管理率、99.9998%。それが、ラビリンスが管理下に収めた世界のパーセント。
わずか0.0002%の、まだラビリンスに従わない人間達。その中に、美希達は含まれていた。
「美希ちゃん……」
「しっ。誰か来る」
祈里が不安そうに声を発するのを、美希は指で押しとどめながら、そっと二回の窓から外を覗く。
彼女達がいるのは、廃屋。クローバータウンからは随分と離れた所にあるそこに、二人は隠れ忍んでいた。ラビリンスから逃れながら、ここまで来たのだ。
二人を支えたのは、カオルという男だった。人間離れした動きと力を見せる彼に守られていたからこそ、プリキュアの力を失った彼女達でも、なんとか逃げ延びてこれたのだ。
だがその彼も、つい昨日、捉えられてしまった。もはや、彼女達を守る盾は無い。
絶対絶命。それでも必死に抗おうとする美希は、祈里を何とか鼓舞しようとする。
「大丈夫だって、ブッキー。きっと、なんとかなるわよ」
そう言うのは、彼女が希望のプリキュアだったからだろうか。安心させるように笑う美希に、祈里は頷くが、その目には力が無い。
「こんな時、ラブちゃんがいたら……」
彼女の言葉に、美希は息を飲み、そして俯いた。ぎゅっと力強く手を握りしめて、唇を噛む。
「どこに、行っちゃったんだろう――――」
「大丈夫。きっと無事よ。あたし達の知らない所で、逃げ回ってるに違いないわ」
言いながら笑う美希だったが、その顔には影が落ちていた。自分の台詞を、自分でも信じきれていないのだろう。祈里はそれに気付いたようだったが、何も言わずにやはり、頷いた。
ガチャン!!
不意に、ガラスの割れる音が響いた。
慌てて身構える美希と祈里。階下に響く足音は多く、それだけで人数が計り知れた。
美希は、迷うことなく窓を開き、飛び降りる。
「ブッキー!! 早く!!」
「う、うん!!」
わずかに躊躇しながらも、飛び降りる祈里。下に柔らかな芝生があったからだろう、涙目になりながらもなんとか立ち上がる彼女の手を取り、美希は裏門から逃げようとするが、
「全てはメビウス様の為に」
「全てはメビウス様の為に」
「――――っ!!」
その前に立ち塞がる人々。皆、同じ言葉を呟きながら、彼女達を逃がすまいと壁を作る。
「カオルちゃん!?」
祈里が、壁の中にいた男を見て、声を上げる。その声に絶望が混じるのも、いたしかたないだろう。昨日まで、超人的な活躍で彼女達を守ってくれた男が、今は敵となっているのだから。
「――――くっ」
祈里を背にかばいながら、近付いてくる人々を睨みつける美希。だがその背後、廃屋の中からも、人が溢れ出してきて。
徐々に逃げ場を無くす二人。包み込むように集う人々。
そして、目を閉じる彼女達の体に、人々が触れようとした瞬間。
「待ちなさい」
私は、そう声をかけて、彼らを押しとどめる。ずっと彼女達の様子を映し出していた水晶玉を手にしたまま、人々の前に進み出る私の姿に、美希と祈里が目を見広げる。
「せつな!?」
「せつなちゃん!?」
「――――全員、下がりなさい」
驚きの声を上げる彼女達をよそに、私は周りの人間にそう命じる。唯々諾々と従い、踵を返して消える彼ら。そして残された、私達。
「え――――? せつなちゃん、これって――――」
「――――まさか!! せつな、やっぱりあなた!?」
戸惑う祈里とは対照的に、美希は言葉と同時に私を睨みつける。やっぱり勘のいい子だ。けれど、遅かった。
「スイッチ・オーバー!!」
声と共に手を横に広げ、私は変身する。
「え!? せつなちゃん!?」
「――――っ!!」
目を丸くする祈里、唇を噛む美希。その前で、私は静かに告げる。
「我が名はイース。ラビリンス総統、メビウス様のしもべ――――!!」
「あの世界を制したか――――よくやった、イース」
「はっ」
メビウス様の言葉に、四ツ葉町から戻った私は深く、深く頭を下げる。
報告したのは、あの世界の支配が完了したということ。即ち――――全ての人間が、ラビリンスの管理下となったということ。
そう。もうあの世界に、自分の意思を持つ人間はいない。誰一人として。
「お前の功績は、賞賛に値する。次の使命が降るまで、しばし休むといい、イース」
「ありがとうございます。メビウス様」
礼を言って部屋を出た私の胸は、しかし、満たされていたとは到底、言えなかった。
メビウス様に認められること、ただそれだけを望んでいた筈なのに、今は。
帰り道を歩きながら考えるのは、一人の少女のこと。
ラブのこと。
あれからしばらくの間、寝食を共にした。
彼女はどんどんと、笑わなくなった。いや、表情そのものが無くなっていった。その姿は、周りのラビリンスの人々に同化していった。眩い程の金の髪も、どこか褪せたものに見えてきて。
私は思う。彼女が輝いていたのは、その内側からだったのだということを。
ラブ――――
私は心の中で呟く。
はっきりと、私は自覚していた。
彼女をこの世界に連れてきたのは。管理しようとしたのは。
過ちだった、と。
もう、戻らないのだろうか。彼女は。
苦い思いを抱えて、自分の家の扉を開ける私。ただいま、と中に声をかけるが、ラブの姿は無い。
不審に思いながら、ドアを開けて彼女の姿を探す。
「――――いた」
ようやく見つけたのは、寝室でだった。彼女は、ベッドに腰かけて座っていた。握り拳を作った手を膝の上に置き、俯いている。
「ラブ――――」
「ねぇ、イース」
どうしたの。そう尋ねようとした矢先に、彼女は硬い声で問いかけてくる。機先を制されて黙る私に、ラブは立ち上がって問いかけてくる。
「ねぇ――――どうして、イースがこれを持ってるの?」
言いながら、彼女が拳を開くと、そこには。
四つ葉のクローバーをかたどったネックレスがあった。
「――――っ」
「これ、アタシの友達が持ってたもの――――せつなが持ってたものなんだよ。世界にたった一つしかない、大切な宝物なんだ」
それを、どうして。続けるラブの瞳が、困惑に揺れている。
「どうして、イースが持ってるの?」
あぁ。
私は、心の中で呟く。
良かった。
見つけてくれたんだ、ラブ。
四ツ葉町に向かう前、私はラブにこう言った。
あの箱――――リンクルンの入った箱を、もう二度と開けてはいけない、と。
だが彼女は、その言いつけを破った。
それがどんな気持ちからだったのか、私にはわからない。
ともかく、箱を開けたラブは驚いたことだろう。そこに、東せつなにあげた筈のネックレスを見つけて。無論それは、私が入れておいたのだ。見つけた彼女が、私に問いかけてくるだろうと思いながら。
入れた時の私の気持ちも、正直、うまく説明は出来ない。
ただ、願いはあった。ラブがこれを見つけてくれればいい、と。
都合のいいことだと思う。自分が彼女を連れてきた癖に。管理しようとした癖に、と。
――――けれど、嘘偽りのない、本当の気持ちだった。
「ラブ――――よく見てて」
言いながら、両の手を合わせて捻り、
「スイッチ・オーバー」
その手を開く。一瞬にして、私は変身する。
イースから、東せつなへと。
「――――え? せつ、な?」
驚きに声もない彼女に、私は再びイースの姿に戻る。
「これで、わかったでしょ――――せつななんて子は、もともといなかったのよ」
「嘘――――嘘!!」
慄き、後ずさるラブの手を、私は掴む。そして、顔を近付けた。
「嘘じゃない。本当のことよ――――貴方が友達と思っていたせつなとは、この私。貴方の変身アイテムを奪う為に近付いたの。そして――――奪った」
「そ、んな……」
彼女の体の震えが、握った手から伝わってきた。
思わず私は、ラブの体を引き寄せ、抱きしめる。
強張る彼女に構わず、強く、ギュッと。
きっとこれが最後の抱擁だと、そう思いながら。
「ごめん――――ごめんなさい」
耳元で、そう囁いて。
名残惜しい気持ちを抑えながら、体を離す。
脱力した彼女は、ストンとベッドに腰を下す。私は、箱の中からラブのリンクルンを取り出し、彼女に掴ませた。
「謝って、許されることじゃないのはわかってる。けれど言わせて――――ごめんなさい」
そして、背を向ける。最後に、一言だけを残して。
「こんなこと言っても信じてもらえないかもしれないけれど――――今でも、友達と思っているの」
パタン。音を立てて、扉を閉めた私は、一度、瞼を閉じる。
たゆたうのは記憶の海。彼女との出会いから、これまで。
次に目を開けた時、私にはもう迷いなど無かった。
さぁ、行こう。
友の為に。
最終更新:2010年01月19日 00:54