トン トン トン トン
階段を下りてくる足音に気付いて、ラブは顔を上げた。
ここが夢の世界だからだろうか、眠くなったりもせず、隣であゆみが寝入った後もずっと彼女は、どうすればせつなを助けられるかを考えていた。
だがいいアイディアが思いつかず、ううん、と悩ましげに頭をひねったところに、その足音が聞こえてきたのだ。
誰か、などと考えるまでもなかった。時計を見れば、まだ朝の六時。圭太郎は一階の寝室で眠っている。だとすれば、降りてきたのは。
「せつな……」
ラブの漏らす呟きは、相変わらず誰の耳にも届かない。
彼女は、音を立てぬようにそっとリビングのドアを少し開けて、覗き込んでくる。そして、ソファの上で眠っているあゆみの姿を見て、小さく。
微笑んだ。
「――――」
声にならない声を、彼女は発する。その唇の形を、ラブは読み取って、眉を顰める。どうして、そんなことを言うのだろう。
――――まさか!!
息を飲むラブ。せつなはドアを閉めて、そのまま廊下を玄関へと向かい、靴を履いた。
追いかけた彼女の前で、せつなは扉を開け、外に出て鍵をかけた。
そして、その鍵を、家のポストに放り込んだ。ラブと一緒に選んで買った、沖縄土産のキーホルダーを付けたまま。
「せつな――――」
それがどういう意味を持つか、ラブにもわかる。
どうしよう。迷う暇もなく、歩き出すせつな。一度だけ、振り向いて、
「ありがとう――――さよなら」
そう告げたのを聞いて、確信する。
せつなはもう、戻らないつもりなんだ。この家に。
ゆっくりと遠ざかるせつなの背中を見つめながら、必死に考えをめぐらせていたラブは、一つの可能性に気付いて、空に向けて呼び掛ける。
「長老!! 聞こえる!? 長老!!」
『――――なんや?』
かすれるような小さな声。それでも、彼女の声が彼に届いていたことに、ラブはほっとする。そして、問い尋ねた。
「長老、教えて欲しいことがあるの!!」
そうして聞いた答えに満足そうに頷いた後、ラブはせつなの後を追う。その表情は険しいものだ。
何故なら、さっき、せつながリビングを覗いてあゆみを見た時に言った――――いや、囁いた言葉に、嫌な予感を覚えたからだった。
せつな――――
悲しみに、ラブは唇を噛みしめる。声が届かないことが、とてももどかしい。
彼女は――――せつなは、あゆみを見て、こう言ったのだ。
今までありがとう、お母さん――――と。
ただひとたびの 奇跡 ――――Power of Love――――
せつなは、ただ歩く。あてもなく。
トボトボと歩くその様は、捨てられた犬か、猫のようで。寂寥と影を背負い、弱々しくフラフラと揺れている。
まるで、その体を支える大切な軸を失ったかのように。
憔悴し、摩耗しきった心を現すかのように、その顔はやつれている。それは一見すると、幽鬼のようにも感じられる程。
彼女は歩く。誰もいない、商店街。静けさを破るのは、ただ鳥の声ばかり。その小鳥達も、せつなに気付くと飛び去っていく。それがまるで、自分を忌み嫌っているかのように思えて、彼女は目を伏せた。
そして、思う。
もう私には――――居場所がない。
私に居場所を与えてくれたのは、ラブだった。
行き場所を失っていた彼女を、家族として迎え入れてくれたのは、お父さんとお母さんだった。
そんな三人に、私はすごく感謝していた。
大切に思っていた。
愛してた。
本当に、素敵なひと時だった。
家族がいて。皆でお喋りをして。ご飯を食べて。
すごく幸せな時間だった。
それを――――それを奪う権利なんて、誰にもないわ。
そう言ったのは、自分。
なのに、私はその幸せを守れなかった。
ううん。
私が、奪ってしまった。
ラブはいなくなった。お父さんもお母さんも、笑顔を失った。
家族から、一人が欠け。皆でお喋りをすることも、ご飯を食べることもなく。
幸せな時間は、もう来ない。
かつての罪を償おうと、贖おうと生きてきたのに。
大切なものを守りたいと、そう思っていたのに。
何も出来なかった。
ただ罪を重ねただけだった。
やっぱり。
私は幸せになってはいけなかったんだ。
大切な人を、愛する家族を、こんなにも不幸にしてしまうのだから。
居場所なんか、求めちゃいけなかったんだ。
与えられたそれに、甘えてちゃいけなかったんだ!!
やり直すことを、許された。
許されたと、思ってた。
けれど。
けれど、やっぱり――――罪には、罰があった。
それでも――――こんなのってない!! こんなのってひどいわ!!
心の中で叫びながら、せつなは足を止めることなく進む。まるでそれは、自動人形のように、ただ、ただ前へと。
プリキュアになんて、ならなきゃ良かった!!
生き返らなければ良かった!!
イースとして、死んだままでいれば良かった!!
そうすれば、ラブは死ななかった。
お父さんもお母さんも、幸せなままだった。
――――私がいたせいで。
皆が、不幸になる。
きっと、これからも。
私のせいで、皆が。
ふと、せつなは歩き続ける。フラフラ、フラフラと。時折、人とすれ違ったり、早起きの商店街の人に声をかけられても、顔を上げることすらしないまま、ただ歩き続ける。
私のせいだ。
私のせいだ。私のせいだ。
私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。
私のせいだ。
何が幸せのプリキュアだ。
生きている限り、私は人を不幸にする。
こんな私に。
居場所なんてない。
生きる価値さえ。
歩く、せつな。
時折、立ち止まる。
美希の家、美容院の前で。
祈里の家、動物病院の前で。
立ち止り、そっと見上げる。
公園にも、行った。
ダンスのレッスンをした広場を、眺めた。
カオルちゃんがドーナツ屋を開く場所に、立った。
歩いて、歩いて。
街を歩き続ける。
その全てで、せつなはラブと出会った。
ここでラブと一緒に、お買い物をした。
この段差に引っかかって、ラブが勝ったばかりのアイスを落としちゃってた。
あっちの店で、お気に入りのものを見つけたと言っては喜んでた。
そこのベンチで、日が暮れるまでお喋りしてたっけ。あの時はまだ、私はイースだった。騙そうとしていた私を、最後まで信じてくれたのよね、ラブは。
浮かび上がっては消える幻想。
そのたびに、胸が痛む。心臓が張り裂けそうになる。
ハートから血が流れる。
真っ赤な、ハート。それは、鮮血に染まった――――
それでもせつなは、止めようとしない。
思い出すことを、目を背けることを、止めようとはしない。
どんなに苦しくても、痛くても、決して。
そして、謝るのだ。彼女は。
幻のラブに。
ごめんね。ラブ。ごめん。
貴方の望むように、いられなくて。
ごめんなさい。
最後に。
彼女は、クローバータウンを一望出来る、丘の上に来た。
かつて、生まれ変わったばかりの彼女が、あゆみに声をかけられた場所。
あの頃は緑のクローバーに包まれていた丘は、今は枯れ果て、茶色に染まっている。ひどく、寒々しい光景。
せつなは、腰を下ろす。
目に、焼き付けようと思っていた。これが、きっと、最後だから。
膝を抱えて座りながら、街と空を見る。相変わらずの、どんよりと湿った曇り空。
せつなは、考える。
どこに行こう。
いや。
どこで逝こう。
見つからない場所がいい。私のことを、誰も知らない場所で。
すぐには、思いつかない。
まぁいい、と彼女は思う。
時間は、たっぷりある。
考える時間なら、たっぷりと。
それまでは、この街を見つめていよう。
ラブが暮らした、幸せに溢れていた街を。
過去形になってしまったことは、自分の罪。
その形を、心に刻みつけよう。
やがて。
彼女は立ち上がる。
行く先が決まったわけではなかった。
それでも、もうここにはいられないと思った。
せつなの目に、光は無い。
それは、心が死んだから。
後は――――体だけ。
ゆっくりと歩き出す、せつな。その背中に。
「せっちゃん!!」
呼び止める声が、かけられて。
振り返る、せつなの視線の先には。
髪は乱れ、服も部屋着のまま。走ってきた為だろう、肩で息をしながら、彼女を見つめる女性――――
あゆみの、姿があった。
間に合った――――!!
ラブは、ホッと一息を付く。
せつなの、彼女の様子から、何を考えているのかがわかっているのに、何も出来ないことにやきもきしていたけれど、でも――――間に合って、良かった。
そう。
あゆみを、ここに呼んだのは、彼女だった。
長老に託された二つの力、その内の一つを使って。
それはとても、危うい賭けだったけれど、ラブは信じていた。
お母さんなら、必ず来てくれると。
願いは、かなった。あゆみは、ここにいる。
後は、最後の仕上げだけ。
思いながら、ラブは。
あゆみを前にして、立ちすくむせつなの背後から。
残されたもう一つの力を使い。
万感の思いを込めて。
トン
彼女の、背中を押した。
強く。けれど、優しく。
不意に後ろから押され、バランスを崩したせつなが、あゆみの胸に倒れ込む。
すぐにその背中に、彼女の腕が回された。
そして、せつなは抱きしめられる。あゆみに、きつく、きつく、抱きしめられる。
「せっちゃん――――!!」
何があったのか、わからない。
どうしてこうなったのか、わからない。
けれど――――
首筋に、雫が落ちたのがわかる。次々に、落ちてくる。
「泣いて――――るの?」
答えは無かった。ただ、肯定するかのように、またきつく抱きしめられた。
ギュッと。強く。
「私のことで、泣いてくれてるの――――?」
「当り前でしょうっ!!」
叫び声に、ビクッと体を震わせる。その彼女の肩を掴んだまま、あゆみは体を離し、
「心配したのよ――――急にいなくなって――――鍵まで置いていって!!」
涙で頬を濡らしながら、せつなを真正面から見つめる。その目から、彼女は、逃げることが出来ずにいて。
「せっちゃんが――――いなくなったのかと思って――――どこかにいっちゃっうのかと思って――――本当に――――本当に、怖かったんだから――――!!」
そう言って、三度、せつなは抱きしめられる。今度は、頭をかきいだくように。
壊れ物を扱うように、優しく。
「私がいなくなることが――――怖いの?」
「当り前でしょう!! 大切な、家族なんですもの!!」
「でも――――ラブは、もう、いないわ」
ラブがいないあの家に、私の居場所なんて――――
「せっちゃんは――――」
そんなせつなの髪を、あゆみはゆっくり梳る。
「せっちゃんは、せっちゃんでしょう――――? 私の大事な娘よ」
あ――――
息を飲む、せつな。
けれど――――
「私が――――私がいたから、ラブは――――ラブは死んじゃった!! もう、戻らない!!」
逃げようと、せつなはもがく。
けれど、それを許すまいと、あゆみはきつく抱きしめ。
決して、離さず。
「私は!! 皆を不幸にする!! やっぱり私は、幸せになっちゃいけなか――――」
「せっちゃん!!」
せつなの叫びは、より強い声で塗りつぶされる。
その一声は、たくさんの――――とてもたくさんの、想いが込められていて。
動けなくなる彼女の瞳を、あゆみは間近から覗き込む。
「どうして――――そういうこと、言うの」
「――――あ」
涙を湛えたその瞳に、せつなは言葉を失う。
「せっちゃんはね、人を不幸になんか、してないわ――――だって」
私に、幸せをくれたんですもの。
「――――――――!!」
いつか、を、せつなは思い出す。
同じように、幸せになってはいけない気がすると言った彼女を、あゆみは、一つ一つやり直せばいいと、そう言った。
けれど、やり直しても、無駄だった――――そう、思っていたけれど。
「――――幸せ、だったの?」
「だった、じゃないわ。今でも、幸せよ」
「ラブが、いないのに――――?」
「それはもちろん、悲しいわ――――けれど、せっちゃんがいることは、幸せよ」
「ラブが、いなくても――――?」
「ええ。ラブがいなくても」
「私――――必要とされてる――――?」
「せっちゃんがいない方が、よっぽど不幸よ」
「私――――私、ここにいていいの?」
「当り前でしょう? 貴方は、私の大切な、娘なんだから」
「――――お母さん!!」
せつなは再び、あゆみの胸に飛び込む。
今度は、誰かに背中を押されることなく、自分から。
心が溶ける、音がした。
溶けた心は、瞳から涙となって溢れて行く。
どれだけ泣いただろう。
ラブが死んでから、どれだけの涙を流しただろう。
泣いて。泣いて。もう泣きつくしたと思ってた。
でも、涙はまた溢れる。頬を伝う。
違うのは。
『一つ一つ、やり直していけばいいのよ』
あゆみに、そう言われた時と同じように。
その涙は、あったかくて。
「せっちゃん」
大声をあげて泣きじゃくるせつなの背中を、あゆみはポンポンと、あやすように叩きながら抱きしめる。
「貴方はね、幸せになっていいの。私も、お父さんも――――ラブも。皆、貴方に会えて、幸せなんだから」
「……幸せ……」
「ええ、そう。だからね、私達も願ってる。せっちゃんの幸せをね」
でも、とせつなは目を伏せる。
「ラブは、私の為に――――」
「ラブだって、せっちゃんの幸せを願ってるわ」
「けど――――!!」
「証拠があるの」
言いながら、あゆみはポケットから自分の携帯を取り出す。
そして彼女が見せた携帯のメールには、
『お母さん!! せつなを探して!! 家を出てっちゃった!! 今、クローバータウンの外れの丘の上にいるから、すぐに来て!! そして、せつなに伝えて欲しいんだ。アタシ、せつなと会えて幸せだったよ、って。せつなに、幸せになって欲しい、って。それから――――大好きだよ、って』
「これ――――!!」
顔を上げるせつな。あゆみは、泣きながら笑う。
「ラブからのメールよ。ほら、送信者のところ、見て?」
「でも、ラブは――――ラブの携帯は――――」
ラブは死んだ。その携帯も、解約してしまった筈だ。
けれど、確かに送信者は、ラブの名前で。メールアドレスも、ラブのもので。
「そうね。うん、そう。何かの間違いかもしれない。けれど――――私ね、思うの。これは、本当に、ラブからのメールだって。天国から送られてきた、ラブからの想いを伝えるメールなんだ、って。だって、このメールの通り、せっちゃんはここにいたんですもの」
「天国からの――――」
「きっと、ラブは今も見守ってくれてるのよ。せっちゃんのことを」
携帯の、画面がにじむ。
ラブからの想いが、伝わってくる。
「ラブ……」
誰かを不幸にすることしか出来ない、そう思っていた。
けれど。
「お母さん――――私、本当に、幸せになっていいの?」
「もちろん。今、もしもせっちゃんが不幸なら――――私が、幸せを返してあげる」
「返す?」
「ええ。貴方が私の娘になってくれたことで、私がもらった幸せを」
繋がっているのだと、知る。
「私――――これからも……ラブがいなくても。お母さんって、呼んでいいの?」
「そりゃ、お母さんですもの」
幸せという名の、絆で。
私がここにいることで、お母さんが幸せになれる。
私がいなくなれば、お母さんは不幸になる。
それは、ラブがいなくても、変わらない。
私とお母さんの、絆。
私だけの、絆。
生きていて、いいんだ。
私は、この場所で。
お父さん、お母さんの家族として。
贖うべき罪は、まだあるのかもしれない。
けれど、私を受け入れてくれる居場所がある。
この場所で。
私は、生きていこう。
大切な人を失ったけれど。
まだ、大切な絆があるから。
「せっちゃん」
「――――お母さん」
「幸せに、なってちょうだい」
「――――うん。たくさん、幸せになるわ。そして、お母さんに、お父さんに、幸せを返すの。私を受け入れてくれて、ありがとうって」
そして、母と娘は。
抱きしめ合う。
かつて、彼女が初めて、お母さんという言葉を口にした時。
そこにはもう一人の娘がいた。
今は、二人。そこに寂しさを、感じないわけではない。
それでも。
互いを大切に思う気持ちは、変わらない。
だから。
抱きしめ合う。強く。
それは、幸せへの、初めの一歩だから。
「良かった」
二人の抱擁を見ながら、ラブは小さく呟いた。聞こえないだろうとは思いながらも、こっそりと。
本当は少し、自分もその中に入りたかったけれど、我慢する。
今は、せつなとお母さん、二人だけにしておきたかった。
「ホントに、良かったね、せつな」
そう言うラブの手の中には、リンクルンがあった。
ここから彼女は、メールを飛ばしたのだ。母、あゆみへと。
長老との会話を、ラブは思い出す。
「長老、教えて欲しいことがあるの!!」
『教えて欲しいこと? なんや?』
「長老の力って、メールにも使える!?」
『メール? そら、使えへんことはあらへんやろうが――――』
「だったら、あの力の一つ目で、アタシのメールが、ちゃんとこの世界でも届くようにして欲しいの!! 一通で、構わない!! せつなを助ける為に、どうしても必要なの!!」
危険な賭け、だった。
届いたメールに、あゆみが気付かなかったら。
気付いても、偽物だと思ったら。
信じてもらえなかったら。
けれど、あゆみは信じてくれた。
やっぱり、お母さんはお母さんだ。
大好き。
改めてあゆみの恰好を見て、ラブは思わず噴き出してしまった。
お母さん、靴の左右、違ってるよ。
それに気付かないぐらい、慌てて出てきたんだ? せつなのこと、そんなに大事に思ってくれてるんだね。
アタシからも、言うよ。ありがとう。
さぁ。
悪い夢は終わり。
せつな。
後は目を覚ますだけだよ。
「ぬぅぉぉぉぉぉおっ」
ウエスターの拳を、パッションは腕を交差させて受け止める。
が、勢いを殺しきれず、浮かび上がる体。そこに、
「おおおおおおっ!!」
彼の左足の蹴りが跳んだ。
「うっ!!」
直撃に、吹き飛ぶ彼女。ずざざざざ、と地面を転がり、そのまま倒れ伏す。
強い――――!!
改めて、美希は思う。さすがに幹部だけあって、一筋縄ではいかない。
けれど、これは時間稼ぎなのだ。ラブ達が戻ってくるまでの。それまでは、ここに引き留めておかないと――――
「違うな」
ボソリ、とウエスターが呟く。
「貴様っ!! イースではないなっ!!」
「――――!?」
彼の一言に、彼らの戦いを見つめていたノーザが、目を見開いた。それに気付かぬまま、美希は動揺を必死に押し殺す。
「そ、そうよ。ようやくわかったの。私はキュアパッション――――」
「そういう意味じゃないっ!! ええい、姿を現せ、この偽物め!!」
叫び声と共に、一気に近付いてきたウエスターが、パッションの服をつかみ、彼女の体を強引に壁に向かって投げつける。
「きゃぁぁぁぁぁぁっ!!」
「パッション!?」
「よそ見をしてていいのかい?」
パッションに気を取られたピーチ――――祈里。その一瞬の隙を、サウラーに突かれる。はっと気付くが、時はすでに遅く。
「ふんっ!!」
腹にぶつけられた掌底に、彼女もまた、吹き飛ばされる。
「きゃっ!?」
ドン、と壁にぶつかり、落ちる二人。その瞬間に、彼女達が腰に付けている、リンクルンを入れたポーチが外れて、落ちて。
少女達は、元の姿に戻る。
パッションからベリー、そして美希へ。
ピーチからパイン、そして祈里へ。
「うぅ……」
「くっ……」
立ち上がろうともがく二人を、ウエスターとサウラーが見下す。
「やはり、偽物だったか」
「よくわかったね、ウエスター」
「戦い方が違ったからな。それにしても、どうしてイースに化けたりなど」
「なるほど。そういうことね」
頷きながら二人の前に現れたのは、ノーザだった。変身が解け、それでも立ち上がろうとする少女達を見て、彼女は嘲笑する。
「イースが目覚める為の時間稼ぎ、といったところかしら。インフィニティを渡さない為に、知恵を振り絞ったわけね?」
くっ、と歯を食いしばる美希と祈里の顔に、愉悦の笑みを浮かべながら、ノーザは続けた。
「惜しかったわね。すっかり、騙されてしまっていたわ。この私ともあろうものが」
くすくすと声を上げて笑ってから、ノーザは一瞬にして冷たい表情を取り戻す。
「けれど、もう終わり。残念だったわね――――もう、イースは目覚めない」
「待ちなさい!!」
拾い上げたリンクルンを構え、もう一度、変身しようとする美希だったが、ソレワターセがしならせた鞭のような腕に弾き飛ばされる。
「美希ちゃん!!」
「貴方達が悪いのよ。貴方達が、約束を守らなかったから。だから、イースは苦しみ続ける。そして――――永遠に眠る彼女を見て、永遠に苦しみ続けなさい」
そう言うやいなや、ノーザは。
ソレワターセの体に、自らを同化させ始める。
その行先は――――
「――――え?」
戸惑いの声を、ラブはあげる。
せつな。せつなと抱き合っていたあゆみ。
二人の体から、急に色が無くなったから。
凍りついたように、彼女達の体が動かなくなる。
次の瞬きの後。
世界からも、色が無くなる。全ての色が。
せつなの赤の服。あゆみの栗色の髪。北風に揺れる木々の茶色。空の青。
全ての色が、無くなる。
セピアの世界。凍った世界。
「な、なに――――?」
せつなの元に駆け寄ったラブが、その体に触れようとする。
そして――――触れることが、出来た。夢の中の世界の筈なのに。
けれどその体は、氷のように冷たくて。
「何が起きてるの――――?」
フフフフフフフフフ――――
ラブが思わず漏らした言葉に返ってきたのは、女の含み笑い。
はっと振り返る彼女の前に、茶色の地面から姿を現す、二つの影。
そのうちの一つが、ラブの姿に気付き、その顔に浮かんでいた笑みを深くする。
「あら。こんなところにいたなんてね、キュアピーチ」
「……ノーザ!!」
最終更新:2009年12月23日 20:19