「ゴメン、あたし、どうしても会っておきたい人がいるの!」
公園に向かう途中、そう言って立ち止まったラブ。
「会っておきたい人」
その言葉が指すのが誰なのか、何の為に行くのか、せつなはすぐに理解した。
だから。
「……わかった、先に行ってるわ。みんなには、私が説明しておくから」
そう言ってラブに向けたのは、笑顔。
「ありがとう!」
その笑顔に送られて、ラブは走り出す。
会いたい人の下へと。飛び切りの笑顔と共に。
せつなは、ラブの姿が見えなくなるまで、その場に立ち尽くしていた。
「……」
やがてその姿が、先の通りの角を曲がったことで完全に見えなくなる。
そのタイミングを見計らって、タルトが口を開いた。
「じゃあ、ワイらは先に行ってましょか、パッションはん」
「……」
「パッションはん?」
「……ごめんタルト、先に行ってて」
「どないしたんや?」
「なんでもない……すぐに追いつくから、お願い」
「?」
わけがわからない、と首を傾げるタルト。
するとその手を後ろから引く者がいた。
「タルトはん、パッションはんの言うとおりにしたってや」
「アズキーナはん?でもな……」
「お願いやさかい」
タルトの目を真摯な瞳で見つめるアズキーナ。
その中には、懇願を示す感情の揺らめきが混じっている。
それを理解したタルトは、暫し黙っていたが、やがて一つ、頷きを返す。
「そやな、じゃあワイとアズキーナが先に行ってベリーはん達に説明するさかい、
パッションはんもあんまり遅れんようにきてな」
「うん、わかってる……ありがとう、タルト」
せつなのその言葉と共に、公園の方に駆け出すタルト。
後に続こうとするアズキーナが、その前にせつなの方に振り向いたので、
先程の口添えへの感謝の意を込めて一つ、頭を下げる。
「……」
アズキーナは何か言いたげに、心配げな表情を浮かべていたが、
先を行くタルトから促す声が飛んできたので、
一礼をするとすぐにきびすを返して、タルトに続いたのだった。
(パッションはん……)
タルトを追いかけて、走りながら、アズキーナは思う。
その場に一人、残りたいと言った少女の事を。
そして、タルトからは見えていなかったが、
アズキーナには見えていた事。
その少女が、ラブを送り出した時からつい先程、タルト達と別れるまで、
一度も笑顔を崩そうとしなかった事を。
タルト達の足音が遠ざかった事を確認すると、せつなはもう一度、
ラブが消えた曲がり角の方に向き直る。
「ラブ、上手くいくといいわね」
笑顔を浮かべたまま、誰に聞かせるでも無く、呟く。
それが自分の心からの言葉だからと。
―そう、思い込む為に―
「あ……」
目尻に感じた熱。
その正体を理解する前に、それは滴となって、せつなの目から零れ落ちた。
「あ……いや……」
その事を拒否するように、ふるふると首を振るせつな。
しかしそれを無視して、彼女の両目から熱を持った水滴が次々と溢れ出る。
「やだ……だめ……だめなんだから……」
制止する言葉。
それでも、溢れるものは止まらない。
「嫌……お願い、止まってよお……」
それでもせつなは、それに対して拒絶の言葉を言い続ける。
嫌だから。
こんなのはダメだから。
だって、今泣いたら……ラブの見つけた幸せを認めないことになってしまうから。
きっかけは、ダンスコンテストの練習の時。
思わぬ闖入者の登場に、始めは呆れたような目つきで見ていたラブの視線が、
途中から変わったように思えた事。
ダンスコンテスト当日、初戦を通過したことで浮かれる中、
ただ一人、ラブだけが違う方向を見て浮かない顔をしていた事。
そして、シフォンがさらわれた後にあった出来事と
つい先程の「どうしても会っておきたい人」という言葉……。
わかっていたつもりだった。
ラブの幸せと、自分の幸せが一緒のものとは限らないということを。
いつか、彼女が彼女自身の幸せを見つけた時、自分とは違う道を―
―彼女の選んだ幸せへの道を進むだろうということ。
そしてその時に、せつな自身がその足枷になるような存在に
なってはいけないということも。
だってそうじゃないか。
私は、こんなに短い間に抱えきれないほどの、いや、
一生掛かっても返しきれないんじゃないかと思うくらいに
いっぱいの幸せを貰ったのだから。
それなのに、まだ幸せを求めようとして、ラブの幸せを奪ってしまうことに
なってしまったら。
そんなことは、許されない。何よりも私自身が、それを許さない。
だから。
ラブが、大切な人が見つけた幸せを祝福してあげること、それが私がするべきこと。
その時が来たら、精一杯の笑顔で、送り出してあげよう。
彼女が幸せをゲット出来るように。
そう思って、心のなかに想いを押し殺して、鍵をかけて閉じ込めていた筈なのに。
それなのに。
「っ……う……く……ぁ」
涙という名の鍵によってその扉はあっさりとこじ開けられ、
本当の想いが鎌をもたげていく。
ラブ。
どうして、行ってしまったの、ラブ。
どうして、私とじゃダメなの、ラブ。
ねえ、ラブ、お願い、教えて。
私じゃ貴方を幸せに出来ないの、ラブ。
「ぁ……うぁ……ひぅ……ラブ……」
せつながずっと浮かべていた―
―いや、顔に張り付かせていた本心を隠す為の偽りの笑顔も
最早、次々と顔を伝う滴によって剥がされ、押し流され、跡形も無い。
後に残ったのは、ただただ、感情のままに泣きじゃくる少女の顔。
それでもせつなは、目元に浮かぶ涙を両手で拭い続ける。
そうすることで、本当の気持ちにまだ抵抗し続けられる、そう思い込んでいるかのように。
しかし、その動きも段々とゆっくりしたものになっていき、
やがて力無く両手が下がっていく。
「ラブ……ラブぅ……」
最早彼女に出来る事は只一つ、泣きながら名前を呼び続ける事だけだった。
既に去っていってしまった、愛する人の名前を。
最終更新:2010年01月11日 12:07