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7-402

「だい・・・・・・じょう、ぶ?」

 地面に尻餅を付いて呆然とする少女に、彼女は言う。言いながら、その全身を見て、傷が無いことを確かめる。
 そして、少女の答えを待たずに、笑った。

「良かっ・・・・・・た・・・・・・」

 その笑顔、唇の端から、血が流れ落ちて、そして。

 彼女は、うつぶせに倒れこむ。
 トサッ。
 そんな、軽い音がした。地面が、彼女の服が、体が、真っ赤に染まっていく。

「うそ・・・・・・」

 少女は――――プリキュアとなった少女は、愕然とした面持ちで膝から崩れ落ちる。
 彼女の目の前で、もう一人の少女――――もう一人のプリキュアが、倒れている。
 その体を染めるのは、鮮血の赤。引き裂かれた彼女の衣、その下の白い肌が見えない程に、朱が全てを隠していて。
 少女は、何も言わない。意識を失っているのだろう。痛みを訴えることすらせず、ただ横たわるばかり。

「うそ・・・・・・うそよ・・・・・・」

 虚ろに呟いた後、ハッとなって、彼女は、その傷を塞ごうとする。これ以上、少女の体から血が零れないようにと。
 だが、その願いは虚しく、彼女の手が赤に染まり切っても、溢れ出る紅は止まらない。
 その朱は熱く、それがこぼれる程に、少女の体は冷たくなっていく。
 一滴、一滴が流れ落ちる度に、彼女の命の炎が弱まっていくのがわかって。

「うそ・・・・・・うそ、うそ、うそ・・・・・・」

 彼女は、ただ繰り返すばかり。
 その熱を、掬い取ることも出来ず。流れ出るのを抑えることも、出来ず。
 ただ。
 少女の傷痕を、その手で抑えるだけ。

「うそ、うそ、うそ・・・・・・こんなのって・・・・・・!!」

 頬を滂沱と流れる涙にも気付かぬまま、彼女は少女の傍らに佇む。
 目の前の光景を、信じたくないと思いながら。

 深い後悔に、身を苛まれながら。


 助けようと、思った。
 なのに。
 なのに、どうして。

 どうして、私を助けたの。


 どうして貴方が、倒れているの、ラブ!!


 せつな――――キュアパッションが、伸ばした手。
 キュアピーチを守ろうとして――――身代わりになろうとして、飛び出した。
 だが。
 彼女は――――ラブは、逆にせつなを突き飛ばしたのだ。

 そして。
 キュアピーチの体が、切り裂かれた。



「ラブ!!」
「ラブちゃん!!」

 駆け付けたベリーとパインの、緊迫した声が、どこか遠くに聞こえる。
 せつなは、ラブを見つめ続ける。
 紙の様に白くなった顔。紫色になった唇。真っ赤に染まってしまった、桃色の衣。今なお、傷を抑えるせつなの指の
隙間からこぼれる、彼女の血。
 ヒュイン
 彼女の体が、桃色の光に染まったかと思うと、次の瞬間、変身が解けてしまって。
 キュアピーチは、桃園ラブに戻る。
 だが彼女が負った怪我は、そのままで。

 ベリーとパインが、ラブに必死に呼びかけている。
 彼女の命を繋ぎとめようと、懸命になっている。
 だがせつなは、動くことが出来ず、ただそれを呆然と見つめていた。

 知っていたから。
 この光景を、知っていたから。

 もう。
 助からない。


 傷を抑える指が、感じとる。

 ラブの体が、冷たくなったのを。

 心臓は、止まっている。
 呼吸も、止まっている。

 知っていた。
 せつなは、これを、知っていた。


 これが死というもの。


 桃園ラブは。キュアピーチは。
 死んだ。
 もう、動かない。


 キュアベリーが、うなだれながら、地面を殴りつける。何度も、何度も。
 キュアパインは、それを止めることもせぬまま、顔を覆って泣き始める。

 そして、キュアパッションは――――せつなは。
 ただ、叫ぶ。

「イヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ――――――――――――――――――――」





        ここに あなたが いない ――――Here Without You――――







 その日の空は、黒雲に覆われていた。夕方前だと言うのに、街に落ちた影は、まるで太陽を失ってしまったかのような
錯覚を覚えさせて。
 風が吹く。冷たく、身を切り裂くような風が。その寒さに、誰もが肩をすくめ、俯き加減に歩いていた。

 彼女の――――桃園ラブの告別式は、そんな日に行われた。

 告別式の会場。ラブの体は、すでに棺の中に収められている。
 親族の集う席の中に、黒服に身を包んだ圭太郎とあゆみがいる。その隣に、せつなは座っていた。
 泣き腫らした赤い目のあゆみは、放心してしまっているのか、膝の上に手を置いて、何も言わない。圭太郎が、焼香に
来た人々が頭を下げる度に、黙礼を返す。あゆみは、それに合わせるようにしているだけ。きっと今は、何も考えられ
ないだろうから。
 そして同じことは、せつなにも言えた。
 視線を下に向けながら、時折、機械的に動くだけ。

「このたびは――――」
「いえ――――」

 お経が響く中、次から次にと訪れる弔問客。その多さはそのまま、ラブという少女がどれだけ愛されていたかの証。
商店街中の人間が集まってきたかのようにすら思える。

「ク――――ゥッ――――ック」

 不意に聞こえてきた泣き声に、せつなは顔を上げる。クラスメイトであろう少女達の嗚咽の中に、一つだけ混じる、
少年の泣き声。

「なんで――――なんで逝っちまうんだよ、ラブ!!」

 彼女の棺の前。
 滂沱と溢れる涙を隠そうともせず、声を詰まらせながらそう言ったのは、大輔だった。

「なんでお前が――――!!」
「大輔。もう、それぐらいにしとけって」
「気持ちはわかりますけれど、御家族の皆さんもいらっしゃるんですから」

 背中を裕喜と健人に押されて、大輔はその場を離れる。彼が立っていた足元の地面には、涙の跡が残っていて。
 せつなはまた、目を伏せる。
 本当に――――本当にラブは、たくさんの人に好かれていたんだ。

「おじさま、おばさま」
「こんにちは」
「やぁ、美希ちゃん、祈里ちゃん」

 ビクッ。
 圭太郎が口にした名前に、せつなは体を硬直させる。顔を上げることが出来ないせつなの視界に入ってくる、二組の
黒いローファー。

「――――せつな」
「せつなちゃん」

 呼ぶ声は、少し硬かったけれど、優しさは確かにあって。だがそれでも、せつなは、二人の顔を見ることが出来ない。
ただじっと、その足元だけを見ている。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 三人の間に、ぎこちない沈黙が落ちる。そうさせているのが自分だと、せつなは分かっていた。
 分かっていて、何もすることが出来なかった。いや。
 しようとしなかった。



「せつな――――」

 重い静けさを破ったのは、美希だった。彼女の名前を呼んで、一つ、息を吐いて。

「こんなこと言うのはずるいかもしれないけれど。早く、立ち直って」
「――――うん、そうだよ。わたしたち、待ってるから」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 せつなは、何も答えない。
 そんな彼女に、二人は背を向けて立ち去っていく。
 結局せつなは、目の前に来た二人の顔を見なかった。見れなかった。ただ、二人の靴を見ながら、二人の声を聞いて
いただけ。
 何も答えないままに。

 カタン ドサッ

 音がして、そちらに目を向ける。
 そこには、

「――――――――」

 力が抜けてしまったのだろうか。ラブの棺に触れながら、へたりこんでしまった美希がいた。

「美希ちゃん――――」

 心配そうな祈里の視線にも気付かぬまま、美希は動かない。時折、鼻をすする音が聞こえるだけ。でも、それでせつ
なはわかった。
 彼女も、泣いている。声を上げず、静かに――――ただ静かに。
 その顔を覗き込んだ祈里が、つられるように涙を目から溢れさせて。

 せつなはそんな二人の、背中を。
 見続けることが出来ず、そっと、足元に視線を戻した。



 ふと気が付けば、せつなは一人、歩いていた。
 どこをどうしていたのか、記憶が無い。ただ、一人で、木々の中の道を歩いていた。
 相変わらず、灰色の空。火葬場の隣に森があったから、そこに来たのかもしれない。
 今頃、少女の細く華奢な、けれども元気のたっぷり詰まっていた体は、炎に焼かれている。



 あれから、どれだけの時間が経ったのか、せつなには判らなかった。
 昨日のことのようにも思えるし、一週間ぐらい経っているかもしれなかった。
 それすら数えられなくなるほど、彼女の心は凍り付いてしまっていた。

 彼女――――ラブの死は、通り魔の犯行ということになった。
 せつなを守ろうとして、その凶刃にかかったのだと。なにしろ、彼女がプリキュアだったことは、秘密になっていたから。

 あれ以来、あゆみはすっかり塞ぎこんでしまっていた。何も言わず、ぼんやりとリビングのソファに座ったまま。お通夜や
告別式の手配は全て、圭太郎がしたものだった。

 せつなもまた、部屋に閉じこもっていた。
 誰とも会わず、御飯も口にせず、ずっとベッドに寝転がっていた。心配したクラスメイトからのメールや電話はもちろん、
近くに住む子が家に来ても、何も返事をしようとしなかった。



 一度だけ、タルトとシフォンを美希と祈里が預かりにきた時だけ、

「お願いね」

 扉越しに話しかけてきた二人に、そう返した。
 それだけなのに、声が喉に絡んだ。
 もう随分と口を開いたことが無いような気がした。そんなこと、あるはずはないのだけれど。


 ゆっくりと歩いていた彼女が、立ち止まる。
 足元には、コロコロと転がってきたドングリが一つ。
 それだけで、思い出してしまう。
 彼女との思い出を。

 共に過ごしたのは、ほんの数ヶ月。
 なのに、たくさんの思い出が心に刻み込まれている。
 そしてそれは、自動的に蘇る。
 このドングリは、あの時のドングリと違っているのに。
 記憶は想像を生み、やがてそれは連なって。
 自分に向けられた笑顔が、浮かび上がる。
 耳元に、声が聞こえてくる。

『いっぱい拾いたくて、皆で夢中になって歩き回っていたの』
『宝物探しみたいで、すっごく楽しかったんだぁ』
『だから、宝物なんだって』

 笑っていた。
 はしゃいでいた。
 怒ったり。
 泣いたり。
 喧嘩をしたり。
 仲直りしたり。



 そんなことは、二度と出来ない。
 ラブは、もう、いない。



 最後だよ。そう圭太郎に言われて、棺の中を覗きこんだ。
 薄く化粧を施されたラブは――――いっぱいの花の中で、まるで眠っているかのように目を閉じている、ラブは。
 穏やかに、微笑んでいた。
 最後の瞬間、苦痛を覚えていた筈なのに、何故か満足そうに。
 微笑んでいたのだ。



 せつなは、立ち止まる。
 どうして、と心の中で呟く。
 どうして、そんなにも穏やかに笑って逝ってしまったの。

 皆、悲しんでる。
 ラブがいなくなったことを、悲しんでる。
 苦しいと思ってる。

 皆、皆、皆。

 皆が貴方を、愛していたのに。



 あゆみはまだ、ラブの部屋に入れないことを、せつなは知っている。
 気丈に振舞っている圭太郎が、深夜、呑み慣れない御酒をたくさんあおって、一人で泣いていたのを、せつなは知って
いる。


 皆が、悲しんでるの。貴方がいないことを、悲しんでるの。

 どうして。

 どうして、私じゃないんだろう。
 死んだのが、私じゃなかったんだろう。


 思いながら、せつなは天を仰ぐ。
 ポツン、と彼女の鼻の頭に、水滴が落ちてきて、跳ねた。
 程なく、曇天の空から、ポツポツと雨が降り出す。

 それはまるで、この世界までもが、ラブという少女の死を悼んでいるかのようだった。

















「せつな!! せつな!!」

 必死に呼びかける、ラブ――――キュアピーチ。
 揺り動かされて、しかし、せつな――――キュアパッションは、目を閉じたまま、開けない。
 死んでいる、わけではない。確かに、ソレワターセの攻撃からピーチを庇い、彼女は傷を負った。だがそれは軽症
だったし、何より、ドクン、ドクンという鼓動が、確かに彼女から感じ取ることが出来た。
 けれども。
 その顔色は、青白く、血の気がまるで感じられない。そして時折、うなされている。

「ピーチ!!」
「パッション!!」
「ベリー、パイン!! せつなが――――せつなが!!」

 駆けつけてきたベリーとパインに、ピーチはすがりつく。

「落ち着いて、ピーチ。パッションが、どうしたの?」
「目を――――目を、覚まさないの!!」
「当然よ。覚めない夢の中にいるのだから」

 ハッ、と顔を上げる三人の少女達。その声の主、ノーザは腕を組んで、彼女達を見下ろすようにしながら、薄い笑みを
浮かべている。



「どういうこと!?」
「簡単なことよ――――以前に、サウラー君が似たようなナケワメーケを生み出したことがあったと思うけれど。たしか、
戻りたいと思う記憶の世界に送り込まれ、目覚めることのない眠りにつく――――そんな能力だったかしら」
「――――!!」

 それを聞いて、ラブは思い出す。写真館のカメラに憑依したナケワメーケの力で、ラブは記憶の中の過去に戻り、
祖父・源吉と出会った。幸い、その時は、戻ってくることが出来たが・・・・・・

「まさか、せつなも!?」
「ええ、そうよ。ただし、私はサウラー君ほど、甘くはないの」
「何が!?」
「せつなちゃんが見ているのは、とってもとっても、不幸な夢。彼女が一番、恐れていることが起きているはずよ、夢の
中ではね」

 ノーザの言葉に、ピーチは自分の胸の中のパッションを見る。確かにそれは、苦痛の表情。
 何が起きているのかは、わからない。ただ、最低な夢を見ているだろうことだけはわかる。

「どうしてこんなこと!!」

 珍しくパインが、怒りに声を震わせながら叫ぶ。それだけ、パッションの表情が苦しそうなものだったのだ。
 が、ノーザは嫣然とした表情で答えた。

「決まってるわ。不幸になってもらう方が、私が楽しめる」
「――――!!」
「楽しみだわ。せつなちゃんの不幸を、たっぷりと味わえるんですもの」

 舌なめずりをせんばかりの彼女の言葉に、耐え切れずベリーとパインが腰を浮かせる。ピーチも、パッションの体を
抱きしめたまま、キッとノーザを睨みつけて。

「まぁ、けれど」

 そのまま飛びかかろうとする二人、だがそれを抑えるように、彼女が機先を制す。

「解放してあげてもいいのよ。貴方達の大事な大事な、せつなちゃんを」
「だったら、今すぐに――――」
「ただし」

 ベリーの言葉を遮るノーザの声が、静けさを切り裂いて。
 一瞬、息を呑む三人の少女。その間に、キュアパッションに傷を負わせたソレワターセが、体をうねらせながら、
ノーザの背後に回る。

「ただし――――貴方達が、インフィニティを渡したらよ」
「な――――!!」

 言葉を失うプリキュア達の様子に、満足そうな表情を浮かべた彼女は、そして、言った。

「タイムリミットは、明日の夕方まで――――それまでに決めなさい。仲間と、インフィニティ。どちらを選ぶのかをね」


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最終更新:2009年12月02日 06:32