競-204

「あら、美希」
「ん? ああ、せつな」

 道端で偶然、出会った二人。
 微笑みながら挨拶をかわしながらも、黒髪の少女は、蒼い瞳の親友が抱える大荷物に目を見張る。

「どうしたのよ、それ」
「ん、ああ、これね。ちょっと、お届け物よ」

 片手に大きな紙袋を抱えながら、逆の手でトランクを引く彼女。背中にはリュックも背負っていて。
 さらに言えば、普段の彼女とは違い、あまりお洒落に気を使った格好では無かった。強いて言えば、動きやすさを
重視したような。

「お届け物って――――どこに? 送ったりとか、車で届けたり、出来ないの?」
「そんなに遠いわけじゃないからね。それに、これぐらいたいしたことないわ。こう見えてあたし、結構、力はある方な
んだから」

 にこやかに彼女はウィンクをして見せるが、その額には、真冬だというのに玉の汗が浮かんでいて。
 大変なんだ、ということを見て取って、せつなはため息を一つ吐いて、彼女に手を差し出した。

「手伝うわ。一つ、荷物、貸して」
「え? いいわよ、別に」
「なに言ってるの。そんなに汗かいて。 いいから渡しなさいって」

 そう言いながら、せつなは強引に、彼女の抱えていた荷物を奪う。持ってみてわかったが、かなりの重さだ。中を覗
くと、ぬいぐるみやお菓子、パーティーの飾り付けが入っていて。

「こんなに重いもの、持って歩いてたの?」

 呆れながら言うせつなから、美希はそっと目をそらす。その態度に、また、彼女はため息を吐く。

「ホント、直した方がいいと思うわよ、なんでも自分でしょい込む性格」
「せつなには言われたくないんだけどなー」
「何か言った?」

 ジロッ、と睨んでくるせつなに、美希は笑顔を返す。

「ううん、なんでもないわよー」
「――――まったく。それで? どこに持って行くの?」
「保育園よ。あたしが昔、預けられてたね」





       聖夜に響け 幸せのリズム





「あー。美希お姉ちゃんだー」
「美希お姉ちゃーん」
「お姉ちゃん、遊ぼー」

 美希が部屋に姿を現すや否や、中にいた子供達がいっせいに、彼女の元へと集まってきた。

「みんな、久しぶり。元気にしてた――――って、ちょっと!! 飛び付かないの!! イタタタ、髪を引っ張らないで!!」

 もみくちゃになりながらも、何とか踏ん張っていた美希だったが、結局、こらえきれず潰されてしまう。それでも構わ
ず集まってくる子供達を美希は叱るが、一向に静まらない。
 そんな彼女の姿を見て、せつなは苦笑する。なるほど、こうなることがわかってたから、いつもみたいなお洒落な恰
好じゃなかったんだ、と。

「せつなー。見てないで、助けてよー」
「え? どうやって?」

 助けを求めてくる美希に、きょとんとした顔でせつなは返す。

「お姉ちゃん、この人は?」
「せつなお姉ちゃんよー。今日は、皆と一緒に遊んでくれるんですってー」
「え? え?」
「ホント!? わーい、お姉ちゃん、一緒に遊ぼーっ!!」

 呆気に取られる彼女の元に、わらわらと集ってくる子供達。

「い、いや、あの、私は――――」

 断ろうとして、彼女は言葉に詰まる。どの子の瞳も、楽しそうにキラキラと輝いていて。
 困惑しながら、責めるような眼をせつなは美希に向けるが、

「良かったわねー、皆。せつなお姉ちゃん、今日はたーっぷり、遊んでくれるんですってー」

 にこやかな――――そして少し、意地悪な彼女の笑顔を見て。
 はぁ。
 また一つ、大きなため息をつきながら、仕方ないか、と覚悟を決めたのだった。




 それは、想像以上の激務だった。

「疲れた……」

 ぐったりとした表情で、うつぶせに横たわるせつな。ラブ等が見れば、あのせつなが、と驚いたことだろう。それほど
に、凛とした普段の雰囲気がまるで感じられない、へたりきった姿だった。
 たれせつな、と美希は思わず、有名なキャラを連想して、こっそりと名付ける。
 そんな、精も根も尽きたという彼女の周りでは、お昼寝の時間となった子供達がすやすやと健康的な寝息をたてて
いて。

「やー、ホント、疲れたわー」

 そう言いながら、美希が座ったまま両手をぐっと前に伸ばす。こちらも疲労が顔に色濃く出ていたが、それ以上に
やりとげたという達成感が満ち溢れていた。



「ありがとうね、せつな。付き合ってくれて」
「それはいいんだけど――――元気ね、美希」
「ま、慣れてるからね」
「二人とも、今日は本当に助かったわ」

 そこに現れた保育園の先生が、彼女達の前にジュースを置く。慌てて起き上がり、正座をするせつなに、初老に近
いその女性は、コロコロと玉のような声で笑う。

「そんなに気を遣わないでいいのよ。楽にしててちょうだい」

 言われて、照れくささにカーッと頬を染めるせつなの姿に、彼女はもう一度、笑う。子供達を起こさないように、声を
抑えて、だったけれど。

「本当に、美希ちゃん、いつもありがとう」
「いえ、先生。あたしが好きでやってることですから」

 先生の言葉に、美希は首を横に振りながら、笑って答える。そんな二人を、怪訝そうに見つめるせつなに、先生は
目を細めて、

「美希ちゃんはね、最近、よくここのお手伝いに来てくれてるのよ」
「よくだなんて、そんな。時々ですよ」
「それでも嬉しいわ。子供達も、皆、美希ちゃんが来たら喜んでるのよ」

 はにかむ美希と、ニコニコ笑顔の先生を見て、せつなは首をちょこんと傾げる。が、その場では何も聞かなかった。
なんとなく、そうした方がいい気がしたから。

「あたしね、さっきも言ったけれど、この保育園に預けられてたことがあったの」

 せつなが美希に尋ねられたのは、お昼寝の時間が終わり、子供達が今度は外で遊び始めてからだった。
 元気に駆け回る彼らを見ながら、せつなの問いかけに美希はそう答えた。

「その頃はもう、ラブともブッキーとも知り合ってたんだけど、二人がここに来たのは、あたしが入ってから一年ぐらい
後だったかな」
「どうして、そんな差が?」
「ほら、うちって、ママが離婚したでしょ? だから、ママが働くしかなくてね。さすがに、まだ小さいあたしを一人にして
おけないからって、ここに預けられてたの」

 そっと、せつなは目を伏せる。

「ごめんなさい、変なこと聞いて」
「あら、いいのよ。別に気にしないで。よくある話じゃない」

 美希の言葉には、何の気負いも、てらいもない。それが自然なことだと受け入れているようにも感じられて。

「ま、さすがに預けられてた頃のことなんて、おぼろげにしか思い出せないんだけどね」
「それで、どうしてお手伝いに?」

 最初の問いかけに答えてもらっていない。それに気付いて、問いかけるせつなに、美希は改めて苦笑する。

「前に、話したと思うんだけど――――ほら、あたし、ベリーソードをなかなか手に入れられなくて、焦ってたことがあっ
たのよ」

 ああ、とせつなは頷く。確かに、そんなことがあったと聞いた。ピーチやベリーが新たな力に目覚めたにも関わらず、
自分だけどうして、と。



「その時にね、シフォンをお世話すれば、新しい力が手に入るかも、って思ってさ――――ま、空回りだったんけどね、
結局は」
「美希らしいわね、それ」
「こら、言うようになったわね、せつなも」

 拳を振り上げると、せつなはクスクスと笑いながら、身をよじってかわす素振りを見せる。
 変わったな、と美希は暖かな気持ちで思う。昔は、こんな風に、からかわれることがあるなんて思ってもいなかった
から。

「ごめんごめん、それで?」
「ん――――まあ、めでたくキュアスティックを手に入れることは出来たんだけど……ちょっと、思い出しちゃったの
よね」
「なにを?」
「ここに、預けられてた頃のこと」

 言いながら、美希は優しい目を、はしゃぐ子供達に向ける。

「ママは、ああ見えて、やる時はやる人だからさ。お仕事だって、すごく頑張ってるし――――ま、急に海外に行ったり
することもあるけどさ」

 苦笑する彼女に、せつなもならう。確かに、彼女の母親、レミは、仕事熱心だ。よくラブを捕まえては、ヘアモデルに
なってくれと頼んでる。
 一方で、天真爛漫、というよりは子供っぽい部分が残っていることも否めない。この前も、事前にちゃんとした話もな
く、いきなり美希を残して海外に旅立ってしまったことがあった。

「だから、ね。迎えに来るのは、いつも最後の方だった。ラブやブッキーが帰っても、あたしは一人でここにいてね。
まぁ、先生達が構ってくれてたけど――――」
「寂しかったの?」
「……そうね。寂しかった」

 コクリ、と頷く美希。だがその顔に、言葉ほどの寂寥は現れていない。ただ、懐かしむだけ。

「だから、かな。時々、ここに来るようになったの。お手伝いなんて、たいしたことも出来ないけれど、あたしがいて、
喜んでくれる子がいるし――――それに、少しは最後まで残ってる子の話し相手になってあげれば、その子が寂しく
ないかな、って」
「優しいのね、美希は」

 素直で飾らぬ彼女の姿に、せつなは思ったままの言葉を投げる。
 美希は、それを受けて、またはにかむように笑って。

「大したことないわ。普通よ、普通」

 そう、言ったのだった。


――――後篇に続く――――


競-220
最終更新:2009年12月24日 01:59