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「フフ――――素敵ね」

 含み笑いを浮かべながら、ノーザはFUKOの溜まったゲージを見上げる。その上には、ソレワターセの姿が。捻じれ
た木の根のような姿、そこからこぼれ落ちる雫。
 それは、東せつなのFUKO。夢に囚われし少女の、絶望の涙。

「人の不幸は蜜の味――――貴方の不幸、とても美味しそうね」

 唇を人差指でなぞりながら、悦楽の笑みを彼女は浮かべる。今にも舌なめずりをしそうなノーザの姿に、隠れて様
子を見ていたウエスターは怖気づく。

「やっぱ怖いな、あの人……」
「ノーザさん、でしょう」

 思わず漏らした独り言に、声が鞭となって飛んでくる。気付かれていたことに驚き、ビクッ、と体をすくませる彼をよ
そに、サウラーは堂々と姿を現した。

「ノーザさん。少し、聞きたいことがあるんですが」
「あら。なぁに、サウラー君」
「イースのことです」

 言いながら、彼はソレワターセの姿を見上げる。ゲージの上に張り付き、FUKOの雫を落とし続けるその姿に目を
やりながら、サウラーはノーザに尋ねる。

「どうして、あんなことを?」
「あんなこと、って?」
「イースを、夢の世界に捕まえていることです」

 それは、とても胡乱な選択のように思えた。インフィニティと引き換えにする為の人質ということだったが――――

「倒しておいた方が良かったんじゃないでしょうか」
「フフ――――サウラー君は、昔の仲間にひどいことを言うのね」

 笑いながら言うノーザの言葉に、反論しようとしたサウラーは、しかし。

「私も思うのよ。これじゃ、優し過ぎるんじゃないかって。前の私なら、問答無用に命を奪ってたでしょうに――――
少し、こちらの世界のぬるさに慣れてしまったのかしら」

 ポン、と彼の肩に手を置いた彼女の瞳が、少しも笑っていないことに気付いて戦慄する。
 嘘だ。そう、サウラーは直感した。彼女が言っていることは、嘘だ。
 優しさなんかじゃない。それは――――怒りだ。ノーザは、東せつなに怒りを覚えている。

「ま、あれでも昔は、メビウス様に仕えていたしもべですもの。少しぐらいの情けをかけてあげるのも、仕方ないわよね」

 空々しい、とサウラーは思う。
 彼女を生かしているのは、単にそのFUKOを味わいたいだけではないか。殺してしまっては、彼女からFUKOを絞り
とれないからではないか。

「心配しなくても、あの子がソレワターセから解放されることは無いわ――――プリキュア、キュアパッションは、倒
したも同然。後は――――インフィニティを手に入れるだけ、ね」

 そう言いながら去っていくノーザの背中を、彼は振り返って見送る。
 FUKOのゲージを集めることに、異論は無い。そのために、非道な手段を取ることにも。
 だがそれでも。
 最高幹部ノーザの見せた闇の深さに、サウラーは、言いようもしれない恐怖を覚えたのだった。




      あなたの側に 寄り添いて   ――――Ghost――――





「長老、なんでこっちの世界に来とりますねん!!」

 驚きの声を上げるタルトをよそに、チョコチョコと足を運んで部屋の真ん中に来ると同時に、少女達の顔を見回す。
そして、

「改めて、ボンジュール、マドモワゼール。ご機嫌、いかがですかー?」
「え? あ、ああ……」
「ど、どうも……」

 戸惑う美希と祈里の姿に、長老は少し不満げな顔を見せる。ラブはといえば、せつなの手を握りながら、唖然
とするばかり。

「んー、おかしいなぁ。これでつかみはバッチリやと思うとったんやけど」
「長老!!」

 さっくりと無視されたタルトの怒鳴り声に、さすがに彼も振り返る。

「なんや、タルト。うるさいで。近所迷惑や」
「~~~~!!」

 蔑むような彼の視線に、プルプルと肩を震わせるタルトだったが、その堪忍袋の緒が切れそうになった瞬間、

「冗談はさておき――――なんや大変なことが起こってるみたいやな」

 長老は真顔に戻ってベッドの上に飛び上がり、せつなの顔を覗き込む。肩すかしをくらったタルトがずっこけるのを
見て、シフォンが不思議そうに首を傾げた。

「それで? とにかく、詳しい話を聞かせてもらおか」
「――――実は」

 長老の言葉に、美希が説明を始める。
 せつなが一人で抜け出してノーザと戦ったこと。それに気付いた自分達が彼女達の元へと急いだこと。だが、
キュアパッションに変身した彼女が、ソレワターセに傷つけられ、悪夢の世界に囚われて目を覚まさなくなったこ
と――――
 その話を黙って聞いていたラブが、一際辛そうな表情を浮かべて、ギュッ、とせつなの手を握る。苦しそうな彼女
の吐息は、しかし、おさまることがなく。

「なるほどな。夢の世界か」

 太い眉の向こうの知的な目を、うなされるせつなに向けながら、長老は自らの髭を撫でる。

「それで、長老さんは、どうしてこっちの世界に?」
「一言で言えば、悪い予感がしたからやな」

 祈里の手を借りてベッドから降りながら、長老はそう言った。

「なんや、プリキュアの身に悪いことが起こっとる、そんな気がしたさかい、ここに来たんや」

 彼は一つ、深いため息をついて、続ける。

「けどまさか、こないなことになっとるとは思うとらんかったけれどな」
「…………」

 美希と祈里、そしてタルトが、目を伏せる。ラブとシフォンは、変わらずせつなのことを心配そうに眺めていて。
 重い、空気。長老は、ゆっくりと一人一人の顔を見回して、おもむろに口を広げる。

「キュアパッションはんを助ける手段、ないわけやないで」


「――――!!」

 その言葉に真っ先に反応したのは、ラブだった。バッと彼に向き直り、

「ホントに!? ホントに、せつなを助けられるの!?」

 そのまま押し迫る。鬼気すら漂う彼女の表情に臆することなく、長老は重々しく頷いて見せた。

「ああ。出来んで」
「だったら――――」
「ただし!!」

 ガッ、と彼は手に持っていた杖を、ラブの鼻先に突きつけた。驚く彼女を、眼光鋭く睨みながら、彼は続ける。

「危険な賭けや――――あるいはあんさんの命が危ないかもしれん。それでもええんか?」
「構わないよ!!」

 間断の隙もなく、ラブはそう答えた。そしてそれは、彼女の本心でもあった。
 せつなを助ける為なら、どんなことをしたって。

「ちょっと、ラブ!! 勝手に決めないで!!」

 慌てたのは、美希だった。冗談じゃない、と思う。せつなもラブも、お互いを大事に思うのはいいが、もう少し自分を
大切にしてもらわないと困る。心配する側のことも、考えて欲しい。

「長老さん。その方法って――――いったい、どんなことなの?」

 祈里の言葉に、長老はタルトに目を向けた。

「タルト。すまんが、クローバーボックスを持ってきてくれんか」
「クローバーボックスを? なにに使うつもりなんや?」
「ええから、さっさと持ってきぃや。話、続けられへんやないか」

 普段の飄々とした態度をかなぐり捨て、厳しい表情を見せる長老の言葉に、タルトは首を傾げながらも言う通りに
する。

「持ってきたで、長老はん」
「そしたらまず、それをこっちに置いてくれんか」

 長老が杖で指し示したのは、せつなの枕元だった。そこにタルトが置いたのを見てから、再びグルリと長老は少女
達を見回す。

「ほな、そろそろ話そか。パッションはんを助ける為の方法を」

 ラブが、美希が、祈里が。
 ゴクリとつばを飲み込み、緊張の面持ちで彼の言葉に耳を傾ける。
 一度、長老は目をつぶる。深く考え込むのは、本当に、自分が取ろうとしている方法が正しいのかどうか、ということ。
賭け、と言った通り、危険な方法なのだ。
 しかし――――他に方法は、無かった。正しいか否か、ではなく、それ以外に選択肢が無いのだ。
 だから、意を決して、長老は目を開ける。
 そして、言った。

「パッションはんを助けるその方法は――――夢の世界に行って、パッションはんを目覚めさせることや」



「夢の――――」
「世界――――?」

 怪訝そうな顔をする美希と祈里。ラブはただ、真っ直ぐに長老を見つめ続ける。

「せや。わしの魔法と、クローバーボックスの力で、誰かを夢の世界に送り込む。そこでおそらく、パッションはんは
苦しんではることやろ。なんせ、一番、恐れてる夢を見てるゆうこっちゃからな。せやから、それを助けて、パッション
はんに目を覚ましてもらうんや」
「せつなちゃんを、夢の世界で助けて、目を覚ましてもらう?」

 首を傾げる祈里に、長老はせつなの顔を横眼で見ながら答えた。

「ソレワターセの力が働いてて、わしらの声は夢の世界のパッションはんに届いとらん。やから、中に入り込んで、
呼び掛けるんや」
「けど、それってすごく危険なんじゃ」
「もちろん、危険や。そもそもがソレワターセの作りだした世界や。どんなことが待ち受けてるかもわからへんし――――」
「なんでもいいよ」

 話の腰を折るように、そう強気に言い放ったのは、ラブだった。厳しい顔のまま、彼女は続ける。

「せつなを助けられるなら、なんでもいい」
「ラブちゃん……」

 彼女の想いの深さを感じながらも、祈里は少し、不安になる。幼馴染のラブが、こんなに切羽詰まった表情を見せ
るのは、初めてな気がした。それだけ、せつなのことを大事に思っているからだろうけれど――――でも――――

「ちょっと待って」

 何かに気付いたように声を上げる美希に、長老は目を向ける。顎に手を当てて、冷静に考えを巡らせていた彼女
は、彼の言葉の中にひっかかりを覚えたのだ。

「今、誰か、って言ったわよね――――皆、ではないの?」
「――――せや。夢の世界に行けるんは、一人だけ。それが限界なんや」

 やっぱりか、と美希は思う。そして、次に起ることも、想像がついた。

「アタシが行くよ」

 ほら、やっぱり。心の中でため息をつきながら、美希はそう言ったラブへと顔を向けた。その瞳には、強い意志の光。

「ラブちゃん……」
「ごめん、ブッキー。それに美希。わがままだけど、アタシに行かせて」

 止めようとする祈里の言葉に、だが、ラブは頑なな拒絶を示す。決して、これは譲れないとばかりに。
 心配そうにする彼女が、救いを求めるようにこちらを見てきているのを感じながら、美希は口を開いた。

「ホント、わがままね、ラブ」
「……ごめん……けど」
「わかってる。そう言うと思ってたわ」
「美希ちゃん!?」

 驚きの声をあげる祈里に向けて、美希は首を横に振って見せる。そして、力なく笑った。
 ラブが、せつなのことをとても大事に思っていることは、前からわかっていた。それこそ、彼女がラブを騙そうとして
近づいてきていた頃から。
 そんな彼女がいたからこそ、せつなは、イースとしての自分を捨て、キュアパッションとして生まれ変わることが出
来たのだ。
 互いに、互いを大切に思いあう。そこには、確かな絆があった。
 自分や、祈里では入り込めない程の、強く太い絆が。
 危険が待ち受けている賭けだというのならば、一番、大切に思われてる者が行くのがいい。


「けれど、約束して、ラブ」
「約束?」
「絶対に、二人で帰ってくるのよ。ラブだけでも、せつなだけでもない。二人で戻ってきなさい――――いいわね?」
「――――うん。わかった」

 深く頷くラブに、美希は頷き返す。
 そう言っていても、きっとラブは、せつなを助けるためになら、身を投げ出してしまうだろうと容易に想像がつく。それ
がわかっているからこそ、隣の祈里は、不安を隠せないでいるのだろう。

「ブッキー」
「…………」
「今は、ラブとせつなを信じましょう」

 そう。
 信じるしかない。希望の光は、決して消えたりはしないということを。


「ほな、始めよか」

 長老の言葉に、せつなの隣に横になったラブは、ゆっくりと頷く。その左手は、せつなの右の手を掴んでいて。

「せつな……」

 眠り続ける彼女。いまだ、うなされている。どんな悪夢を見ているのだろう。
 どんな不幸に、囚われているのだろう。

「助けるから。絶対に」

 決意と共に、小さくラブは呟く。必ず、助ける。助けてみせる。


 長老が、おもむろに呪文を唱え始めるのをきっかけに、ラブはゆっくりと目を閉じた。
 世界が暗闇に包まれたと思った瞬間、閃光が走ったのを感じた。
 それが、クローバーボックスの放った光だとは気付かぬまま、彼女は。
 夢の世界へと、いざなわれていった。



 目を開けると、薄暗く灰色の世界が広がっていた。

「ここ、って……」

 辺りを見回す。どこかセピア色に包まれてはいるが、確かに、四ツ葉町の一角だった。
 だが、見覚えはあるのだが、ここがどこかすぐに思い出せない。あまり来たことのない所、だとしか。
 空を見上げれば、黒雲が広がっている。今にも泣き出しそうな雰囲気に、ラブは眉を曇らせた。
 せつな。これが、せつなの夢の中の世界なの?
 一人、心の中で呟く。どんよりとして、冷たくて。
 ただ、いるだけで悲しくなってしまうような。
 そうだ。せつな。
 我に返り、視線を下した瞬間、彼女は彼を見つけた。

「お父さん!?」


 俯きながら、こちらに向かって歩いてくる圭太郎の姿に、ラブは思わず声を上げる。
 が。

「お父さん――――? お父さんってば」

 彼は、気付いた素振りすら見せぬまま、歩みを止めようとしない。
 無視されたことに戸惑いながら、ラブが、向かってくる圭太郎の肩に触れようとした瞬間。

 スッ

「――――え?」

 彼女の手は、彼の体をすり抜ける。圭太郎は、何事もなかったかのように歩き続けていて。

「お、お父さん!?」

 慌てて駆け寄って、もう一度、肩を叩こうとするが、結果は同じで。

「――――どういうこと?」

 唖然とするラブに気付かぬまま、圭太郎は歩き続ける。そして彼は、一つの建物の門をくぐって行った。驚きつつも
後を追うラブは、それがお寺だということに気付く。

「ここって……」

 ようやく、ラブは思い出す。ここは、彼女の祖父、源吉が眠る墓のある寺だ。一年に一回、お盆の季節に、圭太郎や
あゆみに連れられてここに来ていた。今年は、せつなも一緒に来て、お墓のことを教えてあげたのだが……
 圭太郎は、事務所で花と線香を買った後、墓地へと向かう。その後を追ったラブは、事務所の人にも触れてみたけ
れど、やはり、すり抜けてしまって。
 得体のしれない不安に苛まれながら、ラブは歩く。頭の片隅に浮かぶ、恐ろしい想像。
 だが。
 圭太郎が、源吉の墓の隣に建てられた小さな墓に手を合わせて。
 こらえきれなかったのか、その頬を涙がこぼれて。
 そして。

「ラブ……」

 名を呼んだ時に、確信に変わる。


「ここ……もしかして、この世界って……」

 瞳を揺らしながら、彼女は呟く。

「アタシ、この世界では――――死んでるの――――?」


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最終更新:2009年12月06日 17:39