ナケワメーケの突撃を受けたキュアパッション。
その体が空高く跳ね飛ばされ、やがて木々の向こうへと落下していくのを
見届けたウエスターは、踵を返す。
「よし、FUKOを集めに行くぞ」
「いいのかい、ちゃんとトドメを刺したのかを見届けなくても」
からかうような口調で問いかけてくるサウラー。
「あの高さから落ちたのだ。無事では済むまい」
振り返る事無くウエスターは答える。
落下していくパッションを見た時、彼女の目は閉じられ、四肢が力なく垂れ下がっていた。
おそらく跳ねられた時の衝撃で気を失ったのだろう。
そんな状態で地面に叩きつけられたとしたら―。
ウエスターの言うことも間違いではない。
「まあいいさ、君がそう言うならそういうことにしておこう」
それでも、含むような物言いを続けるサウラーに、
ウエスターは一度だけ振り向き、睨むような視線を送る。
だがすぐに向き直ると、ナケワメーケの上に飛び乗る。
「……行くぞ」
睨まれたサウラーも、一瞬だけ肩をすくませてみせると、それに続く。
そして、彼らを乗せたナケワメーケが四肢を縮ませ、上空に飛び上がる。
「やああああああああっ!!!」
そこに、声と共に更に上、天空から矢のように降ってきた影。
それはナケワメーケにそのまま突き刺さる。
「デコォーーーーッ!」
「な、何だとぉーーーっ!」
追突の衝撃がナケワメーケを襲い、バランスを崩したその巨体が空中で回転する。
天地が逆になったナケワメーケの上で、
落ちないようにともみの木にしがみつくウエスター。
一方のサウラーは予期せぬ乱入者の姿を認め、いち早くその方向に向けて飛び出す。
突き出す拳と共に呟くその名前は。
「キュアベリー……!」
その名を呼ばれた蒼き希望のプリキュア、キュアベリーは、
サウラーの拳を寸前でかわすとその腕を取り、
飛び込んでくる勢いを利用してその場で横に一回転。
そのまま来た方向へと彼を投げ飛ばそうとする。
「はあっ!」
「クッ!」
対するサウラーは投げられるのを察知して、その前に自分から地面を蹴り上げ前方に跳躍。
空中で体を回して、足から地面に着地する。
逆にキュアベリーの腕を引っ張る格好になったところで、
自らの腕に力を込めて彼女の体を引き寄せると、その勢いで体を掴み、投げ飛ばす。
「フ……」
投げ飛ばしたキュアベリーが、その向こうにある木々に激突するところまでを予想して、
余裕の笑みを浮かべていたサウラー。
しかし、彼のその顔からは瞬時にその笑みが消える。
ベリーがサウラーの頭上を通過するその瞬間に、その両足で彼の首を挟みこんでいたのだ。
「やあっ!」
ロックしたサウラーの首を支点に体を前に倒し、両手を地面に着く。
そして倒立の要領で足を持ち上げた勢いを利用して、サウラーを投げ返す。
「うぐっ!!」
流石にこの切り替えしには対応出来ずに、
サウラーはその体を地面に叩きつけられる事になる。
それでも瞬時に起き上がると、キュアベリーに向かって構えを取ってみせる。
「全く……いつもながら行儀の悪い足だ」
「貴方こそ、相変わらず二手も三手も先を読んできて、やり難い事この上ないわね。
ま、アタシは完璧だから読み勝ちしたわけなんだけど」
「フン……言ってくれる」
相手を評価する言葉と、不敵な笑みとを同時に浮かべるとベリーとサウラー。
その隣では、なんとか無事に着地出来たナケワメーケの上で安堵の表情を
浮かべるウエスターの姿があった。
「はあ~、危なかった。この高さから落ちたら流石に洒落にならんからな。
よし、とにかくここはサウラーに任せて俺達はFUKO集めを……」
言いかけた彼の後ろに、トッという音と共に何者かが降り立った。
「何だ?」
疑問に思ったウエスターが振り向こうとしたのと同時に、
彼の胴に両側からしがみついて来るものがある。
それは、黄色のふわふわとした感じのリストバンドが装着された細い腕。
「ん?なんか見覚えのあるような……」
そう思った途端、ウエスターの視界が反転する。
「よいしょっ……っと」
ウエスターの後ろに着地した橙の祈りのプリキュア、キュアパインが
彼の胴体にしがみついた姿勢のまま、体を後方に反らせているのだ。
「なっ、何をしている、貴様っ!」
「うう~~~~~ん」
ウエスターの抗議の声を無視して、勢いをつけて更に体を反らせるキュアパイン。
そして、頭がケーキの表面まで接触するギリギリで、その掴んだ腕を離す。
「えええええーーーーーーーーーーーーーーーーいっ!」
二人がいたのはナケワメーケの胴体であるホールケーキの端の部分。
その端を越えた所で、解放されたウエスターの体。
それは、何も無い自由落下の空間に彼が身を置いた事を意味する。
「どわあああああああああああーーーーーーーーーっ!」
直後、ウエスターの体はパインの視界から消えうせる。
それと同時に、パインも体のバランスを崩し、ケーキの上に倒れこんだ。
「キャッ!」
新雪よりも柔らかいケーキの生クリームの中に体が沈みこみそうになる所を
慌てて起き上がる。
「やだ……あちこちクリームだらけ」
自分の仕掛けた技による結果とはいえ、甘い匂いのするベタベタとした物体が
全身にまとわり付いている事に不満の声を上げるパイン。
「とにかくベリーに合流しないと……って、きゃあっ!」
体に付着したクリームを取り除きながら、一歩踏み出そうとしたキュアパイン。
しかし、ケーキの表面の柔らかさに足を取られ、その体が大きくバランスを崩す。
「よっ、とっ、あっ……」
なんとか持ち直そうという努力も虚しく、彼女の体が大きく傾いたのは
先程ウエスターを投げ飛ばした、ケーキの端を越えた自由落下の空間。
「って、嘘ぉ!」
そのままウエスターに続いて、キュアパインもナケワメーケの上から姿を消したのだった。
「ふぐっ!」
背中から地面に激突するウエスター。
頑強さが自慢の彼も、流石に衝撃と痛みに呻き声を漏らす。
「ぐっ……だ、だからこの高さから落ちたら洒落にならんと言ったじゃないか……」
それでも言葉に余裕が含まれているのは、日頃の鍛錬の賜物と言うべきか。
彼にとって不運だったのはここからの事だった。
「きゃあーーーーーーーーーーーーーーっ!」
頭上から更に振ってきた声。
「ん?」
その声の方向に視点を合わせると、見えたものは黄色の服を纏った少女の姿。
「いやーーーーーっ!ぶつかるーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
「……ってお前、ちょっと待てぇっ!!」
その少女―キュアパインが丁度自分目掛けての落下コースの途中であることを
見て取ったウエスターが思わず声を上げるが、
落下中でパニック状態のパインに聞こえるはずも無く。
「ぐふうっ!!」
衝突音と土煙と、ウエスターの一際大きい呻き声が辺りに響き渡る。
「パイン、大丈夫?」
そこに、不安を前面に押し出した顔のキュアベリーが駆けつけて来る。
サウラーと対峙していた彼女だったが、パインがナケワメーケから
落下してくるのが見えた為、慌てて駆けつけて来たのだ。
「う、うん。大丈夫……」
それに対して応える、パインの声。
やがて土煙が晴れはじめると、そこに座り込む彼女の姿を見つけて
ほっと安堵の表情を浮かべるベリー。
「……良かった」
「……良かった、じゃ、ないっ!」
そのパインの更に下からあがる、抗議の声。
土煙が完全に晴れ渡ると共に、その声の主―パインの下敷きにされた
ウエスターがその姿を現した。
「あんた、何してるのよこんな所で」
「あのね、ベリー……一応私のクッション替わりになってくれたんだけど……」
にべもない言い方をするベリーをパインがやんわりと嗜める。
「……俺は自分からなった覚えは無いんだが」
「まあそうよね、ラビリンスが人助けなんてするわけないんだし」
「ベリー、そこまで言わなくても」
「お前らなあ……前にも言ったが、まず俺の上からどけよーーーーーーーーーーっ!」
自分の上に座り込んだままベリーとの会話を続けるパインを
怒鳴りつけるウエスター。
「あ、ご、ごめんなさいっ!」
その剣幕に押されて、つい謝ってしまうパイン。
慌ててウエスターの上からどき、ベリーの元へと駆け寄ると、
その左腕に自らの腕を絡ませる。
「ベリー……」
「パイン、大丈夫、あいつに酷い事されてない?」
「されたのは俺だっ!」
恋人達の互いを思う言葉。
そこに事実無根の濡れ衣が混ぜられていることに対して
ウエスターからクレームが付けられる。
「大丈夫、ベリーが側にいてくれれば私、何があっても平気だから」
「うん……」
「お前もちゃんと否定しろよ!」
全く取り合わない二人にそれでも言うべきことは言いつつ、
ウエスターはようやく立ち上がる。
「全く、なんだって俺がこんな目に合わなきゃいかんのだ」
一人ぼやく彼に、掛けられる声。
「やあ、災難だったね」
気の毒そうに、しかし顔は全くそんなことを思っていない事をありありと現した
薄笑いの表情のサウラー。
「お前なあ……」
同僚の情の薄い言葉に半ば呆れながらも、気を取り直し、
目の前にいる敵、二人のプリキュアにウエスターは向き合う。
「まあいい……とにかく聞け、プリキュア共!
お前らの仲間の……いや、裏切り者のイースは既に倒した!」
言うのと同時に、腕を組んで勝ち誇る。
だが。
「……」
「……」
目の前にいる二人のプリキュア達に、その言葉に動揺した様子は無く。
「ん、お前ら、なんで平気な顔をしている?」
ウエスターの問いかけに、顔を見合わせるベリーとパイン。
しかしすぐに彼の方に向き直る。
向けられた顔に浮かぶのは、不敵な笑み。
「そんなの、ありえないでしょ」
「だって、パッションは」
「パッションなら……せつななら、ここだよっ!!」
再び上空から降ってくる声。
その声と共に降り立ったのは、桃色の服を纏った、太陽を思わせる黄金色の髪の少女。
愛のプリキュア、キュアピーチ。
そして―。
「ピーチ、パッションは?」
「大丈夫、今は気を失ってるだけ」
「そう、良かった……」
そのピーチに背中と膝の裏に手を回されて抱きかかえられている少女。
先程ウエスター達が倒したと思っていたキュアパッションの姿もそこにあった。
パッションは、ゆっくりと意識を覚醒させた。
「ん……」
(私、どうなったんだろう)
ナケワメーケの体当たりの直撃で、跳ね飛ばされた事までは覚えている。
そこからの記憶が無いということは、気を失っていたのだろう。
(だとしたら、そのまま地面にぶつかっている筈だけど……)
今の自分の体が、宙に浮いたままである事がなんとなくわかった。
そして、そこに誰かの腕が回されている事も。
この腕の感触には覚えがある。
決して太くは無いけど、いつでも想いの篭った力強い腕。
なんども抱きしめて貰った事のある、この腕は……。
「!」
目を見開く。
そこにあるものは、見知った少女の顔。
キュアピーチの、桃園ラブの顔。
「ラブ……」
名前を口にする。これが現実である事を確認する為に。
「……!せつなっ」
呼ばれた少女がこちらを振り向く。
「良かった、気が付いたんだね、せつな!」
「ラブ……!」
来てくれたんだ。
その想いを口にはしなかったが、その代わりとばかりに潤んだ瞳でピーチの顔を見つめる。
ピーチもそれに応えるように、大きく頷く。
(せつな……こんなになるまで一人にしちゃって……ごめんね)
もっと早く駆けつけられなかった自分を悔やむ一方で、
ナケワメーケに跳ね飛ばされて、落下する途中のパッションを
地面に激突する直前で受け止める所には何とか間に合った事に安堵するピーチ。
改めて今、腕に抱いている少女の姿を見る。
いつもは隣にいて、共に戦う凛々しい戦士であるキュアパッション。
その彼女が、今は傷ついた体を弱々しくピーチに預けている。
その姿は、彼女の纏う服がドレスのようであることも相まって、
まるで囚われの身から救われた姫のようで―。
(姫……お姫様?!)
その言葉を思った途端に、ピーチの頭の中にある事が浮かぶ。
(いやまて……何考えてるのあたし。今戦闘中なんだよ?
でも……こんなおいしい機会滅多にないし……
普段のせつなにお願いしたら絶対に断られるし……)
「ピーチ?」
「どうしたのピーチ?」
「……ラブ?」
俯いて考え込んでしまったピーチに、周囲の三人が声を掛ける。
しかし彼女にはそれに応える様子はも無く。
(……っていうか、こんなに可愛いせつなを見せ付けられて何もしない方が
あたし的にはよっぽどNGなわけで……だったら即実行あるのみじゃん!)
せつな=可愛い=正義
頭の中でひたすらぐるぐると思考を巡らせ、辿り着いた絶対の公式に従って
ピーチは先程思いついたアイデアを即採用、即実行に移す。
「あのねせつな……目を覚ましたばかりの所で悪いんだけど……ちょっとお願いが」
「?」
ピーチの言葉に、何事かと首を傾げるパッション。
「あのね……右手をあたしの首の後ろに回してくれない?」
「……こう?」
よくわからないながらも、ピーチの言葉に従って腕を動かす。
「そうそう。で、次は左手でさっき回した右手を掴むの。
……うん、その位置、あたしの左の肩のところでそうして」
「……こうかしら?」
「うん、これでオッケー、じゃじゃーん、せつなのお姫様抱っこ、かんせーーーい!」
「え?」
「えへへ、これ一度やってみたかったんだよね!」
「え?え?」
パッションは頭の中から、ピーチの口から出た言葉の意味を探し出そうとする。
(お姫様だっこ?どこかで聞いた事が……確か、ブッキーに貸して貰った本の中で)
その本の内容を思い出す。
確か、悪い魔法使いに捕らえられたお姫様を騎士が助けに行くとか、
そんなファンタジーものの話だった気がする。
幾多の苦難の末に、魔法使いを見事倒し、姫を救出した騎士。
その騎士と姫との口付けのシーンで物語は幕を閉じるのだが、
そこに描かれていた挿絵が、今現在の自分達の様子そのままだったような。
(ブッキーに聞いたら、「こういうの、お姫様抱っこって言うんだよ」って
言ってたかしら………………………って、ええええええええええええっ!)
結論に達した途端、パッションの顔が瞬時に赤一色に染まる。
「ラ、ラブぅ……」
「ん?どしたの?」
「わ、私……こういうのは、ちょっと……」
「嫌?」
「ううん、嫌じゃないけど……恥ずかしくて……だって……みんな見てるし……」
だんだんと小声になっていくパッション。
ラブが騎士で自分がお姫様。
そんなシチュエーションは決して悪いとは思わない。
むしろ、本で読んだ時も頭の中で想像して、憧れたくらいだ。
(でも、美希やブッキーや……それだけじゃない、
よりにもよってサウラーやウエスターの前で堂々とこんな事しなくても!)
クールで、人を寄せ付けず、時には同僚すらも見下した目で見ていたかつての自分。
その頃を良く知っている二人の前で、こんな格好を見せ付ける事になっている
今の自分の姿。
「……うう」
穴があったら入りたいとは、まさに今のパッションの心境の事を言うのだろう。
「いやはや、人というのはここまで変われるものなんだね。正直恐れ入ったよ」
そこに絶妙なタイミングで挟まれるのは
やれやれとばかりに肩をすくませているサウラーの感想。
「うわあ……」
その追い討ちの一言が耳に入った途端、顔から火が出そうになる。
ベリーやパインも含めて、とても周囲の視線に耐えられずに
そのままピーチの胸に顔を埋めてしまうパッション。
「あらら……せつなってば……あたしはすごく嬉しいんだけどなー」
恥ずかしさに撃沈したパッションの姿を見つつ、
嬉しそうに、ちょっとだけ照れくさそうに笑うピーチ。
「……知らない、もうっ……ラブの馬鹿」
顔を埋めたまま、消え入りそうな声でパッションが呟く。
それに対してわはーっ、ごめんごめん、と返すピーチ。
そんな彼女の肩に左右からポンと置かれる、手。
「ベリー?パイン?どうしたの?」
「どうしたのじゃないでしょ」
「ピーチ……今、戦闘中だから。それから二人とも、名前」
「……あ、そうでした。あたしったら」
「全く……いちゃつくのもいいけどTPOをわきまえなさいって。
ちょっとでも隙があればこうなんだから。
この年中ノロケカップルは」
「うう……ごめんなさい」
「だからそれだけはベリーに言われたくないってば、
ねえ?裸エプロンとか?」
「うぐっ……」
「ピーチ、その話は私もいろいろと傷つくんだけど……」
「三人とも、戦闘中なんだってば」
「パイン……貴方本当に全然動じないのね」
「うぉーーーーーーーーい、お前らーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
張り上げられる声。
四人がその方向を向くと、そこには先程からすっかり存在を忘れ去られていた男の姿。
「俺の事無視して、いちゃいちゃイチャイチャと乳繰り合いやがって!
人を馬鹿にするのもいい加減にしろーーーーーーーーーーーーーっ!」
肩を震わせ、怒りに満ちた声で吼えるウエスター。
その目から滝のように涙を流しているのも怒り故か、それとも存在を無視されていた悲しみ故か。
しかしそんな彼に対する少女達の反応は冷ややかで。
「乳繰り合うって……サイテー」
「そうね、言葉のセンスが完璧には程遠いわ」
「女の子にそんな事、言っちゃいけないと思うんだけど……」
「頭が悪いのにそういう言葉だけはちゃんと覚えてるのね」
容赦ない4本の言葉のナイフがウエスターに突き刺さる。
「君はもうちょっとこの世界の言葉を学んだ方がいいな。
良い本があるから今度貸してあげよう」
しかも何故かサウラーまで同調している始末である。
「うぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ……どいつもこいつもどちくしょー!
ナケワメーケ、こいつらやっちまえーっ!」
「デコッ!」
濁流となった涙を流しながらのウエスターの掛け声。
それが戦いの再会の合図とばかりに、双方が身構える。
「ピーチ、先に行くわよ!」
声を掛けて、真っ先に飛び出ベリー。
「パッションをどこか安全な所に、お願いね」
仲間を気遣う言葉を掛けると、ベリーに続こうとするパイン。
「ちょっと待って、みんな、あのナケワメーケは……」
それをパッションが呼び止める。
「?」
「何?どうしたの、パッション?」
歩みを止め、振り向くベリーとパイン。
「あれは……」
パッションの口から語られるこれまでの経緯。
「……そう」
「あれが、私達のケーキ、なのね」
目の前のナケワメーケを見上げるピーチ、ベリー、パイン。
「そういうことだ!これはお前らの大事なクリスマスケーキ!
迂闊に攻撃をすると形が崩れてとても見られない姿になってしまうぞ!」
三人を前にして、ウエスターが笑う。
ナケワメーケそのものがプリキュア達の大事なものである以上、
こちらの優位は揺るがないとばかりに。
しかし―。
「……そっか」
キュアピーチも笑う。優しく、愛情を込めた顔で。
勿論、目の前で勝ち誇る大男に対してでは無い。
彼女がその腕に抱く少女、キュアパッションに向けて、優しく微笑む。
「パッション、私達のケーキを壊さないように頑張ったんだね。
こんなにボロボロになるまで……精一杯に」
「全く、一人で無茶するんだから……」
「みんなのクリスマスパーティー、守ろうとしてくれたんだ……」
ピーチ、ベリー、パイン。
三人の少女の視線がパッションに集まる。
「ありがとう、パッション」
三つの声が重なる。
感謝の言葉と共に、彼女達の目に込められた優しい視線。
それを受け取ったパッションの両目から、涙の滴が零れ落ちる。
「……うんっ!」
そして力強く頷く。
彼女達の気持ちを受け取った事をちゃんと伝える為に。
「じゃあここからは……」
「アタシ達の番ね」
「パッションが守ろうとした物、私達もしっかり守らないと!」
ピーチ達三人は顔を見合わせて、頷き合う。
「さあいくよ!ベリー、パイン!」
「OK!」
そしてナケワメーケに向かって向き直り、身構える少女達。
しかし、そんな彼女達の決意を嘲笑うようにウエスターが告げる。
「……フン、やれるものならやってみろ。
ただし、ナケワメーケのスピードについてこれるか、それが問題だがな!」
「デコデコ~ッ!」
彼の声と共に、ナケワメーケが移動を開始する。
「デコッ!」
いきなりの跳躍で、プリキュア達の頭上を跳び越して背面に着地。
「デコ~ッ!」
次は彼女達の周囲をぐるぐると周り始める。
そして右に、左に、上にと次々とその位置を変えてみせる。
瞬発力に優れるパッションを持ってしても、自力では付いていけなかった機動力。
それを新たに参戦して来たプリキュア達に見せ付けるように、
四肢を駆使しての移動を繰り返す。
最後にもう一度、大きく跳躍すると元の場所へと戻ってきた。
「デコッ!」
それまでと違い、自慢げな声色の混じったナケワメーケの鳴き声。
心なしかその光る目も得意げになっているように思える。
「……というわけだ。どうだこのスピード!普通に攻撃を当てる事すら簡単では無いぞ。
ましてや、貴様らの毎回毎回よけいな手間やポーズを取らないと出せない
必殺技では尚更だ!
浄化などまず不可能だと思え……って、おーーーーーーーいっ!」
得意げに説明していたウエスターがふと気付くと、
彼の説明には全く興味が無さそうに
互いに顔をつき合わせて何かを話し込んでいるプリキュア達の姿。
「………………うか、クロ……………………、………力を…………………」
「オーケー、…………パ………………だけど……………」
「うん、な……………じゃあ…………、ハ…………ーフ、………………ン」
「…………ン、………ーリ……、セ…………リー」
「プ……ワ…、エス…………………、……ト…ピ……」
「…ラス……、ラ……………フ、……ト」
話している内容は小声なので、よくは聞こえない。
だから内容自体には興味を示さず、単純に無視された事に対して
怒りを顕にするウエスター。
「お前ら、人が説明してるんだからちゃんと聞けよっ!」
「五月蝿いなあ、ちゃんと聞いてるってば」
「動きが素早いから、お前らの攻撃は当たらないぞーって言いたいんでしょ?」
ウエスターの叫びに、ピーチとベリーの二人が振り向いて言葉を返す。
「パンチやキックだと、元に戻せないし、ケーキがぼろぼろになっちゃうと」
「おまけに必殺技は動きが速すぎて当たらない、すっごく厄介な敵よね」
「……お、おう、そうだ。なんだ、ちゃんと聞いてるんじゃないか」
パイン、パッションが更に言葉を続ける。
その内容がちゃんと応えたものになっている事にウエスターは嬉しさを覚える。
「フ、フフ……今日は何かと蚊帳の外に置かれるが多かったけど、
最後の最後でちゃんと注目されてるじゃないか、俺。
まあ、そういうわけだから貴様らに一切の勝ち目は無いのだ、わかったか!」
両手を腰に当て、勝ち誇るウエスター。
この時の彼は目前に迫った勝利と注目を集めている自らの立場に、
おそらく浮かれていたのだろう。
「うん、よくわかった……ねえ、ところで、これ、何だと思う?」
だから、キュアピーチが後ろ手に持っていたものを見せた時も、
それが何を意味するのか、という所に全く疑問を挟まなかった。
「うーん、なんだか良く見た事があるな?」
ピーチの右手に掲げられたもの。
緑の十字を中心として、そこに時計回りにピンク、青、赤、黄色の
4つのハートが付けられた、彼女達の胸にある四葉のクローバーと同じ形のそれ。
ウエスターも彼女達と対峙する中で、何度もそれを目撃している。
だから、右手で左の手の平を叩きながら即答する。
「あ、そうか、わかったぞ!グランドフィナーレの四つ葉だ!」
「そう、正解!」
彼の答えに、ピーチは良く出来ましたとばかりに笑みで応えると、
「はっ!」
すかさずその手に持った四つ葉をナケワメーケに向けて投げつけた。
「なっ……ちょ、ちょっと待てぇ、そんなのありか!」
「よーし、みんな、行くよ!」
投げると同時に巨大化し、ナケワメーケを拘束する四つ葉のクローバー。
あまりの急な出来事に慌てふためくウエスターを尻目に、
パッションを抱いたままでピーチ、続けてベリー、パインと
クローバーに向けて順に飛び立っていくプリキュア達。
そしてピーチは赤のハートの上に一度着地する。
「パッション、いける?」
「大丈夫よピーチ、終わるまで精一杯頑張るわ」
「まあ、あたし的にはもっとこうしていたいんだけどね……っと」
名残惜しそうに赤のハートの上にパッションを降ろすピーチ。
「じゃあ、ちょっとだけ我慢してね。終わったらまた抱っこしてあげるから」
「……もうっ!」
ピーチの言葉に頬を赤くしながら、怒ったような、拗ねたような声で応えるパッション。
「にゃはは……じゃ、さっさとやっつけちゃおう」
パッションに笑顔を見せると、ピーチは彼女に背を向ける。
右手を上げ、行って来るよと意思表示。
そして、自分のポジションであるピンクのハートへと、飛び立つ。
ピーチの着地と同時に、ベリーが青のハート、パインが黄色のハートへと降り立つことで
完成する4人のハートを合わせた必殺のフォーメーション。
彼女達はその名前を声の限りに、叫ぶ。
「「「「ラッキークローバー、グランドフィナーレ!!」」」」
重なり、響き渡る声と共に、ステージの中心に拘束されたナケワメーケの周囲に
光が生まれ、巨大なジュエルを形作る。
「「「「はあああああああああああああああああああああああっ!!!!」」」」
気合を込めた4人の声と同時に、ジュエルの中が光で満たされる。
「お前ら……いくらなんでもずる過ぎるぞぉーーーーーーーーーーーーーっ!!」
ウエスターが彼女達と同じくらい気合を込めた大声を放ったのと同時に
ジュエルの中の光が、ナケワメーケの体を一気に浄化する。
「シュワ~シュワ~」
そして満たされた光の中、緑色のカードがその形を維持できなくなり、
やがて崩れ去った。
<続く>
最終更新:2010年01月31日 01:06