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8-58

トン トン トン トン
 階段を下りてくる足音に気付いて、ラブは顔を上げた。
 ここが夢の世界だからだろうか、眠くなったりもせず、隣であゆみが寝入った後もずっと彼女は、どうすればせつなを助けられるかを考えていた。
 だがいいアイディアが思いつかず、ううん、と悩ましげに頭をひねったところに、その足音が聞こえてきたのだ。
 誰か、などと考えるまでもなかった。時計を見れば、まだ朝の六時。圭太郎は一階の寝室で眠っている。だとすれば、降りてきたのは。

「せつな……」

 ラブの漏らす呟きは、相変わらず誰の耳にも届かない。
 彼女は、音を立てぬようにそっとリビングのドアを少し開けて、覗き込んでくる。そして、ソファの上で眠っているあゆみの姿を見て、小さく。
 微笑んだ。

「――――」

 声にならない声を、彼女は発する。その唇の形を、ラブは読み取って、眉を顰める。どうして、そんなことを言うのだろう。
 ――――まさか!!
 息を飲むラブ。せつなはドアを閉めて、そのまま廊下を玄関へと向かい、靴を履いた。
 追いかけた彼女の前で、せつなは扉を開け、外に出て鍵をかけた。
 そして、その鍵を、家のポストに放り込んだ。ラブと一緒に選んで買った、沖縄土産のキーホルダーを付けたまま。

「せつな――――」

 それがどういう意味を持つか、ラブにもわかる。
 どうしよう。迷う暇もなく、歩き出すせつな。一度だけ、振り向いて、

「ありがとう――――さよなら」

 そう告げたのを聞いて、確信する。
 せつなはもう、戻らないつもりなんだ。この家に。
 ゆっくりと遠ざかるせつなの背中を見つめながら、必死に考えをめぐらせていたラブは、一つの可能性に気付いて、空に向けて呼び掛ける。

「長老!! 聞こえる!? 長老!!」
『――――なんや?』

 かすれるような小さな声。それでも、彼女の声が彼に届いていたことに、ラブはほっとする。そして、問い尋ねた。

「長老、教えて欲しいことがあるの!!」

 そうして聞いた答えに満足そうに頷いた後、ラブはせつなの後を追う。その表情は険しいものだ。
 何故なら、さっき、せつながリビングを覗いてあゆみを見た時に言った――――いや、囁いた言葉に、嫌な予感を覚えたからだった。
 せつな――――
 悲しみに、ラブは唇を噛みしめる。声が届かないことが、とてももどかしい。

 彼女は――――せつなは、あゆみを見て、こう言ったのだ。 

 今までありがとう、お母さん――――と。






        ただひとたびの 奇跡 ――――Power of Love――――








 せつなは、ただ歩く。あてもなく。
 トボトボと歩くその様は、捨てられた犬か、猫のようで。寂寥と影を背負い、弱々しくフラフラと揺れている。
 まるで、その体を支える大切な軸を失ったかのように。
 憔悴し、摩耗しきった心を現すかのように、その顔はやつれている。それは一見すると、幽鬼のようにも感じられる程。
 彼女は歩く。誰もいない、商店街。静けさを破るのは、ただ鳥の声ばかり。その小鳥達も、せつなに気付くと飛び去っていく。それがまるで、自分を忌み嫌っているかのように思えて、彼女は目を伏せた。
 そして、思う。


 もう私には――――居場所がない。


 私に居場所を与えてくれたのは、ラブだった。
 行き場所を失っていた彼女を、家族として迎え入れてくれたのは、お父さんとお母さんだった。
 そんな三人に、私はすごく感謝していた。
 大切に思っていた。
 愛してた。

 本当に、素敵なひと時だった。

 家族がいて。皆でお喋りをして。ご飯を食べて。
 すごく幸せな時間だった。
 それを――――それを奪う権利なんて、誰にもないわ。

 そう言ったのは、自分。


 なのに、私はその幸せを守れなかった。
 ううん。
 私が、奪ってしまった。

 ラブはいなくなった。お父さんもお母さんも、笑顔を失った。
 家族から、一人が欠け。皆でお喋りをすることも、ご飯を食べることもなく。

 幸せな時間は、もう来ない。

 かつての罪を償おうと、贖おうと生きてきたのに。
 大切なものを守りたいと、そう思っていたのに。

 何も出来なかった。
 ただ罪を重ねただけだった。

 やっぱり。
 私は幸せになってはいけなかったんだ。

 大切な人を、愛する家族を、こんなにも不幸にしてしまうのだから。

 居場所なんか、求めちゃいけなかったんだ。
 与えられたそれに、甘えてちゃいけなかったんだ!!

 やり直すことを、許された。
 許されたと、思ってた。

 けれど。

 けれど、やっぱり――――罪には、罰があった。

 それでも――――こんなのってない!! こんなのってひどいわ!!



 心の中で叫びながら、せつなは足を止めることなく進む。まるでそれは、自動人形のように、ただ、ただ前へと。



 プリキュアになんて、ならなきゃ良かった!!
 生き返らなければ良かった!!
 イースとして、死んだままでいれば良かった!!

 そうすれば、ラブは死ななかった。
 お父さんもお母さんも、幸せなままだった。

 ――――私がいたせいで。

 皆が、不幸になる。

 きっと、これからも。
 私のせいで、皆が。



 ふと、せつなは歩き続ける。フラフラ、フラフラと。時折、人とすれ違ったり、早起きの商店街の人に声をかけられても、顔を上げることすらしないまま、ただ歩き続ける。



 私のせいだ。
 私のせいだ。私のせいだ。
 私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。

 私のせいだ。

 何が幸せのプリキュアだ。
 生きている限り、私は人を不幸にする。

 こんな私に。
 居場所なんてない。

 生きる価値さえ。



 歩く、せつな。
 時折、立ち止まる。
 美希の家、美容院の前で。
 祈里の家、動物病院の前で。
 立ち止り、そっと見上げる。

 公園にも、行った。
 ダンスのレッスンをした広場を、眺めた。
 カオルちゃんがドーナツ屋を開く場所に、立った。

 歩いて、歩いて。
 街を歩き続ける。

 その全てで、せつなはラブと出会った。


 ここでラブと一緒に、お買い物をした。
 この段差に引っかかって、ラブが勝ったばかりのアイスを落としちゃってた。
 あっちの店で、お気に入りのものを見つけたと言っては喜んでた。
 そこのベンチで、日が暮れるまでお喋りしてたっけ。あの時はまだ、私はイースだった。騙そうとしていた私を、最後まで信じてくれたのよね、ラブは。


 浮かび上がっては消える幻想。
 そのたびに、胸が痛む。心臓が張り裂けそうになる。
 ハートから血が流れる。
 真っ赤な、ハート。それは、鮮血に染まった――――

 それでもせつなは、止めようとしない。
 思い出すことを、目を背けることを、止めようとはしない。
 どんなに苦しくても、痛くても、決して。

 そして、謝るのだ。彼女は。
 幻のラブに。

 ごめんね。ラブ。ごめん。
 貴方の望むように、いられなくて。
 ごめんなさい。



 最後に。
 彼女は、クローバータウンを一望出来る、丘の上に来た。 
 かつて、生まれ変わったばかりの彼女が、あゆみに声をかけられた場所。
 あの頃は緑のクローバーに包まれていた丘は、今は枯れ果て、茶色に染まっている。ひどく、寒々しい光景。
 せつなは、腰を下ろす。
 目に、焼き付けようと思っていた。これが、きっと、最後だから。
 膝を抱えて座りながら、街と空を見る。相変わらずの、どんよりと湿った曇り空。


 せつなは、考える。
 どこに行こう。
 いや。

 どこで逝こう。


 見つからない場所がいい。私のことを、誰も知らない場所で。

 すぐには、思いつかない。
 まぁいい、と彼女は思う。
 時間は、たっぷりある。
 考える時間なら、たっぷりと。

 それまでは、この街を見つめていよう。
 ラブが暮らした、幸せに溢れていた街を。
 過去形になってしまったことは、自分の罪。
 その形を、心に刻みつけよう。





 やがて。
 彼女は立ち上がる。
 行く先が決まったわけではなかった。
 それでも、もうここにはいられないと思った。

 せつなの目に、光は無い。
 それは、心が死んだから。

 後は――――体だけ。

 ゆっくりと歩き出す、せつな。その背中に。

「せっちゃん!!」

 呼び止める声が、かけられて。
 振り返る、せつなの視線の先には。

 髪は乱れ、服も部屋着のまま。走ってきた為だろう、肩で息をしながら、彼女を見つめる女性――――
 あゆみの、姿があった。





 間に合った――――!!
 ラブは、ホッと一息を付く。
 せつなの、彼女の様子から、何を考えているのかがわかっているのに、何も出来ないことにやきもきしていたけれど、でも――――間に合って、良かった。

 そう。
 あゆみを、ここに呼んだのは、彼女だった。
 長老に託された二つの力、その内の一つを使って。
 それはとても、危うい賭けだったけれど、ラブは信じていた。
 お母さんなら、必ず来てくれると。
 願いは、かなった。あゆみは、ここにいる。

 後は、最後の仕上げだけ。

 思いながら、ラブは。
 あゆみを前にして、立ちすくむせつなの背後から。
 残されたもう一つの力を使い。
 万感の思いを込めて。



 トン



 彼女の、背中を押した。
 強く。けれど、優しく。






 不意に後ろから押され、バランスを崩したせつなが、あゆみの胸に倒れ込む。
 すぐにその背中に、彼女の腕が回された。
 そして、せつなは抱きしめられる。あゆみに、きつく、きつく、抱きしめられる。

「せっちゃん――――!!」

 何があったのか、わからない。
 どうしてこうなったのか、わからない。
 けれど――――
 首筋に、雫が落ちたのがわかる。次々に、落ちてくる。

「泣いて――――るの?」

 答えは無かった。ただ、肯定するかのように、またきつく抱きしめられた。
 ギュッと。強く。

「私のことで、泣いてくれてるの――――?」
「当り前でしょうっ!!」

 叫び声に、ビクッと体を震わせる。その彼女の肩を掴んだまま、あゆみは体を離し、

「心配したのよ――――急にいなくなって――――鍵まで置いていって!!」

 涙で頬を濡らしながら、せつなを真正面から見つめる。その目から、彼女は、逃げることが出来ずにいて。

「せっちゃんが――――いなくなったのかと思って――――どこかにいっちゃっうのかと思って――――本当に――――本当に、怖かったんだから――――!!」

 そう言って、三度、せつなは抱きしめられる。今度は、頭をかきいだくように。
 壊れ物を扱うように、優しく。

「私がいなくなることが――――怖いの?」
「当り前でしょう!! 大切な、家族なんですもの!!」
「でも――――ラブは、もう、いないわ」

 ラブがいないあの家に、私の居場所なんて――――

「せっちゃんは――――」

 そんなせつなの髪を、あゆみはゆっくり梳る。

「せっちゃんは、せっちゃんでしょう――――? 私の大事な娘よ」

 あ――――
 息を飲む、せつな。
 けれど――――

「私が――――私がいたから、ラブは――――ラブは死んじゃった!! もう、戻らない!!」

 逃げようと、せつなはもがく。
 けれど、それを許すまいと、あゆみはきつく抱きしめ。
 決して、離さず。

「私は!! 皆を不幸にする!! やっぱり私は、幸せになっちゃいけなか――――」
「せっちゃん!!」

 せつなの叫びは、より強い声で塗りつぶされる。
 その一声は、たくさんの――――とてもたくさんの、想いが込められていて。
 動けなくなる彼女の瞳を、あゆみは間近から覗き込む。

「どうして――――そういうこと、言うの」
「――――あ」

 涙を湛えたその瞳に、せつなは言葉を失う。

「せっちゃんはね、人を不幸になんか、してないわ――――だって」



 私に、幸せをくれたんですもの。



「――――――――!!」

 いつか、を、せつなは思い出す。
 同じように、幸せになってはいけない気がすると言った彼女を、あゆみは、一つ一つやり直せばいいと、そう言った。
 けれど、やり直しても、無駄だった――――そう、思っていたけれど。

「――――幸せ、だったの?」
「だった、じゃないわ。今でも、幸せよ」

「ラブが、いないのに――――?」
「それはもちろん、悲しいわ――――けれど、せっちゃんがいることは、幸せよ」

「ラブが、いなくても――――?」
「ええ。ラブがいなくても」

「私――――必要とされてる――――?」
「せっちゃんがいない方が、よっぽど不幸よ」


「私――――私、ここにいていいの?」

「当り前でしょう? 貴方は、私の大切な、娘なんだから」



「――――お母さん!!」



 せつなは再び、あゆみの胸に飛び込む。
 今度は、誰かに背中を押されることなく、自分から。



 心が溶ける、音がした。
 溶けた心は、瞳から涙となって溢れて行く。

 どれだけ泣いただろう。
 ラブが死んでから、どれだけの涙を流しただろう。
 泣いて。泣いて。もう泣きつくしたと思ってた。
 でも、涙はまた溢れる。頬を伝う。
 違うのは。

『一つ一つ、やり直していけばいいのよ』

 あゆみに、そう言われた時と同じように。
 その涙は、あったかくて。



「せっちゃん」

 大声をあげて泣きじゃくるせつなの背中を、あゆみはポンポンと、あやすように叩きながら抱きしめる。

「貴方はね、幸せになっていいの。私も、お父さんも――――ラブも。皆、貴方に会えて、幸せなんだから」
「……幸せ……」
「ええ、そう。だからね、私達も願ってる。せっちゃんの幸せをね」

 でも、とせつなは目を伏せる。

「ラブは、私の為に――――」
「ラブだって、せっちゃんの幸せを願ってるわ」
「けど――――!!」
「証拠があるの」

 言いながら、あゆみはポケットから自分の携帯を取り出す。
 そして彼女が見せた携帯のメールには、


『お母さん!! せつなを探して!! 家を出てっちゃった!! 今、クローバータウンの外れの丘の上にいるから、すぐに来て!! そして、せつなに伝えて欲しいんだ。アタシ、せつなと会えて幸せだったよ、って。せつなに、幸せになって欲しい、って。それから――――大好きだよ、って』


「これ――――!!」

 顔を上げるせつな。あゆみは、泣きながら笑う。

「ラブからのメールよ。ほら、送信者のところ、見て?」
「でも、ラブは――――ラブの携帯は――――」

 ラブは死んだ。その携帯も、解約してしまった筈だ。
 けれど、確かに送信者は、ラブの名前で。メールアドレスも、ラブのもので。

「そうね。うん、そう。何かの間違いかもしれない。けれど――――私ね、思うの。これは、本当に、ラブからのメールだって。天国から送られてきた、ラブからの想いを伝えるメールなんだ、って。だって、このメールの通り、せっちゃんはここにいたんですもの」
「天国からの――――」
「きっと、ラブは今も見守ってくれてるのよ。せっちゃんのことを」

 携帯の、画面がにじむ。
 ラブからの想いが、伝わってくる。

「ラブ……」

 誰かを不幸にすることしか出来ない、そう思っていた。
 けれど。

「お母さん――――私、本当に、幸せになっていいの?」
「もちろん。今、もしもせっちゃんが不幸なら――――私が、幸せを返してあげる」
「返す?」
「ええ。貴方が私の娘になってくれたことで、私がもらった幸せを」

 繋がっているのだと、知る。

「私――――これからも……ラブがいなくても。お母さんって、呼んでいいの?」
「そりゃ、お母さんですもの」

 幸せという名の、絆で。

 私がここにいることで、お母さんが幸せになれる。
 私がいなくなれば、お母さんは不幸になる。

 それは、ラブがいなくても、変わらない。
 私とお母さんの、絆。
 私だけの、絆。

 生きていて、いいんだ。
 私は、この場所で。
 お父さん、お母さんの家族として。

 贖うべき罪は、まだあるのかもしれない。
 けれど、私を受け入れてくれる居場所がある。

 この場所で。
 私は、生きていこう。

 大切な人を失ったけれど。
 まだ、大切な絆があるから。


「せっちゃん」
「――――お母さん」
「幸せに、なってちょうだい」
「――――うん。たくさん、幸せになるわ。そして、お母さんに、お父さんに、幸せを返すの。私を受け入れてくれて、ありがとうって」


 そして、母と娘は。
 抱きしめ合う。

 かつて、彼女が初めて、お母さんという言葉を口にした時。
 そこにはもう一人の娘がいた。
 今は、二人。そこに寂しさを、感じないわけではない。

 それでも。
 互いを大切に思う気持ちは、変わらない。

 だから。
 抱きしめ合う。強く。


 それは、幸せへの、初めの一歩だから。





「良かった」

 二人の抱擁を見ながら、ラブは小さく呟いた。聞こえないだろうとは思いながらも、こっそりと。
 本当は少し、自分もその中に入りたかったけれど、我慢する。
 今は、せつなとお母さん、二人だけにしておきたかった。

「ホントに、良かったね、せつな」

 そう言うラブの手の中には、リンクルンがあった。
 ここから彼女は、メールを飛ばしたのだ。母、あゆみへと。
 長老との会話を、ラブは思い出す。

「長老、教えて欲しいことがあるの!!」
『教えて欲しいこと? なんや?』
「長老の力って、メールにも使える!?」
『メール? そら、使えへんことはあらへんやろうが――――』
「だったら、あの力の一つ目で、アタシのメールが、ちゃんとこの世界でも届くようにして欲しいの!! 一通で、構わない!! せつなを助ける為に、どうしても必要なの!!」

 危険な賭け、だった。
 届いたメールに、あゆみが気付かなかったら。
 気付いても、偽物だと思ったら。
 信じてもらえなかったら。

 けれど、あゆみは信じてくれた。

 やっぱり、お母さんはお母さんだ。
 大好き。

 改めてあゆみの恰好を見て、ラブは思わず噴き出してしまった。
 お母さん、靴の左右、違ってるよ。
 それに気付かないぐらい、慌てて出てきたんだ? せつなのこと、そんなに大事に思ってくれてるんだね。
 アタシからも、言うよ。ありがとう。


 さぁ。
 悪い夢は終わり。
 せつな。
 後は目を覚ますだけだよ。







「ぬぅぉぉぉぉぉおっ」

 ウエスターの拳を、パッションは腕を交差させて受け止める。
 が、勢いを殺しきれず、浮かび上がる体。そこに、

「おおおおおおっ!!」

 彼の左足の蹴りが跳んだ。

「うっ!!」

 直撃に、吹き飛ぶ彼女。ずざざざざ、と地面を転がり、そのまま倒れ伏す。
 強い――――!!
 改めて、美希は思う。さすがに幹部だけあって、一筋縄ではいかない。
 けれど、これは時間稼ぎなのだ。ラブ達が戻ってくるまでの。それまでは、ここに引き留めておかないと――――

「違うな」

 ボソリ、とウエスターが呟く。

「貴様っ!! イースではないなっ!!」
「――――!?」

 彼の一言に、彼らの戦いを見つめていたノーザが、目を見開いた。それに気付かぬまま、美希は動揺を必死に押し殺す。

「そ、そうよ。ようやくわかったの。私はキュアパッション――――」
「そういう意味じゃないっ!! ええい、姿を現せ、この偽物め!!」

 叫び声と共に、一気に近付いてきたウエスターが、パッションの服をつかみ、彼女の体を強引に壁に向かって投げつける。

「きゃぁぁぁぁぁぁっ!!」
「パッション!?」
「よそ見をしてていいのかい?」

 パッションに気を取られたピーチ――――祈里。その一瞬の隙を、サウラーに突かれる。はっと気付くが、時はすでに遅く。

「ふんっ!!」

 腹にぶつけられた掌底に、彼女もまた、吹き飛ばされる。

「きゃっ!?」

 ドン、と壁にぶつかり、落ちる二人。その瞬間に、彼女達が腰に付けている、リンクルンを入れたポーチが外れて、落ちて。
 少女達は、元の姿に戻る。

 パッションからベリー、そして美希へ。
 ピーチからパイン、そして祈里へ。

「うぅ……」
「くっ……」

 立ち上がろうともがく二人を、ウエスターとサウラーが見下す。

「やはり、偽物だったか」
「よくわかったね、ウエスター」
「戦い方が違ったからな。それにしても、どうしてイースに化けたりなど」
「なるほど。そういうことね」

 頷きながら二人の前に現れたのは、ノーザだった。変身が解け、それでも立ち上がろうとする少女達を見て、彼女は嘲笑する。

「イースが目覚める為の時間稼ぎ、といったところかしら。インフィニティを渡さない為に、知恵を振り絞ったわけね?」

 くっ、と歯を食いしばる美希と祈里の顔に、愉悦の笑みを浮かべながら、ノーザは続けた。

「惜しかったわね。すっかり、騙されてしまっていたわ。この私ともあろうものが」

 くすくすと声を上げて笑ってから、ノーザは一瞬にして冷たい表情を取り戻す。

「けれど、もう終わり。残念だったわね――――もう、イースは目覚めない」
「待ちなさい!!」

 拾い上げたリンクルンを構え、もう一度、変身しようとする美希だったが、ソレワターセがしならせた鞭のような腕に弾き飛ばされる。

「美希ちゃん!!」
「貴方達が悪いのよ。貴方達が、約束を守らなかったから。だから、イースは苦しみ続ける。そして――――永遠に眠る彼女を見て、永遠に苦しみ続けなさい」 

 そう言うやいなや、ノーザは。
 ソレワターセの体に、自らを同化させ始める。

 その行先は――――





「――――え?」

 戸惑いの声を、ラブはあげる。
 せつな。せつなと抱き合っていたあゆみ。
 二人の体から、急に色が無くなったから。
 凍りついたように、彼女達の体が動かなくなる。

 次の瞬きの後。
 世界からも、色が無くなる。全ての色が。

 せつなの赤の服。あゆみの栗色の髪。北風に揺れる木々の茶色。空の青。
 全ての色が、無くなる。

 セピアの世界。凍った世界。

「な、なに――――?」

 せつなの元に駆け寄ったラブが、その体に触れようとする。
 そして――――触れることが、出来た。夢の中の世界の筈なのに。
 けれどその体は、氷のように冷たくて。

「何が起きてるの――――?」

 フフフフフフフフフ――――

 ラブが思わず漏らした言葉に返ってきたのは、女の含み笑い。
 はっと振り返る彼女の前に、茶色の地面から姿を現す、二つの影。
 そのうちの一つが、ラブの姿に気付き、その顔に浮かんでいた笑みを深くする。

「あら。こんなところにいたなんてね、キュアピーチ」
「……ノーザ!!」


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最終更新:2009年12月23日 20:19