「美希、私は――――ラブのことが好き」
せつなの言葉に、美希は小さく微笑んだ。
今にも泣き出しそうな目をしながら、それでも――――微笑んでいた。
「美希の言う通りよ。私は――――死ぬことしか、考えてなかった」
ベッドに腰掛ける美希。せつなはその前で、床に置かれたクッションに座っている。その目は、軽く見上げるようにして、
蒼の視線を掴み取る。
スタジアムでの戦い。ラブは、イースに言った。命が尽きてもいいなんて、思っていないと。
あの瞬間、涙が零れたのは、それが本当のことだったから。
総統メビウスに、自分を――――自分だけを見て欲しくて。振り向いて欲しくて。
自分がここにいるんだと、認めて欲しくて。
その為に、戦ってきた。傷付くことも、死すらも恐れず。
なんだってした。なんだって出来た。ラブ達を騙すことも、その体を淫らな手段で絡め取ることも、迷うことなく出来た。
そう、出来たのだ。
けれど。
何一つ裏表のない、純真なラブの想いに、優しさに触れて。
迷いが生れた。このままでいいのか、このまま彼女を騙していていいのか、と。
迷いは、動揺を生み、やがて心に痛みが走るようになる。自分がしていることは、正しいのだろうか? こんなにも純粋
に信じられているのに、見ていてくれているのに、私はそれを裏切っていいのだろうか?
そんな迷いを押し殺しながらも、彼女は戦い続けた。
ナケワメーケを上回る力を持つナキサケーベを与えられ、自らの命を削りながら、ただメビウスの為に。そうすることで、
自分を見てくれると――――大切にしてくれると、そう信じて。
だからプリキュアを倒そうとした。ラブを、倒そうとした。認められるなら、死んでもいい。そう思いながら。
けれどラブは、そんな彼女を助けようとした。抱きしめてくれた。
生きたい――――
そう思った。死にたくない。そう思った。
そんな思いを罰するかのように、ナキサケーベのカードから生れた闇は、彼女の体を締め付ける。
「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ただ、叫ぶ。ラブに抱きしめられながら、叫ぶ。
痛い、痛い、痛い。体が痛い。心が痛い。痛い痛い痛い痛い。
どうして、ラブ。そんなに優しいの。敵の私に優しいの。
どうして、死にたくないなんて、私ですら気付かなかった心に気付くの? 気付いてしまうの?
気付きたくなんて、なかったのに。
やがて、張り詰めた糸が切れるかのように、意識を失いかけた。
その後、何があったかはおぼろげにしか記憶にない。シフォンが光を放ち、最後のナキサケーベをピーチが倒した、
のだろう。
気が付けば、自分を苦しめていた拘束は無くなっていて。
感じたのは、絶望。最後のカードを失い、これでもう、私を見てもらうことは出来ない、と。
その一方で。
生きていて良かった。そう思ってしまう自分もいて。
そんな自分が、許せなくて。
「無事で良かったね」
いつもの笑みとともに、ラブにかけられた声が、優しさが。
無性に、わずらわしかった。
嬉しかったけれど、たまらなく嫌だった。
「黙れ――――黙れ、黙れ!!」
二律相反する心を、せつなは自分で憎悪に塗り潰す。
もう終わり。私は終わり。これで終わり。
だから――――最後は。
「スイッチ・オーバー!!」
彼女は、イースから東せつなへと姿を変える。
「私の目的は、ただ一つ――――お前達を、倒すことだ」
これで、ようやく。
憎まれる。ラブに。
その後のことは、美希に見抜かれた通りだった。
自分の寿命が今日までと知った瞬間から、彼女は、ラブの手にかかって死ぬことしか考えていなかった。
ようやく、本当の自分で向き合える。愛する人に。
ラブは――――やっぱり、ラブだった。
憎まれると思っていたのに、欠片もそんなことはなく、自分を思ってくれていた。
嬉しかった。とても。
だからこそ、渇望した。
心置きなく戦い、そして――――死ぬことを。
彼女の中に少しでも、自分の存在を残しておきたかったのかもしれない。
この時にはもう、メビウスのことなど、頭の中から無くなっていた。
全ての力を振り絞り、ぶつかりあって、清々しい気持ちと共に残ったのは。
ラブへの、想い。
好きだという、気持ち。
そのまま死んでいれば、この想いは永遠に封じられていただろう。
届かぬままだっただろう。
けれど、彼女はキュアパッションとして、生まれ変わった。
あまつさえ、ラブと共に、桃園家で暮らすことになった。
こんなに幸せなことはない。
「死ぬことしか考えてなかった私が、今、こうして生きている――――生きてるからこそ、私は、大事にしたいの。この、
ラブへの想いを」
自分を変えてくれた、少女。
大切な、仲間。
共に暮らす、家族。
何よりも。
愛する人。
「私、ラブが好き。大好き。この気持ちに、嘘は付けないわ」
「うん」
美希は、頷く。ゆっくりと、深く。
わかっていたことだから。いつだって、彼女の視線の先には――――
「けど、ね」
せつなは、まだ言葉を繋ぐ。わずかに目を伏せようとして、だが、もう一度上げて、まっすぐに美希の目を見つめる。
「生き返って、こうして暮らしていて、気付いたの。私が、どれだけ我侭だったか――――どれだけ、助けられたかを」
「え?」
強い光を湛えるせつなの瞳に、美希は戸惑う。それに構わず、彼女は続ける。
「美希がどれだけ、私の心を守ってくれていたか。どれだけ、私を大切にしてくれていたか――――それがわかって
――――そんな美希に、私は、ひどいことしかしてなかったと思って」
ラブの優しさに、心がきしんでいた頃。
その痛みから目をそらしたくて、せつなは、美希の体を責めるようになる。自分の正体を知り、かつ、自分に憎悪を
向けてくる彼女といる時だけ、せつなは――――イースは、苦しまずにすんだ。
何故なら、そこに裏切りはないから。
ありのままの彼女自身でいられるから。
だからこそ――――せつなは。
ラブを想いながら、美希といることを選んだ。
もう、ラブを騙したくはなかったから。祈里も、騙したくなかったから。だから、己の衝動をぶつけることの出来る美希を、
何度も何度も呼び出した。
そして、彼女に憎まれているのを感じることで、心の平静を保っていた。
自分は、憎まれて当然の存在。ラブに想いを向けられる資格は無い。想いを向けないで。そんなに真っ直ぐな好意を、
示さないで。私はラビリンスの人間。メビウス様の為に、あなたたちを利用しているだけなの。
乱れる心から生れる暴虐を、彼女は美希にぶつけた。そうして憎まれることで、ある種のカタルシスを得ていた。それは
とても、被虐的なものだったけれど。
彼女は、気付いていなかった。
せつなはいつだって、美希の向こうに、ラブの姿を見ていた。ラブを好きだから、ラブに嫌われたくない。けれど、自分は
ラブに嫌われても仕方ないことをしている。だから、私をそんな目で見ないで。好きにならないで。心が痛むから。
そう、彼女は気付いていなかった。美希がその全てを知りながら、自分を受け入れていてくれたということを。
気付いていなかったからこそ、せつなは美希を責めることが出来ていたのだけれど。
けれど、せつなは気付いた。キュアパッションとして生まれ変わって、彼女達の仲間になって、気付いた。
美希が自分を想ってくれていたのだということを。
ラブのように、真っ直ぐにではなく、包み込むようにして守ってくれていたのだということを。
彼女の想いを、苛立ちをぶつけられ、それを受け止めながら、壊れそうな心を守ってくれていたのだということを。
気付いた時に、彼女の心に溢れたのは。
「私――――ラブが好き。けれど――――」
一度、言葉を切って。一度、瞼を閉じて。
そして彼女は、ゆっくりと立ち上がる。
縫いとめられたかのように動けない美希の、側に寄って。
その手を取って。
顔を近付けて。
言う。
「美希のことも、好きなの」
呆然となる、美希。
何を言われたのか、わからない。
けれど、それは一瞬のこと。
掴まれた手を、引き寄せて。
抱きしめながら、体を回転させて。
せつなを――――ベッドに、押し倒す。
彼女は、抵抗しない。
何も、言わない。されるがままに、なっている。
重なり合う、体。
服越しに、ぬくもりが伝わってくる。鼓動が、伝わってくる。
美希は、せつなの肩に、顔を埋める。
彼女もまた、その両手を美希の体に回し、ギュッと引き寄せてくる。
二人は、無言のまま。
ずっと、抱き合って。
やがて、夕の帳が落ちてきて。
「外――――暗くなってきたね」
「・・・・・・うん」
「帰らなくて――――いいの?」
「・・・・・・今日は、泊まってくるって、言ってあるから」
「――――そう」
最終更新:2010年03月07日 16:20