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7-43

「うそ・・・・・・」

 少女は――――プリキュアとなった少女は、愕然とした面持ちで膝から崩れ落ちる。
 彼女の目の前で、もう一人の少女――――もう一人のプリキュアが、倒れている。
 その体を染めるのは、鮮血の赤。引き裂かれた彼女の衣、その下の白い肌が見えない程に、朱が全てを隠していて。
 少女は、何も言わない。意識を失っているのだろう。痛みを訴えることすらせず、ただ横たわるばかり。

「うそ・・・・・・うそよ・・・・・・」

 虚ろに呟いた後、ハッとなって、彼女はその傷を塞ごうとする。これ以上、少女の体から血が零れないようにと。
 だが、その願いは虚しく、彼女の手が赤に染まり切っても、溢れ出る紅は止まらない。
 その朱は熱く、それがこぼれる程に、少女の体は冷たくなっていく。
 一滴、一滴が流れ落ちる度に、彼女の命の炎が弱まっていくのがわかって。

「うそ・・・・・・うそ、うそ、うそ・・・・・・」

 彼女は、ただ繰り返すばかり。
 その熱を、掬い取ることも出来ず。流れ出るのを抑えることも、出来ず。
 ただ。
 少女の傷痕を、その手で抑えるだけ。

「うそ、うそ、うそ・・・・・・こんなのって・・・・・・!!」

 頬を滂沱と流れる涙にも気付かぬまま、彼女は少女の傍らに佇む。
 目の前の光景を、信じたくないと思いながら。

 深い後悔に、身を苛まれながら。






       君がため 惜しからざりし 命さえ








「それじゃ、今日はピーマンの肉詰めに、ニンジンサラダにしましょうか」
「お母さん、それ、『今日は』じゃなくて『今日も』だよー」

 ニンジンとピーマンの袋を手に取って言うあゆみに、ラブはそうツッコミを入れる。隣に並んで立っていたせつなも、
うんうんと大きく頷いて。

「二人とも。わたしの献立に、何か不満でも?」

 いつかと同じ彼女の台詞に、ラブとせつなは視線を交し合う。この時の為に、二人で話し合っていた作戦。それを
発動させる時が来たようだ。

「ねぇねぇ、お母さん。今日は、アタシ達もお料理のお手伝いするね」
「代わりに、追加で作るものを何にするかは、私達に決めさせて欲しくて」
「あら、いいわよ。お手伝いは大歓迎。それで? 何を作ってくれるのかしら?」

 かかった!! とばかりにこっそりと拳を握る少女達。そのまま、野菜の棚の端まで行って、早速、食材を取って来る。

「じゃーん、今日、アタシ達が作るのは」
「ほうれん草のバター炒め。精一杯頑張って、美味しく作るわ」
「う・・・・・・」

 あゆみは思わず、顔を引きつらせる。彼女は、ほうれん草が苦手なのだ。勿論、ラブもせつなも、それを知っている。
知っていたからこそ、ささやかな逆襲とばかりに、それを選んでみせたのだ。

「い、いいわよー。その代わり、ラブ達もちゃーんと、残さずに全部、食べなさいねー」
「もっちろん。お母さんの作った料理だもん。残すわけないじゃーん。お母さんこそ、可愛い娘達の作った料理、残し
たりなんてしないよねー?」

 うふふ、おほほ。笑顔で向かい合う母と娘。だがその間には、言い知れぬ緊張感が走っている。それを肌で感じ
ながら、せつなは小さく苦笑した。ラブの考えた作戦に乗っかってはみたものの、さすがに彼女ほどあからさまに、
あゆみに対抗しようという気はない。無論、あゆみならば、これぐらいのことは許してくれるだろうと思ってはいたけれど。




「さーて、それじゃ、ニンジンにピーマン、お肉に牛乳も買ったことだし、帰りましょうか」
「ほうれん草も入ってるんだよ、忘れないでー」

 両手に袋を抱えてスーパーを出て行く二人。ほどけた靴紐を直して立ち上がり、追いかけようとしたせつなは、

「あ・・・・・・」

 あゆみの鞄からスルッと落ちたものを、拾い上げる。見れば、それは彼女のお財布だった。さっき、会計を済ませて
鞄にしまった時に、ちゃんと奥まで入っていなかったのだろう。

「お母さん、これ、落としたわ」
「え? あら、ありがとう、せっちゃん」

 呼びかけに振り向いたあゆみに財布を渡したせつなは、それを受け取った彼女が、嬉しそうに自分を見つめている
ことに気付いて首を傾げる。

「どうかしたの? お母さん」
「え? ああ、大したことじゃないんだけど」

 言いながらも彼女は、やはりとても嬉しそうな笑顔でせつなを見つめて。

「せっちゃん、お母さんって自然に呼んでくれるようになったな、って思っちゃって」
「あ・・・・・・」

 慈愛に満ちた彼女の視線に、せつなは頬を紅く染める。それを見たあゆみは、より深く、暖かく微笑んで。そんな二人
を見つめるラブもまた、同じ様に。

「さ、行きましょ」
「う、うん」

 踵を返して、再び帰途に着く二人の背中を、せつなはしばし、眺める。

 彼女にとって、ラブや美希、祈里の次に大切な存在が、あゆみだった。
 生まれ変わったものの、行き場を失い、彷徨っていた彼女に、優しい言葉をかけてくれた人。
 訳ありなことはわかっていた筈なのに、娘の大事な友人だからという理由だけで、一緒に暮らすことを許してくれた人。
 お腹を痛めた実の娘であるラブと同じように、愛情を注いでくれる人。




 本当は、ずっと、ずっと、言いたかった。
 お母さん、と。
 けれど、そう呼ぶことに、気後れを感じていた。
 自分は、あくまでも居候。一緒に暮らすことを、『許された』だけなのだと。
 私が彼女を、お母さんと呼んで、いいのだろうかと。

 そんな彼女の葛藤に、きっと、あゆみは気付いていたのだろう。彼女の夫であり、ラブの父親でもある圭太郎も、また。
 それでも辛抱強く、彼女達は待ってくれていた。
 自分の部屋を、与えてくれた。
 学校に、通わせてくれた。
 コロッケの作り方を教えてくれたり、一緒に買い物に行ったり。
 お手伝いを頼まれたり、苦手なものでもちゃんと食べなさいと叱られたり。
 せつなちゃん、と呼ばれてたのが、せっちゃん、に変わっていたり。
 そんな日常の繰り返しの中で、少しずつ、距離は縮まっていった。

「今はわたしが、お母さんだもの」

 その言葉を、聞いた時。
 どれだけ、嬉しかったか。
 涙が出そうだった。

 私のことを、心配してくれている。想ってくれている。
 こんな、どこの誰ともわからない子を、実の娘と同じように。

 だから。
 その気持ちに、応えたくて。
 自分も、大好きなんだと伝えたくて。



 ありがとう――――お母さん。
 勇気を振り絞って、そう言えた自分が、誇らしい。



 左手には、ハートを繋いだブレスレット。ラブとお揃いの、お母さんが作ってくれた、ブレスレット。
 とっても大切な、宝物。

「お母さん」

 小さく、呟いてみる。
 なんだかとっても、くすぐったくて。
 とっても、幸せな気がした。



「せっちゃん? どうかしたの?」
「おーい、せつなー。置いてくよー」

 ふと気が付けば、随分と彼女達は先に行っていて。せつなは、足を速めて追いかける。
 と、曲がり角から出てきた女性にぶつかりそうになって、

「あ、ごめんなさい」

 慌てて避ける。


 その瞬間。


 ゾワッ。
 背中に、怖気が走る。冷や水を浴びせられたかのように、体の芯が凍り付いて。

「・・・・・・っ」

 呼吸が、乱れる。ドクン、と大きく心臓が跳ねて。
 一体、何が。思うよりも先に、振り向いてしまう。
 一体、何が。思った瞬間、脳から体に、振り向くな、と命令が出る。

 だが、時すでに遅く。せつなは、振り向いてしまっていた。
 そして、見てしまった。
 彼女を。

「こっちこそ、ごめんなさい」

 艶やかで、とても深く、そしてどこか嘲弄の混じった声。
 長い黒髪。細い体。紅を塗ったのか、鮮やか過ぎる程に真っ赤な唇。
 その女性の姿を、せつなは見たことがあった。
 たった一度だったけれど、忘れる筈も無い。
 そして――――その彼女の本当の姿は、恐怖と共に脳裏に染み付いている。

「ふふふ」

 笑う、彼女の名前は。本当の、名前は。

「ノー、ザ・・・・・・」
「久しぶりね。イースちゃん」


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最終更新:2009年11月21日 21:39