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 ラブと二人の生活が始まった。
 彼女はとても従順で、素直だった。かつてプリキュアとして、ラビリンスと戦っていたとは思えないぐらいに。

「ラブ。ラビリンスで暮らせて、幸せ?」
「うん、イース。アタシ、幸せだよ」

 敬語はいらない、と言ったから、彼女はまるで友人のように私に接してくる。もっとも、それは口調だけで、やはりラブが私のしもべであることには変わりはないのだけど。

「その割には、ラブ、笑顔が無いようだけど」
「えー? そんなことないよ。ちゃんと笑ってるって」

 顔を近づけて、ラブの目を覗き込む。そんな私の言葉に一瞬キョトンとした後、笑顔を返してくる彼女の瞳に、光は無い。かつてあれほど、イキイキと輝いていた太陽のような光が。
 この目を、私は知っている。
 これは、ラビリンスの人間の目だ。街を歩く、全てをメビウス様に捧げた人々、彼らの瞳と一緒なのだ。
 それだけなら、まだいい。
 彼女は、その目で笑うのだ。かつてと同じように、明るい笑顔で。
 とても――――それはとても、いびつなもので。
 私は少し、慄然とする。

 どうしてこうなったのだろう。
 メビウス様が全世界を支配すれば、彼女もラビリンスの素晴らしさに気付くと思った。だからこそ、私はラブを欲したのだ。
 彼女に感じて欲しかった。ラビリンスに管理されることの喜びと、メビウス様の偉大さを、一番近い場所で。
 そうして悟って欲しかった。プリキュアとして戦ってきたことが、どれだけ無意味だったかを。そして、他人を助ける為に命を賭けるなど、愚かなことだということを。
 私の望み通り、ラブはラビリンスに馴染み始めている。この世界のルールを、受け入れ始めている。

 けれど――――
 私はただ、砂を噛むような思いしか抱いていなかった。
 どこかで、ボタンをかけ違えてしまったかのような――――そんな違和感だけを感じていた。


 この時、私は私の中に生まれた矛盾に、自分で気付いていなかった。
 笑顔など、虫唾が走ると思っていた自分。それが、彼女の笑顔を望んでいたことに。





    刹那のまぼろし 中





「ウエスターとサウラーが?」
「ええ。今日、処分されたわ」

 今頃、デリートホールの中でしょうね。
 ノーザの発する笑い声に、私は顔をしかめた。
 ラビリンスにインフィニティがもたらされ、全ての世界がラビリンスの管理下に収められた。それでもなお、一部に抵抗する者達がいる。その制圧が、私達に任せられた新たな使命だった。
 その一環でおもちゃの国の制圧に向かっていた私。トイマジンとかいう敵を倒して帰ってきてすぐに聞かされたのが、ウエスターとサウラーの処分の話だった。
 二人は、私がラビリンスにインフィニティを届けた後もまだ、あの世界に残っていた筈なのだが。

「あの二人、貴方とは違って、全く優秀ではなかったわね。私がソレワターセを貸してあげたというのに、ラビリンスに従わない人間を支配しきれずにいた――――あまりに使えないから、メビウス様も痺れを切らしたようよ」
「――――そう」

 私は、軽く目を伏せた。
 ウエスター。サウラー。私達は三人で、あの世界に攻め込んだ。FUKOを集め、インフィニティを手に入れる為に。
 ウエスターは単純で、はっきり言ってバカだった。何事にも力押しで、暑苦しくて、ことあるごとに私に構ってくるのが鬱陶しかった。
 サウラーはその逆。ひきこもりの癖に、自分が一番、頭がいいと思っていて、私達を見下していた。いつだって冷静で、何でもお見通しだと言わんばかりのその目が気に入らなかった。

 けれど。

「さすがだなぁ、イース!! 俺は嬉しいぞ!!」
「やれやれ、君に先を越されるとはね――――ま、すぐに追いついてみせるよ」

 私がインフィニティを手に入れ、最高幹部となった時に、二人とも我がことのように喜んでくれた。ウエスターは豪快に私の背中を叩き、サウラーはシニカルな中にも暖かな笑みを浮かべながら。

「ふん。貴方達も精一杯頑張って、メビウス様のお役に立てばいいわ。そうすればまた、一緒になることもあるかもね」

 二人にそう返した時、不思議だけれど――――本当に、不思議だけれど。
 私は、彼らから離れることが、寂しいと感じたのだった。


 結局、その言葉は現実のものとはならなかった。
 彼らはもう、いない。消去されてしまった。


「それにしても冴えない最後ね。あの世界にはもうプリキュアもいないというのに、こんなに苦労をして――――貴方も、役立たずが消えて清々したでしょう?」

 ドンッ。
 ノーザの言葉が終わるか、終わらないかの内に、私の拳が彼女の脇の壁に穴を穿った。

「それ以上、言うことは、許さない」

 怒りを込めて告げた私に、彼女は微塵の動揺も見せずに笑って見せる。

「あら。どうしたのかしら? まさか、メビウス様のお役に立てないような愚か者のことを、大切にでも思っていたの?」

 だとしたら――――
 そこでニヤリ、とノーザは唇の両端を吊り上げて笑う。

「――――っ」

 私は、顔をしかめて拳を引く。彼女の言いたいことが何か、わかったから。
 メビウス様が切り捨てたものを大事に思うということ、それは、間接的にとはいえメビウス様の決定に異を唱えること。
 ラビリンスでは、メビウス様の決定は絶対。メビウス様の期待に応えられない者には、生きている意味などない――――ウエスターとサウラーは、応えられなかったのだ。
 自分の胸に湧き上がる、説明しがたい感情に苛立ちを覚えながら、私はノーザに背を向ける。
 忘れよう。彼らのことなど。もう二度と会うこともないのだから。

「ああ、イース。そういえば」

 それでも脳裏に浮かび上がる二人の姿に葛藤していた私に、彼女がまた声をかけてくる。
 無視して立ち去ろうとしていた私だったが、

「二人とも、まだ逃げ続けているそうよ――――かつてキュアベリー、キュアパインだった子達がね」

 聞こえてきた言葉に、思わず足を止める。
 蒼乃美希。山吹祈里。彼女達が、まだ?

「プリキュアの力を失ったというのに、なかなかしぶといようよ。もっとも、それも時間の問題でしょうけれど」
「――――」

 肩越しに振り返る私に、ノーザは言った。

「ウエスター、サウラーが失敗した今、メビウス様は貴方の御活躍をお望みよ」

 驚きは、無かった。いや、驚かなかったことに、驚きはあった。
 ウエスターとサウラーに出来なかったこと。それは、あの街、クローバータウンのある世界を、ラビリンスの管理下に収めること。
 それはつまり、まだ逃げ続けている美希や祈里を、メビウス様のしもべとすること。
 多分、予感していたのだ、私は。
 その使命が、私に下されるということを。

「出来るわよね?」

 甘い声で囁くノーザに、私は眉を跳ね上げながら言う。

「見くびらないで。出来ない理由なんてないわ」
「変わってあげてもいいのよ? 騙していたとはいえ、かつての友達を敵に回すのは嫌でしょう?」
「くどい!!」

 彼女の声を聞くたびに、心が腐って行くような気がして、私は大声をあげて遮る。

「我が名はイース!! ラビリンス総統メビウス様のしもべ!! 全てはメビウス様の為に――――だから、何も躊躇う理由などない!!」

 言い放って、私はノーザに再び背を向けた。クツクツと楽しそうに彼女が笑っているような気がしたが、それを心の中から外に追いやる。
 本当に――――本当に、苛立たしい女だ。




「お帰りなさい、イース!!」
「ただいま、ラブ」

 久しぶりの家に戻ってきた私を迎えたのは、ラブの笑顔だった。変わらない、彼女の笑顔。いびつで、瞳に光の無い――――
 それでも私は、何故か少し、ホッとした。きっとそれは、彼女の存在にだろう。

「イース――――疲れてる?」

 覗き込んでくるラブの体を、私は思わず、引き寄せて抱きしめてしまう。

「イース?」

 驚きの声を上げながらも、彼女は抵抗しようとしない。されるがままだ。
 何も言わず、私はラブの肩に顔を埋める。そしてギュッと抱きしめる。彼女の体を、強く、強く。
 どうしてそうしたのか。自分でも、わからなかった。
 ただ――――そうしなければ、自分が保てそうになかったのだ。
 この時の私は、何かに脅えていた。姿の見えない恐怖に。

「――――ちょっと、苦しいよ、イース」

 どれほどの間、そうしていただろう。あまりにきつく抱きしめていたせいか、少し遠慮がちにそう言ってきてやっと、私は彼女を解放した。

「ごめん、ラブ」
「ううん、いいよ――――疲れてるんだね、イース」

 心配そうに見つめてくる彼女に、私は首を横に振ってみせる。

「平気よ。何でもないわ――――それより、私がいない間、どうしてたの?」
「いつも通りかな。ああ、でも、時間があったから家の中の御掃除をしてたよ」
「掃除を? そんなこと、貴方がしなくても良かったのに」

 最高幹部となったことで、私の家には、私の家を掃除する役目を与えられた人間が来るようになっている。彼らが家を綺麗にしているのを、ラブも見ていた筈なのに。

「――――ゴメン。ダメ、だった?」

 私の言葉に、途端にか細い声になる彼女。私は慌てて、ダメじゃないわ、と言い繕う。

「そうね。これから私がいない時は、ラブにお願いしようかしら」
「うん。任せといて!!」

 頷く彼女に、私は何故か安らぎを覚えていた。
 やはり瞳に光はないけれど、そんな風にイキイキしている姿の方が、ラブらしいと思ったから。
 無理もない。かつて、あんなに自由奔放だった彼女なのだ。この生活に退屈することだってあるだろう。私に出来ることと言えば、そう感じないようにラブの好きなようにさせるぐらいで――――

 ――――え?

 私の思考が、止まる。フリーズする。
 今、私――――何を考えていた?
 この世界の掟。全てが管理されていなければならないというルール。であるなら、ラブの全ても管理されていなければならない。そう、行動の全てを。
 けれど、それは。
 ラブが、ラブでなくなってしまうということ――――?

「違う――――」

 私は思わず、そう呟く。声に出して否定しようとする。
 メビウス様は絶対だ。メビウス様が全てを管理する世界は、素晴らしい世界だ。ラブだって、その良さを判っているはず――――!!

「イース――――大丈夫?」

 その時の私は、きっと、ひどく青白い顔をしていたに違いない。サァと音を立てて、血の気が引いたのがわかった。一方で、ラブが私を心配してくれている声は、ひどく遠くのものに思えて。

「あ――――」

 混乱する私が、辺りを見回した時、壁際の背の低いタンス、その上に置かれた小物入れに目が止まった。
 きちんと閉められていた筈なのに、その蓋が微かに開いている。場所も、出かけた時とは違っている気がする。

「ラブ、あの小物入れ――――」
「ん? ああ、お掃除の時、雑巾がけしたから、ちょっと触ったよ」
「中は――――覗いたの?」

 スッと。
 私の言葉に、ラブの顔から表情が消える。そして、その無表情のまま、首を縦に振って頷いた。

「――――そう」

 彼女の答えに、私はそうとしか言えなかった。
 立ち上がって、タンスに近付く私。小物入れを手に取って、蓋を開ける。

 そこには、三つの携帯が入っていた。
 ピンクと、ブルーと、イエローの携帯。プリキュアに変身する為のアイテムであり、私が彼女達から奪い取ったもの。
 リンクルンが。

「――――――――」

 触れられた形跡は、無かった――――触れようと思えば、触れられた筈なのに。
 奪い返そうと思えば、奪い返せた筈なのに。
 私は、ラブを見る。
 一瞬前の無表情が嘘のように、彼女はキョトンとした顔をしていた。

「ラブ――――」

 呼び掛けた後、少し躊躇ってから、私は言った。
 笑って、と。

 彼女は、笑った。
 相変わらずの、いびつな――――光の無い笑顔で。



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最終更新:2010年01月16日 16:33