「うそ・・・・・・」
少女は――――プリキュアとなった少女は、愕然とした面持ちで膝から崩れ落ちる。
彼女の目の前で、もう一人の少女――――もう一人のプリキュアが、倒れている。
その体を染めるのは、鮮血の赤。引き裂かれた彼女の衣、その下の白い肌が見えない程に、朱が全てを隠していて。
少女は、何も言わない。意識を失っているのだろう。痛みを訴えることすらせず、ただ横たわるばかり。
「うそ・・・・・・うそよ・・・・・・」
虚ろに呟いた後、ハッとなって、彼女はその傷を塞ごうとする。これ以上、少女の体から血が零れないようにと。
だが、その願いは虚しく、彼女の手が赤に染まり切っても、溢れ出る紅は止まらない。
その朱は熱く、それがこぼれる程に、少女の体は冷たくなっていく。
一滴、一滴が流れ落ちる度に、彼女の命の炎が弱まっていくのがわかって。
「うそ・・・・・・うそ、うそ、うそ・・・・・・」
彼女は、ただ繰り返すばかり。
その熱を、掬い取ることも出来ず。流れ出るのを抑えることも、出来ず。
ただ。
少女の傷痕を、その手で抑えるだけ。
「うそ、うそ、うそ・・・・・・こんなのって・・・・・・!!」
頬を滂沱と流れる涙にも気付かぬまま、彼女は少女の傍らに佇む。
目の前の光景を、信じたくないと思いながら。
深い後悔に、身を苛まれながら。
君がため 惜しからざりし 命さえ
「それじゃ、今日はピーマンの肉詰めに、ニンジンサラダにしましょうか」
「お母さん、それ、『今日は』じゃなくて『今日も』だよー」
ニンジンとピーマンの袋を手に取って言うあゆみに、ラブはそうツッコミを入れる。隣に並んで立っていたせつなも、
うんうんと大きく頷いて。
「二人とも。わたしの献立に、何か不満でも?」
いつかと同じ彼女の台詞に、ラブとせつなは視線を交し合う。この時の為に、二人で話し合っていた作戦。それを
発動させる時が来たようだ。
「ねぇねぇ、お母さん。今日は、アタシ達もお料理のお手伝いするね」
「代わりに、追加で作るものを何にするかは、私達に決めさせて欲しくて」
「あら、いいわよ。お手伝いは大歓迎。それで? 何を作ってくれるのかしら?」
かかった!! とばかりにこっそりと拳を握る少女達。そのまま、野菜の棚の端まで行って、早速、食材を取って来る。
「じゃーん、今日、アタシ達が作るのは」
「ほうれん草のバター炒め。精一杯頑張って、美味しく作るわ」
「う・・・・・・」
あゆみは思わず、顔を引きつらせる。彼女は、ほうれん草が苦手なのだ。勿論、ラブもせつなも、それを知っている。
知っていたからこそ、ささやかな逆襲とばかりに、それを選んでみせたのだ。
「い、いいわよー。その代わり、ラブ達もちゃーんと、残さずに全部、食べなさいねー」
「もっちろん。お母さんの作った料理だもん。残すわけないじゃーん。お母さんこそ、可愛い娘達の作った料理、残し
たりなんてしないよねー?」
うふふ、おほほ。笑顔で向かい合う母と娘。だがその間には、言い知れぬ緊張感が走っている。それを肌で感じ
ながら、せつなは小さく苦笑した。ラブの考えた作戦に乗っかってはみたものの、さすがに彼女ほどあからさまに、
あゆみに対抗しようという気はない。無論、あゆみならば、これぐらいのことは許してくれるだろうと思ってはいたけれど。
「さーて、それじゃ、ニンジンにピーマン、お肉に牛乳も買ったことだし、帰りましょうか」
「ほうれん草も入ってるんだよ、忘れないでー」
両手に袋を抱えてスーパーを出て行く二人。ほどけた靴紐を直して立ち上がり、追いかけようとしたせつなは、
「あ・・・・・・」
あゆみの鞄からスルッと落ちたものを、拾い上げる。見れば、それは彼女のお財布だった。さっき、会計を済ませて
鞄にしまった時に、ちゃんと奥まで入っていなかったのだろう。
「お母さん、これ、落としたわ」
「え? あら、ありがとう、せっちゃん」
呼びかけに振り向いたあゆみに財布を渡したせつなは、それを受け取った彼女が、嬉しそうに自分を見つめている
ことに気付いて首を傾げる。
「どうかしたの? お母さん」
「え? ああ、大したことじゃないんだけど」
言いながらも彼女は、やはりとても嬉しそうな笑顔でせつなを見つめて。
「せっちゃん、お母さんって自然に呼んでくれるようになったな、って思っちゃって」
「あ・・・・・・」
慈愛に満ちた彼女の視線に、せつなは頬を紅く染める。それを見たあゆみは、より深く、暖かく微笑んで。そんな二人
を見つめるラブもまた、同じ様に。
「さ、行きましょ」
「う、うん」
踵を返して、再び帰途に着く二人の背中を、せつなはしばし、眺める。
彼女にとって、ラブや美希、祈里の次に大切な存在が、あゆみだった。
生まれ変わったものの、行き場を失い、彷徨っていた彼女に、優しい言葉をかけてくれた人。
訳ありなことはわかっていた筈なのに、娘の大事な友人だからという理由だけで、一緒に暮らすことを許してくれた人。
お腹を痛めた実の娘であるラブと同じように、愛情を注いでくれる人。
本当は、ずっと、ずっと、言いたかった。
お母さん、と。
けれど、そう呼ぶことに、気後れを感じていた。
自分は、あくまでも居候。一緒に暮らすことを、『許された』だけなのだと。
私が彼女を、お母さんと呼んで、いいのだろうかと。
そんな彼女の葛藤に、きっと、あゆみは気付いていたのだろう。彼女の夫であり、ラブの父親でもある圭太郎も、また。
それでも辛抱強く、彼女達は待ってくれていた。
自分の部屋を、与えてくれた。
学校に、通わせてくれた。
コロッケの作り方を教えてくれたり、一緒に買い物に行ったり。
お手伝いを頼まれたり、苦手なものでもちゃんと食べなさいと叱られたり。
せつなちゃん、と呼ばれてたのが、せっちゃん、に変わっていたり。
そんな日常の繰り返しの中で、少しずつ、距離は縮まっていった。
「今はわたしが、お母さんだもの」
その言葉を、聞いた時。
どれだけ、嬉しかったか。
涙が出そうだった。
私のことを、心配してくれている。想ってくれている。
こんな、どこの誰ともわからない子を、実の娘と同じように。
だから。
その気持ちに、応えたくて。
自分も、大好きなんだと伝えたくて。
ありがとう――――お母さん。
勇気を振り絞って、そう言えた自分が、誇らしい。
左手には、ハートを繋いだブレスレット。ラブとお揃いの、お母さんが作ってくれた、ブレスレット。
とっても大切な、宝物。
「お母さん」
小さく、呟いてみる。
なんだかとっても、くすぐったくて。
とっても、幸せな気がした。
「せっちゃん? どうかしたの?」
「おーい、せつなー。置いてくよー」
ふと気が付けば、随分と彼女達は先に行っていて。せつなは、足を速めて追いかける。
と、曲がり角から出てきた女性にぶつかりそうになって、
「あ、ごめんなさい」
慌てて避ける。
その瞬間。
ゾワッ。
背中に、怖気が走る。冷や水を浴びせられたかのように、体の芯が凍り付いて。
「・・・・・・っ」
呼吸が、乱れる。ドクン、と大きく心臓が跳ねて。
一体、何が。思うよりも先に、振り向いてしまう。
一体、何が。思った瞬間、脳から体に、振り向くな、と命令が出る。
だが、時すでに遅く。せつなは、振り向いてしまっていた。
そして、見てしまった。
彼女を。
「こっちこそ、ごめんなさい」
艶やかで、とても深く、そしてどこか嘲弄の混じった声。
長い黒髪。細い体。紅を塗ったのか、鮮やか過ぎる程に真っ赤な唇。
その女性の姿を、せつなは見たことがあった。
たった一度だったけれど、忘れる筈も無い。
そして――――その彼女の本当の姿は、恐怖と共に脳裏に染み付いている。
「ふふふ」
笑う、彼女の名前は。本当の、名前は。
「ノー、ザ・・・・・・」
「久しぶりね。イースちゃん」
最終更新:2009年11月21日 21:39