが促している、答えを。
やがて辿り着いたそれを、おずおずと切り出す。

「あたしは、せつなの好きな人だってことに、もっと自信を持っていい、ってこと?」

ラブの出した回答にタルトは上出来や、と頷いてみせる。

「そういうことや、パッションはんに好かれとるという所にもっと自信を持って、
 ガッツリいったればキスの一つや二つ、朝飯前っちゅーもんやで。
 ま、それが出来ないピーチはんがヘタレ、っちゅーことやな」

そう言いながらラブの横に来たタルトは、しっかりしいや、と手でその背中を叩く。
細くて小さな手だけに痛くは無かったけれど、彼なりの励ましの気持ちがつまった一発、
それがラブの心に響く。

「うん、タルト。あたし頑張ってみるよ」
「そや、それがええ、それが青春ちゅーもんや」
「なんか今日はいっぱいタルトに助けられちゃったね。ありがと」
「なーに、礼にはおよばへん」

右手の人差し指を立てるとそれを左右に振ってみせるタルト。

「ピーチはんにはワイの方がよっぽどお世話になっとるさかい。
 ラビリンスとの戦いの時なんかは一方的に守られるだけやしな。
 そやから、悩み聞くくらいお安い御用や、いつでも相談しなはれ」

もう一度、張った胸をドーンと一回、力強く叩いてみせる。

「うっ!やっぱ強く叩き過ぎた……ゲホッ、ゲホッ」

やはり格好付けたつもりが思わず咳き込んでしまうタルト。

「あははは……タルトったら」

その姿を見て笑うラブ。
そんな一人と一匹の姿を見ていたシフォンは、

「セイシュン?アマズッペ~?」

先日覚えたばかりの言葉を口にするのだった。





「それにしても……ヘタレかあ。タルトに言われるとは思わなかったな」
「さっき言うたやろ、恋愛のことならピーチはんよりよっぽど経験しとるって。
 そんなワイから見れば、キス一つにビクついとるあんさんはヘタレで充分や」
「じゃあタルトはちゃんとしてるの?」
「おお、こないだスイーツ王国に帰った時はドタバタしとったさかい、
 そんな暇も無かったけどな、こっちに来るまではそりゃーもう
 一日中ちゅっちゅちゅっちゅしとったもんや」
「…………………………」
「なんやその沈黙とその目は?
 まあええわ、ピーチはん、明日ちゃんとパッションはんにキスしてあげるんやで。
 それで仲直りや」
「うっ……」

タルトの言葉にラブが沈黙する。

「でけへんのか?」
「……う、うん、まだ、ちょっと……」

胸の前で人差し指を突き合わせてながら、上目遣いにラブが答える。

「はあ?あんさんさっき頑張ってみるってゆーたないか?」
「だって~せつなとのファーストキスなんだよ?はじめてなんだよ?
 あたしにも心の準備ってのが必要だし、失敗しないように
 練習ちゃんとしないといけないし、
 息が臭くないようにちゃんとも口の中キレイにしておきたいし、
 どうせなら一生の思い出に残るようなロマンチックなシチュエーションにしたいし、
 ……って色々考えちゃうとまだまだ無理だよ~」
「……ピーチはん、ヘタレにも程があるで」
「ねえタルト、キスしなくてもせつなと仲直り出来る方法教えてよ~」
「えーい知らん、自分でなんとかせい!」

目を潤ませて懇願してくるラブを一蹴するタルト。
しかし、表情を緩めるとふっと笑いかけてみせる。

「……と言いたいところやけど、その辺は多分大丈夫やと思うで」
「え?なんで?」

タルトの言葉の意味がわからず、首をかしげるラブ。

「まあ、心配せんでもピーチはんの気持ちはちゃんと伝わっとると。
 そういうこっちゃ」
「???」

そう言いながら、わけがわからない、という顔をするラブの事を置いておいて、
窓の方を振り向くタルト。
その目に一瞬映ったのは、窓ガラスの外から除き込んでいた人影が、
あわてて隠れる姿だった。





その日の深夜。
一人と二匹が眠りにつき、すっかり静かになったラブの部屋。
その中が一瞬、赤い光で満たされると、そこにせつなの姿が現れる。

せつなは、ベッドの上で眠りこけるラブに近づくと、

チュッ

とその頬に口付けた。
それは、お互いの気持ちを交換する唇同士のキスでは無く、
相手に自分の気持ちを伝える一方通行のキス。

「……今はこれでいいわ、ラブ」

ラブがまだ一歩を踏み出す勇気が無いというなら、
自分もまた同じ場所で待っていよう。
気持ちは教えて貰ったのだから、焦る必要はない。
一緒に同じ一歩を踏み出せばいいのだから。

「それに、今しか出来ないこともあると思うから」

今の関係だからこそ、またラブの気持ちを疑って不安になることもあるだろうし、
誰かに嫉妬することもあるかもしれない。
ラブを振り向かせようと必死でアプローチしたりもしてしまうだろうし、
逆にラブに思わぬところでドキドキさせられるかもしてない。
そんな山あり谷ありの経験を得て、そしてキスすることが出来たなら。
それはきっと、今するよりもずっと甘くて、ずっと幸せなキスになるに違いない。

「だから私……待ってる」

そしてせつなは、来た時と同じようにアカルンを起動させて部屋に戻ろうとする。

「……うん、せつなぁ……あたし達二人で、幸せ、ゲットしようねぇ……」
「!?」

応えるラブの声。

「……え、ラブ、起きてたの?」

全部見られてた。そう思い、焦ってラブに声を掛けるせつな。
しかし返事の代わりに聞こえてきたのは、寝息の音。

「もう、びっくりさせないでよ」

どうやら寝言だったようことに、ほっと胸を撫で下ろす。

(……それにしても、なんの夢を見てるのかしらね?)

にへへ、と頬を緩ませて眠りこけているラブの顔。
彼女の中の夢の光景までは伺い知ることは出来ないが、
その幸せな夢の中に自分がいることが嬉しくて、
そして、偶然とは言え自分の言葉にラブが応えてくれたことが嬉しくて、
せつなはもう一度、ラブの頬にチュッ、と口付けた。

「……そうね、ラブ、私達で、幸せになりましょ」

それは、先程とは違う意味のキス。
相手の言葉に応える誓いのキスだった。

<終わり>


6-510は外伝的お話
最終更新:2010年01月11日 19:50