「そろそろ時間のようね」
少しずつ満たされるFUKOのゲージを、含み笑いを浮かべながら見ていたノーザが、時計を見ておもむろに言う。それを合図にしたかのように、ウエスターとサウラーが立ち上がった。
「さ、行きましょう。インフィニティを手に入れに」
ノーザの言葉と共に、彼女の前の空間が歪み、暗闇のトンネルが現れた。空間を超越する為のその道を、三人は並んで通る。その行き着く先を、サウラーが尋ねた。
「どこで、約束を?」
「この前、私とキュアパッションが戦った場所よ」
誰の目にもつかない、ちょうどいい場所だったから。そう言うと同時に、彼女達の目の前に光が広がって。
トンネルを抜けた先、戦いの傷跡も生々しいその工事現場跡には、一人の少女が立っていた。
「おまえは……」
ノーザは、薄い笑みを浮かべる。そこにいたのは、輝く太陽のような金の色の髪を持つ少女。
キュアピーチ、だった。
「やはり、お前が」
呟きながら、ノーザは笑う。それは、彼女の予想通りだったから。三人の中で、もっともキュアパッション――――せつなを大切に思っているのは、彼女だ。
だが、キュアピーチの手の中に、インフィニティは――――
無かった。
「……どういうことかしら?」
低い声で、ノーザは問いかける。キュアピーチが、落ち着き払った様子で、尋ね返す。
「どういうことって、何のこと?」
ほう。ノーザは思わず、心の中で感嘆の声を挙げる。彼女が投げかけた鋭い視線と、まるで怯えた様子を見せなかったことに。まるで、大地に根を生やしたかのようにどっしりと構えるその様子は、ノーザに警戒心を呼び起こさせる。
「インフィニティよ。持って来ることが、イースを解放する条件だったはずだけど」
「見ての通りよ。持ってきてないわ」
その答えに、腰を沈め、跳びかかろうとするウエスターを、ノーザは手で抑える。
「――――!! ノーザさん!!」
「黙ってて」
鋭い一瞥を、彼女は彼に向けた。ぐ、と言葉を飲み込むウエスターをよそに、ノーザはゆっくりと彼女に近付いていく。
「あらあら。やっぱりインフィニティの方が、仲間より大事だった、ということね」
彼女の歩みに合わせて、ピーチも動く。円を描くように。
「残念だわ。貴方達の絆の強さ、その程度だったなんて」
動揺を誘おうと、高慢な言葉を投げかけながらも、ノーザはじっと彼女を見つめている。一体、キュアピーチが何を企んでいるのか、それを見抜こうとして。
だが、ピーチは、ノーザの言葉にも表情を揺るがさない。押し黙ったまま、距離を保ち続ける。
「イースが――――いえ、せつなちゃんがこれを知ったら、なんて言うかしら? たとえ夢から覚めたとしても、現実の方がひどかったりして。まぁ、あの子にはお似合いかもしれないわ。裏切った者が、今度は裏切られるわけだから」
「そんな風に、言わないで」
愚弄する言葉を重ねるノーザに、とうとうピーチは口を開き、歩みを止めた。
かかったか。思いながら、彼女は腰に手を置き、冷たい笑みを浮かべる。
「本当のことよ。それに、ここに来たのが貴方一人だとはね。思ったよりも、プリキュアというのは、薄情なのね――――まぁ、いいわ。守られなかった約束の罰は、受けてもらう――――イースは返さない」
彼女の台詞と同時に、ドン、と地面が大きく揺れた。たたらを踏むピーチの視界に飛び込んできたのは、浮かび上がるノーザの姿と、その背後に現れたソレワターセ。
「さぁ。最後の別れを告げなさい。とこしえの夢に囚われ、二度と目覚めることなく、不幸を我らに捧げるイース――――東せつなにね」
「いいえ。別れなんて告げない」
彼女の言葉に、しかし、ピーチはゆっくりと――――だが力強く、首を横に振った。
まただ。ノーザは違和感を覚える。一体、何だというのだ。彼女のこの強い眼差しは。絶望を感じさせない瞳の光は。
「どういうこと――――?」
「だって――――キュアパッションは――――もう、目覚めているもの!!」
「その通りよ!!」
その場に響く、力強い声。はっと辺りを見回すノーザ、ウエスター、そしてサウラー。三人の視線が、吸い込まれるように一点に向かって。
赤と黒の衣を身にまとい。桃色の長い髪をたなびかせ。羽の着いた飾りをつけた、少女が。
彼女達を見下すようにして、屋根の上に立っていた。
「真っ赤なハートは幸せのあかし!! うれたてフレッシュ、キュアパッション!!」
「――――バカなっ!?」
名乗りを上げた彼女の声に、ノーザは驚きの声を上げる。
一体、いつの間に、抜け出した!? どうやって、抜け出したというのだ!?
「キュアパッションが自分で目を覚ましたなら、シフォンちゃんを連れてくる必要は、ないもんね」
呆然とする彼女に追い打ちをかけるような、ピーチの言葉。くっ、と唇を噛み、ノーザは言い放つ。
「えぇい、お前達!! プリキュアを、倒しなさい!!」
その号令がかかるやいなや、ウエスターとサウラーが飛び出していく。彼らを迎え撃つのは、キュアピーチとキュアパッション。
そして、戦いの火ぶたが切って落とされたのだった。
偽りの、少女 ――――Fake――――
彼女が目を覚ますと、部屋の中は真っ暗だった。今が何時かは、わからない。ただ、夜としか。
せつなはゆっくりと起き上がる。流した涙のせいか、目が少し痛い。こすりながら、彼女は部屋を出る。しんと静まった廊下。喉を潤そうと、彼女は階段を降りて行く。
いや、降りて行こうとした。
だが、階下のリビングから光が溢れていることに気付いて、せつなは足を止める。
誰がいるか、なんて、わかりきっている。
わかりきっているから、彼女は。
足音を殺し、そっと、自分の部屋に戻る。戻って、また、ベッドに身を横たえる。電気もつけないまま。
どれぐらい、お母さん達の顔を見ていないだろう。
ぼんやりと霧がかかったような頭で、せつなは考える。
わからない。わからなくなっている。何だかその輪郭も、思い出せなくなってきているような――――
お父さん。お母さん。そう呟こうとして、せつなは言葉に詰まる。
ダメ。私はもう、そんな風に呼べない。
ラブが死んだのは、私のせい。
私が生きているのは、ラブが身代りになってくれたから。
私がいなければ、ラブが死ぬことはなかった。お母さんが、泣き続けることも無かった。
ああ。やっぱり。
イースとして、ラビリンスに生まれた私が。
この世界の人達に、たくさんのFUKOをもたらし、幸せを奪ってきた私が。
許される筈が無かったんだ。
だから、ほら。
罰が当たった。
大切なラブは、いなくなった。
大好きなお父さん、お母さんも、悲しんでいる。ラブを失って、悲しんでる。
生まれ変わるべきじゃなかった。
イースのまま、死んでおけば良かった。
そうすれば、ラブが死ぬことはなかった。
お父さんもお母さんも、悲しまずにすんだ。
幸せを司るプリキュア、キュアパッション。
これまで皆をFUKOにした分だけ、皆を幸せにしようと思った。
けれど、一番身近で、一番大切な人を、幸せに出来ないなんて――――!!
ごめんなさい。お父さん。お母さん。
ごめんなさい。ラブ。
やっぱり私は。
皆の幸せを、奪ってしまった。
あの時、思った通り。
私は幸せになってはいけなかった。
幸せを、望んではいけなかった――――
声を殺し、泣き始めるせつなの姿を、ラブは部屋の隅から見つめていた。
胸が、痛い。悲しみに、心が傷付けられる。
彼女が何を考えているかは、わからない。
けれど、苦しんでいるのは、わかる。
こんなに側にいるのに。アタシには、せつなが見えているのに。
触れられない。気付いてもらえない。
とても――――とても、辛くて。
近付こうとして、ラブは、ぐっとこらえた。
せつなに近寄れば、きっと、触れたくなる。抱きしめてしまいたくなる。
アタシはここにいるよ。そう伝えたくなる。
けれど、それは長老から預かった力を使うということ。
間違い――――ではないと、ラブは思う。
それは決して、誤った選択では。
けれど。
それでいいのかな?
素朴な疑問を、ラブは抱く。
たった二回しかないその接触で、せつなを目覚めさせることが出来るだろうか。
今の傷ついた彼女を、癒すことが出来るだろうか。
わからなかった。自信が無かった。
ラブは、せつなを見る。泣きながら塞ぎ込む彼女に、自分が触れたとしても、幻としか思ってもらえないような気がして。
何よりも。
それでせつなが、幸せになれると――――悪夢から目覚めると、思えなかったのだ。
ねぇ。せつな。
せつなは、アタシがいることが幸せなの?
アタシがいないと、幸せになれないの?
そう思ってくれること、嬉しいよ。
けど、それは違う気がする。
ラブは、ギュッと拳を握り、彼女から――――せつなから、目を離す。
これ以上、ここにいたら、誘惑に負けてしまいそう。せつなに触れてしまいそう。
だから、彼女は、ラブは。
閉まったままのドアをすり抜けて、廊下へと出た。
とても、後ろ髪を引かれたけれど、彼女が振り向くことは無かったのだった。
「お母さん」
リビングのあゆみの姿を見て、ラブは悲しくなる。
あんなにも明るかった母親が、これほどまでに落ち込んでいるのだから。
彼女の手の中には、ピンクのハートが繋がったブレスレット。それは、娘の為にとあゆみが作ったもの。
「お母さん」
もう一度、ラブは呼び掛ける。聞こえていないことは百も承知の上で、それでも呼ばずにはいられなかった。
元気を出して。お母さん。
「――――」
不意に。
あゆみが顔を上げて、ラブの方を見た。
え? と思う間もなく、立ち上がり、彼女へと近付いてきて。
「――――!!」
驚くラブに近付き、そして――――
その体を、すり抜けていった。何事も無かったかのように。
「――――ふぅ」
ビックリした、とラブは呟く。気付かれたのかと思ったから。いや、気付かれたのであればいいが、長老からの力を無意識に使ってしまっていたのかと焦ったのだ。
あゆみはといえば、当然、そんな彼女のことに気付きもしないまま、リビングの隅の棚の中から、アルバムを取り出した。そのまま元の場所に戻り、ゆっくりとそれを開く。
何を見ているのだろう。そう思って、後ろから覗き込んだラブは、
「――――――――!!」
また、驚かされる。
そこに写っていたのは、幼い頃の彼女自身の姿だったから。
産まれたばかりの赤ん坊を抱いて、疲労困憊、だけどとても嬉しそうな笑顔のあゆみ。
その彼女が撮ったのだろうか、男泣きに泣いている圭太郎。
次の写真にはもう、美希と祈里の姿があった。あゆみとレミ、尚子も一緒に写っている。彼女達三人も、娘が産まれるずっと前から仲が良かったらしいから、不思議では無かった。
少しずつ、アルバムの中の彼女は成長していく。
一つ一つ、年を重ねて行く。
畳職人の祖父、源吉と共に夏祭りに出かけた時の写真があった。
美希や祈里と共に、両手いっぱいのドングリを持って笑っている写真があった。
泣き虫カズちゃんこと、美希の弟、和希と四人で公園で遊んでいる写真があった。
ゆっくり、ゆっくりと、あゆみはページをめくる。
その一枚一枚が、彼女の記憶を蘇らせているのだろう。
ラブも、彼女の隣に座り、同じように懐かしんで――――時には、少し恥ずかしい写真もあったけれど。
やがて、写真の中のラブは小学生になった。その背のランドセルは、まだ幼い彼女には大きかったけれど、でも、とても誇らしい笑顔をしていた。
運動会では、競走はいまいち得意じゃなかったけれど、皆でするマスゲームのダンスは大好きだった。だからだろう。駆けている写真よりも、踊っている時の写真の方が多かった。
卒業式では、離れ離れになる美希や祈里と共に、卒業証書片手に大泣きをしていた。その後ろでは、困ったように笑う三人の母の姿があった。
一冊が終われば、すぐ次の一冊を持ってきて。
あゆみと共に、ラブは、過去を旅する。自分の歩んできた道を、振り返る。
中学の入学式。また一緒だった大輔と睨みあっていた。
新しい友達が出来て、その子達と遊んでいる写真も出てきた。もちろん、美希や祈里との写真も相変わらず、たくさんあったけれど。
そして、ピンクのジャージを着て、リビングでビシッとポーズを撮っている写真があった。これは確か、習いたてのダンスをあゆみと圭太郎に見せた時のもの。うまく踊れたことが嬉しくて、楽しそうに笑っていた。
それが、最後だった。
アルバムに、その先の写真は無い。
増えることもない。
何故なら、この世界の彼女は、もういないから。
死んでしまったから。
嬉しそうな笑顔の、写真の中の彼女が夢見た、明るい未来は。
訪れることはないのだ。
すごく、変な気分――――
幽霊っていうのは、皆、こんな気持ちになるのかな。思いながら、ラブは、ふと隣を見た。そして、あゆみの横顔に、息を飲んだ。
いつの間にだろう。彼女の頬に涙が流れていた。
声をあげずに、あゆみは泣いていた。
「お母さん――――」
そっと涙をぬぐい、あゆみはアルバムを閉じようとした。だが、
「――――――――」
何かを思い出したのか、その手を止める。そして立ち上がり、自分の部屋へと向かって行った。
どうしたのだろう、思いながら待つラブ。すぐに、彼女は戻ってきた。
その手には、三枚の写真。それを、あゆみはアルバムに入れる。
「これって――――」
それを見て、ラブは目を見開いた。
増える筈の無いアルバムに、増えた写真。それは。
ラブがいた。これまで見た写真の中のどれよりも、一番、幸せそうな顔で笑っていた。
その隣には、一人の少女。ラブと腕を組みながら、少し恥ずかしそうに、はにかんでいた。
少女の名前は。
東せつな。
いつ、こんな写真を、とラブは思う。二人ともカメラの方を見ていないから、こっそりと撮られていたのかもしれない。
次の写真も、二人が写っていた。ラブを見ながら笑うせつなの写真。一枚目よりも自然な表情で、せつなは笑っていた。
その次は、せつなだけだった。ラブとお揃いの制服を着て、照れくさそうな顔をしている。
ああ。そっか。
ラブは、気付く。
そっか。このアルバムは、終わりじゃないんだ。
まだ、増え続けるんだ。
彼女の想いが、ラブの心を貫いた。
嬉しいと、思った。嬉しくて仕方ないと、思った。
続いていくんだ。これからも、ずっと。
その三枚の写真を見て、あゆみが。
微笑んだ。
また、涙を目の端に浮かべながら、それでも。
彼女は、微笑んだのだ。
翌朝。
せつなは、家を出た。
あゆみにも、圭太郎にも、何も言わずに。
ただ、家を振り返って一度、
「ありがとう――――さよなら」
そうとだけ言って。
「はぁぁぁっ!!」
ダンッ
わき腹を狙ってパッションの放った蹴りは、しかし、ウエスターの太い腕に防がれる。
「ふんっ!!」
その腕を大きく振るい、弾き飛ばそうとするウエスター。彼女は逆らわず、自ら後ろに跳び退る。と、サウラーと睨みあいを続けていたキュアピーチがそこにはいて。
「大丈夫? ピーチ」
「うん、大丈夫だよ、パッション」
背中を合わせたまま、二人は小声で会話をかわす。どちらも、油断なくそれぞれの相手を見つめ、構えを解こうとはしない。
「そういえば――――さっき、シフォンちゃんって言ってたわよ、ピーチ」
「え? うそ? ごめん、気を付ける」
「ま、今だけの話だけどね」
クスリ、と笑いながらキュアパッションは――――美希は、言った。
「とにかく今は、時間を稼ぐわよ。二人が戻ってくるのを信じてね」
「うん、わかった」
キュアピーチ――――祈里が、深く、強く頷く。
背中越しにそれを感じながら、美希は思う。
ここまでは、うまくいってる。
誰にも、気付かれていない。
ブッキーがこれを言い出した時は、こんなにうまくいくとは思ってなかったけれど。
美希と祈里はギリギリまで、いまだ眠っているラブとせつな、二人が目覚めるのを待っていた。
だが、約束の時が間近に迫っても、その気配すら無かった。
そして、せつなとシフォン、どちらを選ぶべきか苦悩する美希に、祈里が言ったのだ。
自分達が囮になって時間を稼ごう、と。
最初は戸惑った彼女も、祈里が説明した方法に、少し驚いたがすぐに、首を縦に振って頷いた。
彼女の考えた作戦通り、この場所に来る直前に、美希はキュアベリーに、祈里はキュアパインに変身した。
そのうえで、さらに変身したのだ。
美希は、キュアパッションに。
祈里は、キュアピーチに。
美希のピックルン、ブルンの力を使って。
「それにしても、ピーチ。よく思いついたわね、こんな作戦」
「えへへ。動物さん――――っていうよりは、虫さん達がやってることを思い出したの。擬態、って言うんだよ」
種を明かせば、子供だましのようなものだ。
いつまでも騙しおおせるものではないと、美希たちもわかっている。
だからこそ、隙あらばソレワターセを倒そうとしているのだが、なかなかその好機が訪れないのだ。
それでも、美希は希望を捨てない。
ラブはせつなを連れて戻ってくる。
必ず、きっと。
祈里は、信じる。信じ続ける。
せつなちゃんは、戻ってくる。
わたし達の元に、必ず。
だから、二人は。
戦い続ける。
決して、諦めることなどないままに。
最終更新:2009年12月23日 20:17