避-320

「まさか、長老まであっさりやられてまうなんて信じられへんわ……」

 想像以上に酷いことになっていた。
 この世界を除く、ほとんどの平行世界がラビリンスの手に落ちているらしい。
 それはつまり、シフォンが既にインフィニティとして利用されていることも意味していた。

 インフィニティだから何だと言うんだろう。
 シフォンはシフォンなのに。
 誰にだって、自分の望む自分になる権利はあるはずなのに。
 大きくなった時、私と同じように苦しむのだろうか……自分の力が罪の無い人たちを傷つけたことで。


「こうなったら仕方ないよ、
 昨日せつなとも相談したんだけど、ラビリンスに乗り込むしかないと思うんだ!」

「アタシも昨晩、ブッキーと相談したの。やっぱりそれしかないかなって。だから覚悟はできてるわ」

 当然のように答える仲間を見て胸が痛む。それが何を意味するのか。

 占い館の攻防戦ですら、シフォンの助けが無ければ危なかったのだ。多分勝てなかっただろう。
 それをシフォンが敵に利用されてる状態で敵本国に乗り込むのだ。自殺にしても手が込んでいた。


「これまでの戦いと同じようにはいかないと思う。だから……ちゃんと、みんなに話してから行きたいんだ」

 美希もブッキーも頷く、やっぱりわかってるんだ。


 どうしてそこまで強くなれるんだろう。
 かけがえの無い宝物を人のために賭けられるんだろう。

 私はいい。もとから何も有りはしない。
 この命すら借り物だ。
 温かい居場所も家族も友人も、私には過ぎたものだった。
 プリキュアとして戦う間だけ、享受することを自分に許したもの。
 時が来れば返すべきもの。

 そしてせつなは思い出す。おとうさんとおかあさんに宛てた手紙が書きかけのままだったことに--
 私はこのままでいいのだろうか、と。



 全員で手分けして連絡する。両親、近所、友人、クラスメイト。心をこめてお願いする。
 大切な、大切なお話があるから。どうしても会いたいって----。


 みんな着てくれた。
 集まったのは大切な人たち。
 私たちの幸せを支えてくれている恩人。
 何事かと集まってくる、よく知らない人たちも居た。
 それだってこの街を支える大切な仲間には違いないだろう。


 お話の前に見て欲しいものがあります。ラブがそう言って私たちはリンクルンを構える。


〝チェイーーンジプリキュア!ビートアーーップ!!!!〟


 時間にして一刹那。
 直接見るのは初めての者も居ただろう、だがその存在を知らないものは皆無だった。
 ――――レジェンドプリキュア――――
 ラビリンスの出現と共に現れ、これまでこの街を守り続けた存在。


 息を呑み立ち尽くす者。腰を抜かし座り込む者。訳のわからない言葉で呻く者。
 反応はそれぞれだ。
 そして、やがてそれが大歓声に変わった。
 本当に親しい人たちを除いては……。


「どういうこと……これはどういうことなの?答えなさいラブ!!!」



 あゆみがたまらず叫ぶ。
 驚く?そりゃ驚いている。
 喜ぶ?そんなわけない。

 気がつかなかった。娘がずっと危ないことをしていたことに。
 わかってやれなかった。きっと何かサインがあったはずなのに。
 母親失格だ。何でも知っていたつもりだった。


 あゆみの、おかあさんの気持ちが痛いほどに流れてくる。
 おとうさんがそっと肩を抱いて、落ち着くように促した。
 美希やブッキーのご両親も同じ気持ちなんだろう。
 驚愕の表情が徐々に悲痛なものに変わっていく。


 ラブは、ピーチは謝りながら話す。
 突然、プリキュアに選ばれたこと。
 掟で話せなかったこと。
 何より、話すことで大切な日常が壊れてしまう事が恐かったこと。
 そして……
 自分の不注意で大切な友達がさらわれてしまったこと。
 そのせいで世界が大変なことになっていることを。


「あたしたちはラビリンスに行こうと思います。心配かけてごめんなさい。きっと、必ず帰ってきます」

 ピーチが思いを振り切るように言って、背を向ける。

「待って!!!」
「待ちなさい!!」

 私とあゆみおかあさんの言葉が重なった。
 おかあさんが、私から話すように目で促してくる。



 私は変身を解いた。プリキュアの姿のまま話していいことじゃない。
 ピーチたちも顔を見合わせて同じように解除した。



「私はまだ、話してないことがあります」

 足が震える。
 声が思うように出せない。
 心臓は狂ったように打ち続けている。
 地面がグラグラ揺れて平衡感覚がまるで無い。

 でも話さなきゃいけない。
 欺いたままでは行けない。
 プリキュアは逃げ場じゃないんだ!!


「私は家族として迎えてくれた人たちを欺いていました」

 そう、罪は私にある。
 おとうさんやおかあさんが責められるようなことはあってはならない。


「ダンスを教えてくれた大切な恩人を欺いてました」

 大切な人。どれだけ助けられただろう。励ましてもらっただろう。



「私の名前はイース!!ラビリンス総統メビウス様が僕」



『せつなっ』『せつなちゃん』

 ラブたちの悲鳴とも取れる叫びが木霊した。


 他に言葉を発する者は居ない、私は無視して話を続けた。

「僕、でした。侵略の尖兵として、この街の沢山の人や想いを傷つけてきました」

「皆さんの幸せを奪い、ピーチたちを苦しめてきました」

「任務に失敗し、ラビリンスから処分されて命を失い……そして、4人目のプリキュアに生まれ変わりました」

「すみませんでした」 

 深く、深く頭を下げる。

 誰も何も言わない。
 おとうさんもおかあさんも言葉の意味が理解できてないようだ。

 当然だ。私ですら信じられなかったんだから。



 やがて気配の一部が変わる。
 それは憎悪、私が最も馴染んだ感情。


「ふざけるなっ!!」

 叫びと共に石が飛んできた。
 避けられる?避けるものか!
 私は見つめる、目はそらさない、これが私の罪。
 頭に命中した。否、私から当りに行った。
 激痛とともに頬に熱いものが流れる。


 足りない。足りない。足りない。足りない。足りない。足りない。


 飛んできた方向、憎悪の一番濃い部分に向かってまた頭を下げた。


 私を罵倒する声があちこちから聞こえる。
 ダメだ。聞こえない。頭が痛い。頭に入らない。
 体に刻んで欲しかった。


 突然、私の頭が温かいものに包まれた。
 見えない、でも、この温かさは知っている。
 おかあさん――――。


 再び感じる殺気!ダメだ、今はダメだ、おかあさんが。


(パァァ--ン)

 美希が凄まじい形相で男の顔を張り倒していた。


「女の子の顔に……よくも……よくも」

 壮年の男性が中学生の美希に気圧される。

「貴方は何年生きてきたの?
 どんな家庭でどんな愛情に包まれて育ってきたの?
 せつなは何も知らなかった。
 親の顔も、愛情も、思いやりも何も教えてもらえなかった。
 ただ強要されて、服従させられて、命すら自由にならなくて。
 14年間、ずっと孤独に震えてきた子なのよ!」

 ラブとブッキーも手を広げてせつなの前に立った。

「そんな子が自分の罪を認めて精一杯がんばってるのよ……」

 最期は涙声になっていた。肩を震わせて泣き出した。


 いつの間にか罵声は止み、静寂に包まれていた。



「この子はわたしの娘。桃園圭太郎と私、あゆみの大事な子です 
 少し家族と話す時間を下さい。夕方、また必ずここに来ますから」

 誰も止める者は居なかった。4人と家族は静かに帰路についた。



避-327
最終更新:2009年12月30日 05:59