(私、何か悪かったのかしら………)
せつなは練習着のままベッドに腰掛け、ため息を付く。
時計を見て更にため息。ダンスレッスンの後、予定もないのに
こんなに早く帰宅するなんて初めてかも知れない。
いつもなら皆とお喋りして、ドーナツ食べて……。
時間なんていくらあっても足りないくらいなのに。
今日の美希と祈里はおかしかった。
まだ付き合いの長いとは言えない自分にもはっきり分かるくらい。
せつな以上に不自然さを感じてるはずのラブは何も言わない。
せつなを促して早々に家路についた。
美希はいつもと変わらない。いつもより上機嫌なくらい。
それこそがおかしかった。
祈里の覇気の無い態度。少ない口数。
何か言いたげに美希を窺っているのが分かるのに、
美希はわざと知らん顔してた。
いや、知らん顔はしてない。祈里にもちゃんと話掛けてた。
でも………。
(ブッキー、何かを待ってたみたいだった。)
美希の受け答えが、明らかに期待と違ったのだろう。
祈里は美希と言葉を交わすごとに睫毛を伏せ、瞳を陰らせていった。
会話自体はごく普通の雑談、だと思う。
美希が祈里を買い物に誘い、祈里は都合が付かない、と断る。
それだけだった、はず。
「ねぇ、ブッキー。この後はどうする?買い物行ける?」
まだ返事聞いてなかったわよね?
美希は屈託のない笑顔で話しかける。
「……あ、……ごめんなさい。今日は……」
祈里は上目遣いに美希を窺いながら、言葉を濁す。
「ああ、都合悪い?最近忙しいのね。」
「…あ……」
祈里の言葉を最後まで聞かず、美希はせつなに話しかける。
祈里がすがるような視線を送っているのに。
「ね、せつな、この間の店!ブッキーに似合いそうなニット、あったじゃない?
あれ、見に行こうって言ってたの。すごく可愛かったわよね。」
「え?あ?うん。」
「あれ、せつながブッキーに絶対似合うって言ってたやつ。
まだ残ってるかしら?」
「さぁ、どうかしら……。」
「せつなはこの後どうするの?ブッキーが無理なら予定空いちゃった。
また買い物でも行かない?」
「ダメだよ、美希たん。あたしとせつなは用事あるんだから。」
「なに?アタシも混ぜてよ。一人じゃつまんないじゃない。」
「家族で出掛けるんだよ。遊びに行くんじゃないし。」
なぁんだ。と、美希はつまらなそうに唇を尖らせていた。
勿論、そんな予定なんて無い。
私、ちょっとおろおろしてたと思う。
ああ言う時、どうしていいかわからない。
ただ、ブッキーが私に話しかける美希を曇った目で見ていたのは分かったから。
ラブが助け船を出してくれた。
あのままじゃ、私きっと変な事言ってたと思う。
今までラブ達3人の事、単純に羨ましいと思ってた。
物心付く前からお互いを知ってて、家族ぐるみの付き合いで。
家族も友達もいなかった私には、ただ眩しくて。
でも付き合いの長い友達って、ただ単に仲良しなだけじゃ済まない
何かがあるのかしら。
(難しいものね……)
胸の奥が石を飲み込んだように固くなる。
本当は祈里に嫌われているのだろうか?
チラリと頭を掠めただけなのに、涙が滲みそうになる。
祈里は優しい。祈里のお陰でクローバーに溶け込む勇気が持てた。
今でも自分に見せてくれた親しみは本物だったと信じてる。
それでも…
祈里は、自分が美希と親しくするのを歓迎してない。それだけは分かる。
(どして……?)
「あのー……、せつなさん……」
いつになったら、あたしの存在に気付いて貰えるんでしょうか?
ベッドの足元に座ったラブが苦笑いで見上げている。
そうだ、ずっとラブここにいたんだっけ。
「ごめん……。」
ま、いいや。ラブはそう言って私の後ろに回り込んだ。
私の肩に顎を乗せ、お腹の前で指を組んで抱き抱えるように密着してくる。
「せつなのせいじゃないよ。」
「私、別に……。」
「でも、原因探してたでしょ?」
「………………。」
あの二人の事はラブが一番よく分かってる。
そのラブが静観してるんだから、自分なんかに出来る事はないんだろう。
それでも、考えだすと止まらない。
ほんの少しでも自分にも原因があったら。
自分のせいでクローバーがおかしくなってしまったら。
目の前が暗くなるほど怖い。
それなら、自分が消えてしまう方がずっと気が楽。
こんな事ラブに言ったら怒られるから絶対に言わないけど。
「ブッキー、おかしかったね……。美希たんも。」
「……うん。」
「ねぇ、せつな。あたしの事、好き?」
こんな時に何でそんな事を聞くんだろう?
そう思いながらも、耳が熱くなってきた。
「……好き、よ?」
「じゃあ、美希たんとブッキーは?」
「??好きよ。」
当たり前じゃない。だから今だって悩んでるのに。
「せつなはあたしの恋人だよね?あたしの事、好きだから一緒にいてくれてる。」
「??そう、だけど……」
「じゃあ、何であたし以外の人を好きって言うの?」
「ラブ…。何、言ってるのよ?」
真剣に訳が分からない。からかわれてるんだろうか。
「答えてよ。せつなはあたしの恋人で、あたしが好き。
それなのに、何で美希たんやブッキーを好きって言うの?」
「……だって…。どして?そんな事言うの?あの二人は友達だもの。
ラブとは意味が違うじゃない。」
「そう!それが原因。」
「……?」
「ブッキーがおかしかった原因だよ。それが。」
どう言う意味?私とラブは恋人……で、美希と祈里とは親友。
どちらもとても大切な人。
それに、美希と祈里だってそうなのよね?
だって、美希は本当に祈里を大事にしてるもの。
ついからかいたくなるくらい。
私が祈里の事でからかうと、美希はすぐに拗ねた振りをする。
頬を染めて、プイっとそっぽ向いたり。慌てて話を逸らそうとしたり。
いつもおすましでお姉さんぶってる美希が、まるで
小さな子供みたいに可愛いの。
「ブッキーはねぇ、あれでけっっっこうワガママなんだよねぇ。」
まぁ、美希たん絡み限定だけど。
美希たんにとって、いつでも自分が一番でないと嫌なんだ。
恋人とか、友達とか、関係ないの。
「まぁ、自分でもあんまり分かってないんじゃないかな。自分の気持ち。」
「ラブには……分かるの?」
「たぶんね。」
羨ましいんだよ。
ラブはそう言う。「羨ましい」その感情は理解出来る。
昔、イースだった頃にラブに抱いた気持ち。
そんな感情を自分が持つ事自体を認めたくなかった。
屈辱感すら覚え、自分をこんな惨めな気分にさせる存在に
憎しみをたぎらせた。
もし、寿命を切られる事がなかったら「幸せ」を夢見、その最中にいる人間を羨むなど
頑として認めなかっただろう。
すべてが裏返しになった瞬間の事はよく覚えてる。
「羨ましいと思った」そう、口に出しても不思議と恥ずかしくも悔しくもなかった。
目の前が開け、縮こまっていた胸の中がすうっと外に広がって行くような気分。
「清々しい」、そう言った気がする。
でも、分からないのは祈里がなぜ「羨ましい」なんて思うのか。
可愛らしくて、頭も良くて。あんなに大切に想ってくれる美希のような存在が側にいて。
およそ、人の羨む要素をこれでもかと持ってるのは祈里の方だと思うのだけど。
「人の気持ちってさ。不思議だよね。完璧に見えてる人でも本人は
全然満足してなかったり、誰もが欲しがるような物を持ってる人が、
本人はそんな物まったく必要ないと思ってたり……」
たぶんそうなんだ。せつなにもない?そう言う事。
ラブに体を預けるように、力を抜く。
暖かくていい気持ち。飲み込んでいた塊が、少しずつ軟らかくなっていく。
「たださ、これだけは確かだよ。」
「……?」
「ブッキーは、せつなの事、大好きだよ。」
親友だもんね。
そう言ってぎゅっと抱いてる腕に力を込めてくれた。
やっぱり、ラブにはお見通しなんだ。
いつも、私が一番欲しいものをくれる。自分でも、気付かないくらい
無意識に欲しがってるものを。
「……うん」
ちょっと泣きたいような気分だったけど、ラブを見てニッコリ笑ってみた。
きっとラブは私が泣くより、笑顔の方が喜ぶと思ったから。
「やあっと、笑った!」
すべすべの頬を擦り寄せられるのは、くすぐったいけど気持ちがいい。
祈里と話してみたら駄目かしら?
ラブはこう言う時、きっと黙って見守るのよね。
きっと大丈夫!って信じて。
(ラブは、そっとしておく事に決めたのよね…?でも……私は……)
ちょっとだけ、お節介やいてみようかと思った。
時には、強引にに踏み込む事も必要なんじゃないかと思うから。
ラブが私をラビリンスから取り戻そうとしてくれたみたいに。
はっきり言って私は言葉で伝えるのが苦手だし、下手くそなのは分かってる。
きっと、ブッキーはびっくりして、……ひょっとしたら傷付けてしまうかも。
それでも、精一杯伝えようと頑張ればブッキーなら許してくれるって
思うのは思い上がりかしら?
ブッキーに伝えたい。
心は繋がるって。誰かを想う気持ちは、黙っていてもきっと相手に伝わってる。
でも、言葉にすればもっと深く繋がって、もっと強く結び付くんだって。
私は、みんなにそう教えて貰ったから。
最終更新:2010年01月11日 15:22