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「どう、して・・・・・・」
「ここは騒がしいわ。後で会いましょう」

 震える声で尋ねるせつなに、彼女は――――北那由他ことノーザは、猫撫で声で囁き、そして笑う。だがその目は、
大きな口が浮かべる笑みとは裏腹に、冷たく凍りついたもので。

「話す、ことなんて・・・・・・」
「お母さん――――なのよね?」

 それでも、せつなは必死に拒絶しようとする。が、那由他が漏らした言葉と、その視線の向かう先に、彼女は凍り付い
て。

「お母さんに、何をするつもり!!」

 危険な光を宿らせる那由他の瞳から、あゆみの姿を隠すようにしながら、せつなは腰に付けたポーチに手を伸ばす。
その中には、彼女がプリキュアに変身する為のアイテム、リンクルンが入っている。

「何にも、するつもりはないわ――――貴方が来てくれるなら」
「――――っ!!」

 戦意の無さを示すかのように、彼女は両手を大きく広げる。が、それでもせつなは、構えを解かず、那由他のことを
睨み付ける。

「大丈夫よ。少しお話がしたいだけ――――それだけよ」
「――――本当に、それだけでしょうね」

 低く抑えた声で答えるせつなに、那由他は薄く笑い、頷いた。

「ええ、約束するわ――――それじゃ、待っているわ。占いの館で、ね」

 そして彼女は、踵を返して去って行く――――その足元で、街路樹の根元に咲いた花が腐り、枯れていって。
 ギュッ、とせつなは拳を握る。罠だ。そう思う気持ちがある。だが――――

「せっちゃん。どうかした?」

 かけられた声に振り返ると、彼女が来ないことを不思議に思ったのだろうか、あゆみがすぐ側に戻ってきていて。

「ううん、なんでもないわ、お母さん」

 だが――――お母さんを、危険に晒すわけにはいかない。絶対に。
 それはせつなにとって、絶対の想い。だから、決める。
 例え罠であったとしても、行かなければならない、と。






       されど少女は 思いを振り切りて






 変だ。
 ラブは、思う。
 せつなが、変だ。
 思いながら、リビングのテレビの前にぼんやりと座る彼女の横顔を、じっと見つめる。
 さっき、お母さんと三人で買い物に行って帰ってきてから、なんだか上の空で過ごしている。話しかけても生返事だし、
ちらちらとお母さんを眺めては、じっと何かを考えているような素振りをしている。
 一体、どうしたんだろう。思って、彼女は問いかける。

「せつな?」
「ん? なぁに、ラブ」
「あのさ――――何かあった?」

 いつものように、問いかける。
 せつなは少し、気持ちを抑えてしまうところがある。あゆみにも気付かれていたように、傍目にもわかるほど、無理を
してしまう時がある。
 だからラブは、せつなの顔に影が浮かんだ時、素直にそう尋ねることにしていた。

「え――――?」

 その問いかけに、一瞬、彼女は驚いた顔をして、やがて微かに首を横に振って笑う。

「大丈夫よ。何でもないわ」
「・・・・・・そう」

 ラブは言って、微かに視線を落とす。
 その答えは、ある程度、予測していたもの。無理をしている上に、それを素直に認めようとしない時のせつなの、
お決まりの言葉。
 少し、悲しくなる。何でもないこと、ないんじゃないの。そう言いたいけれど、そう聞くことを拒絶されているようで。
 せつなが、遠く感じられる。
 けれども。




「何でもないならいいけれど――――何かあったら、ちゃんとアタシに言ってね」

 ラブは顔を上げ、せつなの目を真っ直ぐに見て、優しく言った。
 大丈夫。せつながそう言っているなら、それを信じよう。そう思いながら。
 二人にとっては、それも、いつものことだったから。
 彼女は、ラブの言葉に少し笑って、頷いて。

「ええ。わかったわ――――ありがと、ラブ」

 言うと、部屋に戻るわね、と言い置いて彼女は二階へと向かった。その姿を、ラブはもやもやとした気分で見送る。
 いつものこと――――だよね。
 心の中で、一人ごちる。
 せつながいつものように、ちょっとだけ無理をしていて。ちょっとだけ困ってて。けれど、大丈夫って言っているんだから
――――信じていいんだよね。
 思ってみても、何故か。
 落ち着かない。心がざわついている。一言で言えば、嫌な予感。

「あら。せっちゃんは?」
「え?」

 台所から出てきたあゆみが、そこにラブしかいないことに気付いて、キョトンとする。

「ああ、せつななら、部屋に戻ったよ」
「あら。せっかくおやつを出そうと思ったのに。さっき買ってきたアイスだけど」
「アタシ、呼んでくるよ」

 お盆を持って困った顔をする母親の言葉に、ラブはソファから立ち上がる。
 アイスは、せつなが選んだお気に入りの一品。これを食べれば、せつなも元気になるよね。
 思いながら階段を上がり、彼女の部屋のドアをノックする。

「せつなー。おやつだよー。さっき買ったばっかりの、アイスだよー」

 呼びかけに、だが、返事はない。
 微かな不安に襲われて、ラブはドアノブを回し、扉を開ける。

「せつな――――?」

 部屋の中には、誰も、いなかった。


 赤い光が弾けると共に現れたせつなは、器用に地面に着地する。最初の頃は失敗もあったアカルンの使い方にも、
さすがに慣れてきていた。
 目の前に聳えるのは、占いの館。かつて、せつながイースとして暮らしていた場所。ラビリンスのアジト。
 ここに来るのは、久しぶりだった。
 プリキュアとなってからは、この場所を避けてきた。ラビリンスの手先だった頃――――つまり、イースだった頃を、
思い出してしまうから。
 そしてそれを、ラブ達も気付いていたのだろう。せつなに、この場所のことを尋ねるようなことをしなかった。
 本来であれば、敵の本拠地が分かったなら、攻め込んでもいい筈なのだ。実際、美希と祈里がここに来ようとして
いたと聞いている。その時は、ここに至ることが出来なかったらしいが、おそらくそれは館の周りの木々によってカモ
フラージュされていた為だろう。
 だから、ここの正確な位置を知っているせつながキュアパッションとなったのなら、館に辿り着くことだって出来る筈
なのだ。
 それでも、彼女達は、ここに攻め込もうとはしない。
 一度、その理由を美希に聞いたことがある。すると彼女は、

「あら。あたし達の目的は、シフォンや皆を守ることだもの。こっちから攻め込む必要なんてないわ」

 笑いながら、そう答えた。
 それは、半分は本当だろう。プリキュアは、あくまでも守護者。イースのような兵士ではないのだ。
 けれど、残りの半分は。

「だからね、せつな。思い出す必要なんて、無いんだからね」

 慈しむように、美希はそう続ける。
 残りの半分は、せつなのことを思いやっているから。彼女の心の古傷に、触れない為に。
 甘い、とせつなは思う。少女達は、甘すぎる、と。それは、彼女に残された、兵士としての考え方。
 だけど、その甘さが、せつなを救ってくれたのだ。そう思うと、ただ、感謝するしかなくて。

 なのに。

 せつなは唇を噛む。
 皆に気遣われていたというのに、私は今、ここにいる。再び、占いの館に。

 肩に入った力を抜くように、大きく深呼吸をして、せつなはきっと背筋を伸ばし、扉に手を触れる。
 私は、東せつな。キュアパッション。イースじゃない。
 最後に、確かめるようにそう、自分に言い聞かせながら。


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最終更新:2009年11月22日 09:42