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8-792

 こっちね、と何気ない風を装いながら、私は一人、メビウス様の居城を歩く。
 インフィニティをが手に入ると同時に、巨大に成長した塔は、常にその内部の通路も変化する。ラビリンスの最高幹部となった私ですら、気を抜いたなら道に迷ってしまうだろう。
 慎重に慎重を重ねながら、私は誰にも見つからぬように歩き続け、ようやく目的の場所にたどり着く。

「インフィニティ――――いえ、シフォンだったかしら」

 球状のシステムの中に取り込まれた彼女を見て、私は目を細めた。
 インフィニティ。無限のメモリ。これがあればこそ、メビウス様は全世界の支配者となることが出来た。
 逆を言えば、これがなければ――――ラビリンスの支配は、終わる。

 かつての私は、管理されることが正しいと思っていた。
 メビウス様に従っていれば大丈夫。メビウス様はいつだって正しい。だから、何も考えず、メビウス様の言う通りにしていればいい。
 そう、思っていた。
 いや、今でも、メビウス様は正しいと思う気持ちはある。全てが管理されれば、自分の決断に苦しむこともなくなるのだ。
 けれど――――

「おいで」

 宙に浮かんだキーボードを操ってシステムを停止させ、インフィニティを中から取り出す。

「ワガナハ インフィニティ ムゲンノ――――」
「違うわ。貴方の名前は、シフォンよ。インフィニティじゃない」

 私の名前がイースであって、東せつなで無いのと同じようにね。心の中でそっと呟いて、私は彼女をギュッと抱きしめる。もう大丈夫よ、とささやきながら。


 ――――けれど。
 私は、メビウス様を裏切ることを選んでしまった。
 友人――――大切な、友人の為に。
 それはつまり、メビウス様の管理を拒むということ。従うことを止めるということ。そして――――
 わかっていても、なお、私はこうせざるをえなかった。
 もう、ラブにあんな顔をさせられない。私は、輝いているラブを、見てみたい――――!!

「――――うっ!!」

 唐突に背中に走った衝撃に、私は思わず声を上げながら吹き飛ばされる。地面をゴロゴロと転がりながら、それでも腕の中のインフィニティ――――シフォンが傷つかないように、しっかりと抱きしめていた。

「何をしているのかしら、イース」

 苦痛に耐えながら振り向くと、そこには私に向けて手を向けるノーザの姿があった。

「インフィニティをどうするつもり?」
「――――答える必要はないわ」

 立ち上がった私は、近くの機械に向けて赤のダイヤを投げる。

「ナケワメーケ!! 我に仕えよ!!」

 私の声に応えて生まれたのは、いつものような巨体ではなく、私の半分程の大きさのナケワメーケだった。近付いてきたそれに、未だインフィニティと化したままのシフォンを託す。

「頼んだわよ」
「ナケワメーケ!!」

 しっかりと頷いて走り出すそれを、ノーザが追おうとするが、

「させない!!」

 踏み込むと同時に拳を打ち込んだ私に邪魔をされ、その場を動くことが出来ない。扉を抜け出していくナケワメーケの姿に、チッ、と舌打ちをした後、ノーザは改めて私を見つめる。

「まあいいわ。この世界のどこにも逃げ場は無いんですもの――――取り返すのは難しいことじゃない」

 言って彼女が大きく手を振り払うと同時に、私は大きく飛び退る。彼女の長い爪が、ほんの一瞬前まで私の首があったところを切り裂いた。

「だから今は遊んであげる。イース、貴方とね!!」

 ノーザの服の裾から、種が転がり落ちる。それは地面の上で大きく膨れ上がり、ソレワターセへと姿を変えた。叫び声を上げる巨大な怪物を、私は冷徹な目で見据える。

「そちらがそれなら――――私は!!」

 構えた手に持つのは、かつてプリキュアを倒す為に私が使ったカード。近くの機械に投げ付け、私はそれを呼び出す。

「ナキサケーベ!!」
「うっ――――くっ」

 ナキサケーベが現れると同時に、私の腕に闇の蔦が絡みき、生命エネルギーを奪っていく。その痛み、苦しみに耐えるために歯を食いしばりながら、私はソレワターセを指さす。

「いけっ、ナキサケーベ!! ソレワターセを、倒しなさい!!」
「オオオオォォォォッ!!」

 雄たけびをあげると共に、ソレワターセに組みつくナキサケーベ。彼らの戦いを見ながら、私は思う。
 これでいい。これで。

 シフォンを彼女達が受け取るまで、時間を稼ぐことが出来れば。







     刹那のまぼろし  第四章






「我が名はイース。ラビリンス総統、メビウス様のしもべ――――!!」
「――――くっ」

 四ツ葉町から少し外れた廃屋の前で、向かい合う私と美希、祈里。
 幼馴染を背にかばう美希を見ながら、イースへと戻った私は続ける。

「久しぶりね。美希、祈里――――いいえ、キュアベリーに、キュアパイン!!」
「え? どうして、プリキュアのことを――――!?」
「……なるほど。全部知ってて、あたし達に近付いたってわけね」

 戸惑う祈里に対し、美希はすぐに全てを理解したのだろう、苦々しげにそう言う。本当に、勘のいい子だ。

「ええ。私はメビウス様の為、プリキュアを倒す為に、ラブや貴方達に近付いた。そして、変身アイテムを奪った」
「そんな――――」

 祈里が絶句する。美希は、そんな彼女をかばいながら、私を睨みつける――――いや、睨みつけるふりをしながら、あちこちへと視線を飛ばしている。きっと、どうすれば逃げられるかを必死に考えているのだろう。私が皆を下げたせいで、周囲に人影は無い。今なら、逃げられるかもしれない。最悪、祈里だけでも――――そう考えているのだろう。
 だが、逃げられるわけにはいかなかった。私がわざわざ彼女達の前に来たのは、ちゃんと理由があったのだから。

「貴方達に、これを返すわ」

 言いながら私は手に持っていたものを軽く放り投げる。反射的に受け止めたそれを見て、二人は驚きの声をあげた。

「――――!! リンクルン!!」

 それは彼女達がプリキュアに変身する為のアイテム、リンクルンだった。戸惑いに顔を見合わせた後、美希が尋ねてくる。

「どうして、これを?」
「……助けて欲しいの」

 私は、微かに俯きながらそう答えた。

「助けて欲しいって――――貴方を?」
「いいえ――――ラブを、助けてあげて欲しい」

 不意打ちに放たれた幼馴染の名前に、二人は息を飲む。それに構わず、私は話し始める。ラブが今、ラビリンスにいること。連れて行ったのは自分だということ。だが、ラビリンスで暮らしているうちに、かつてのラブの面影が失われてきてしまっていること。

「私はもう、ラブのあんな姿を見ていたくないの――――けれど、私にはラブは助けられない。だから、貴方達に手伝って欲しい。ラブを救って欲しい」

 それが私が、ここに来た理由。そしてリンクルンを返した理由。

「――――その話を信じろと?」

 硬い声で返してくる美希に、私は自嘲の笑みを浮かべる。彼女がそう思うのは当然だ。私は、彼女達を騙していたのだから。
 けれど、ここで断られるわけにはいかない。

「罠だったら、貴方達にリンクルンを返したりしないわ。第一、罠をしかける理由がないもの」
「それは……」

 聡い美希のことだから、理解出来た筈だ。自分達がどれほど危機的状況にあったかということを。そんな彼女達を罠にかけたところで、何の得にもなりはしない。

「せつなさん」
「私はイースよ」
「……せつなさん、どうして、ラブちゃんのことを?」

 祈里は、私が否定しても、変わらず私をせつなと呼び、問いかけてきた。私はそれに応えず、俯いたまま一度、目を閉じる。

「私にもわからない。どうして私が、こんなにラブのことが気になるのか――――気になって、仕方ないのか」

 答えたその理由は、私の本心だった。
 ずっと、この気持ちの理由を探していた。どうして――――どうして、と。
 未だ、理由は見つからない。けれど、わかるのだ。このままではいけないと。
 ラブをこのままにしておいては、絶対にいけないのだ、と。

 だが一方で、わかってしまうのだ。絶望的な明確さで。
 私には、ラブを救うことが出来ない。
 何故なら私が、ラブをそんな風にしてしまったのだから。

「とにかく、お願い――――手伝って」

 だから、美希や祈里の助けが必要だった。彼女達でなければ、助けられないと思ったから。
 自然と私は、その場に膝を付いていた。二人が驚きに息を飲む音を聞きながら、私はゆっくりと頭を下げた。

「私の為じゃなくていい。ラブの為に――――どうか、お願い」

 彼女達から了承の返事を貰ったのは、その直後のことだった。


 そして私は、ラビリンスへと二人を連れて行った。
 一つは、あの世界の管理が完了したと思わせる為。彼女達がこちらに来たことで、自分の意思を持つ人間はあちらにはいなくなった。これでしばらくの間は、クラインやシステムを誤魔化せる。
 もう一つは、ラブを連れて逃げて貰う為。
 結局のところ、ラブがいつものラブに戻る為には、ラビリンスを抜け出さなければいけないだろうと、私は思っていた。
 だがその為には、どの世界もラビリンスに管理されている現状を覆す必要がある。今のままであれば、どこにも逃げ場が無いのと同じだ。

 だから私は、インフィニティを――――シフォンを奪った。これで、全世界の管理は出来なくなる。
 ラブ達に、逃げ場が出来る。


 ナキサケーベにソレワターセと戦わせながら、私は時折、ナケワメーケへと意識を飛ばす。インフィニティを抱えながら駆けるそれを、待ち合わせの場所に向かわせる為に。
 そして、ようやく二人を見つけた。この世界で見つからないようにと、ブルンとかいう妖精の力を使ってラビリンスの服に着替えた彼女達に、シフォンを手渡す。

『ありがと、せつなさん』
『ラブのことは、任せて』

 ナケワメーケ越しに聞こえてくる声に、私は思わず満足した笑みを浮かべてしまった。

「戦いの最中に考えごととは、随分と余裕そうね、イース!!」
「ぐっ!?」

 ノーザの声と共に、ソレワターセの一撃がナキサケーベのガードをかいくぐって叩きこまれる。損傷した体を元に戻そうと、ナキサケーベが力を欲する。そして――――私から、生命エネルギーを奪っていく。
 一瞬、意識が遠くなり、膝を付きそうになるのを必死にこらえる。そして、ノーザとソレワターセを睨みつけた。

「いけっ、ナキサケーベ!!」

 私の声に応えるように、ナキサケーベが動く。
 次の瞬間、ソレワターセが吹き飛ばされ、壁に叩きつけられていた。

「なっ!?」

 ノーザが驚きの声をあげる程のその速さに、私は息を荒げながらも手ごたえを感じていた。

「やれっ、ナキサケーベ!!」

 命じる度に、エネルギーが吸い取られていく。シフォンを届けるという目的を果たしたナケワメーケを保つのを止め、私は全てをナキサケーベに注ぎ込む。
 ナケワメーケが消える瞬間、私は、その目で美希と祈里を見つめた。
 頼んだわよ、二人とも。ラブを連れて、四ツ葉町へと逃げ切って!!

「くっ!! どこから、こんな力が!!」

 ソレワターセを抑え込み、殴り続ける私のナキサケーベ。その姿に愕然とした様を見せるノーザ。当然だろう。最高幹部である彼女が呼び出すソレワターセは、ラビリンス最強の筈なのだ。
 それが、特殊なシステムを持つとは云え、格下のナキサケーベに負けそうになっているのだから。
 全身を這い回る蔦の痛みに耐え、滝のように汗を流しながら、私は言い放つ。

「ノーザ。お前にはわからない!!」
「な、に――――?」
「その一撃は、私の命を削って放つ一撃!! 私の魂を込めた一撃!! 何もかけていない、ただ人の不幸を集めて生み出しただけのソレワターセに、負ける筈がない!!」
「オオオオオオオオォォォォォォッッッ!!」

 奮い立つような声を上げて、ナキサケーベがソレワターセを殴り飛ばす。ずたぼろになったソレワターセに近付くナキサケーベに、苦痛と虚脱感をこらえながら、私は命じる。

「ソレワターセを、倒せぇぇぇぇっ!!」
「オオオオオッ!!」


 次の瞬間。
 ナキサケーベが、かき消すように消えた。


「――――え?」

 驚く私。体を這いずり回り、私から生命エネルギーを奪っていた蔦も、消えてしまっていた。

「どうやら、メビウス様がお気づきになられたようね。イース、貴方の裏切りに」

 ドン、ドンと音を立てて立ち上がるソレワターセを背後に立たせて、ノーザが言った。
 ああ、そうか。私はすぐに納得する。ナキサケーベは、メビウス様から与えられた力。全てを管理するメビウス様なら、私に与えたナキサケーベを奪うようにして消し去ることだって、容易いことだろう。

「よく頑張った方だけれど――――終わりね、イース」

 その言葉とほぼ同時に、ソレワターセの太い触手が私の体を打つ。
 成す術もなく吹き飛ばされながら、私が思ったのは、ただ一つ。

 ラブは、無事に逃げることが出来たのだろうか?


8-944物語は最終章へ
最終更新:2010年01月27日 16:38