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7-806

「そろそろ時間のようね」

 少しずつ満たされるFUKOのゲージを、含み笑いを浮かべながら見ていたノーザが、時計を見ておもむろに言う。それを合図にしたかのように、ウエスターとサウラーが立ち上がった。

「さ、行きましょう。インフィニティを手に入れに」

 ノーザの言葉と共に、彼女の前の空間が歪み、暗闇のトンネルが現れた。空間を超越する為のその道を、三人は並んで通る。その行き着く先を、サウラーが尋ねた。

「どこで、約束を?」
「この前、私とキュアパッションが戦った場所よ」

 誰の目にもつかない、ちょうどいい場所だったから。そう言うと同時に、彼女達の目の前に光が広がって。
 トンネルを抜けた先、戦いの傷跡も生々しいその工事現場跡には、一人の少女が立っていた。

「おまえは……」

 ノーザは、薄い笑みを浮かべる。そこにいたのは、輝く太陽のような金の色の髪を持つ少女。
 キュアピーチ、だった。

「やはり、お前が」

 呟きながら、ノーザは笑う。それは、彼女の予想通りだったから。三人の中で、もっともキュアパッション――――せつなを大切に思っているのは、彼女だ。
 だが、キュアピーチの手の中に、インフィニティは――――
 無かった。

「……どういうことかしら?」

 低い声で、ノーザは問いかける。キュアピーチが、落ち着き払った様子で、尋ね返す。

「どういうことって、何のこと?」

 ほう。ノーザは思わず、心の中で感嘆の声を挙げる。彼女が投げかけた鋭い視線と、まるで怯えた様子を見せなかったことに。まるで、大地に根を生やしたかのようにどっしりと構えるその様子は、ノーザに警戒心を呼び起こさせる。

「インフィニティよ。持って来ることが、イースを解放する条件だったはずだけど」
「見ての通りよ。持ってきてないわ」

 その答えに、腰を沈め、跳びかかろうとするウエスターを、ノーザは手で抑える。

「――――!! ノーザさん!!」
「黙ってて」

 鋭い一瞥を、彼女は彼に向けた。ぐ、と言葉を飲み込むウエスターをよそに、ノーザはゆっくりと彼女に近付いていく。

「あらあら。やっぱりインフィニティの方が、仲間より大事だった、ということね」

 彼女の歩みに合わせて、ピーチも動く。円を描くように。

「残念だわ。貴方達の絆の強さ、その程度だったなんて」

 動揺を誘おうと、高慢な言葉を投げかけながらも、ノーザはじっと彼女を見つめている。一体、キュアピーチが何を企んでいるのか、それを見抜こうとして。
 だが、ピーチは、ノーザの言葉にも表情を揺るがさない。押し黙ったまま、距離を保ち続ける。

「イースが――――いえ、せつなちゃんがこれを知ったら、なんて言うかしら? たとえ夢から覚めたとしても、現実の方がひどかったりして。まぁ、あの子にはお似合いかもしれないわ。裏切った者が、今度は裏切られるわけだから」
「そんな風に、言わないで」

 愚弄する言葉を重ねるノーザに、とうとうピーチは口を開き、歩みを止めた。
 かかったか。思いながら、彼女は腰に手を置き、冷たい笑みを浮かべる。

「本当のことよ。それに、ここに来たのが貴方一人だとはね。思ったよりも、プリキュアというのは、薄情なのね――――まぁ、いいわ。守られなかった約束の罰は、受けてもらう――――イースは返さない」

 彼女の台詞と同時に、ドン、と地面が大きく揺れた。たたらを踏むピーチの視界に飛び込んできたのは、浮かび上がるノーザの姿と、その背後に現れたソレワターセ。

「さぁ。最後の別れを告げなさい。とこしえの夢に囚われ、二度と目覚めることなく、不幸を我らに捧げるイース――――東せつなにね」
「いいえ。別れなんて告げない」

 彼女の言葉に、しかし、ピーチはゆっくりと――――だが力強く、首を横に振った。
 まただ。ノーザは違和感を覚える。一体、何だというのだ。彼女のこの強い眼差しは。絶望を感じさせない瞳の光は。

「どういうこと――――?」
「だって――――キュアパッションは――――もう、目覚めているもの!!」
「その通りよ!!」

 その場に響く、力強い声。はっと辺りを見回すノーザ、ウエスター、そしてサウラー。三人の視線が、吸い込まれるように一点に向かって。
 赤と黒の衣を身にまとい。桃色の長い髪をたなびかせ。羽の着いた飾りをつけた、少女が。
 彼女達を見下すようにして、屋根の上に立っていた。

「真っ赤なハートは幸せのあかし!! うれたてフレッシュ、キュアパッション!!」
「――――バカなっ!?」

 名乗りを上げた彼女の声に、ノーザは驚きの声を上げる。
 一体、いつの間に、抜け出した!? どうやって、抜け出したというのだ!?

「キュアパッションが自分で目を覚ましたなら、シフォンちゃんを連れてくる必要は、ないもんね」

 呆然とする彼女に追い打ちをかけるような、ピーチの言葉。くっ、と唇を噛み、ノーザは言い放つ。

「えぇい、お前達!! プリキュアを、倒しなさい!!」

 その号令がかかるやいなや、ウエスターとサウラーが飛び出していく。彼らを迎え撃つのは、キュアピーチとキュアパッション。

 そして、戦いの火ぶたが切って落とされたのだった。






        偽りの、少女 ――――Fake――――




 彼女が目を覚ますと、部屋の中は真っ暗だった。今が何時かは、わからない。ただ、夜としか。
 せつなはゆっくりと起き上がる。流した涙のせいか、目が少し痛い。こすりながら、彼女は部屋を出る。しんと静まった廊下。喉を潤そうと、彼女は階段を降りて行く。
 いや、降りて行こうとした。
 だが、階下のリビングから光が溢れていることに気付いて、せつなは足を止める。
 誰がいるか、なんて、わかりきっている。
 わかりきっているから、彼女は。
 足音を殺し、そっと、自分の部屋に戻る。戻って、また、ベッドに身を横たえる。電気もつけないまま。

 どれぐらい、お母さん達の顔を見ていないだろう。
 ぼんやりと霧がかかったような頭で、せつなは考える。
 わからない。わからなくなっている。何だかその輪郭も、思い出せなくなってきているような――――
 お父さん。お母さん。そう呟こうとして、せつなは言葉に詰まる。

 ダメ。私はもう、そんな風に呼べない。

 ラブが死んだのは、私のせい。
 私が生きているのは、ラブが身代りになってくれたから。
 私がいなければ、ラブが死ぬことはなかった。お母さんが、泣き続けることも無かった。

 ああ。やっぱり。
 イースとして、ラビリンスに生まれた私が。
 この世界の人達に、たくさんのFUKOをもたらし、幸せを奪ってきた私が。
 許される筈が無かったんだ。

 だから、ほら。
 罰が当たった。
 大切なラブは、いなくなった。
 大好きなお父さん、お母さんも、悲しんでいる。ラブを失って、悲しんでる。

 生まれ変わるべきじゃなかった。
 イースのまま、死んでおけば良かった。

 そうすれば、ラブが死ぬことはなかった。
 お父さんもお母さんも、悲しまずにすんだ。

 幸せを司るプリキュア、キュアパッション。
 これまで皆をFUKOにした分だけ、皆を幸せにしようと思った。
 けれど、一番身近で、一番大切な人を、幸せに出来ないなんて――――!!

 ごめんなさい。お父さん。お母さん。
 ごめんなさい。ラブ。

 やっぱり私は。
 皆の幸せを、奪ってしまった。

 あの時、思った通り。

 私は幸せになってはいけなかった。
 幸せを、望んではいけなかった――――




 声を殺し、泣き始めるせつなの姿を、ラブは部屋の隅から見つめていた。
 胸が、痛い。悲しみに、心が傷付けられる。
 彼女が何を考えているかは、わからない。
 けれど、苦しんでいるのは、わかる。

 こんなに側にいるのに。アタシには、せつなが見えているのに。
 触れられない。気付いてもらえない。
 とても――――とても、辛くて。

 近付こうとして、ラブは、ぐっとこらえた。
 せつなに近寄れば、きっと、触れたくなる。抱きしめてしまいたくなる。
 アタシはここにいるよ。そう伝えたくなる。

 けれど、それは長老から預かった力を使うということ。

 間違い――――ではないと、ラブは思う。
 それは決して、誤った選択では。
 けれど。

 それでいいのかな?

 素朴な疑問を、ラブは抱く。

 たった二回しかないその接触で、せつなを目覚めさせることが出来るだろうか。
 今の傷ついた彼女を、癒すことが出来るだろうか。

 わからなかった。自信が無かった。
 ラブは、せつなを見る。泣きながら塞ぎ込む彼女に、自分が触れたとしても、幻としか思ってもらえないような気がして。
 何よりも。

 それでせつなが、幸せになれると――――悪夢から目覚めると、思えなかったのだ。

 ねぇ。せつな。
 せつなは、アタシがいることが幸せなの?

 アタシがいないと、幸せになれないの?

 そう思ってくれること、嬉しいよ。
 けど、それは違う気がする。


 ラブは、ギュッと拳を握り、彼女から――――せつなから、目を離す。
 これ以上、ここにいたら、誘惑に負けてしまいそう。せつなに触れてしまいそう。
 だから、彼女は、ラブは。
 閉まったままのドアをすり抜けて、廊下へと出た。
 とても、後ろ髪を引かれたけれど、彼女が振り向くことは無かったのだった。



「お母さん」

 リビングのあゆみの姿を見て、ラブは悲しくなる。
 あんなにも明るかった母親が、これほどまでに落ち込んでいるのだから。
 彼女の手の中には、ピンクのハートが繋がったブレスレット。それは、娘の為にとあゆみが作ったもの。

「お母さん」

 もう一度、ラブは呼び掛ける。聞こえていないことは百も承知の上で、それでも呼ばずにはいられなかった。
 元気を出して。お母さん。

「――――」

 不意に。
 あゆみが顔を上げて、ラブの方を見た。
 え? と思う間もなく、立ち上がり、彼女へと近付いてきて。

「――――!!」

 驚くラブに近付き、そして――――
 その体を、すり抜けていった。何事も無かったかのように。

「――――ふぅ」

 ビックリした、とラブは呟く。気付かれたのかと思ったから。いや、気付かれたのであればいいが、長老からの力を無意識に使ってしまっていたのかと焦ったのだ。
 あゆみはといえば、当然、そんな彼女のことに気付きもしないまま、リビングの隅の棚の中から、アルバムを取り出した。そのまま元の場所に戻り、ゆっくりとそれを開く。
 何を見ているのだろう。そう思って、後ろから覗き込んだラブは、

「――――――――!!」

 また、驚かされる。
 そこに写っていたのは、幼い頃の彼女自身の姿だったから。

 産まれたばかりの赤ん坊を抱いて、疲労困憊、だけどとても嬉しそうな笑顔のあゆみ。
 その彼女が撮ったのだろうか、男泣きに泣いている圭太郎。
 次の写真にはもう、美希と祈里の姿があった。あゆみとレミ、尚子も一緒に写っている。彼女達三人も、娘が産まれるずっと前から仲が良かったらしいから、不思議では無かった。

 少しずつ、アルバムの中の彼女は成長していく。
 一つ一つ、年を重ねて行く。

 畳職人の祖父、源吉と共に夏祭りに出かけた時の写真があった。
 美希や祈里と共に、両手いっぱいのドングリを持って笑っている写真があった。
 泣き虫カズちゃんこと、美希の弟、和希と四人で公園で遊んでいる写真があった。

 ゆっくり、ゆっくりと、あゆみはページをめくる。
 その一枚一枚が、彼女の記憶を蘇らせているのだろう。
 ラブも、彼女の隣に座り、同じように懐かしんで――――時には、少し恥ずかしい写真もあったけれど。

 やがて、写真の中のラブは小学生になった。その背のランドセルは、まだ幼い彼女には大きかったけれど、でも、とても誇らしい笑顔をしていた。
 運動会では、競走はいまいち得意じゃなかったけれど、皆でするマスゲームのダンスは大好きだった。だからだろう。駆けている写真よりも、踊っている時の写真の方が多かった。
 卒業式では、離れ離れになる美希や祈里と共に、卒業証書片手に大泣きをしていた。その後ろでは、困ったように笑う三人の母の姿があった。

 一冊が終われば、すぐ次の一冊を持ってきて。
 あゆみと共に、ラブは、過去を旅する。自分の歩んできた道を、振り返る。

 中学の入学式。また一緒だった大輔と睨みあっていた。
 新しい友達が出来て、その子達と遊んでいる写真も出てきた。もちろん、美希や祈里との写真も相変わらず、たくさんあったけれど。
 そして、ピンクのジャージを着て、リビングでビシッとポーズを撮っている写真があった。これは確か、習いたてのダンスをあゆみと圭太郎に見せた時のもの。うまく踊れたことが嬉しくて、楽しそうに笑っていた。


 それが、最後だった。


 アルバムに、その先の写真は無い。
 増えることもない。

 何故なら、この世界の彼女は、もういないから。
 死んでしまったから。

 嬉しそうな笑顔の、写真の中の彼女が夢見た、明るい未来は。
 訪れることはないのだ。


 すごく、変な気分――――
 幽霊っていうのは、皆、こんな気持ちになるのかな。思いながら、ラブは、ふと隣を見た。そして、あゆみの横顔に、息を飲んだ。
 いつの間にだろう。彼女の頬に涙が流れていた。
 声をあげずに、あゆみは泣いていた。

「お母さん――――」

 そっと涙をぬぐい、あゆみはアルバムを閉じようとした。だが、

「――――――――」

 何かを思い出したのか、その手を止める。そして立ち上がり、自分の部屋へと向かって行った。
 どうしたのだろう、思いながら待つラブ。すぐに、彼女は戻ってきた。
 その手には、三枚の写真。それを、あゆみはアルバムに入れる。

「これって――――」

 それを見て、ラブは目を見開いた。
 増える筈の無いアルバムに、増えた写真。それは。

 ラブがいた。これまで見た写真の中のどれよりも、一番、幸せそうな顔で笑っていた。
 その隣には、一人の少女。ラブと腕を組みながら、少し恥ずかしそうに、はにかんでいた。
 少女の名前は。
 東せつな。

 いつ、こんな写真を、とラブは思う。二人ともカメラの方を見ていないから、こっそりと撮られていたのかもしれない。

 次の写真も、二人が写っていた。ラブを見ながら笑うせつなの写真。一枚目よりも自然な表情で、せつなは笑っていた。
 その次は、せつなだけだった。ラブとお揃いの制服を着て、照れくさそうな顔をしている。


 ああ。そっか。
 ラブは、気付く。
 そっか。このアルバムは、終わりじゃないんだ。
 まだ、増え続けるんだ。

 彼女の想いが、ラブの心を貫いた。
 嬉しいと、思った。嬉しくて仕方ないと、思った。

 続いていくんだ。これからも、ずっと。


 その三枚の写真を見て、あゆみが。
 微笑んだ。

 また、涙を目の端に浮かべながら、それでも。
 彼女は、微笑んだのだ。



 翌朝。
 せつなは、家を出た。
 あゆみにも、圭太郎にも、何も言わずに。
 ただ、家を振り返って一度、

「ありがとう――――さよなら」

 そうとだけ言って。





「はぁぁぁっ!!」

 ダンッ
 わき腹を狙ってパッションの放った蹴りは、しかし、ウエスターの太い腕に防がれる。

「ふんっ!!」

 その腕を大きく振るい、弾き飛ばそうとするウエスター。彼女は逆らわず、自ら後ろに跳び退る。と、サウラーと睨みあいを続けていたキュアピーチがそこにはいて。

「大丈夫? ピーチ」
「うん、大丈夫だよ、パッション」

 背中を合わせたまま、二人は小声で会話をかわす。どちらも、油断なくそれぞれの相手を見つめ、構えを解こうとはしない。

「そういえば――――さっき、シフォンちゃんって言ってたわよ、ピーチ」
「え? うそ? ごめん、気を付ける」
「ま、今だけの話だけどね」

 クスリ、と笑いながらキュアパッションは――――美希は、言った。

「とにかく今は、時間を稼ぐわよ。二人が戻ってくるのを信じてね」
「うん、わかった」

 キュアピーチ――――祈里が、深く、強く頷く。
 背中越しにそれを感じながら、美希は思う。

 ここまでは、うまくいってる。
 誰にも、気付かれていない。
 ブッキーがこれを言い出した時は、こんなにうまくいくとは思ってなかったけれど。


 美希と祈里はギリギリまで、いまだ眠っているラブとせつな、二人が目覚めるのを待っていた。
 だが、約束の時が間近に迫っても、その気配すら無かった。
 そして、せつなとシフォン、どちらを選ぶべきか苦悩する美希に、祈里が言ったのだ。
 自分達が囮になって時間を稼ごう、と。
 最初は戸惑った彼女も、祈里が説明した方法に、少し驚いたがすぐに、首を縦に振って頷いた。

 彼女の考えた作戦通り、この場所に来る直前に、美希はキュアベリーに、祈里はキュアパインに変身した。
 そのうえで、さらに変身したのだ。
 美希は、キュアパッションに。
 祈里は、キュアピーチに。

 美希のピックルン、ブルンの力を使って。

「それにしても、ピーチ。よく思いついたわね、こんな作戦」
「えへへ。動物さん――――っていうよりは、虫さん達がやってることを思い出したの。擬態、って言うんだよ」

 種を明かせば、子供だましのようなものだ。
 いつまでも騙しおおせるものではないと、美希たちもわかっている。
 だからこそ、隙あらばソレワターセを倒そうとしているのだが、なかなかその好機が訪れないのだ。

 それでも、美希は希望を捨てない。
 ラブはせつなを連れて戻ってくる。
 必ず、きっと。

 祈里は、信じる。信じ続ける。
 せつなちゃんは、戻ってくる。
 わたし達の元に、必ず。


 だから、二人は。
 戦い続ける。
 決して、諦めることなどないままに。


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最終更新:2009年12月23日 20:17