競-253

桃園家の居間。
冬に突入したとはいえ、午後の日差しが差し込む今の時間については、
暖房の恩恵に預かることなくそこそこの暖かさを維持出来ている場所。
そんなこの部屋に、今いる人物は全部で5人。
この家の住人であるラブ、その母のあゆみ。
そしてラブの幼馴染の美希と祈里。
最後に、本来ならラブと同じくこの家の住人である筈なのだが、
ちょっとした「事故」で本来の―東せつなの―姿に戻れなくなった
赤のプリキュア、キュアパッション。
5人は、居間のテーブル周りの椅子、またはソファーと
思い思いの場所に腰掛けて、紅茶のティーカップを手にしている。
先程、あゆみが入れてくれたものだ。

「それにしても、お母さんがプリキュアのファンだったなんて
 あたし今まで全然知らなかったよ?」
「それはそうよ、言ってないんですもの」
「え?なんで?」
「だって、家庭も子供もいるのにファンやってますなんて
 普通はあんまり大きな声じゃ言えないでしょ。
 ……でも、本物が目の前にいたら流石に我慢できないわよねえ」

言いながら、パッションの手を取ると、キャーッと黄色い声を上げるあゆみ。

「まさか家にプリキュアが来てくれるなんて思わなかったもの、
 本当に嬉しいわ~。
 あ、後で一緒に写真取ってくださいね、それにサインも!」
「そ、そういうものなんだ……」

日頃見たこともない自分の母親の意外な姿にたじろぐラブ。

「そんなわけで、これも何かの縁と思って今日はゆっくりしていってくださいね。
 あ、ウチは今日はクリスマスパーティーだしそっちにも参加して貰うってのは
どうかしら? ね、いいでしょ、ラブ?」
「あ、うん、いいんじゃないかな。あたしもちょー嬉しい」

正直なところ母親のテンションの高さに若干引き気味の為、ラブの声には全く抑揚が無い。
しかし今のあゆみはその辺はあんまり気にはしていないようで。

「そうよね、ラブも嬉しいわよね!じゃあパッションさん、どうですか?」
「あ、はい……じゃあお言葉に甘えて、参加させて貰います。おか……」

一方的に進んでいく話に、なんとか返事をするパッション。
ついいつもの調子で「お母さん」と言ってしまいそうになり、慌てて言い直す。

「……じゃなくてあゆみさん」
(……あ、危なかった)

普段意識しないで接することの出来る相手と、
あんまり面識が無いということにして話をしなければならないということ。
それがこんなに難しいことだったとは。
それをパッションは痛感する。
そんな彼女の様子を見たラブが、話題を切り替えようとする。




「ね、お母さん。お母さんはプリキュアの中で一番誰が好きなの?」
「一番?」
「そうそう、4人いるんだから誰が一番とか、あるでしょ?」

(ラブ、ナイスフォロー!)
(まーかせて!)

ラブに対して美希がサムズアップで無言の評価を送る。
それに対してサムズアップで返す笑顔のラブ。

「そうねえ……一番っていうと」
「うんうん」

身を乗り出して答えを待つラブ。
パッションへのフォローから出た質問だったが、
キュアピーチとしての自分が母親にどう思われているか、という
普段まず聞くことの出来ない答えが聞けるのだ。
興味が無いわけがない。

「やっぱりパッションさんかしら」

ずるっ、がくっ。

乗り出した姿勢のまま、前方につんのめる。

「前に目の前で戦ってるところを見たけど、かっこよかったのよね~。
 あの赤い服、ドレスみたいで素敵だし、
 所々の黒がいい感じでアクセントになっるところもいいと思うのよね。
 あと、羽飾りがついてるってところが可愛いわよね。
 ……って、ラブ、どうしたの?急にテーブルに伏せたりして」
「え、えーと、急に眠気が襲ってきちゃったとかそんな感じかな、あははは~」
「?」

娘の不可解な言動に、あゆみが首を傾げる。
一方、もう一人の娘の様子はというと。

「あ……どうも、ありがとうございます……」

しどろもどろの返事を返すパッション。
言われた言葉に、頬が熱くなっていることを自覚する。

(お母さんにそんな事言われると……すっごくくすぐったいわ)

身近な人にかっこいい、とか可愛いとか面と向かって言われると
こんなにも照れくさいなんて思ってもみなかった。
でも、これはこれで嬉しいかも。
そんな小さな幸せの感情を心で噛み締める。
同時に、ラブに向かって手を合わせてごめんなさい、の意思表示。
それに対してラブは手をひらひらと振り、だいじょーぶ、気にしてないよ、の意思を示す。
そして、気を取り直して二度目の質問。




「えっと、じゃあ二番目とかは?」

今度こそ!という強い意志と、期待の表情を浮かべての問いかけ。

「二番目ね……うーん」
「うんうんうんうん」

また身を乗り出して答えを待つラブ。

「ベリーさんね」

ガンッ。

今度はそのままテーブルに額を直撃コース。

「一人だけ背が高くてスタイルが良いから見映えが良いし、
 戦い方の一つ一つが絵に描いたように決まってるわよね~」
「いやあ……それほどでも」
(美希ちゃんっ!)
(あ……アタシったら)

思わず照れる美希をすかさずフォローする祈里。
阿吽の呼吸とでも言うのが相応しいほどのナイスタイミング。

「……で、ラブは何してるの?」

ここで、テーブルに伏せたままの娘の姿に気付いたあゆみが声を掛ける。
それに反応してむくっと起き上がったラブは、
頭の後ろに手を当てながらの照れ笑い。

「あ、いやー、あははは、なんでもないよー。
 ちょっとテーブルの木目が気になって近くで見たくなっただけー」
「……??」
「ん、あたしたまに気になっちゃうんだよねそーゆーのが!
 あはははははは……で、ええっと……三番目は?」

笑うだけ笑ってごまかした後には更なる質問。

(ラブってば……)
(ラブちゃん……)

周囲の、よせばいいのに、という視線を敢えて無視しての
せめて最下位は、という切なる願いを込めての問いかけ。
しかし現実は無情だった。

「パインさん、あのいつもトテトテ一生懸命走ってるところが可愛いわよね」
「……へー、そうなんだ」

全く抑揚が無くなった口調で感想を述べるラブ。
そのままがっくりとうなだれる。

(ね、ね、可愛いだって、美希ちゃんはどう思う?)
(どう思うって言われても……ちょっと、何でそこで目を潤ませるの?
 あーもう、わかったから、可愛い可愛い、完璧に可愛いってば!)

視界の片隅でいちゃつく約二名の存在すらも、今の彼女には目に入ることはなく。
世間での人気というのは私情を一切挟まない非情の世界。

「さ、最下位……お母さん評価で、あたしって最下位……」

ラブは、その厳しい世界の一端を垣間見て、打ちのめされていた。






「ピーチはん、大丈夫でっか?」

部屋の隅に行ってしゃがみ込んでしまったラブにタルトが声を掛ける。
しかし、ラブは虚ろな瞳のままで。

「ふふふ……タルト、あたし一体どうしたらいいんだろうね。
 あたしに出来る事って、なんだろう……」
「あかん、心が完全に折れてはる……
 ピーチはん、しっかりしなはれ。ピーチはん!」

呼びかけも答えず、そのまま床に『の』の字を書き続ける。
そんな遠い世界に旅立ったラブを置いておいて、
お茶を手にしての会話が続けられていたのだが……。

「そういえば、パッションさんはなんでラブの部屋にいたんですか?」

あゆみが何気なく出した一つの質問。
それを発端にして一気に高まる場の緊張。

(えっ……ここでその質問?)
(せつなちゃん、説明してなかったの?)
(ごめんなさい、あの時はドタバタしててそれどころじゃなくて。
 でも、後でラブが上手く説明しておくって言ってたんだけど……)

三人揃って部屋の隅を見る。

「おてての皺と皺を合わせて幸せゲットだよ~なんてね。
 ねえタルト、タルトの幸せって……何?」
「そやなー、アズキーナはんと一緒に仲睦ましく暮らすことかな~。
 そういえばスイーツ王国、しばらく帰ってへんな~。
 独り身のクリスマスって、えらく堪えるな~」

そこだけが重い空気の中、相変わらず『の』の字を書き続けるラブと、
その負のオーラに中てられたのか、
並んでしゃがみ込んで同じ事をしているタルトの姿がそこにあった。

「……………………………………………………」
「はあ……」

その負の空間を目にして、三人は揃って溜息をつくのだった。




(と、とりあえず……私が説明してみるわ)
(大丈夫なの?)
(精一杯頑張ってみるわ……)
(ちょっと待って、せつなちゃん!)
(え?どうしたの?)
(ほら……あれ)

祈里の指差す先。
そこには、返ってくる答えを期待に満ち溢れた表情で待つあゆみの姿。
そして、その両手には。

「ペンと……メモ帳?」
「おばさま、それは何に使うんですか?」

何となく嫌な予感を感じた美希と祈里の問いかけ。
それにあゆみは、笑みを濃くしながらとあるものを取り出すことで答える。

「勿論、これよ!」
「え……これって……」
「『週刊四つ葉』?!」
「そうそう、この雑誌なんだけど……読者コーナー、読んだ事ある?」
「いえ、ないですけど……」
「じゃあほら、ここなんだけど」

そう言ってあゆみが指差す先、読者の投稿ページの一角を占めるコーナーがある。

「え……『今週のプリキュア情報』……って何ですかこれ?」
「タイトルの通りよ。読者の人がプリキュアを目撃したとか、
 プリキュアに助けられたとか、そういう情報を送ってくるコーナーなの」
「そんなのがあったんだ……」
「アタシも知らなかった……」
「……っていうことは、おばさま、もしかして」
「そうよ、今日の出来事、メモに取っといてね、ここに投稿するの!」
「ええーーーっ!」

(美希ちゃん……これって)
(何この事がここだけの話じゃ済まなくなっている状況は……)

あまりに急展開な状況にうろたえる美希と祈里。

「……」

そんな中、一人黙っているパッション。
実は彼女だけは、このコーナーの存在を知っていた。
きっかけは占い館にいた頃、ウエスターがこの雑誌を持ち込んだ事。
当時イースだった彼女にとっては、プリキュアの記事など
敵の活躍を持ち上げるだけの忌々しい内容でしかなかったので
一瞥しただけで興味すら持たなかった。




だが、生まれ変わっていざ取り上げられる方の立場になると、自分の事だけに
どう書かれているのかが気になって仕方無い。
キュアパッションの戦いは、せつな自身が一つ一つ、過去の過ちをやり直していく為の戦い。
そして、みんなの幸せを守るための戦い。
決して浮ついた気分で望んではならないもの。
……そう自分に言い聞かせてはいたのだが、『プリキュアに4人目登場!』などど
特集記事を組まれたり、読者コーナーで『赤いプリキュア、カッコいいです!』なんて
投稿を見ると、どうしても顔が綻んでしまうのを押さえられない。

で、ラブにもばれないようにこっそり本を買って来ては
部屋で一人で読むことが、せつなに取って密かな楽しみになっていたのだった。

(……それがまさか、こんなところでお母さんと繋がっているなんて)

今日の出来事をあゆみが投稿して、それを自分が本を読んだ時に目にする。
その事を想像すると、嬉しさとくすぐったさでつい顔がにやけそうになってしまう。
両頬を手で押さえ、なんとか平静な表情を保とうとするパッション。
そこに小声で、掛けられる声。

(……ちょっと、ちょっと、せつな!)
(え、何、美希?)
(何?じゃないでしょ、これ、どういう状況かわかってる?)
(え?お母さんが私の話を聞いて、週刊四つ葉に投稿したいってことじゃないの?)
(いやいや、それマズイでしょ?)
(どして?)
(どしてって……何か迂闊なこと言ったらそれが沢山の人の目に
留まるってことなのよ?)
(大丈夫よ、私、お母さんに嘘とか大げさな作り話なんかしたくないから。
 全部本当の事を話すわ!)
(それがダメなんだってばーーーっ!)

ダメだこの子は。
真面目なのはせつなの良いところだけど、この場合はひたすら仇になりかねない。
どうしたものかと頭を抱える美希。
そこに、救いの主が現れる。

(美希ちゃん、やっぱりラブちゃんに説明して貰おうよ)
(えっ、でもラブは……)

再び部屋の隅を見る。
そこには、相変わらずどんよりとした空気を発しながらしゃがみ込むラブの姿。

(あれ、どうにかなるの?)
(まかせて、こんなこともあろうかと、用意してあるの)

そう言ってラブの所へ行くと、ラブの隣に座り、何かを手渡す祈里。




ブーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ

何かを噴出すような音がしたかと思うと、次の瞬間には
立ち上がったラブがこちらにやって来た。

「よーっし、桃園ラブ、ふっかーーーーつ!」
「あらラブ。どうしたの、急に元気になったけど」
「いやー、落ち込んだりもしたけど、あたしは元気です。
 ほらもうバッチリ!わはーーーっ!!」

両腕を上に上げて、絶好調をアピールするラブ。

「……もう、変な子ねえ。すみませんパッションさん」
「あ、いえ、そこがラブ……ちゃんのいいところだと思いますし」

そんなラブを見ながら笑顔で会話に興じるあゆみとパッション。
あまりの急展開なラブの様子に一人目を丸くしていた美希だったが、
ハッと気を取り直すと、戻ってきた祈里に話しかける。

(ちょ、ちょっと、ブッキー!)
(何?美希ちゃん)
(ラブに一体何を見せたの?なんか物凄い勢いで復活したけど)
(何って、写真だよ?)
(写真って、何が映ってるの?)
(えっと……ちょっとそれは私の口からは言えないかなあって)
(なんで?)
(だって、せつなちゃんに悪いし……)
(……)

せつなに関する写真。
一瞬で復活したラブと、その鼻の辺りに見える赤いもの。
それが意味するところに嫌なものを感じた美希は、
それ以上の追及を止めることにした。

(あ、美希ちゃんの写真もあるんだけど……見る?)
(結構よ!)






「それでそれで、あたしに聞きたいことって何?」
「あ、えっと……パッションさんがなんでラブの部屋にいたかって事なんだけど」

ハイテンションで身を乗り出して来る娘の姿に若干たじろぎながらも
あゆみは先程と同じ質問を繰り返す。
対するラブはなーんだ、そんなことかと笑いながら言葉を続けようとする。
その様子にひとまずは安堵を得た美希と祈里だったが。

「……」

続けようと口を開いた状態のまま、ラブは固まっていた。

(ラブちゃん?)
(ちょっと、どうしたの?)

「ラブ?」

そんな娘の様子にあゆみも怪訝な顔をする。

「あ、いやー、あはははは~」

視線が自分に集まっている為、とりあえず頭に手を当てての照れ笑いをするラブ。
しかし、美希と祈里にだけは聞こえるように小声で。

(ど、どうしよう美希タン、さっきまで考えてた言い訳、忘れちゃった……)
(ええっ、何やってるの!)
(ラブちゃん、なんとか思い出せない?)
(さっきのショックで頭の中が真っ白になっちゃってて……ダメだよお)
(とりあえず、おばさまに見つかった時の状況を思い出しながら
 もう一度考えてみたらどう?)
(う、うん……)

祈里のアドバイスに従ってまずは、その時の状況を思い浮かべてみることにする。

(えーとえーと、せつなとあたしが寝てたらお母さんが起こしに来たわけだから、
 結構前からあたしの部屋にいたことにしなきゃいけないよね。うーん)

更に昨晩の出来事をさかのぼって、そこに見つけたもの。
それを足がかりにして、ラブは話を組み立て始める。




「えっと、せ……っつぁ!」

初手から名前を間違えたラブの右足が美希に踏みつけられる。

(ちょっと、何するのよ美希タン!)
(……今、せつなって言おうとしたでしょ)
(え、えっと、それは……その通りです、ごめんなさい)

「?」
「あ、ううん、なんでもないから!それでね、パッション……さんなんだけど」
「ふむふむ」
「夜中に悪い怪物が出てきて、それと戦ってたんだって」
「なるほど、時々街で暴れてる怪物のことね」

ラブの言葉に頷きながらペンを走らせるあゆみ。

「それで、それから?」
「あ、うん、怪物はプリキュアのみんなで倒したんだけど、
 パッション……さんは帰り道で、えっと、うーんと、
 ……そうだ!道に迷ったの!」
「ぶはっ!ごほごほごほっ!」

ラブが咄嗟の判断(と書いて口から出任せと読む)で放った一言に、
横で紅茶を口にしていたパッションが激しく咳き込む。

「あ、大丈夫ですか?パッションさん?」
「ええ、ちょっと気管の方に入っちゃって……すみません、テーブル汚しちゃって」
「いいんですよ、あ、ちょっと布巾持ってきますね」

そう言って席を外すあゆみ。
途端にパッションがラブに詰め寄る。

「ちょっとラブ~!」
「ご、ごめんせつな、他に思いつかなかったんだよ~」
「だからって道に迷ったって……私、アカルンあるんだから迷ったりしないわよ!」
「せつなちゃん、それ怒るところが違う……」
「ま、まあまあ、せつな、落ち着いて。ラブだって悪気があったわけじゃないんだし。
 まずはおばさまを納得させる説明をすることが目的なんだから、
 内容に問題があるのは我慢して、ラブが考える事なんだし」
「そうそう、ラブちゃんが考えてる事なんだから」
「……あれ?あたし、全然庇われてない?」
「そうね、ラブの考える事だから仕方ないわね」
「え、せつなまでその評価?」

四人で顔をつき合わせての会話が続けられているところに、
布巾を持ったあゆみが戻ってくる。




「お待たせ~って、あら?どうしたの?」

途端にパッと離れて元の位置に戻る四人。

「あ、あのね、ちょっとパッション……さんのティアラを
 見せて欲しいな~なんて思ったりなんかして」
「そ、そうそう、これ、とても綺麗なんですよおばさま!
「へえ……じゃあ私も後で見せて貰おうかしら」
「あ……はい、是非……」

ラブと美希とでなんとか上手く会話を繋げてこの場を切り抜けたところで、
丁度あゆみがテーブルを拭き終わる。
そこで彼女は、再びペンとメモ帳を手に取り、四人に向き合う形になる。

「で、どこまで話をして貰ったんだっけ、ラブ」
「えっとね……」

口を開きつつ慎重に言葉を吟味するラブ。
道に迷ったはアウト。
何か当たり障りのない言葉は他に無かったか。

(何かもっと適切な単語があったような……うーんと)

思考を巡らし、頭の中から探し出した言葉。
ラブは、それをためらわずに口にする。

「あ、そうそう、パッション……さんが方向音痴だって話!」

ガンッ。

音と共に、パッションがその額のティアラをテーブルに直撃させる。

「あら?どうしたんですかパッションさん」

あゆみの声に反応してむくっと起き上がったパッションは、
頭の後ろに手を当てながらの照れ笑い。

「あ、あのー……このティアラ、結構重いので
 バランス取るのが難しいんですよ」
「……そうなんですか?」
「そうなんですよあはははー」

愛想笑いでごまかしながらも、ラブの方を向いてキッと睨んだ視線を放つ。




(ちょっとラブ!なんでもっと悪い意味の言葉になってるのよ!)
(……ご、ごめ~ん)

とっさに謝りはしたものの、
一度口に出してしまった言葉は引っ込める事が出来るはずも無く。

「なるほどね……方向音痴、と。
 あれ?パッションさん、なんで泣いてるんですか?」
「あ、いえ、目にちょっとゴミが……」

パッションの脳裏に浮かぶ光景は、次回のプリキュア特集の
『赤いプリキュア、実は方向音痴だった!』という巻頭記事と、
その後の街の人々の反応。

「パッションさん、ありがとう!……で、帰り道、どっちだかわかる?」
「プリキュアさん、交番、案内しようか?」
「パッションのお姉ちゃん、家までラッキーが案内してあげるって!」

それを思うと、悲しいわけでもないのに何故だか目から溢れるものを止められなくて。

(ああ……私、もう『週刊四つ葉』買うの止めようかしら……)

一人心の中で、悲壮な決意を固めるのだった。


<続く>


競-266
最終更新:2010年01月11日 13:04