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「キャァァァァァァァッ!!」

 吹き飛ばされる、三人のプリキュア。私はそれを見ながら、肩で息を付く。
 体中に巻き付く、ナキサケーベの蔦。棘が肉に食い込む痛みに耐えながら、私は叫ぶ。

「プリキュアを倒せ!! ナキサケーベ!!」


 そして。
 長い、長い闘いの最後に、立っていたのは、私。
 地面に倒れ伏すプリキュアを眺めながら、歓喜に酔いしれる。

「メビウス様!! 私は……私は、やりました!! プリキュアを、倒しました!!」

 この勝利を、私は、メビウス様に捧げる。

 我が名はイース。
 ラビリンス総統メビウス様のしもべ。





         刹那のまぼろし  上





「プリキュアを倒した、か――――よくやった、イース」
「ありがとうございます、メビウス様」

 深く頭を垂れた私にかけられる、厳かな声。
 ようやく。
 ようやくメビウス様の、お役に立てた。褒めてもらえた。
 それを実感し、心の中で喝采をあげる。
 けれど、まだまだ。私は自分で手綱を締める。
 これからもしっかりとメビウス様にお仕えして、もっと認めてもらわなければ。

「次は、インフィニティだな」
「は。必ずやインフィニティを見つけてご覧にいれます」
「うむ。任せたぞ、イース」
「全てはメビウス様の為に」

 そう。
 プリキュアを倒しても、まだ終わりじゃない。インフィニティはまだ、姿を現していないのだ。これから、さらにFUKOのゲージを溜めていかなければならない。
 もっとも、最大の障害だったプリキュアを倒した以上、時間の問題だろう。それでも、一刻も早いに越したことはない。

「イース」

 思いながらメビウス様の部屋を辞した私に、女の声がかけられた。
 振り向けばそこには、切れ長の冷たい瞳を持つ女性が、薄く笑いながら腕を組んで立っていた。

「ノーザ」
「ノーザさん、と呼んで欲しいところだけれど……まぁいいわ。貴方の活躍には、一目置いているから」

 最高幹部である彼女の言葉に、私は冷たい視線を返すだけ。彼女に認められたところで、嬉しくなどない。私はただ、メビウス様に認めてもらえればいいのだから。

「プリキュアを倒したそうね。素晴らしいわ。この調子で頑張ってちょうだい」
「言われなくても」

 それが言いたかっただけなのか、と半ば呆れながら、私は踵を返す。これ以上、相手にしていられない、とばかりに彼女に背を向けたのだが、

「どうして、生かしているの?」

 その問いかけに、足を止めて振り返った。
 ノーザは、相変わらず笑っている。だがその瞳は冷酷で、欠片も笑いなどしておらず。

「――――なんのこと?」
「プリキュアだった少女達のことよ。桃園ラブ、蒼乃美希、山吹祈里の三人――――どうして殺さなかったの?」

 殺す、という言葉に、私は眉をしかめる。

「その必要がないからよ。もし万が一、あの子達がプリキュアに戻ったとしても、また私が倒すだけ――――それに、彼女達が変身する為のアイテム、リンクルンならもう、私が奪っている」

 私がプリキュアを倒して真っ先にしたことが、彼女達の持つリンクルンを奪うことだった。不思議な力で守られたそれは、触れると激しい光を放ち、強い痛みを覚えたけれど――――ナキサケーベのカードに耐えた私には、容易くはないにせよ、出来ないことではなかった。

「か、返して――――」

 リンクルンが奪われると同時に、キュアピーチから元の姿に戻ったラブは、最後の力を振り絞ってだろう、手を伸ばしてきた。けれどすぐに力尽き、美希や祈里のように、意識を失ってしまう。
 その彼女の姿を、私は冷たく見下す。
 これでいい。もう、邪魔は入らない。
 命を奪おうと、一瞬、考えた。この手を、彼女の首筋にかけもした。
 だが――――私は、結局、何もしなかった。
 いずれこの世界も、メビウス様のものになる。その時には、ラブも気付くだろう。ラビリンスが、どれほど素晴らしい国かということを。

「てっきり私は、情けをかけたのかと思っていたわ」

 あの時のことを振り返っていた私の耳に飛び込んできた声は、悪意と愚弄に満ちていた。だから、私はキッとノーザをにらみ返す。

「私は情けなどかけない。優しさなど、虫唾が走る」
「そう。ならいいのだけれど」

 クツクツと喉で笑いながら、ノーザは立ち去っていく。
 一体、何が言いたかったんだ、あいつは。
 心を撫でまわされたような不快感に苛立ちながら、私はその背中を見送ったのだった。





 FUKO集めは、順調に進んで行った。
 なにしろ、プリキュアがいないのだ。
 ナケワメーケを邪魔する者がいない以上、ただ暴れさせておくだけでもFUKOは溜まって行く。あえてナキサケーベを出す必要もない。
 私は、ウエスターとサウラーの三人で交互に出ながら、FUKOのゲージを上げることに全力を尽くしていた。


 そんなある日のことだった。
 ラブから、久しぶりに会おうとメールが入ったのは。


「やっほう、せつな。お待たせ」
「――――ラブ!?」

 かけられた声に振り向いた私は、彼女の姿に絶句した。
 鼻と頬に絆創膏を貼り、両腕と右脚には包帯が巻かれた、痛々しい姿。

「何があったの!?」

 驚く私に、ラブはテヘヘーと笑って、明るく言った。

「ほら。ちょっと前にさ、ナケワメ――――とっと、変な怪物が出てきたでしょう? その時にさ、子供が逃げ遅れてたのを見つけて、助けに行ったらちょっと、ね」

 再び私は、絶句する。
 この前のナケワメーケといえば、ウエスターが出撃した時のことだろう。プリキュアがいない以上、気にすることもないだろうと思っていたのだが――――まさか、ラブがいただなんて。

「あ、全然、平気だよ? 怪我なんてたいしたことないのに、ちょっと大げさに包帯とか巻かれちゃっただけでさ。アタシは元気だから!!」

 明るい顔でガッツポーズをするラブ。
 けれど、無理をしていることなんて、一目でわかった。

「ラブ……どうして」

 私は、混乱する。
 そもそも、プリキュアの力を失った彼女に、私が会う必要など無かった。それでも、ラブから送られてきた、会いたい、というメールにオーケーの返事を返したのは、彼女が一体どうしているか、知りたかったのだ。
 一体、彼女がどれだけのFUKOを抱えているか――――それが見たかった。
 けれど。

「だってさ。困っている人がいたら、助けたいじゃない」

 彼女は今でも、戦いの場にいる。伝説の戦士には、もうなれないのに。
 あまつさえ、笑顔を見せる彼女に、私は驚きと混乱を隠せない。

「ラブ。貴方がそんなことする必要ないわ」
「ありがと。せつなは優しいね」

 私の言葉をどう受け取ったのか。ラブは笑ってそう言った。
 優しい? 私が?
 そんなことはない。ただ、おかしいと思うだけ。
 他人を助ける為に、自分が傷つくことを厭わないなど――――
 私には、到底、理解できなかった。




 そう。この時、私は何も理解出来なかった。
 圧倒的な力の差があっても挑もうとするラブの気持ちも。
 自分が傷付いてまで他人を助けようとする心も。


 どうして彼女が、私に会おうと言ってきたのか。その理由も。



 後になって考えてみれば、おかしかった。
 他人を心配させることを厭う彼女が、はっきりとわかる怪我をしているのにも関わらず、私に会おうとした。そうまでして私を求めたのは、きっと――――
 逃げたかったのだ。
 何も知らない――――と彼女は信じ込んでる――――私に会って、安らぎたかったのだ。

 ラブは、プリキュアだった。
 誰かを助けるために、その力を使っていた。
 それは彼女にとって、責任を伴うものだった。
 自分達がプリキュアとして戦うことが、皆の幸せを守ることだった。

 だがその力を、彼女は失ってしまった。イース――――つまり、私にリンクルンを奪われて。

 どれだけラブは、自分を責めただろう。どれだけ、苦しんだだろう。
 もう、変身は出来ない。プリキュアにはなれない。
 自分はなんてことをしてしまったんだろう。なんでこんなに自分は弱かったのだろう、と。

 ラブが、プリキュアの力を失ってなお、誰かを助けようとしていたのは、もちろん彼女の優しさでもあったと思う。
 けれど、そこには幾許かの自責の念があったに違いない。
 はっきりと、彼女がそう思っていたのかどうかは、わからない。自覚があったかどうかすら、怪しい。
 ただ、私は思うのだ。
 あの時、ラブは弱っていた。その弱さを、きっと、同じプリキュアだった美希や祈里には見せられなかったのだろう。
 落ち込んでなんかいられない、出来ることをしよう。三人できっと、そう言いあっていたに違いない。
 けれど、本当はすごく、落ち込んでいたのだと思う。
 仲間だからこそ、それを表に見せることが出来なかったのだ。
 いや、私、東せつなにすら、落ち込んでいると見せたわけではなかった。
 それでも、プリキュアであることを知らない私といることは、彼女にほんの少しだけ、プリキュアのことを忘れさせたのかもしれない、と。

 甘えられていたことに、しかし、私は気付かなかった。
 笑顔が仮面だと、見抜けなかった。

 それからも何度か、私は東せつなとして、ラブと出会った。
 いつも、どこかしら彼女は怪我をしていた。
 なのに、ラブは笑っていた。

 多分、あの頃の彼女は、傷によってもたらされる痛みで自分を責め、他人を救うという行為で自分を救っていたのだろうと思う。

 ひどい欺瞞だ。
 そんなラブは、私の知ってるラブじゃなかった。

 けれど私には、どうすることも出来なかった。
 何も出来ず、壊れゆく彼女の姿に、ただ混乱するばかりだった。



 戸惑う私をよそに、FUKOのゲージは溜まって行く。
 そして、ついにインフィニティが現れた。

「ワガナハ インフィニティ ムゲンノ メモリーナリ」

 そう言いながら宙に浮かぶインフィニティ――――シフォンを、私、イースが捕まえる。

「これが――――インフィニティ」
「シフォン!!」

 呟く私の目に飛び込んできたのは、ラブの姿だった。シフォン、シフォンと名前を叫びながら、私に跳びかかろうとしてきている。

「ラブ、落ち着いて!!」
「無茶だよ、ラブちゃん!!」

 美希と祈里が、彼女を背後から抑えるが、それをふりほどこうと激しくラブは暴れ回る。

「離して!! シフォンが、シフォンが!!」

 滂沱と涙を流しながら、髪を振り乱すラブの姿に気圧されて、私は思わず一歩、二歩と後ずさる。初めて見る彼女のその表情に、心がかき乱される。
 何を、私は。そう自分を叱咤する。プリキュアの力を失ったラブを、恐れてどうする。
 私はインフィニティを抱きかかえたまま、彼女に背を向ける。

「シフォン!! シフォン!! シフォン!!」

 泣き叫ぶラブの声に、何故か胸が痛んだ。
 ようやく求めていたものを手に入れたというのに。メビウス様にもっと認められる筈なのに。
 私の心に、充足感は欠片も生まれなかったのだった。






 ラビリンスに運ばれたインフィニティは、すぐさまシステムに組み込まれた。
 無限のメモリーを得たメビウス様の号令のもと、全ての世界をラビリンスは侵食していき、その管理下に収めていく。
 それは、ラブ達の住む四ツ葉町のある世界も例外ではなかった。



「よくやった、イース」
「は」

 メビウス様の前で、私は頭を下げる。
 インフィニティを手にいれた功績を認められ、私はラビリンスの最高幹部の一人となった。位でいえば、ノーザと同じ。つまりそれだけ、メビウス様に認められたということだ。

「インフィニティを手にいれた今、全ての世界をラビリンスが管理するようになる。抵抗する者どももいるやもしれんが――――その時はわかっているな、イース」
「はい。私にお任せ下さい。メビウス様に逆らうことの愚かさ、思い知らせてみせましょう」

 私の言葉にメビウス様は、うむ、と深く満足そうに頷く。

「よく言った、イース。頼みにしているぞ」

 夢にまで見たシーン。信頼を、言葉という形にしてメビウス様からもらえた。
 きっと、歓喜に身を震わせるだろうと思っていたのに――――どうしてだろう、何の感慨も浮かばない。
 そんな私の葛藤に気付かず、メビウス様は続ける。

「プリキュアを倒し、インフィニティを手に入れた。イースよ、お前の働きに報いよう。何か望みはあるか」

 驚きに、私は顔を上げる。見れば、メビウス様の隣に立っていたクラインも、その言葉に目を見開いていた。それだけの台詞だったのだ。メビウス様がおっしゃったのは。
 ラビリンスは管理国家。全てはメビウス様のものであり、その住民がメビウス様の為に働くことは当然のこと。それ故、メビウス様が誰かの働きに報いることなど、あるはずのないことなのだ。

「メビウス様、それは――――」
「良い。良いのだ、クライン。さぁ、望みはあるか、イース」

 後になって思えば、インフィニティによって全ての世界を手に入れたことで、メビウス様も浮かれていたということだろう。
 だがその時の私は、ただ驚くばかりで、そこまで考えていられなかった。
 望むものなど、なにも――――そう、答えかけて。
 電光のように、頭に閃いたものがあった。
 それを私は、口にする。

「メビウス様、それでは私の望みを申し上げます。私が、欲しいのは――――」






 それから、しばらくして。
 私が望んだものが、家に届いたと聞かされた。
 列を乱さないように気を付けながらも、急ぎ足で私は帰る。
 そして、扉を開けた瞬間。

 彼女の姿が目に飛び込んできた。

 黒と灰色の服に身を包んだ、少女。その胸のダイヤが赤なのは、私の持ち物だというあかし。

 ずっと待っていたのだろうか。
 彼女は、その場にひざまずきながら、こう言った。

「我が名は桃園ラブ。ラビリンス最高幹部、イース様のしもべ――――」



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最終更新:2010年04月07日 21:43