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7-316

 アカルンの光が消えた瞬間、せつなは那由他から大きく跳び退った。そして、ポーチからリンクルンを取り出し、その
ローラーを回す。

「チェィンジ!! プリキュア!! ビート・アーップ!!」

 声と共に、彼女は変身する。伝説の戦士、キュアパッションへと。

「――――フフ」

 気が付けば、辺りの風景が変わっていたことに、一瞬、驚きの顔を見せた那由他だったが、すぐに冷酷な表情を取り
戻し、その両手を前に差し出した。

「スイッチ・オーバー!!」

 ぐるりと捻るように手を回した後、大きく横に広げる。それと共に、彼女も変身をする。
 管理国家ラビリンス最高幹部、ノーザへと。

「・・・・・・・・・・・・」
「フフフ。一本取られた、と言ったところかしら」

 グッ、と拳を握り、構えるせつなに、ノーザは笑いながらそう言った。

「考えておくべきだったわ。罠はいつだって、力の弱い者が強い者を倒す為に仕掛ける。私が言ったことだったのにね」

 彼女の言葉に、パッションは答えず、険しい表情のまま、隙を伺う。

 瞬間移動。
 それは、せつなのピックルン・アカルンの持つ力。その力で彼女は、占いの館からこの工事現場まで飛んできたのだ。
 那由他と――――ノーザと、一対一で戦う為に。ウエスターやサウラーに、邪魔をされるわけにはいかなかったから。
 シフォンを連れてきたと思わせたのは、油断を誘うため。
 そしてせつなの仕掛けた罠――――いや、賭けは、成功した。
 後は、キュアパッションが、ノーザを倒すだけ。

 そんな彼女の思いを知ってか知らずか。変わらぬ冷たい笑みのまま、ノーザは胸の前で手を組んだ。

「さぁ、かかってきなさい――――プリキュア」

 ノーザが浮かべるのは、余裕の表情――――否、それを越えた、傲慢。
 沈黙の中、パッションは周囲を見回す。
 ここは、クローバータウンから程遠いところにある、マンションの工事現場。その前の道も含めて開発中だったらしい
が、もう随分前から作業が中止になっているらしい。むき出しの鉄骨や、錆びの浮き始めた工事用車両が放置されて
いるここは、幽霊マンション等とも呼ばれているらしい。
 彼女が、ここに跳んできたのは、まず、ここを訪れる人が誰もいないから、巻き込む心配が無いということ。
 そして、二つ目は――――

「ふっ!!」

 一つ、息を吐くと同時に、パッションは地面を蹴る。前傾姿勢のまま一直線に彼女に向かって走り、その距離を詰める。

「フン」

 鼻を鳴らしながら、ノーザが腕を勢い良く振るい、長い爪で彼女を引き裂こうとした瞬間。
 シュン
 パッションの体が赤い光に包まれ、ノーザの手が虚空を薙ぐ。




「何――――!?」

 驚くのもつかの間、背後に現れた気配に、ノーザは振り向き様に首筋を腕でかばう。そこに叩き込まれたのは、パッ
ションの放ったハイキックだった。

「ク!!」

 それを受け止め、逆の手でパッションを掴もうとするが。
 シュン
 再び、彼女の体がかき消すように光に溶ける。そして再び、ノーザの背後に現れ、今度はその腹に拳を叩き込もうと
する。
 が。

「甘い――――!!」

 タ、と左手でいなされる。バランスを崩すパッション。その首筋に、ノーザは手刀を叩き込もうとするが、間一髪、アカ
ルンの力が発動して。
 静まり返った工事現場の中に、戦いの音が響く。放たれる拳、蹴り、肘打ち。何合となく続く攻防。
 パッションの攻勢に、ノーザは守勢に回らざるを得なかった。反撃は、かすりもしない。一瞬ごとに彼女は違う場所に
現れる彼女を、捕まえ切れなかったのだ。
 だが。

「――――クッ」

 打ち合いをやめ、距離を取ったパッションの顔には、色濃い焦りが浮かんでいた。逆にノーザの顔には、変わらぬ
笑みが浮かんでいて。

「どうしたのかしら、プリキュア。まさか、この程度だなんて言わないわよね」

 長い爪で、彼女は自分の唇を撫でる。爬虫類のような切れ長の眼が、妖しく光って。
 彼女の言葉は、挑発だった。わざと隙を見せてすらいる。
 だが、パッションは、踏み込めない。その拳を握り締めたまま、ただじっとノーザを睨み付けるだけ。

 そう。
 彼女が――――パッションが、攻め込んでいた。ノーザの反撃は一度もくらわなかった。
 だが、彼女の攻撃も、一度も当たらなかった。
 全てかわされ、いなされ――――あれだけ打ち込んだのに、一つも直撃させることが出来なかったのだ。
 何よりも、パッションを戦慄させたのが。

 ノーザが、ずっと同じ場所に立っていたこと。

 左の足を軸として、体裁きとピボットだけで、全ての攻撃を無効化されてしまった。瞬間移動を駆使し、死角から攻め
込んだにも関わらず、だ。
 改めて、気付かされる。
 自分の目の前の女性が、確かに最高幹部と言われるだけの実力を持っているということに。

「はぁぁぁっ!!」

 それでも、彼女は戦わなければならない。勝たなければならない。
 ただいまと言って、あの家に帰る為に。
 雄叫びと共に、パッションは弾けるように地面を蹴る。

「また同じこと?」

 嘲りと共に、ノーザが爪で彼女を引き裂こうとする。
 寸前、パッションの姿はかき消える。先程までと同じように。
 違ったのは――――どこにも現れなかったということ。



「――――?」

 気配を、ノーザは探す。
 静寂の中、油断無く辺りを見回す。いつ現れてもいいように、最大限の注意を周囲に払う。
 だが、彼女は――――パッションは、姿を見せない。

 逃げた?

 思いながら、ノーザが眉を顰めた瞬間。

「――――!!」

 彼女に向かって、鉄骨が倒れこんでくる。さすがにその場を離れるノーザ、しかし、次々と辺りの鉄骨が倒れ始めて。
 ドンッ ドーンッ ドンッ
 地面と鉄のぶつかる重い音が、地響きとなって辺りに響く。
 避けても避けても、まるで連鎖しているかのように、ノーザに向かってくる鉄骨。それを彼女は、どれも間一髪でかわ
し続ける。困難なように見えて、さして苦労はしなかった。倒れこむといっても、パッションの拳に比べれば緩慢な動き
で、しかも動きが読みやすい。
 むしろ彼女が気にしていたのは、この中で、狙われることだった。ふとした瞬間に、背後に現れるかもしれないのだ。
だからこそ、より一層、用心深くなって待ち構える。
 だが。
 ズーーーーンッ
 最後の一本の鉄骨、それが地面に横たわる音が、低く響く。辺りは鉄骨だらけ。
 だが、パッションの姿は無い。
 もうもうと立ち上がる、砂埃。その中から襲い来ようというのか。目を細めながら、じっと見回すノーザ。
 気配は、やはり、感じられない。

 時間が過ぎ去る。
 舞い上がった砂が、再び地面に落ちる。

 不意に。
 彼女の体に、影が差した。
 はっ、とノーザは空を仰ぐ。
 そこにあったのは――――自らの頭上に浮かぶ、工事用車両。そしてその上には、赤の衣の戦士。
 彼女が、叫ぶ。

「ロードローラーよッ!!」

 アカルンの力で瞬間移動しただけのそれは、重力に引かれ。
 立ち尽くすノーザの頭上に、落ちていったのだった。






        巡り、迷う――――落ちる







 ♪~♪~♪~♪

「――――!!」

 不意に室内に響き始めたメロディに、黙りこくっていた三人は一斉に顔をあげる。音の主は、光を放ち始めたクロー
バーボックス。

「ど、どうしたの、急に」
「――――まさか!!」

 目を丸くする美希をよそに、ラブは急いでその蓋を開ける。
 そこに浮かぶ上がる、幻像、それは。

「パッション!?」

 キュアパッションの姿だった。そして、その次に映ったのが、

「ノーザ――――!!」

 ラビリンス最高幹部がほくそ笑み、彼女達の仲間と向かい合う姿。

「これって――――」
「うん。パッションとノーザ、戦ってるんだよ!!」

 幻像の中で拳を交わす二人の姿を見て、ラブは一瞬、安堵する。良かった。せつな、いなくなったんじゃなかった。
戦ってるんだ。
 だがその喜びは、次の瞬間には霧散する。パッションが苦戦していることは、すぐにわかった。その表情に、まるで
余裕が無かったから。

「行かないと!! パッションを助けに!!」
「待って、ラブ!!」

 リンクルンを掴み、変身しようとする彼女の腕を、美希が掴んで押し止めた。

「どうして止めるの、美希!!」
「落ち着きなさい!! パッションがどこで戦ってるか、わかるの!?」

 鋭い一言に、ラブは気付かされる。確かに、幻像の中の背景は、薄暗くてよく見えない。かろうじて見えるものもある
が、それだけでは、どこで戦っているかなどわかる筈もなかった。

「まずは、どこで戦ってるかをはっきりさせないと」
「でも、パッションが――――せつなが!!」

 冷静な親友の言葉に、耐え切れずラブはそう叫ぶ。
 頭では、勿論、彼女が正しいと分かっている。けれど、体が――――心が、一刻も早く彼女の元へ向かいたいと突き
動かしてくるのだ。
 そしてそれは、美希も同じなのだろう。ラブに構わず、必死になってどこかを探ろうと覗き込んでいる彼女は、とても
厳しい表情を浮かべている。唇を強く噛んでいるのは、内からの衝動を押さえ込もうと必死になっているからか。

「――――そうだ!!」

 不意に何かに気付いたかのように声を上げたのは、祈里だった。ラブと美希の驚きの視線を背に受けながら、窓を
開けてベランダへと飛び出す。そして、

「お願い、来て!!」

 空を見ながら、叫ぶ。
 どうしたの。そう二人が問いかけようとするよりも先に、空から降りてくる影が、一つ。祈里の伸ばした手の上に、バサ
バサと羽をはばたかせながら止まる。



「――――鳥?」
「そうか!!」

 祈里の肩の辺りに現れたキルンを見て、二人は、彼女が何をしようとしているのかを悟る。

「お願い、この場所を知ってたら教えて。もしわからなかったら、探すのを手伝って欲しいの!!」
「ピーヒョロロロロ」

 クローバーボックスの幻像を見た鳶は、一声鳴くと同時に、バッサバッサと祈里の手から飛び立っていく。

「なんだって!?」
「自分は知らないけれど、知っている仲間がいるかもしれないから、探しながら聞きに行ってくる。少し待っててくれ、
だって」

 キルンの力は、動物と話が出来るようになること。祈里はそれを思い出し、近くの空を飛んでいた鳶に協力を仰いだ
のだ。その鳶は、宙高くを旋回しながら、時折、鳴き声を上げる。それに応えるようにか、現れた鳥が、各方向に散ら
ばっていく。
 それを見ながら、祈里は胸の前で手を組み、額を押し付ける。早く見つけて、早くと願いながら。
 美希も同じように、きつく口をつぐみながら、ベッドに腰掛ける。その目は、微塵も動こうとしないラブに向けられていた。
 彼女は、じっと、幻像の中のパッションを凝視していた。瞬間移動を繰り返しながら、戦う彼女の姿を見て、苦しそうな
表情を浮かべる。
 その気持ちは、美希にも少し、わかった。何も言わずに、どうして行ってしまったの、せつな。
 時計が刻んだ時間は、ほんの数分程だったろう。だが彼女達にとっては、永劫と等しい程に長く感じられた。

「戻ってきた!!」

 再び祈里の手の上に止まった鳶の鳴き声に、祈里は熱心に耳を傾けている。固唾を呑んで見守る二人の前で、彼女
は大きく頷いて、

「わかったわ。ありがとう」
「ピーヒョロロロ!!」

 どういたしまして、と言わんばかりに――――あるいは本当に言ったのかもしれない――――頭を下げて、鳶は再び
空に舞い上がる。それを目で追った後、祈里はリンクルンを取り出しながら言った。

「せつなちゃんの居場所、わかったわ――――急ぎましょう!!」
「うん!!」
「ええ!!」

 力強く応えると同時に、ラブと美希の二人もリンクルンを構える。
 そして数秒の後、ラブの部屋から、三人のプリキュアが飛び出して行っただのった。




 ドーーーーーーーン ドーーン ドーン

 木霊のように響いていた地響きが、ようやく消えた。
 トン、とロードローラの上から降りて、パッションは振り返る。
 パッションが瞬間移動させたロードローラーは、自重もあってだろうか、グチャグチャに損壊していた。周りには、土の
地面を覆い隠す程、鉄骨が倒れていて。
 沈黙する、パッション。
 工事現場に、静けさが落ちた。ただ時折、先程の衝撃のせいか、パラパラと壁の外装が剥がれ落ちる音がするばかり。
激しい戦いの余韻、とでも言うべきか。

 勝った――――の?

 パッションは、自分がノーザの上に落としたロードローラーを見ながら、そう思う。

 この場所を選んだ、二つ目の理由。
 それこそが、このロードローラーだった。
 鉄骨は、目くらまし。彼女がそれに気を取られているうちに、本命であるロードローラーをノーザの上に落とし、倒す。
 それが、パッションの考えた作戦だった。

 作戦は、うまくいった。
 ロードローラーを、ノーザの上に落とすことが出来た。
 この質量が直撃したら、いくら彼女がラビリンス最高幹部だといえ。

「――――ふぅ」

 思って、パッションが肩の力を抜き、息を吐いた瞬間。

 足首に、何かが絡みつく。
 ハッとなる暇もなく、強い力で引っ張られ、パッションの体は宙に浮いた。

「え、えぇぇぇっ!?」

 目が回りそうになるほど、軽々と勢い良く振り回された後、背中から壁に叩き付けられる。

「うっ、くっ!?」

 息が止まる。それでも、何が起きたか確かめようと足首を見ると、そこには。

「――――!?」

 何かの植物のツタらしきものが、絡み付いていた。その先を目で追うと――――
 ロードローラーの下から、それは伸びていて。



「まさ、か・・・・・・」

 震える声で、そう呟いた瞬間。
 ドンッ
 ロードローラーが、弾け飛んだ。
 思わず、顔を腕でかばうパッション。粉々になった機械の部品が空を飛び、彼女の腕に、脚に、かばいきれなかった
頬に傷を付ける。
 ようやく一段落した後、彼女が目を開けると、そこには異様な物体が在った。
 どこか禍々しさを感じる茶色のツタが絡まりあって、人間一人分程の大きさの繭を作っていた。そのツタは一本一本
が木の幹と見紛うばかりに太く、そして脈打っている。いつの間にか、繭を中心として地面にビッシリと這い回っていた。
よく見れば、彼女の足首に絡み付いていたのも、そのツタの一本で。
 繭、と言ったが、よく見ればそれは、繭などではなかった。繭のような丸みを持ちつつも、てっぺんは尖っている。その
姿が、パッションにあるものを連想させた。

 それは――――蕾。

 そして、彼女の想像は、当たっていた。
 ゆっくりと、絡み合っていたツタがほぐれ、徐々に開いていく。その中から現れたのは――――

「やるわね。少し、驚いたわ」

 パッションは、その声に顔を顰める。ギリっ、と奥歯が鳴るのがわかった。

 現れたのは――――花が咲くように、蕾を開かせて現れたのは。
 ノーザ、だった。


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最終更新:2009年11月26日 22:08