避-722

「うっわ!だらしなっ!」


部屋に入ってきたラブの第一声がそれ。
まあ、仕方ないわね。
アタシときたらブルーのスウェットの上下、ロクに梳きもせず
弛く束ねただけの髪でベッドに寝そべってんだから。
ローテーブルには食べかけのクッキーと、蓋を開けたままのペットボトル。
ベッドの下には読み散らかした雑誌類が重ねもせずに放り出してある。
さすがにこの頃ママから苦情が出るようになった。
そりゃ、美意識の高いママにしたらイヤよね。
こんなダラダラボサボサの娘なんて。


「ノックくらいしなさいよね。」
ラブは返事もせずドッカリと座り込み、アタシが出しっぱなしの
お菓子をガサガサやりはじめた。



「なんか用があってきたんじゃないの?」

「んー。ちょっとばかしクレームをねー。」

「はあ?」

「分かってんでしょ?こないだの。アレはないんじゃない?
せつな、沈んじゃって大変だったんだから。」
ま、あたしの愛の力で何とか浮上したけどさ。


「友達付き合い初心者マークのせつなに、アレを見て見ぬふりしろってのは
ちょっとハードル高過ぎだよ。」

「冷たいわね、アタシの心配はしてくれないワケ?」

「知らないよ。美希たんがブッキーの事となるとグッダグダになるのは
今に始まった事じゃないし。」


悪かったわね!アタシだって大人げないって分かってるわよ。
でも、さ。イヤになる時くらいあるのよ、アタシにだって。



「まぁ、二人がどうなってるかなんて聞く気もないけどね。
けど、あたしのせつなを悲しませるのは例え美希たんだって
許さないんだから!」



口いっぱいにクッキー頬張って、食べカスだらけの口元で何言ってんの。


でも……『あたしのせつな』か………。



「結局、ノロケに来ただけ?」

「そーでもない。」

「じゃ、何よ。」

「まぁ、愚痴の一つくらいは聞かないでもないよ?」


クスリ、と苦笑いともつかない息が漏れた。愚痴、ねぇ?



「コレ、飲んでいいの?」

「もうぬるいわよ。」


気にしない気にしない。
そう言ってラブはアタシの飲み残しのジュースをごくごく喉を
鳴らして飲んでる。
ペロリと唇を舐めてアタシの様子を窺うラブ。
こう言う時、なまじ付き合いの長いのも考えものよね。
空気読んで、そっとしておいてくれる時はいいんだけど、
いざ突っ込むと決めた時の情け容赦無さったら…。
マッタク、癪に触るったらないわね。何よ、その『何もかもお見通し!』
と言わんばかりの顔は。


「ブッキーからはいまだ何のアプローチもナシ?」

「あるわけないじゃない。」

「そう思ってる癖に何であんな事すんの?」

「……………。」

「ま、気持ちは分かるけどね。そこまで落ち込むならもうちょい考えれば?」

「………何が分かるのよ?」

「んん?」
いつもいつも自分が先回りするのが馬鹿らしくなったんでしょ?
そんで、ちょっと拗ねてみたらブッキーガン無視。
ちょっとはフォローがあるかと期待しちゃった分、落ち込み度急加速。
だけど今さら自分から仲直りも癪に触る。
で、結局なーんにも手立てがなくてナメクジ生活。


「だいたい合ってる?」

「……パーフェクトね………。」

「あのさぁ、あたしブッキーはスゴくイイコだと思うんだよね。」


ちょっと、遠くを見る目でラブが呟く。


「優しいって言うか、すごく人の気持ち考えるよね。」
人がして欲しい事、言って欲しい事。サラッと押し付けがましく無く
出来ちゃうんだよね、ブッキーって。
せつなだってさ、ダンスやろうって決められたのもブッキーの
練習着のお陰だし。
もちろん、いずれは仲間に入って来たかも知れないけど、
あんなにすっと溶け込めたのはブッキーがいたからだと思うんだよ。


「あたしね、友達としてのブッキーは大好き。
でもね、……親友の恋人としては、ちょっと……うーん、って感じ。」

「どう言うトコが?友達としては大好きなのに?」

「美希たんに甘えてるんだってのは、分かる。でもさ……」


これ言ったら美希たん、怒るかも知れないけどね。
ブッキーの為に必死になってる美希たん、ちょっとカッコ悪い。
美希たんはさ、お姫様の願いを叶える素敵な王子様のつもりなんだろうけどね。
あたしから見ると、お嬢様のご機嫌取ってるじいやさんだよ。
だってさ、どんなに完璧にやったって次のハードルが高くなるだけだし。
何か進展するわけでもないし。


「『アナタの笑顔さえあればそれで幸せ。他には何もいりません。』
そんなの嘘だね。」


ちょっと、ムッとした。
じゃあ、ラブは?せつなの笑顔、見たくないの?
せつなの幸せの為に、何かしてあげたいって思わないわけ?


「じゃあ、ラブは下心ありまくりなんだ。
せつなに何かしてあげる時は、見返り期待してるんだ?」

「当たり前だよ?」

「!?」

「あたしがせつなに好きって言うの、
せつなにも好きって言って欲しいからだよ。
せつなを抱き締めるのは、せつなにもあたしを抱き締めて
欲しいからだよ?」


もちろん、それだけじゃないけどさ。
せつなが嬉しいならあたしも嬉しい。せつなが幸せならあたしも幸せ。
でも、それだけじゃ、あたしは嫌。
せつなにもあたしを幸せにして欲しいもん。


「せつなも分かってくれてる。だから、恥ずかしくても
好きってちゃんと口に出して言ってくれる。
その方が、あたしが喜ぶから。」


だから、美希たんから欲しがるばっかのブッキーは、あたしなら無理。


「ハッキリ言ってくれるわねぇ。」

「ブッキーはさあ、自分が必要以上に人の気持ちを読み取ろうと
するから、美希たんにもそれを求めちゃうのかねぇ?」

「さあ、どうかな。」

「なまじ、美希たんが頑張っちゃうもんだから…。」

「アタシが悪いの?」


そうじゃなくって……
素で、気付いてないのかな?って。美希たんが頑張ってるの。


「……今、ラブが言ったじゃない。自分が出来るもんだから、
そう大変な事じゃないと思ってるのかもね。」

「………。」

「アタシから……謝った方がいいのかな…?」

「だから、好きにすればいいよ。」

「もう、ラブ冷たい。」

「まあ、どうせ嫌でもいずれ顔合わすんだから。
ブッキーだって今ごろ悶々としてるでしょ。
もうちょい待ってもいいかもよ?」

「何か進展あると思う?」

「進展させたいの?」

「そりゃ………!」


どうなんだろ?アタシ、ブッキーとどうにかなりたいのかしら。
好きだけど…、ずっと好きだったけど。
ブッキー…祈里は、本当にそれを望んでるの…?


「ねーえ、美希たん。美希たんは、ブッキーがヤダって言ったら
何でも諦めるの?ブッキーがいいって言う事しかする気ないの?」
ブッキーがお友達でいましょう。って言ったら、ハイ分かりました。って
それでいいの?美希たんの気持ちはどうなのよ?


「分かってるわよ!分かってるけど、そう簡単な事じゃ…、ーーっ!」
ヤバ…、これは言っちゃダメでしょ…。
簡単な事じゃないなんて、ラブはとっくに知ってるんだから…。
じゃなきゃ、付き合えないわよ。女の子同士なんて……。


「………ゴメン…。」

「いーよ。でも、せつなには言わないでね。」

「ホント……、ゴメン。」

「だからいいって。分かってるから。」


変なトコで真面目だねぇ、美希たんは。
笑って言うラブに胸が痛い。
当たり前じゃない。簡単じゃないなんて。
だからアタシ達は何年も何年もグズグズしてるのに。


「ね。一つ聞いていい?」

「どーぞ。」

「後悔とか…、してない?」

「今のところは。」

「素っ気ないわね。」

「先の事なんて分かんないよ。」

「気持ちが変わることも、あるかも?」

「絶対なんて、いい加減な事は言えないよ。」

「……恐く、ないの?」

「んっ、恐い。すごくね。………でも…」


仕方ないね。好きなんだもん。


「シンプルね……。」

「あたしバカだからねぇ。難しい事は考えられないの。」


ラブはバカなんかじゃないわ。
そのシンプルな答えに行き着くまでに、何度も苦しい思いをしたって
事くらいアタシにだって分かるわよ。
結局、アタシは中途半端なのよね。
祈里の気持ちがって言いながら、自分が傷付くのが恐くて逃げてるんだから。


「ありがとね……。」

「何がぁ?あたしなんにもしてないよ。」

「いーのよ。アタシがそう言いたいんだから。」



ブー……ン……



リンクルンのバイブが鳴る。
え?ブッキーから?このタイミングで?
あっ、ラブが見てるし…って、この狼狽えっぷりじゃブッキーからって
バレバレ?
ちょっ、何顎でしゃくってんのよ!早く出ろって事?

もうっ、わかったわよ!



「……もしもし?」

『あ…、美希ちゃん。今、いいかな?』


受話器越しの声は何故かいつもより大人びて聞こえる。
随分久しぶりな気がして、少し鼓動が早くなるのを感じた。


「あ、うん。…どうしたの?」

『あのね…、謝りたくて……』

「!!!」

『この間は、ごめんなさい。メール、返事もしなくて…
それに、ダンスレッスンで変な態度取っちゃって……』


やだ…!どうしたのよ、ブッキーったら!


『ホントはね、用なんてなかったの。この間も、その前も。』

「……!!」

『わたしが…、わたしが勝手に、ヤキモチ妬いてたの。
美希ちゃんが、せつなちゃんと仲良くするのが何だか悔しくて…。』

「…ブ、ブッキー…、あの…」

『拗ねてれば、いつもみたいに美希ちゃんが構ってくれるんじゃないかって…』


どどどどどどどうしちゃったの?!ブッキーってば!
ヤキモチとか、悔しいとか…ブッキーそう言うの、
いつも絶対言いたがらないじゃない。
そう言う顔見せるの、一番嫌なはずじゃない!
ああ!でも、ちょっと、かなり、嬉しいかも。
初めてじゃない?こんな風にブッキーが自分の気持ち伝えてくれるのって。


『本当に、ごめんなさい。』

「ううん!いいよ、いいの、そんなの!アタシも大人げ無かったって言うか!
アタシこそ、ゴメンね!」


なんか、ちょっと泣きそう…。
でも良かった。これで元通りよね?
ギクシャクしちゃったけど、アタシ達にはアタシ達のやり方があるよね?
進展……とかはまだ難しいかも知れないけど、ゆっくりやってけば…。
ううん、少しは前に進んでるじゃない!こうやって、ブッキーが
素直な気持ちを自分から言葉で表してくれるようになったんだもの。
ブッキー、すごく勇気出してくれたのよね?
アタシ、それで十分よ!

ってか、ラブ!ニヤニヤしてんじゃないわよ。
折角イイ雰囲気なのよ!分かってるなら遠慮しなさいよ!



『……ーー、…なの…。』

え?今、何て言った?
もう、ラブがニヤニヤするから!
聞き逃しちゃったじゃない。
誤魔化したり、いい加減に話流したりしないから!
ちゃんと報告だってするから今は勘弁してよ!
イイ感じなんだからさ!



『美希ちゃんが、好きなの。』



「……………………ふっ…へっ…?」



『ずっと、好き、でした。……エヘヘ、とっくに知ってると思うけど……』



…………………ハイ…………?



『あの…、それでね。お付き合い…とか、して貰えたらなぁっ…て。』



オツキアイ、シテモラエタラナ…ァ…?



『……美希ちゃん?あの…今、すぐでなくていいから。
次に会った時でも……お返事、聞かせて?』


「……ふぇ?……あ、」


『じゃあ…、いい?また……。』


「……あ、……ハイ……」


「…美希たん?どしたの?」汗、びっしょりなんだけど。
それに、なんで正座してんの?瞳孔開いてるし……。


「……こっ…!」

「コ?」

「ここここここここここ…っ!!」

「ニワトリ…?」

「ーーーっ!!こくっ!はくっ!?」

「…わは?」

「すすすすす好きって!アタシの事!!ブッキーがっ!!!」

「!!!!!」

「……付き合って、欲しいって…。次に会った時、返事、ちょうだい…って…て」


コレ、夢?聞き違い?
ブッキーが、祈里から、アタシの事を……。
勘違い?でも、確かに好きって…


アアアー!!どうしよ?どうしたらいいの?
これって!これって!


「行けっっ!美希たん!」


ラブがぐいっとアタシのコートを差し出してる。


「い行けって、どこに……」

「ブッキーんとこに決まってんでしょーーっ!返事っ!すぐ返事っ!
まかさ断んのっ?!」

「まさかっっ!ああっ、でも、どうしよ?!アタシ!」

「いいから行け!とにかく行けっ!こう言うのは勢い!
今すぐゴー!だよ!」

「そっそうね、そうよね?ーっ髪!着替え…」

「だぁああ~っ!もうっ!」

「イタイっ!」


ラブがパシンっ!と勢い良くアタシの頬を両手で挟む。


「お化粧なんかしなくていいっ!」
お洒落な服じゃなくたって、髪型キメてなくたって、美希たんは可愛いの!
いつだって、王子様みたいにカッコ良くてお姫様みたいにキレイ!


「ア…アタシ、完璧?」

「完璧でなくたっていいのっ!」

「ーっ!」

「美希たんは、いつだって美希たん!あたしの自慢の幼馴染み。
そのまんまで、じゅーっっぶんイイコなんだからっ!」

「……っ、行って、くる!」


アタシはボサボサの髪で、スウェットのまま飛び出した。
背中にラブの声が聞こえる。


「行っけぇぇぇーーっ!美希たん、ゴーっ!だっ!」

何でもいいや!とにかく祈里に会わなきゃ。
会って、アタシも言わなきゃ!


ずっとずっと、好きだったんだって。


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最終更新:2010年01月30日 01:56