競-278

丸めて形を整えたら、衣をつけ、パン粉をまぶす。
その工程を繰り返すことで、目の前に並べられていくコロッケ。

「……」

黙々と作業を続けるパッションは、視線を自分の今の格好に向ける。

(やってみると……意外と動き難く無いのね)

結局元の格好に戻してもらい、いざ調理を始めてみると
狭い台所では動きづらいと思っていたパッションの衣装も
実際はそれほど支障が無い、と気が付いたのがついさっきのこと。
髪の毛は流石に邪魔になるので後ろで束ねることにしたが、
その他の格好はというと、手作業の邪魔になるアームカバーだけを外して
服の上に借りたエプロンを付けたものになっている。

(全く……最初からこうしておけば良かったわ)

パッションの視線が、ソファーで至福の笑みを浮かべながら意識を失っているラブの姿と、
隣で涙をポロポロと溢しながら玉葱を刻んでいる美希の姿に順番に向けられる。
前者は先程の騒動で大量に失血して絶賛気絶中、
後者は祈里から言い渡されたペナルティに従って玉葱サラダの製作中である。

「はあ……」

結局、裸に近い格好を見られた上に無駄な犠牲者を出しただけの
先程の騒動に思いを巡らせ、溜息をつくパッション。

(いけないいけない、料理に集中しないと)

菜箸を手に取ると、コロッケを充分に熱した油の中に入れていく。
鍋の中で色が変わったところもう一度箸を入れ、取り出す。
揚げられたコロッケが綺麗に狐色になっていることを確認、
今までの中でも会心の出来栄えであることに、うん、と満足の笑みを作るパッション。




「あら、パッションさんのコロッケ、美味しそう」

そこに掛けられる、あゆみの声。
パッションはそちらに振り返ると、揚がったばかりのコロッケを一つ、
皿に置いて差し出す。

「あ、よかったら一つ、試食してみてください」
「いいんですか?じゃあ遠慮なく……」

皿の上のコロッケを箸で二つに割ると、まだ充分に冷まされてないそれに
何度か息を吹きかけた後に一口、自分の口に運ぶあゆみ。
そのまま数回咀嚼して、飲み込む。

「美味しい!」

笑顔と共に返ってきた評価に、パッションの顔がほころぶ。

「衣もサクサクしてるし、中のお芋もお肉といい感じに混ざってて
 とってもジュージーだわ。本当、上手なんですね」
「あ……ありがとうございます」

顔を赤らめながらお礼を言うパッション。
普段でも美味しいと言って食べて貰ってる相手ではあるのだが、
改めて褒められると嬉しさよりも先に気恥ずかしさが来てしまう。

「……でも、なんだかウチのコロッケと味が似てるわね」
「!!」

そんな気持ちだった為に、続くあゆみの言葉で一気に胆を冷やされる。

「あ、あのっ、私もコロッケ、お母さんに作り方教えて貰ったんですっ!
 それで味とか似てるかもって、お母さんの味っていう事で!」

不意打ちのように言われた一言につい慌ててしまった為、
言い訳にあまりなっていない言い訳をしてしまう。

「あれ……私、せっちゃんにコロッケの作り方を教えた話、してましたっけ?」

だから、自分の失言に気付くのもあゆみの指摘の後。

「うわっ!……えーと、それは……そうそう、ラブ……ちゃんに聞いたんです!」
「……?そうなんですか」

慌てて継ぎ足した説明でなんとか取り繕う。
そもそも、冷静に考えれば、「たまたま似ていた」で済ませれば良い話なのだが、
そこは、ちゃんと説明しなくちゃ、というパッションの真面目さ故の事である。
一応納得した様子のあゆみに安堵しながらも、背中を冷や汗がつたうのを感じとる。
そんなパッションの内心のヒヤヒヤを余所に、投げかけた次の質問。




「ねえ、パッションさん、パッションさんのお母さんって、どんな人なんですか?」
「……えっと……それは」

それは流石に答えられないんじゃないか、そう思い、口ごもるパッション。
彼女が困った顔で俯くのを見たあゆみが口を開く。

「あ、ごめんなさい。やっぱり正義の味方って、その辺って秘密なんですよね。
 だったら今の話は無しっていうことで……」
「いえ、そういうわけでは無いんですけど……でも、どし……何でそんな事を?」

逆に投げかけられたパッションの問いに、あゆみは困り顔で思案、
うーん、とちょっと唸った後で言葉を続ける。

「こんなに美味しいコロッケを作れて、それを娘さんにちゃんと教えてる人だから
 とっても良いお母さんなんじゃないかって思ったからかしら。
 ……あらやだ、これじゃ私、自分の事褒めてるみたいですね」

照れくさそうに笑うあゆみの顔を見て、パッションの肩の力がふっと抜ける。

(ちょっと……身構えすぎてたかも)

今まで何度か失言があったから、余計な事を言わないようにと
そのことにばかり気が回ってしまってたようだ。
今度のあゆみの質問は至ってシンプルなもの。
自分の母親をどう思っているか、ということ。

(それだったら……問題ない、よね?)

いつもせつながあゆみに対して抱いている想い。
それを口にすればいいだけなのだから。

「あの……私のお母さんなんですけど」

正体を隠して言うことに多少気後れするところがあるのか、
少々俯き気味の顔で、目を上目遣いにして、
それでも、あゆみの顔を見ながら、パッションは言葉を作る。

「とても優しくて……暖かい人です。
 好き嫌いを許さなかったり、間違った事をすれば怒ったり……
 厳しいところも勿論あるんですけど、それは私の事を想ってくれてるからで。
 いつも私の事を気に掛けて、愛情を注いでくれていると、そう思います」

言える事と言えない事には一応気を遣いながら、
それでも最大限、自分の気持ちを込めて紡いだ言葉。




「ふう……」

言い終えた事で、口から出る溜息。
それは伝えたいことを言えたという感嘆が込められたもので。
そして、その様子を見ていたあゆみが言葉を返す。

「パッションさん、お母さんの事、本当に大好きなんですね」
「え?」

掛けられた言葉に顔を上げると、そこにあるのは笑みを湛えたあゆみの顔。

「だってほら、今のパッションさん、とっても嬉しそうだし」

言われて手近にあった食器棚のガラス戸を見る。

「あ……」

そこにあるのは、いつの間にか笑顔になっていた自分の顔。
それが更に笑みを濃く、満面の笑顔へと変わっていく。
だから、パッションはもう一度あゆみの方を向いて言葉を紡ぐ。
この笑顔と共に、伝えたい言葉があるから。

「はい……!私の大好きな……自慢のお母さんです!!」





(いやー、いい話だね、美希タン。
 あたしつい感動してもらい泣きしちゃったよ。美希タンもそうでしょ?)

いつの間にか復活していたラブが、ティッシュペーパーで涙を拭いつつ、
同じく涙を流している美希に話かける。

(……いやコレ、玉葱のせいが殆どなんだけど)

相変わらず玉葱を刻む作業を継続している美希。
祈里に課せられたノルマは全30個。達成までの道程はまだまだ遠いのだった。






「あゆみさん」

揚げ終わったコロッケをお皿に盛り付けながら、パッションはあゆみに話掛けた。

「はい?」

振り向くあゆみ。

「……えっと」

これから言うことを本当に口に出していいのか、そう思い、
しばしの躊躇の後で口を開くパッション。

「あの……せつなちゃんって、どんな子なんですか?」
「せっちゃん?」
「ええ、名前が良く出てくるけど、今いないんですよね?何か気になっちゃって」

あゆみに気持ちを伝えられた嬉しさがあったからなのか、
今度は自分の事をどう思っているのか、どうしてもそれを知りたくなってしまった。
流石に普段、面と向かっては聞けないことだけど、今のこの姿でなら。
その想いに突き動かされての問いかけだった。

「良い子ですよ」

次の料理を盛り付ける為の大皿を食器棚から出しながら答えるあゆみ。
その開口一番の言葉はそれだった。

「良い子……ですか」
「ええ、学校での勉強やスポーツ、家での手伝いにダンスの練習……
 いろんなことをいつでも精一杯頑張ってる子なんです」
「……」
「ラブともいつも仲良くしてくれてるし、
 あの子達が一緒に笑ってるのを見てると、私まで笑顔になっちゃうくらいで」
「…………」

二人の笑顔を頭に描きながら、嬉しそうに話すあゆみ。
それに対して、食器棚に向き合っている彼女からは見えないが
その表情がだんだんと浮かないものになっていくパッション。

「あの子は私のことをお母さんって呼んでくれるし、私も本当の娘と同じように思ってるんです。
 でも、家に来る前に何か辛い事があったみたいで、そのせいかまだ遠慮がちな所があるんですよね。
 私としてはもっと甘えてくれてもいいのに、って思ってるんですけど……。
 って、パッションさん?」

ふとあゆみが振り返ると、そこにはパッションの姿は無かった。






「あれ、せつな、台所で料理してたんじゃ?」

玄関でヒールを履こうとしているパッションを見かけたラブが、声を掛ける。

「……って、どこに行くの?」
「私、ケーキ取りに行って来るわ」

答えながら先程まで台所に貼ってあった伝票を見せる。

「え、でもケーキならあたしがあとで取りに行くって……
 っていうか、その格好で?」
「そこはなんとかするわ」
「なんとかって言っても……それは流石に無理があるんじゃないかな~」
「とにかく、私が行きたいの……ちょっと気分展開も兼ねてってことで、ね、ダメ?」
「う、うん……」

手を合わせて、僅かに頭を下げてのお願いのポーズを取るパッション。
その瞳の中にある懇願の色を見て、思わず頷いてしまうラブ。

「ありがと……じゃあなるべく早く帰ってくるから」

言い終わるより早く、リンクルンを取り出す。

「え、せつな、アカルン使うの?」
「……」

ラブのその問いかけには答えずに、
いや、問いかけの言葉が終わるのを待たずして、
パッションは呼び出したアカルンをリンクルンに差込み、発動させる。
次の瞬間、玄関に一瞬赤い光が満ち、
それが収まるのと同時にパッションの姿は掻き消えていた。

「……」

残されたラブは、思う。
パッションが―せつなの態度が急いでここから去りたいようにしか見えなかった事。
そして、消える寸前の彼女の顔に張り付いていた、憂いの表情の事を。
その事がラブに、ある決意を生み出させる。

(……よしっ)

そして彼女は、家の中へと、居間へと踵を返す。
こういう時に頼りになる、二人の友達に声を掛ける為に。






四つ葉町公園の野外用ステージ。
西日が差し込む時間となり、周辺には人の姿も見えなくなりつつあるこの場所に、
赤い光が満ちて、消える。
それと同時にそこに現れたのは赤いドレスに似た服を纏ったピンク色の髪の少女。
キュアパッション。

「ふう……」

彼女は、吐息を一つ吐き出すとその右手に持った箱を見る。
白地の紙箱の上と下に十字を描くように、赤い線が描かれているその箱の横には
小さなラベルで「クリスマスケーキ」と書かれている。
ラベルに他に書かれているものは、ケーキの賞味期限と購入先の店の名前。
先程まで桃園家の台所に貼られていた伝票に書かれていた店と同一の名前だ。

(とりあえず、なんとかなったわね)

この姿でどうやってケーキを買いに行けばいいのか、という所に思い至ったのは
店のあるビルの上に瞬間移動して来てから。
今更引き返して誰かに代わってもらうわけにもいかず、
かといってプリキュアの姿で行けば騒ぎになるのは目に見えている。
最悪の場合、伝票に書かれた住所とか電話番号から、桃園家に余計な迷惑が掛かることも有り得るだろう。
しかし、今手元に確かにケーキの箱はある。
それがどういうことか。

(我ながら思い切った事をしたわよね……)

パッションは、ケーキの箱を見ながら先程までの経緯を思い返す。





「じゃあ、お願いね。アカルン」
「キー!」

パッションの言葉に頷いてみせるアカルン。
目の前でくるっと一回転して見せると、その体から赤い光を発生させる。
その光が自分自身と、パッションの手の平の上に乗せられたケーキの代金分のお金、
それと伝票を包み込むと、その全てを巻き込んで姿を消す。

「キー」

しばらくして、アカルンが戻ってくる。
その姿が赤い光と共に現れたと同時に、今まで何もなかった空間に出現したもの。
パッションはそれを両手で受け止める。

「……っと、これでいいわ。お疲れ様、アカルン」
「キー!」

パッションの労いの言葉に、嬉しそうに笑うアカルン。
先程と同じく目の前でくるっと一回転して見せると、その姿が消える。

パッションがアカルンに頼んだ事。
それは、お金と伝票を店の中に、ケーキの箱を自分の手元に、瞬間移動して貰うことだった。
直接買いには行けず、かといって黙って店の中に入って交換してくるわけにもいかない。
それで思いついたのがアカルンに取りに行って貰う事。
ピックルンとはある程度意思の疎通が可能だし、意識の中の事とはいえ
アカルンとは言葉を交わしたこともある。
それでもしかして、と思って試しに頼んでみたのだが……これが上手くいった。






(間違えて他のお店に行ったり、違う人のを持ってきたらどうしようかと思ったけど)

ケーキの箱に書かれた宛名は確かに家のもの。
アカルンは間違いなく言われたとおりの事をこなしてくれた。

(さて、帰らないと……)

思いながらリンクルンを取り出すパッション。
しかし、手にしたそれを見つめたまま、じっと動かない。
そんな彼女の脳裏を過ぎるのは、先程のあゆみとの会話。

(全く、何をやってたのかしら……私)

あゆみがキュアパッションの正体を知らないからといって、
自分を―東せつなをどう思っているのかを聞き出そうとした時の事。
いくらコロッケの事、母親の事で浮かれて、調子に乗りすぎた、と思う。
正体を偽って、人に近づいて欲しいものを手に入れようとするなんて。

(それって、昔の……イースの頃の私がしていたことだもの)

悪意があってしたことでは無いとは言え、その事実はパッションの心を痛ませる。
そして、だからこそ思う。
早く変身を解除して、元の姿に―せつなに戻りたいと。
あゆみは残念がるかもしれないが、このまま、彼女に嘘をついたまま
家に戻って振る舞う事はもうしたくない。

(いつものお母さんと……私でいたい)

プリキュアという、壁を作ってしまう関係では無く、
桃園家の母と娘として、一緒にクリスマスを祝いたい。
そう願い、リンクルンを動かして、変身解除の操作をするが、やはり反応は無く。

「やっぱり、ダメなのね」

溜息を吐き出し、途方にくれる。

「私、どうすればいいのかしら……」

どこへとも無く呟いた言葉。
しかし、それに応える声があった。

「どうすればいいかって?じゃあそれをよこして貰おうか、イース!」

頭上から放たれた声。
見上げて、首を回して声の主を探すと、一本の街灯の上に
腕組みをして立つ男の姿があった。
今朝から数えて二度目の遭遇になる、その男の名は。

「ウエスター!!」


<続く>


競-292
最終更新:2010年01月31日 00:45