「馬鹿な、こんなはずでは」
虫けらのように蹴散らしてやるつもりだった。だが何もさせてもらえない。
エンジェルピーチとエンジェルパッションは、円を描くように間断無く攻撃を繰り出しかく乱
した。
距離を取って大技を出そうとすると、死角からエンジェルパインが仕掛けてくる。
苦し紛れに光線を放とうとするが、間合いを詰めてきたピーチとパッションに阻まれる。
そして、超高速で飛翔するエンジェルベリー。一撃離脱! 加速の付いた飛び蹴りでクライン
が地面に落下した。
「みんな、行くよ!」
ピーチが叫ぶ。
四人の体が輝き、ハートを形取った掌に眩いばかりのエネルギーが集まっていく。
後方に現れた巨大なハートはみんなの心。人々の想いが、願いが、キュアエンジェルに注がれ
ていく。
『思いよ届け!プリキュア・ラビング・トゥルーハート!!!!』
視界を被う光の奔流。キュア・エンジェルの最強の必殺技。
クラインを飲み込み、周囲の建物や付近に居た市民までも包み込んでいく。
慌て逃げ惑う者達。しかし、痛みも無く、癒されてるような温かさに包まれる。
上を見上げると、美しき天使達が舞い降りてきた。
「やったな、イース、プリキュア。いや、キュアエンジェルと呼びべきか」
「イース、ピーチ、ベリー、パインと呼ばせてもらおうか。長いのはゴメンだ」
ウエスターとサウラーが駆け寄ってきた。
「やっぱり私はイースなのね」
パッションが口を尖らせて言った。しかし、その表情はどこか嬉しそうだ。
「ところで、クラインとノーザは殺したのか?」
ウエスターが元の姿に戻って倒れている二人を指して言った。
「多分、無事だと思うよ。もう戦う力は残ってないだろうけど」
ピーチが自信なさそうに言う。
「ウエスターさん、サウラーさん、せつなと美希を助けてくれてありがとう」
「わたしからもお礼を言わせて。本当にありがとう」
ピーチとパインがそれぞれ二人の手を取ってお礼を言った。
「いや、あらめてお礼なんて言われると、照れるな。ハハハ」
「僕は借りを返したかっただけだ。まあ、ついでにお礼もね」
6人で笑いあった。そう、きっとみんなわかりあえる。
「さあ、みんな、シフォンを助けに行こう!」
4人の顔に再び決意の光が宿る。
「待て、お前たちは疲れているはずだ。そんな状態で城に向かうのは危険だ」
「でも、行かないと。シフォンが待ってるから」
「ならばせめてこれに乗っていけ。ホホエミーナ、我に仕えよ!」
ウエスターのダイヤが一枚の羽に刺さる。それはピーチの落としたエンジェルの羽。
巨大化し、美しい天使に……ならなかった。
「なに、これ?」
美希が眉を顰め、パッションは頭を抱えた。ピーチとパインは引きつって笑ってる。
それは一言で言えば、翼の生えたおっきな白いオタマジャクシだった……。
「ええぃ、見た目なんてどうだっていい。早く乗れ。飛翔能力は高いはずだ。俺達は別ルート
で向かう。途中でやることがあるんでな」
ピーチたちはウエスター、サウラーと別れて飛び立った。
「お願い、あの建物の上のほうで光ってる場所に飛んで」
見た目によらず、凄まじい速度で飛ぶホホエミーナ。すぐ着くかと思った矢先に建物が震えた。
ゴォォォォォォォォォォーーーーー
「キャアァァァーーーーーーーーーー」
突然引っ張られるように墜落するホホエミーナと4人。自分の翼でも飛べない。体が何百倍に
も重くなったように。
ドォォォォォーーーーーーーーーン
「イタタ、大丈夫、みんな?」
「ええ、でも、これじゃ外からは行けないわね」
「建物の中から行くしかないみたいね、また迷路だろうけど」
「行きましょう。ホホエミーナちゃんごめんね。ここで待ってて」
4人は入り口に向かって駆け出した。
キュアエンジェル達の前に黒衣の女戦士が立ちはだかった。
「ここから先へは行かせん。我が名はイース、ラビリンス総統メビウス様が僕」
イース!!!!
4人の声が重なった。
イースは他の3人には目もくれずエンジェルパッションに攻撃を仕掛けた。
疾い!そして強い!
今のパッションはイースより数段強いはず、それなのに押され気味ですらあった。
「みんな、ここはまかせて先に進んで」
「でも、パッションを置いてはいけないよ」
ピーチが不服を訴える。
「お願い、この子とは私が戦わなければいけない気がするの」
パッションの強い意志を汲んで3人は駆け抜けた。
「同じことだ、自分の影から逃げられる者などいない」
イースが横目で見ながらそっとつぶやいた。
突然飛来した蒼い閃光に、エンジェルベリーが壁に叩きつけられた。
「なるほど、今度はアタシの番ってわけね」
邪悪な意志を浮かべる、酷薄な表情の闇キュアベリー。エンジェルベリーは向かい合った。
「この子はアタシが倒す。すぐ追いかけるから先に」
ピーチとパインは先を急いだ。今はとにかく早くシフォンの元に!
「集団戦でも良かったんだけど、まあこの方が好都合ね」
暗い嗜虐の笑みを浮かべる、闇キュアパインが現れた。
「ピーチは先に、シフォンちゃんをお願いね」
有無を言わせぬ強い意志でエンジェルパインが叫んだ。彼女から指示を出すのは珍しい。
「わかった、気をつけてね」
「シフォン、シフォン、シフォン、シフォン。今、今行くから」
エンジェルピーチはひたすら走る。浮かぶのはシフォンの笑顔、それが泣き顔に変わる。
駆ける。風のように、引き合うように。
「待ちなさい」
困惑と悲しみの表情を浮かべる、闇キュアピーチの姿があった。
「あなたたちは一体何者なの?」
「あたしはキュアピーチ。インフィニティに力と姿を与えられた、あなたの闇よ」
交差する拳と拳。
自分自身ほど戦いにくい相手は居ない。
互いに瞬発力を駆使して急所を狙う。相手の肉体を破壊することに特化した技術。
「あなたは何者? なぜ過去の私がここに居るの?」
「我が名はイース。お前の記憶、お前の過去、そしてお前の闇そのもの」
左の三連打をステップで避けて右のストレートを掌で流す。本命は下段の蹴り、読み通り!
矢継ぎ早の攻撃を全ていなす。
ベリーやピーチほどの破壊力の無い私たちは、初速の速さと手数で崩して急所に大技を叩き込
むスタイルだ。
「お前はメビウス様を裏切った。恥を知れ」
「メビウスは私たちを利用してるだけよっ」
手の内を知り尽くした者同士、牽制しあうも互いに大きな技には繋げられない。
「それで良いと、承知の上で使えていたはずだ。自分で立てた誓いすら守れぬとは虫唾が走る」
「違う、あなたはずっと幸せを求めていたわ。メビウスに使えたのは、それが叶う唯一の方法と思ったからよ」
使命感、忠誠心、そんなものは自分に対する言い訳だ。
認めて欲しかった。特別な存在になりたかった。私が必要だと誰かに言って欲しかった。
「私が幸せを求めていただと、馬鹿な。死を恐れて逃げた卑怯者め」
「逃げていたのはあなたよ。自分の気持ちを認めたくなくて生まれたのがあなたでしょう」
目を閉じたかった。耳を塞ぎたかった。他人の幸せが辛かった。
硝子の心を包む強い殻が必要だった。
「偽善者のお前が本当の姿だと? 私を、私がした事を無かった事になど出来るものか!」
距離を殺して打ち合う。体と心がぶつかり合う。
「私はもうイースじゃない。でもイースだったことは認めているわ」
「詭弁を」
幸せになるほどに私を苦しめていく罪悪感、罪の意識。
逃げられない。私がしたことは私が一番良くわかっているから。
「あなたが居たから私がいるの。不幸と幸福、闇と光、どちらも私自身よ」
そう、あなたが居たから私はこんな気持ちになれた。
不幸を知るから幸せの本当の姿が見えた。当たり前に存在するものじゃないと。
壊してきた私だからこそ、守りたいと想う気持ちは誰にも負けはしない。
「私はイースだ、キュアパッションでもせつなでもない」
「イースでもパッションでもせつなでも無いわ。名も無き一人の女の子よ。
そして、どの私になるかはあなたが決めるのよ。
あなたは本当にイースでいいの? 自分から逃げないで!」
イースの攻撃の手が止んだ。私も構えを解き一歩づつ距離を詰める。
「黙れ……」
「ペンダント、嬉しかったでしょ? ラブに会いたかったんでしょ?
ダンス、一緒にやりたかったんでしょ? ドーナツ、美味しかったでしょ?」
イースは下がっていく。その表情は恐れるように、怯えるように。
「黙れーーーーーーーーーー」
「私、間違っていた。イースだった自分を否定しようとしていた。
あなたから逃げている間は、本当の自分なんて見つけられはしないって気がついたの」
せつなって何だろう。ラブにはどんな風に映っていたんだろう。
「本当の自分…………………」
「一緒に行きましょう。一緒に償って、一緒にやり直しましょう。
イースとパッションの先にある自分。私たちの本当の幸せを見つけましょう」
動かなくなったイースの両手を握る。徐々に姿が薄くなり、光の粒子になってパッションの体
に溶けていく。
「もう、さよならとは言わないわ、イース。おかえりなさい」
エンジェルパッションの純白の翼の上に、巨大な黒い翼が一組生えた。
「行きましょう。全ての決着をつけるために」
最終更新:2010年04月07日 20:13