「おはよう、せつな」
目を覚ました彼女を迎えたのは、隣で同じように横になっていたラブの笑顔だった。
ギュッ、と手に力を込めて、彼女はせつなとの絆を確かめる。それに応えるように、せつなは指を絡めて。
そして、微笑んで。
「おはよう、ラブ」
彼女は、そう、言ったのだった。
届け この声 ――――lullaby for you――――
「行こう、せつな」
自室で急いで着替えてきたラブが、部屋に駆け込んでくる。それに、せつなも大きく頷いた。すでに彼女も着替えは
済んで、準備は出来ている。
目覚めてすぐの歓喜は、すでに消え去っている。彼女達が今、思うのは、親友の二人のことだけ。今頃、戦っている
のだろう。美希と祈里は、ラビリンスと。
「プリプー」
声をかけてきたシフォンに、せつなは微笑んで見せる。
「大丈夫よ。美希とブッキーは、ちゃんと助けてくるから」
「キュアー……」
そういうことじゃない、と言いたげに首を横に振って、シフォンは浮かび上がる。そして、せつなの目の前まで来て、
「セツナ。モウ、ヘイキ?」
片言のしゃべりで、眉を寄せながらそう言った。
その台詞に、一瞬、驚いてから、
「ありがとう、シフォン」
せつなはギュッと彼女を抱きしめる。フワフワで、抱き心地のいいその体に目を細めつつ、
「心配してくれてるのね。でも、もう平気よ」
ありがとう。さらにもう一度、彼女は同じ言葉を重ねる。何度言っても、心から湧き出る想いだからこそ、その価値は
下がらない。
やっぱり、大事だとせつなは思う。
ラブや、お父さん、お母さんと同じぐらいに、シフォンのことも大事だ、と。
それは、彼女がインフィニティだから、ではない。
大切な――――そして、愛を注いだ存在だから。
「ラブ、ありがとう」
「え?」
「シフォンを、ノーザに渡さないでいてくれて」
もし、彼女がせつなを案じて、シフォンを渡していたら――――考えかけて、止める。彼女はそんなことは決してし
ないと、知っていたから。
「たくさん、言いたいことがあるけれど――――それは、戦いが終わってからにするわ」
「うん。そうだね、せつな――――あ、でも、一つだけ今、言わせて?」
怪訝そうな目をするせつなの手を、ラブは掴む。
「あの時、アタシをかばってくれて、ありがとう――――けど、すっごく怖かったんだからね?」
彼女が言っているのは、ソレワターセの攻撃から、ラブを守ろうと飛び出した時のことだろう。
けれど、怖いというのは、それだけではないことも、せつなにはわかる。
自分が一人で、飛び出してしまったことも含めてのことなのだ。
「もう止めて――――アタシ、せつながいなくなるなんて……」
「ラブ」
悲しみの言葉を紡ぐ彼女の唇を、せつなは自分の人差指でそっと、抑える。
「わかってるわ。ラブがいなくなった夢を見て、私も、残された人の気持ち、わかったから」
言って、彼女は微笑む。
夢の中の世界では、ラブが犠牲になり、せつなが助かった。
現実には、その逆だった。
けれど、どちらであっても、悲しい想いをした人がいる。
悪夢を越えてきた今だからこそ、わかる。
自分が、誰かのことを想っているつもりで、結局は自分のことしか考えていなかったことを。
気付けて、良かった。せつなは思う。
取り返しのつかないことになる前に、気付けて良かった、と。
「お母さんだって、心配してたんだよ?」
うん、と頷きながら眦の涙を拭ったラブの言葉に、せつなは少し驚いてから、嬉しそうに目を細める。
「そう。お母さんが――――」
「キュア、キュアー」
「わいらかて、めっちゃ心配したんやからな」
「わしもおるで」
シフォン、タルト、長老までも、次々に言ってくる。
本当に、本当に心配してくれていたのだろう。気持ちが、伝わってくる。
皆の優しさに、私は守られたんだ。
だから、またせつなは言った。
「ありがとう、皆」
「それじゃ、行ってくるわ」
「美希タンとブッキーと、すぐに戻るから」
言い残して、アカルンの光に包まれる二人。
シフォンに、最後に一度、軽く微笑んで、せつなはラブと共に消えた。
「はぁぁぁ。ホンマ、疲れたわ」
「お疲れさんでしたなぁ、長老」
「まぁな。けど良かったわい。ちゃんと二人とも戻ってこれて」
タルトと長老が出て行って、誰もいなくなった部屋に、無機質な声が響く。
「ワガナハ インフィニティ ムゲンノ メモリーナリ」
「一体、何が起こってるんだ?」
ノーザを飲み込んだ後、沈黙し、動かなくなったソレワターセを見て、ウエスターがそう呟く。サウラーも、怪訝そうに
眉を顰めながら同じように見つめていて。
その隙を、美希は見逃さなかった。
工場の中を駆け抜け、服が汚れることも厭わずに地面に飛び込む。
「な!? しまった!!」
思わずサウラーが痛恨の呻きを口にした時にはもう、美希はその手の中に二つのリンクルンを持っていて。
「ブッキー!!」
その一つを、彼女は放り投げる。完璧な軌道を描き、胸に飛び込んできたそれを、彼女はしっかりと受け止めた。
「ありがと、美希ちゃん!!」
「どういたしまして」
ニッコリ、と一瞬だけ笑って見せて、美希はリンクルンを構えてウエスター、サウラーと向き直る。
「まだ戦うつもりかい? 彼女が言ってただろう。イースはもう、戻らない」
「やられ足りないというなら、いくらでも相手をしてやるけどな」
ポキポキ、と拳を鳴らすウエスターに、美希は唇を噛む。
確かに、作戦が見破られた以上、このままここで戦う意味はない。ここは一旦、退いて、ラブとせつなを待つ方がい
い。いや、ノーザが夢の世界に行ってしまったのであれば、自分達も追いかけなければいけないんじゃないか。
けれど――――
チラリ、と彼女は二人の背後のソレワターセを見つめる。
もしもここで、ソレワターセを倒すことが出来たなら。もしかしたらそれで、せつなを助けることが出来るかもしれない。
状況は、圧倒的に不利だ。ウエスターとサウラーの強さは、先ほど拳を交えて、いやというほど知った。それに、今は
沈黙しているとはいえ、ソレワターセが動き出しでもしたら、数でも負けてしまう。さらにここにノーザが帰ってきたら――――
「わたし、信じない!!」
逡巡する美希の耳に飛び込んできたのは、祈里の声だった。あの小さな体のどこに、そんな力があるのだろう。そう
思ってしまう程、揺ぎ無い強さに満ち溢れていて。
「せつなちゃんは、絶対に帰ってくるって、わたし、信じてる!! だから、戻らないなんて、信じない!!」
「信じ……? ええい、信じてるのか信じてないのか、どっちなんだ!?」
「信じないことが信じることだと言ってるんだよ」
混乱したウエスターの叫びに、サウラーは冷静に突っ込みを入れる。
クス。
そんな場合ではないと判っていたが、美希は思わず小さく笑ってしまう。
男二人の会話に、ではない。
祈里の言葉に、改めて思い出したからだ。
「そうね。そうだった――――あたし達は、ラブとせつなを信じてる。だから、あたし達が出来ることを、ここで精いっぱ
い、頑張るわ」
「うん!! そしたらきっと、幸せ、ゲットだもんね」
二人は、顔を見合わせて、笑い合って、頷く。
ここにいない彼女達の口癖を言ってみたら、なんだか少し、距離が縮んだ気がした。
強くなれた気がした。
「信じることが信じ――――? ええい、どうでもいい!!」
理解することを諦めたのか、ウエスターが祈里に跳びかかってくる。その蹴りをアワアワと手を振りながらも、彼女
はなんとかかわす。
「ブッキー!!」
「君の相手は僕だ」
声と共に振るわれた拳を、美希は間一髪で避けて。
「女の子に手をあげるなんて、最低じゃない?」
「君達に敬意を表しているのさ。プリキュアに変身をしなくても、君達は十分に強いだろう?」
そんなことないんだけどな。思いながらも、口には出さない。なんとか隙を見つけて、変身しなければ――――
緊迫した空気。ジリジリと近付いてくるサウラーに、美希はゆっくりと後ずさりながら距離を取る。と、背中にトンと何
かがぶつかって。
フワ、と宙に漂ったフローラルな香りでわかる。
「ブッキー?」
「美希ちゃん」
同じように、ウエスターから逃げ惑っていた祈里と、背中を合わせる。
「変身もさせてくれないなんて、卑怯よね」
小声で囁いた美希の言葉に、彼女は苦笑を返すばかり。その視線は、美希からは見えないが、きっとウエスターの
一挙手一投足を窺っているのだろう。自分が今、サウラーに向けているように。
ジリジリと近付いてくる、ウエスターとサウラー。そして、彼らが襲いかかってこようとした瞬間。
「――――!!」
工場の中に、赤い光が灯った。球体のそれは、一瞬、強く輝いてすぐに消える。その後に現れたのは、
「ラブ!!」
「せつなちゃん!!」
アカルンで移動してきた、二人の少女だった。
「な!? バカな!!」
「戻ってきただって!?」
呆気に取られるウエスターとサウラー、その隙に、美希と祈里は彼女達の元に駆け寄る。
「美希タン!! ブッキー!! ただいま!!」
「ただいま、二人とも」
「もう、ただいまじゃないわよ!! 心配させて!!」
怒ってるんだからね。そう言いながら、美希は必死に涙をこらえていた。良かった。本当に良かった、と。
祈里は涙目になりながら、せつなの手を取って、ギュっと両手で包み込む。
「お帰りなさい、せつなちゃん」
「うん、ありがとう、ブッキー。美希も、心配してくれて、ありがとう」
「べ、別に、心配なんてしてないわ――――信じてたもの」
「美希タンったら、あんなこと言ってるけど、せつなが起きなくてすっごく慌ててたんだよ」
「そ、それはラブの方でしょ!?」
「おまえらぁっ!!」
和気藹藹とした雰囲気を漂わせる少女達に、たまらず叫ぶウエスター。
だが、一斉に睨まれて、思わずたじろいでしまう。
「ぜ、全員、揃ったって、怖くなんてないんだからなっ!!」
「ウエスター……」
やれやれ、と言いたげに首を振ってから、サウラーは眼光鋭く少女達に飛びかかる。プリキュアに変身する前に倒
す――――その姿を見て、慌ててウエスターも続く。
だが。
「はぁっ!!」
「なにっ!?」
祈里に向けられたサウラーの拳は、屈んでかわされてしまう。伸びきったその腕をラブが掴み、気合いの声と共に
一本背負いの要領で投げ飛ばして。
「やっ!!」
「ぬぉぉっ!?」
ウエスターの蹴りを、せつなが後ろに跳び退り、勢いを殺しながら受け止める。そして、無防備になった足を、美希が
思い切り払って。
ドン。ドン。
地面に倒れ込んだ彼らは、自分達に起きたことが信じられないと言ったような表情を見せる。油断しているつもりは
なかったが、変身前の彼女達に、これほどまでに鮮やかにしてやられるとは思ってもいなかったのだ。
『やったぁっ!!』
四人で声をそろえて、ハイタッチを決める少女達。
「やっぱりあたしたち、完璧!!」
「皆で力を合わせれば出来るって、わたし信じてた!!」
美希と祈里が、嬉しそうに言う。今のコンビネーションは、打ち合わせをしていたものでなければ、練習をしていた
わけでもなかった。
何もなくても、互いを理解し合っているからこそ、咄嗟に体が動いたのだ。
「ええいっ、今のは無しだ、無し!!」
腕の反動を使って起き上がったウエスター。だが少女達はすでに、それぞれのリンクルンを構えていて。
「美希タン、ブッキー、せつな!! 行くよ!!」
『ええ!!』
『チェンジ、プリキュアッ!! ビート・アーップ!!』
「ピンクのハートは愛あるしるし!! もぎたてフレッシュ、キュアピーチ!!」
「ブルーのハートは希望のしるし!! つみたてフレッシュ、キュアベリー!!」
「イエローハートは祈りのしるし!! とれたてフレッシュ、キュアパイン!!」
「真っ赤なハートは幸せのあかし!! うれたてフレッシュ、キュアパッション!!」
『レッツ!! プリキュア!!』
舞い降りた少女達。その瞳には、強い光が輝いていて。
「くっ……おのれプリキュアっ!!」
「ここで、決着を!!」
だっ、と駆け寄ってくる二人から、プリキュア達は大きく飛び退る。そして、着地と同時に、
「はぁっ!!」
ピーチがカウンター気味に、ウエスターの鳩尾への肘打ちを狙う。それを右の二の腕でブロックした彼だったが、足
が止まってしまった。そこを狙ったベリーが、ピーチを飛び越えてのキックをしかけてくる。
「なんとっ!?」
「おのれっ!!」
すんでのところでキックをかわしたウエスター。着地するベリーに、サウラーの拳が飛ぶが、
「させないっ!!」
立ちふさがったパッションがそれを受け止め、弾く。そこに出来た隙に、横合いからパインが駆け寄りざまのパンチ
を叩きこみ、彼を吹き飛ばす。
「くっ!!」
空中で態勢を立て直し、なんとか着地するサウラーだったが、
『ダブル・プリキュア・キーック!!』
飛び上がったピーチとパッションが、声を揃えて彼にキックを見舞う。必死に腕を交差させ防御するサウラーだった
が、
「う、っく!!」
勢いを殺しきれず、ズザザザザ、と足が地面を滑って。
「サウラー!!」
駆け寄ろうとするウエスターの前に回り込んできたのは、ベリーとパイン。勢い良く拳を引いて、
『ダブル・プリキュア・パーンチ!!』
放たれた二人のパンチは、全く同時に彼へと叩きこまれる。慌てて両腕でガードをするが、その力に彼の体は浮き
上がり、飛ばされた。
「くっ」
膝をつく二人に対し、ヒラリと空中で一回転し、ベリーとパインのすぐ側に華麗に着地するピーチとパッション。彼女
達の表情には、自信が満ち溢れている。
まるで一つの生き物のように、有機的に、流動的に動きながら攻撃をしかけてくる少女達。数で負けているというこ
とを差し引いても、驚く程に圧倒されてしまっている。ベリーとパインも、二人の時とは全くの別人のように強く感じられた。
四人揃ったことで、彼女達が真の力を発揮しているのだろう。変身前の生身の姿でも、戦える程に。
「これが……プリキュアの力というわけか」
顔をしかめるサウラー。ウエスターも歯ぎしりをしながら、立ち上がる。
「だが我々も――――負けるわけにはいかない」
再び駆ける、サウラーとウエスター。迎え撃つ、プリキュア。
パンチとキックの応酬が続き、一瞬の油断も許されない戦いが繰り広げられる。
そして、最後に押し切ったのは、
『プリキュア・クアドラプル・キーック!!』
飛び上がった四人の一斉攻撃が、ガードの上からウエスターを跳ね飛ばす。たまらず転がる彼を尻目に、四人は
まるで舞うかのように体勢を変え、サウラーに向き直る。
『プリキュア・クラドラプル・パーンチッ!!』
ダン、と踏み込む足音さえ揃う少女達の拳を捌ききれず、彼は吹き飛ばされた。
ダメージに立ち上がれない彼らをよそに、四人の視線は、ソレワターセへと向けられた。
彼女達の戦いのさなかも、それは沈黙したままだった。そのことが少し不気味でもあったが、四人揃ったことの高揚
感が上回って。
「いくよ、皆!!」
ピーチの声に合わせて、全員がリンクルンに触れる。そして、
「届け!! 愛のメロディ!! キュアスティック・ピーチロッド!!」
「響け!! 希望のリズム!! キュアスティック・ベリーソード!!」
「癒せ!! 祈里のハーモニー!! キュアスティック・パインフルート!!」
「歌え!! 幸せのラプソディ!! パッションハープ!!」
それぞれが奏でる音色が、辺りを満たして。
「吹き荒れよ!! 幸せの嵐!!」
『悪いの、悪いの、飛んで行け!!』
「プリキュア!! ラブサンシャイーン――――」
「プリキュア!! エスポワールシャワー――――」
「プリキュア!! ヒーリングプレアー――――」
ハートが、スペードが、ダイヤが。
少女達のスティックで描かれ、光を放つ。そして、
『フレーッシュ!!』
声と共に、打ち出される。その後を追うように、パッションがハープを構え、
「プリキュア!! ハピネス・ハリケーン!!」
ソレワターセを直撃する、四つの力。
『はぁぁぁぁぁっ!!』
包み込むハートの色が、桃色に、赤色に、黄色に、赤色にと変わる。
真っ直ぐに向けた腕に、力を込める少女達。ソレワターセが、浄化されようとした、まさにその瞬間。
「図に乗るな、小娘がっ!!」
轟く、女の声。
それと同時にソレワターセから溢れた触手が、光のハートを内側から突き破る。
「ええっ!?」
咄嗟のことに反応できない四人の体に、容赦なく叩きつけられる触手。弾き飛ばされ、壁にぶつかる彼女達に追い
打ちをかけるように、しなる鞭のような打撃が加えられる。
一瞬。
ほんの一瞬の、ことだった。
つい先ほどまで、ウエスター、サウラーを相手にし、互角以上の戦いを繰り広げ、負ける気がしないとすら思ってい
た彼女達。
だが今は、地面に倒れ伏し、起き上がることすら出来ない。
「よくも――――」
そんな少女達の前に、ソレワターセの中からノーザが現れる。そして、起き上がれない彼女達を見下すように睥睨
して。
「ノ、ノーザ……」
「よくも私に、恥をかかせてくれたわね――――イース!!」
睨むように見上げるパッションだったが、ノーザの服の裾から飛び出した木の根に捉えられ、思い切り壁に向かっ
て投げ付けられる。
「ぐっ!!」
叩きつけられた後、地面に落ちるパッション。痛みに息をすることが出来ず、体を震わせることしか出来なくて。
『パッション!!』
「おまえ達もだ、プリキュア!!」
呼び掛けるピーチ達の体を、ソレワターセの触手が打ち据える。何度も、何度も。
その度に上がる少女の苦痛の悲鳴、だがそれを聞いてもノーザの表情は変わらない。
激怒に顔を見にくく歪ませた、彼女の表情は。
「いいようにやってくれたわね、あなたたち――――」
その声は、眺めていたウエスター、サウラーの背筋すら凍らせる程、冷たく。
「お返しは――――たっぷりと、してあげるわ!!」
ヒステリックな叫び声と共に、さらに苛烈さを増す攻撃。ソレワターセの触手と、ノーザの操る木の根が、プリキュア
達をいたぶる。成す術もなく翻弄される彼女達は、悲鳴を上げることしか許されなくて。
「――――はぁ、はぁ、はぁ」
どれだけの時間、そうしていただろう。
痛みに体を震わせるプリキュア達を見下しながら、ノーザは肩で息をつく。
「最初から――――こうしておけば良かったわね」
蹂躙と呼ぶにふさわしい、強力な力。
倒れ伏す、プリキュア。彼女達がいなければ、インフィニティを手に入れることなど、たやすいこと。
「所詮はこの程度の力しか――――」
「く――――」
言いかけたノーザは、しかし、信じられないものを目の当たりにする。
それは――――立ち上がろうとする、四人の姿。
「お前達!!」
「シフォンは、渡さない」
そう言ったのは、キュアピーチ。傷だらけになりながらも、その目はまだ、諦めてなどいなかった。
あの、悪夢の世界の中で見せたように、決して。
彼女の言葉に呼応するかのように、残りの三人が立ち上がる。そして、彼女達の瞳の中にも、同じ光があった。
キュアピーチと同じ、決して諦めない、絶望などしないという、強い意志の光が。
「ええい、うるさいっ!!」
苛立ちのままに、ノーザはソレワターセに命じ、プリキュアを攻撃させる。立ち上がることで精一杯の彼女達は、何も
出来ずに吹き飛ばされて、地面に転がる。
それでも。
「う、く……」
立ち上がろうと、する。支え合いながら、互いに手を貸しながら。
立とうとする。
「くっ――――」
まただ。ノーザは思う。
また、気圧されてしまっている。自分が。ラビリンス最高幹部である、このノーザが。
ただの小娘に。
「このっ!!」
もう一度、攻撃を加える彼女。だがそれでもまだ、少女達は立ち上がろうとして。
ギリッ。歯ぎしりをする、ノーザ。一体、どうすれば諦めると言うのか。
絶望に身をゆだねるというのか。
心を折れる気が、まるでしなかった。パッションですら、昨日、戦った時に感じられたような脆さが無くなっていて。
逡巡する、ノーザ。
だが、その彼女の前に、突然、光が表れた。
否。正確には。
光に包まれた、シフォンの姿が。
「なに!?」
「シフォン!?」
驚くノーザ、そして少女達。
ピーチの呼び掛けに、しかし彼女はこう答える。
「ワガナハ インフィニティ ムゲンノ メモリーナリ」
「ク、クククク――――」
ノーザは、笑う。
愉快でたまらない、と言ったように。
「フフフフフ、アハハハハハハハハ」
大声で、笑い続ける。そして、インフィニティと化したシフォンを見据え、
「まさか自分から現れてくれるとはね。手間が省けたわ」
「シフォン!!」
「うるさい!!」
叫ぶピーチを弾き飛ばす、ソレワターセの触手。
「なんで、シフォンちゃんが――――!!」
「タルト達、何やってるのよ!!」
口々に叫ぶ、パインとベリー。その声に、絶望の萌芽を感じ取り、ノーザは笑みを深くする。
そして、確かに彼女達は、絶望しかけていた。
ここには、クローバーボックスが無い。シフォンを元に戻すことも出来ない。そして、ノーザの強さは――――
「まだよ!!」
声と共に立ち上がったパッションが、一気に距離を詰める。
シフォンに触れさえすれば、アカルンで飛ばすことが――――
「そうはさせない」
だが彼女の手は、シフォンに届かなかった。立ちふさがったのは、ノーザ。彼女の操る木の根が、パッションの体を
吹き飛ばして。
「ここまできたのに、残念だったわね、プリキュア」
ようやく、余裕を取り戻したのだろう。嫣然とした表情と声で、残酷にノーザはプリキュア達を見下す。冷たく。
「シフォン!!」
動け、動け。何とか立ち上がろうとするピーチ、ベリー、パイン。
だが、受けたダメージは激しく。脚が、震えて。
「ようやくこれで、インフィニティは私のもの」
言いながら、ノーザがシフォンに手を伸ばした瞬間。
その声は、響いた。
「ランラン ランラン ラララララン ランランランラン ラララララン」
振り返る、ノーザ。ピーチ達も、声の主へと顔を向ける。
そこには。
壁にもたれかかるようにして立ちながら、
「ランラン ランラン ラララララン ランランランラン ラララララン」
子守唄を歌う、キュアパッションの姿があった。
彼女は願う。
届け、この声。
この想い。
最終更新:2010年01月11日 15:37