競-266

「ラブ、こっち、野菜切るの手伝って!」
「はーい!」

「美希ちゃん、ここの飾りつけ、私じゃ届かないからお願い出来る」
「いいわよ、でもちょっとアタシでも無理ねえ……椅子持ってきてくれる?」

「……」

「あ、美希ちゃん、悪いけどそっち終わったら台所の上から
パーティー用のお皿出して欲しいんだけど」
「はーい、おばさま、次そっち行きますね」

「ラブちゃん、クリスマスケーキの伝票ってどこにあるの?」
「そこの棚に貼ってある奴!後で取りに行くからまだいいよ!」

「……」

いよいよパーティの準備が始まり、慌しく動き回る桃園家に集まった面々。
ただ、その中で一人だけ、パッションだけは、ソファーに座ったまま。
ゲストだから、ということで一人ここに残されているのだ。

「あ、あの……やっぱり私も何かお手伝いを」

先程も、大きな鍋を抱えて目の前を通りすぎるあゆみにそう声を掛けたが、

「あ、いいんですよ、パッションさんはお客様なんですから」

と、あっさりと断られてしまった。
座ってTVでも見ててください、とそう言われているのだが。

(うう……何もしないのって、結構辛いのね)

桃園家では、一家全員が家事を何らかの形で手伝っている。
平日ならあゆみのパートの日には、夕方の食事当番はラブとせつなが担当するし、
休みの日には圭太郎が食事を作ることもあれば、掃除を一家総出で行うこともある。
そんな桃園家に来たせつなは、一緒に住むようになってから
それを当たり前のこととして受け止めてきた。
だから、みんなが働いているのに自分がそれを手伝えないこと。
そのことが、なんだかとても居心地の悪いものとして感じられる。

(なにか、私に出来る事ってないかしら?)

そう思って辺りを見回す。
そしてふと、あるものに目が留まる。




「あれ?せつな、何してるの?」
「え?この食器棚のコーヒーカップの並び順がおかしかったから、直そうかと」
「いや、そんなこと今しなくてもいいから、とりあえずそこに座ってて」
「あ、ちょっと、ラブ!」

結局ラブに背中を押されて、元のソファーに戻される。

「……」

「ちょっと、せつな、何してるの?」
「あ、うん、新聞の広告が散らばってるから、まとめておかなきゃって」
「そんなの、アタシがやっておくから、いいからそこにいて?」

今度は美希に手を引かれて、ソファーに戻された。

「……」

「せつなちゃん、どうしたの?」
「えっと、洗濯物、そろそろ取り込む時間だから」
「あ、いいよいいよ、私がやっておくから、ソファーにいて。ね?」
「でも……」
「ね、お願い」

三度目は祈里にお願いされて、渋々ソファーに戻ることになった。

「……」

「パッションさん?こんなところでどうしたんですか?」
「あの、廊下に大分埃がたまっているから掃除機を」
「わーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

パッションが言いかけたところに、大声を上げならがラブが飛び込んでくる。
そして、その手から掃除機を取り上げると、そのままパッションの手を引いて二階へ。

「お母さーん、パッションさんちょっと借りるね~」
「え?ちょっとラブ、この掃除機は?」
「あたしが出して欲しいって頼んだんだけど、やっぱいいや。
 ごめん、片付けといて~」
「あ、待ちなさいラブ!」

あゆみの声を振り切って、パッションを自分の部屋に連れ込むと
そのままドアを閉める。

「ダメだよせつな、掃除機なんて使っちゃ。
 普通その家の人しかしまってる場所なんて知らないんだから」
「あ……そうよね。不注意だったわ、ごめんなさい」

ラブの注意の言葉に、眉尻を下げた表情で俯くパッション。
そんな彼女の態度に、ラブは笑顔で手を左右に振っていやいや、という意思表示。




「あ、別に怒ってるわけじゃないからそんなに神妙にしないで
 ……でも、どうして掃除なんて?」
「あのね、みんなが何かしてるのに私だけ何もしてないっていうのが
 何と言うかその……落ち着かなくて」
「お客様扱いされるのが、嫌?」
「嫌って言うわけじゃないわ。
 悪気があって私に何もさせないわけじゃないのもわかってる。
 でも、私、みんなと一緒にお手伝いしたり、準備してる方がいい」

ラブに向き合い、真剣に言葉を紡ぐパッション。
その想いを受け止めたラブは、そっか、と一言呟くと頷きを作る。

「まったく、せつなは本当に真面目なんだから……。
 でも、そこがせつなの良い所だもんね。あたしがせつなを好きな理由の一つだし!」
「え……」

ラブの口から漏れた、好き、という言葉にパッションの顔が赤く染まる。

「あ、せつな照れてる?好きって言ったから?だったら嬉しいかな、わはーっ!」
「もう、大事な話をしてるのに……知らないっ!」
「わ、ごめんごめん、ちょっと悪乗りしすぎました。あたしちょっと反省。
 で、話戻すけど……お母さんにお願いして、何か手伝って貰うことにしよっか!」
「いいの?」
「いいのいいの、みんなで準備したパーティーの方がきっと楽しいから」

ラブの言葉に、パッションの顔が満面の笑みとなり、

「うんっ……私も、そう思うわ。ありがとう、ラブ!」

感謝の言葉と一緒に、ラブに飛びついてくる。
その体を受け止めながら、ラブは思う。
変身解除不可能というアクシデントが無くても、今回はせつなにとって
初めてのクリスマスだからと
彼女をパーティーに「招待」するつもりだったが、せつなが
それを望んでいなかったということ。
ゲストであるよりも、みんなと一緒にパーティーを作りあげることを望んだということを。

(あたしもまだまだ、せつなのこと、わかってあげられてないなあ)

そう反省するのは一瞬のこと。
間違えた部分はこれから取り返せばいい。
その為に、彼女には何をして貰うのがいいか。
何をすることが、彼女にとって一番喜んで貰えることになるのか。
その答えはラブの中にもう、出来ていた。






「コロッケ?」
「そう、今日のメニューの中に入ってるでしょ?」

1階に戻ってきたラブとパッションは、台所で料理を作っているあゆみの所に向かった。

「そのコロッケなんだけど、パッションさんが作りたいって」

ラブの考えた提案。
せつなの得意料理であるコロッケを作って貰うこと。
これだったら、パッションの姿をしていても問題なく行えることだし、
料理が出来る、出来ないくらいで正体に触れられる事も無いだろう。
何よりも、せつなが得意料理をみんなに振舞えるということ。
前にコロッケパーティーをした時に、みんなが美味しい、美味しいと
感想を返してくれるのを
少し恥ずかしそうに、でも嬉しそうに受け止めるせつなの姿をよく覚えているから。

(これなら……みんなで幸せゲット出来るよね)

「ね、お母さん、いいでしょ?」

その想いを胸に、あゆみにお願いをする。

「うーん……でも、コロッケだったらせっちゃんに作って貰った方がいいんじゃない?
 私も戻ってきたらお願いしようかと思ってたし」
「あ、大丈夫、せつなにはあたしが聞いてみたから。
 せつなも、プリキュアの人に料理作って貰うの楽しみだって言ってたよ」

言いながら、あゆみから見えないように、パッションに向けて親指を立てる。
その仕草が嬉しくて、ちょっと可笑しくてクスッと笑うパッション。
そこにあゆみが?と首を向けたので、慌てて平静の表情に戻す。

「そう?じゃあ、パッションさん、お願い出来ますか?」
「あ、はい、勿論!私、コロッケは食べるのも作るのも好きなんです!」

願いが届き、あゆみから直接お願いをされたことに、笑顔で答えるパッション。
またちょっと余計なことを言ってしまった気がして、
一瞬『週刊四つ葉』が脳裏を掠めるが、頭を振ってそれを思考から排除する。
そんなことよりも、美味しいコロッケを作ってみんなに喜んで貰うことの方が大事だから。
だからこそ、口から紡ぐのは決意の言葉。

「私、精一杯がん……むぐっ!」

しかし、それは後ろから口を塞いだラブによって中断された。

(……せつな、それはここで言っちゃまずいってば~)






「なるほど、そういう話になったのね。……で、アタシに頼みたいことって?」

廊下に呼び出されて、ここまでのいきさつを説明された美希がラブに問いかける。

「うん、せつな、料理するにしてもこの格好じゃやり難いでしょ?」
「あー、そうね。流石に火や油が燃えうつるってことは無いでしょうけど、
 台所仕事するにはちょっとフリルとかが邪魔になるかもね。
しかも自分じゃ着替えられないし」

プリキュアの服。
リンクルンで呼び出されるこの衣服は、同時に起きる髪の毛の色、形の変化と同様に
文字通り『変身』することで身に纏うものである。
それ故、これも変身の一部として扱われているからなのか、
または使用者の意思で身を守る為、などの理由があるのか、そこまでは定かでは無いが、
この服を脱いで普通の衣服に着替えることは出来なくなっている。
『変身の解除』という手段でしか着脱は出来ないのだ。
美希の言っているのはそのことである。

「まあ、部分的に脱いだりすることは出来るんだけど……」

言いかけて、美希はハッと、余計な事を言ったという表情で口をつぐむと
その場にいる他の二人―ラブとパッションを見る。

「そうだね、あたしも昨日部屋に入る時ブーツ脱いだし」
「土足で上がりこむのはお行儀が悪いものね」
「……」

二人が全く気に留めた様子も無く、普通に会話を続けているのを
確認した美希はほっ、と安堵を得る。

(全く、余計な事を言って地雷を踏む所だったわ)

勿論美希が言いかけたのはブーツとかヒールとか、その辺りの事では無い。
特定の行為をする際に必要な特定の部位のパーツの着脱……とだけ、
ここでは書いておくことにする。
それが出来ないと困る人達もいるのだ。いろいろな意味で。

ちなみに今、パッションが脱いだヒールの代わりに履いているのは
せつな愛用の赤いスリッパである。
普段飛んだり跳ねたりするのが基本のプリキュアだけに、
スリッパをパタパタさせながら家の中を歩くというのはかなり珍しい光景ではある。

閑話休題。



「でね、美希タン、せつなをブルンで着替えさせて欲しいんだけど」
「オッケー、で、どんなのがいいのかしら」
「料理するのにピッタリな格好だから、シェフとか、パティシエとか?」
「ラブ、それは流石に大袈裟よ。私はエプロンさえあればいいわ」
「はいはいっと、エプロンがあれば良くて、料理の出来る格好ねっと」

美希はブルンを呼び出してリンクルンに挿すと、
パッションに言われた通りの格好を思い浮かべて、念じる。

ボンッ!

美希のリンクルンから発せられた青い光がパッションの全身を包み込んだかと思うと、
次の瞬間にはそれが飛び散るように拡散する。
そして、その後には着替えを済ませたパッションの姿が……。

「……え?」
「……あら?」
「……!きゃあっ!」

パッションの姿。
それは、「エプロンさえあれば良くて料理の出来る格好」という注文通りの格好。
もっと正確に言うなら本当にエプロンだけを身に付けた姿。
分りやすく言うなら所謂裸エプロンである。

「ちょっと美希、何よコレ!」

胸元を押さえてうずくまったパッションは、顔を真っ赤にしながら美希に抗議する。

「何って……せつなのオーダーを完璧にこなしてみせたというか……」
「それでなんでこんな格好になるのよ!普段着にエプロンとかでいいじゃない!」
「あーごめん、エプロンと言われてついブッキーとの
 プライベート用の格好が頭に思い浮かんだというか……」

頭を掻きながらどうしたものかなー、と困った顔の美希。
その肩にポン、と置かれる手。

「?」

その手が背後から置かれたことで、それがつい今までこの場にいなかった
第三者のものだと理解して後ろを振り向き―

「あ」

振り向いたままの姿勢で、固まる。
そこには、満面の笑みで美希を見る祈里の姿があった。




「さ、行きましょ」

美希の両脇の下から両手を差し入れて、逃げられないようにしっかり捕獲すると
返事を待たずして、移動を開始する祈里。

「え?ブッキー?何で?」

状況がイマイチ理解出来ないままで祈里に引きずられていく美希。

「あのね、いくら友達の間でも無闇に口にしちゃいけない事ってあると思うの、私。
 だから今日は、その辺をちょっとお話しようね」

そう言いながらも引きずる力を全く緩めようとしない祈里。
笑顔を維持したままなのが、かなり怖い。

「あ、待ってよ美希、その前にこれ元に戻して!」

二人のやりとりに呆気に取られていたパッションだったが、
ハッと我に返ると慌てて美希に駆け寄ろうとする。

「キャッ!」

だが、足が床に落ちていた何かに引っかかって転んでしまう。

「ごめんねせつなちゃん、美希ちゃんとのお話はすぐに終わらせるから、
 ちょっとだけ待っててね」

そう言いながら祈里が向かう先は、今日二人がこの家に入ってきた時の扉。

「え?玄関って?……ちょっとブッキー、今まだお昼!
 人がいるのに外で正座でお説教って流石にシャレにならないから!
 ……ちょっと、ブッキーってば!」

美希の必死の抗議も虚しく、玄関のドアが開かれて―
―そして、閉じた。




「…………」

転んだ姿勢のままで、その光景を呆然と見ていたパッションだったが。

「あっ、いやっ!」

自分が廊下にうつ伏せの、お尻が丸出しになった格好で倒れている事を理解すると
そこを両手で隠しながら立ち上がる。

「もうヤダ……早くなんとかして……」

羞恥に染まった顔で、目尻には涙を滲ませがら呟く。

「ねえラブ、どうしたらいいの?」

そして、この場にいたもう一人の少女に話しかけようとして、

「あれ?」

ふと気付く。
さっきから彼女の声が聞こえてないということ。
ブルンの力が発動した直後から、その姿を全く見ていないということを。

「ねえ……ラブ、どこ?」

不思議に思い、片手で胸元を押さえ、
残りの手でお尻を隠しながら辺りを見回すパッション。
しかし、ラブの姿はどこにも見当たらない。

「一体どこにいったのかしら………………あ」

ふと思い当たる。
さっき美希を追いかけようとして転んだ時、つまづいた何か。
その時の感触からして、かなり大きいものだったような。
それを思い出しながら、ゆっくりと視線を下に向けたパッションが見つけたもの。

「きゃあっ!ラ、ラブーっ!」

そこにあったのは、直立した姿勢のまま床に仰向けに倒れているラブだった。

「……」

パッションの声にも反応せず、時折ぴくぴくと体を細かく痙攣させているラブ。
廊下に伏せられた顔の周りでは、赤い色の水溜りが徐々に広がっている。




「ラブ、どうしたの?!しっかりして!」

声を掛け、ラブを抱き起こすパッション。

「……せ……つな」

その呼びかけに反応して、ラブがゆっくりとまぶたを開く。
段々とはっきりとしていく彼女の視界の中に入ってきたのは、
こちらを心配そうに見つめるパッションの顔と、
―そのあられもない姿なわけで。

「ぶはっ!」

薄布一枚でのみ覆われたパッションの姿をはっきりと網膜に焼き付けた瞬間に、
ラブは鼻から間欠泉の如く壮大に赤い血潮を吹き上げる。

「……がくっ」

そして再び、事切れたかのように頭を仰け反らせる。

「ええっ?ちょっと、ラブってば!」

再び動かなくなったラブの様子に、焦りの表情を浮かべるパッション。
もうなりふり構っていられないと、襟元を掴み上げてその体をがくがくと揺さぶる。

「ラブ、目を覚まして!ラブ!」

しかしそれでも一切の反応を見せないラブ。

(……まさか)

意識が無く、動かない体に大量の出血。
そんなラブの様子に、パッションの脳裏を最悪の想像が掠める。

「いやーっ!こんな事で死なないで、ラブーーーっ!」

その想像を打ち消さんと、ラブの体を強く抱きしめ、必死に呼びかける。




「い……や……死んで……な……い」

流石に過剰な反応をされている事を感じたのか、
それともせつなに余計な心配を掛けまいという想い故なのか、
かろうじて意識を取り戻したラブ。

「……あ。ラブ……良かった!生きてた!!」

その声が耳に届いたことで、感極まって抱き締める腕に一層の力を込めるパッション。

「あ……でもあたしこのままだと……本当にダメかも……」
「え?」

ラブの体に触れてくるもの。
それは布一枚を隔てたパッションの体の限りなく生に近い感触だったり、
抱き締められた事で、自然と彼女の背中に回される事になった手が触れている
剥き出しの背中やその下の部分の手触りだったり。
そのどれもが、ラブにとっては刺激が強すぎるわけで。

「もうダメ……限界……ぐはっ!」

そして再び、ラブの鼻から盛大に噴出される、赤い血飛沫。

「ラ……ラブ?」
「……せつな」

ラブは、渾身の力を振り絞って右手を握り締めると親指を立てる。

「いいもの見せてもらいました……美希タングッジョブ……がくっ」

擬音付きの台詞を最後に、頭を仰け反らせて動かなくなるラブ。
その姿に、パッションの目が大きく見開かれ―

「え、ちょっと?嘘でしょラブ?……ラブーっ!」

桃園家の廊下に、パッションの叫び声が響き渡るのだった。


<続く>


競-278
最終更新:2010年01月16日 22:13